告げ口
信之の真剣な目は輝きを求めていなくても与えられているのではと思えるものだった。康江の手は黄ばんだ新聞を握っていた。
「無戸籍ってあり得るのか?」
「まぁね。此処で直に来た子は私がするけど、DVとか受けて子供を逃がすようにしたいがために此処に連れてこられた子もいるの。たいていはすぐにできなくて家庭裁判所に行ってやるのよ。案外苦労するのよ。」
手続きの多さにつかれるのだろう。戸籍がなければ義務教育が受けられないのだ。本人に苦労が重なる。知らなかったりするのが現実なのだ。
「調べるとしたら子供じゃなくて母親の青柳春香を調べてみたらそしたら子供のこともわかるわ。」
「そうなのか。じゃあ一応警視庁に行っていくかな。」
彼のため息は一息ついたことを示していた。全て終わったかのようにけだるい態度になった。康江も気づいて出ていこうとした。
「なぁ、此処を飛び出していった奴はかえって来るのか?」
「かえって来ないわよ。いい思い出なんてないんだから。嫌になって飛び出してかえって来るのは数えるほど・・・。何をしているのかもわからないまま・・・。寂しいものね。」
きらめていた瞳は静かに抑えられているように思えた。かすかに見えるのは無邪気にはしゃいだ現実逃避のような日々だった。寝かけてたのを見てドアを閉めようとした。
「俺は此処でいてよかったよ。俺にも・・・。」
「そうね。」
俺の詰まらせた声を彼女は受け取った。ベッドに疲れを沈めこんだ。光に頼るのは好まない。ダミーに惑わされて生きているのと変わらないから。昔、此処から逃げ出そうとしたことがあった。理由は世の中の波や渦に飲まれて忘れてしまった。大切なものは近くにあることも逃げるように出て行ってわかった。かじかんだ手は温かさに包まれている。
騒がしい声に起こされた。朝にさえずりをする鳥より忙しそうにしている。ベッドの上で飛んでいた。
「信之、起きろ。」
眠い目をこすった。それを知ってか知らずか彼の体を揺らした。簡易のパジャマでテーブルの近くにある椅子に座った。
「信之も急がないとダメでしょう。」
さっさと食べてしまった。
トーストとサラダだった。貧乏の養護施設の現状だ。急いで食べた後、部屋でスーツを着た。飽きずにはしゃぐ子供はまだ無邪気だと思った。変な知恵をもなければいい。知恵は人を傷つける。知らぬうちに・・・。権力も飲み込まれるふがいない大人に埋もれることなく生きていくべきだとしみじみ思った。写真のように止まることはないのだから・・・。