乾いた記憶
警視庁の廊下は人にあふれかえっている。二課のメンバーは大きな仕事を成し遂げたとされたため、宴の計画がほかの部署まで届くという迷惑を作り出していた。緊張感のない雰囲気にはかかわりを持ちたくないために出て行こうとした。知らぬ間に急ぎ足へと変化していた。
「立花、飲みにいこう。俺は二課の飲み会なんていってもしょうがないんだ。俺は見抜けなかったんだ。仲間を疑うことが日常にしておかないと通用しないというのに・・・。」
「そんな粗末な反省はいらない。俺は二課にかかわりを持ちたくて行ったわけじゃない。あくまでも藤田製薬会社だったからに過ぎないんだ。」
柴田はわかっているというようにうなずいた。それは何度も何度も。彼はこの後警視庁に戻るつもりはないのだといった。すべてを浮かれた人に託すのも悪くないと。影を移りだすことのないアスファルトは湿ってもいなかった。ただ踏まれることに誰も問いただすことはないだろう。それを問いだしたら愚問だとかわけのわからない言い訳を叩き込まれるだけだ。看板には作られた明かりを頼りに動いている。歩道を歩いているだけでは権力だなんていう無駄なものはわからない。ただ高いスーツに高い時計をつけていても遠めから見ればわかることなど少ない。着飾ったものは仮面と一緒に取れるのだろう。チェーン店の居酒屋が入っている座居ビルに入った。仕事終わりか店は繁盛しているように写る。此処で広げられるのは愚痴合戦だろうか、接待で持ち上げることに力を入れているのだろうか。もれる声に聞き耳を立てるのは個人の自由だ。席に着くとすぐにビールを頼んだ。これといった好みのものが格段あるわけではない。とりあえず、とりあえずを繰り返しているだけなのだ。
「これで本題にいけるな。そういえば、お前薬剤のことを独学で勉強しているって言ったな。どうやって勉強しているんだ。」
「親父の遺品を使っているだけさ。大学ノートにぎっしりと薬品名と効能が書かれてあるんだ。注意書きもキチンと書かれているから素人でもわかるんだ。親父は昔、人に教えていたらしいからね。えらく丁寧に書かれているんだ。そのノートだけは。それしか残してもらえなかったのもあるけど・・・。」
立花はお絞りを握っては水滴がないにもかかわらず机を一生懸命拭いていた。手持ち無沙汰になったのかと思った。
「それしか残ってないのか。遺品ってとりあえず両親分くらいはあると思っていたけど。」
「お袋のは残しても仕方がないという理由でバッグとか宝石とか質にかけられたんだ。親戚の金ほしさだよ。金の価値にならない薬品についてかかれたノートは捨てるのは難色が出たから、俺に渡されたに過ぎないんだ。所詮、人ってそんなものだよ。情に施されるのが馬鹿だみたいな目で見られるんだ。」
店員のタイミングを見計らったような届き方はマニュアルでは書かれていないだろう。独断だろう。乾いた乾杯の声を聞き届くとそそくさと仕事に戻っていった。
「家はまぁしょうがないにしても遺品まで勝手に処理されたら困るだろう。」
「記憶もないから勝手にしてもかまわないって言う持論が働いたんだろうな。俺が養護施設にいるときに割り当ての金を振り込んでいたらしい。良心の呵責が働いたんだろうな。1銭も手をつけることができなかったって親戚は来ずに手紙で済ませてきたよ。会う理由なんてあるわけじゃないし。」
机にはあふれるようなつまみが広がっていた。隙を見てつまむように頼んだものだ。長居するのはなんとなくわかっていることだ。
「それから連絡はないのか?」
「ないさ。あっても養護施設を出てるんだ。居場所なんかわかるはずがないんだ。」
「そんなものか?」
「そんなものさ。金がなけりゃよってこないよ。」
立花の言葉に勝てるだけの語彙力を持っていないのはわかっているため、対抗しようなんていう無様な行為はしない。聞いているだけでも考えさせられるものだ。




