影の傍らの情
何もかも終わったように思えた。時間の流れに逆らうことのはプライド次第だと空想かと思いながら心の中は肯定していた。今宵の終わりの気がして夜のネオンにイラつきながら店に向かった。深夜だ。まだ開いているという保証はない。店の前に行くといつもの暖簾がなかった。終わったのだろう。安物の合成革の靴を見つめながら帰ることにした。背中には世の中の穢れで小さくなっていた。
「信之か?」
声がしたほうへと振り返った。全てを終えた格好の達樹が立っていた。すまなそうな顔をしている理由が見つからない。
「そうだけど。どうかしたのか。店は終わったんじゃないのか?」
「お前のために開けている店だ。お前が来たのに閉めたままじゃ価値がなくなるものだ。今、開けるから入れ。何時もとか言うだろうから。用意するから店で待て。」
「いいよ。お前だって疲れてるだろう。それに一からしないといけないとなると困るだろう。だから・・・。」
靴は居場所がわからず不安定な方向を向いていた。達樹は変わらない笑顔を見せていた。ホテルから声がかかっているのに断っているのを聞いた。一度もめた料理長は料理の世界から消えたといっていた。出直すことも許されないことをしてしまったからだというのだ。
「信之、入れ。」
暖簾とアンバランスな文字を見た。ゴシック体で書かれている。P&Bはある意味暗号だろう。
「用意なんて簡単だ。それを惜しむ奴にこの世界は無理なんだよ。」
少し怒ったような口調は何処に言いかけているのだろうか。信之は空虚の世界を探しているように思えてならなかった。
「すまないな。」
「今日の信之はらしくないな。嫌なことがあったか、それを正そうとして切り札をかざしているかどちらかだな。」
カウンターの端に座った。落ち着く場所なのだ。赤ワインが出てきた。何も言っていなくてもわかるのだろう。達樹も飲むつもりなのかグラスが2つ置いてあった。
「何があった?」
「上司の悪事を見抜いたんだ。」
「それは組織としていいことじゃないか。」
彼の上ずった声に安心をもたらすのだ。あっていることには必ずはっきりといってくれる。
「部下を元に戻すのを本人に隠れてやろうと計画しているんだ。」
「それは望んでいるのか?その人は?」
「わからない。けど・・・。そいつにはいいんだ。今の課じゃいい経験なんてできない。柴田はいい上司の元で教わっている。それを見ているとね。」
グラスに映る赤色の湖は漂うだけで精一杯なのだ。




