指紋からの導き
「だとしても相手は刑事です。それも捜査一課にいたほどの人を欺けるほどの証拠なんて出てきてないですよね。」
「そうよ。見つからないのよ。不自然な恰好に不自然な動きを知っている人間がするとは思えないからね。一度だけね、たっちゃんと食事に行ったの。その時、そこまでしゃれた店ではないのに似合わないといっていたのが気になったのは確かよ。」
彼女は言いながら救えない無力さを感じている。鑑識をしていても指紋とか判別をするだけでかかわっていると思うのが傲慢なのではないかと時々思う。2人で1度食事に行ったのは彼女が誘ったからだ。断る理由がないといってきたのだ。行った店は少しばかりテレビで取り上げられた店ではあったが、高級というまでの値段でもなかった。しゃれた店ではなかったが妙な緊張感が漂っていた。それでも楽しく飲んでいた時に言われたのだ。似合わない男に似合わない店を連れてくるものじゃないと真顔で言われたのだ。少しへこんだがその帰り道にアクセサリーの店に寄ってネックレスを買ってくれたのだ。イニシャルを入れて。
「どうかしたんですか?」
「別に何もないわよ。関係する人に聞くしか手がないってことよ。ぼろを出すような人間じゃないもの。政治家みたいね。ぼろを出すか、ゼロ回答するしかないのとは全く違うもの。」
彼女の足はプラプラと揺れていた。それは何処か心の揺れを出しているようでもあった。
「主任、別件の事件もお願いしますよ。立花さんに何かあったら伝えてもらっていけばいいんですよ。それくらいのことは俺たちだってできますからね。」
「そうね。そうしてもらうわ。」
柴田は一礼して鑑識から出た。捜査一課に向かった。走った。注意するものはいても聞かなければ意味がないのと同じ。黒崎を呼んで立花を見つけないとならないと思った。恨みは消えぬのだと。だけど、居場所は皆目見当がつかない。
「黒崎、今から行くぞ。」
「何処にですか?」
「急ぐから伝えずに行くがそこなら見つかるかもしれない。」
黒崎をせかすだけせかしてもいるとは思っていないのだ。居場所を知っているのではということだけだ。太陽は雲に隠れかけている。いったい世の中に居場所がないとまでは言ってないにしても誰かを頼るのだ。曇天であっても晴天であっても烏は飛び回る。嫌われているとも知らずに駆けずり回る。それと同じように生きている人間がいるのすら忘れてしまっているのだ。柴田でさえ思い出さなかった。無我夢中なのは冒険だけじゃない。その日を生き抜くときにも使うのだと。




