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1-6 地下から這い出る目

 保健所の一件から一夜明けて、放課後。

 無駄な時間をやり過ごし、疲れた体に鞭打って、ダンジョンに籠る。


 すると、スライム共が寄り集まって俺を待っていた。


 その中には夜にくすねた録音機が数点。どうやら指示した通りに動けたらしい。

 それらは番号を振っていて、計十個。恐らく全てが録音時間目一杯に音を詰め込んでいる。


 が、それを聞くことは日中に過ごした無駄な時間よりもずっと有意義だ。面倒だが、一つ一つ聞いていく。


 すると、幸いにも二つ目で聞いたことのある声に行き当たった。

 あの、少ししゃがれた男の声だ。


「ほう、警察所はここだったか」


 梶と言う男と、警察所内を録音した録音機。

 つまり、これを持ってきたスライムの居た所が警察署だ。

 番号は二番。梶の家の二区ほど先にある交番である。


「案外簡単に見つかったな」


 警察署を見つけた絡繰りは何でもなかった。


 仮にも友人である飯塚の住所だ。大体の場所は把握している。

 そして大体の場所さえ知れば、後は人海戦術を使えばどうとでもなったのだ。


 紙片を持たせた白スライムを、その辺りを通る地下水路や下水道の中に走らせればいいのだけなのだから。


 町中に張り巡らされたライフラインのお陰で、水に近い白スライムの行動範囲は異様に広く隠密性も高い。

 そこを利用すればいい、と気付いたからこその妙手と言える。


 そうやって指示を飛ばし、トイレや排水溝から侵入させ、出入り口を開き、それらしい所を張り込ませるとビンゴだったと言う訳である。


 早速、そこらの壁に浮かんだ、警察署にある紙片へと繋がる紋様を広げる。 


 見事に警察署に侵入した白スライムが拾った声は、聞き知ったものだった。

 梶とかいう男の声だ。丁度良く、張り込んでいる所に居るらしい。


「はあ、一連の事件。間違いなく迷宮入りだな」


 ぶつくさと呟くそこは男子トイレの中らしく、スライムは洋式トイレの中に居た。

 ちょっと便器から落ちて、下の隙間から室内を伺う。


 そこには例の後姿と制服姿の人が一人居た。

 間違いなく梶だ。そして隣の制服姿は、何処となく後輩のような雰囲気がある。


「迷宮入りってそんな。まだ始まったばかりですよ?」


「ああ。だからこそ分かる。そもそも初動が遅すぎるし方針も固まっていない。俺だって見当もつかない。警察の手に負える事件じゃあないんだよ」


「じゃあ、誰の手に負えるんですか?」


「さあてな。ただ撲殺バットに一番近いのは、とある学生だ」


「学生? 何の冗談ですかそれ」


「……ふっ。ウィットに富んだ冗談だろ」


 そう言ったのは、きっと信じてくれないだろうと思ったからだろう。

 そのまま致した梶は、手洗い場へと行って手を洗い始める。


 鏡に映る奴の顔は随分と老け込んでいた。無精髭のせいもあるだろうが、苦労が染み付いている風でもある。


「冗談ですか。そう言えば署長も冗談みたいなことを言ってましたね。ここに警視庁の人員が動員されるとか」


「いやいや、それどころじゃねえよ。何と各地からも人手が出る。後一ヵ月何も成果が出なかったなら膨大な数の人間がここに押しかけて、昼夜問わずのローラー作戦が実施されるだろうよ」


「う、うわあ。警察が始まって以来の大捕り物ですね」


「まあな。やってることが馬鹿げてるほど大きいし、愉快犯じみているが、市民が二人犠牲になっている。このままではいかんと思ったんだろうよ」


「この町が、大舞台になるんですねえ」


「さしもの撲殺バットも、これなら何かボロを出すだろうさ」


 手を洗い終わったのか、そんな会話の声がどんどん遠ざかって行った。


 もう話を聞く意味はない、か。


「しかし、中々興味深い内容だったな」


 一ヵ月後にローラー作戦か。予想よりはずっと時間を稼げたな。

 スライムも上手く繁殖出来ている。この分ならば予定数に間に合うはずだ。

 

 しかし、誤算だったのは意外と事態が大きくなっている様だ。

 まさか警官達がここに集結するとは思いも寄らなかったぞ。


「……前門の警官、後門の飯塚。気を抜けば真綿で首を、等と言う事にもなりかねないな」


 とは言え、予定通りは予定通り。直に警察など気にならなくなるか。


 となれば前門を堂々と前進するに限るな。


「さあて、お遊戯は終わりだ。実戦と行こう」


 実験もかく乱も終了し、いよいよ、である。

 ああ、柄でもないが、ワクワクしてくるな。


 漏れる笑いを押し殺すので精いっぱいではないか。











 翌日から撲殺バットの噂は徐々に沈静化していった。

 と、言うのもあの後からぱったりと事件はなくなっているからだ。

 話題という燃料が無ければ、噂という煙はどんどん消えていくのみである。


 事件が起きなくなったので、警察も次第に動きが鈍化しているようだ。

 一時期は昼間ですらそれらしき人物が歩き回っていたのに今や昼には誰も出歩いていない。


 そして、事件とは直接関係ないのだが、飯塚も最近は俺の所に来なくなった。

 噂によると日暮と常につるんでいるらしい。


 きっと一連の事件に俺が絡んでいると確信して、距離をとって居るのだろう。

 日暮と何かやっているという事は、俺をどうにかする為の作戦会議をしているに違いない。


 それはそれで気がかりで、どんな無茶をするか不安でもあるが、静かなのは好都合だった。


 何せ今日は色々と大変な一日になる。


 早速、授業が始まる前にトイレへと行く。

 そして、個室に入るや否や持って居た紙片でダンジョンへ。


「さてと」


 ダンジョン内はまた改装をした為に、凄い事になっていた。

 スライムの量が凄いのはいつも通りだが、今回は壁中を埋め尽くすように貼り付けられた紋様だ。

 その張り付けられていたのが目に痛かった。


 自分がやった事とは言え、凄まじいな。


 この紋様は全て白スライム達に埋め込んだ紙片に繋がっている。つまりそれだけ白スライムが紙片を持って出ているわけである。

 そしてそのスライム達は下水道を下り、もしくは遡り、とある目標へと向かっていく。


 とあるスライムは金銭絡みの汚職をすっぱ抜かれた政治家。

 または金を見返りに破壊活動を斡旋しているという話の財団職員。

 はたまた週刊誌をにぎわせた、とある事件をもみ消した金持ち。


 そう言った暗い噂が立っている人間の近辺に、白スライムを潜り込ませているのだ。


 例えばトイレの中。もしくは植木鉢の下。または排水溝の中。

 そのまま留まったスライム達は、そのまま盗聴器や小型カメラの代わりになるのは実験済みであり、勿論それを狙っている。


「さて、予行練習だ」


 一部の陣を機能させ、政治家の話を聞いてみる。


「……のまま叩かれ続ければ色々と厄介なことになりかねんな」


「全くです。最近はどの政党も足の引っ張り合いですからな。今やスキャンダルはメディアへの甘い蜜でなく、此方を殺す毒を与える様なものですよ」


 どうやら白スライムは植木鉢に隠れているらしく、男達はその横で話しているらしい。


「はああ。確かに授受はしたが、あの程度は誰だってやっとる事だろうに」


「全くです」


「こっちは色々と金使っとるんだよ。接待とか、根回しとか。それなのにねえ。こっちは金がいくらあっても足りないって分からんのかねえ。叩くんならどこぞの業突く張りにしてくれって話だよ」


「全くです」


 全くです、と言うのが口癖の男らしい。多分秘書の方だろう。

 しかして、この男は……反省の態度が見えないな。


 信念の為にその犯罪行為に手を染めたのなら、此方も同罪だから何も言えないが、もし違ったなら対象にしてもいいかも知れない。

 さて、では消えた五百万の行方を聞いてみるか。


「所で、あれはきちんと届いたのか?」


「はい。届きました」


「ふう、良かった良かった。これで何とか首が繋がるか」


「こっちも冷や冷やしましたよ」


「なあに、発行数ばかり気にしてる低俗な週刊誌如きじゃ潰れんよ。逆に奴等の汚点にしてくれるわ」


 中々悪そうな話し方と汚い笑い方だが、内容だけ見ればまだまだ黒かは分からない。

 犯罪行為に手を染めているのは確実だろうが、それが一体どんな理由でなされたかが問題だ。


 甘い蜜を抱えて動かない太った豚か、何振り構わず一点へと走り続ける駿馬か。

 出来得るなら、駿馬であってほしいものだ。


 しかし、それを見極める時間はないらしい。もう直ぐ授業が始まってしまう。

 それに、まだまだ見なければならない所はたくさんある。


「また、次の休み時間に、だな」


 さてさて、一ヵ月の猶予をじっくりと使って、暴き立てていくとしよう。


 

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