春と修羅
4月8日、中学3年生になった俺たちの教室に三面六臂の転校生がやってきた。
顔が3つ、手が6本。
アンニュイな表情でクラスを見渡した彼は挨拶した。
「初めまして。奈良から来ました、興福明日菜です。早く皆さんとお友達になりたいです。よろしくお願いします」
興福は担任に促され、教室の窓際最も後方、俺の左の席に座った。
彼の右の顔と目が合う。比喩ではなく青い顔。
俺の心まで見透かすような視線に、声がでない。
「よろしく」
彼から話しかけてくれた。
右の真ん中の手が差し出される。
俺はその手を握り返した。酷く冷たい。
「よろしく。俺は野中」
挨拶を返すが、興福は顔色一つ変えない。ホタルが飛び交う川のような、青。日が当たる左側の顔は透き通っているのではないかと思ってしまう。
真ん中の顔は真っ直ぐ前を向いている。
担任がこの1年が人生においていかに大切か、当たり前のことを語っている。
今日はこの後全校集会があり、昨日入学式を終えたばかりの1年生と対面し、帰宅だ。
今日は楽で良いが、明日は学力診断テスト。大した難易度でないことはわかっているが、3教科は面倒だ。
そこではたと気づく。
左に座る転校生は、俺の答案を覗き放題ではないか?
そのことを尋ねると右の顔は眼を閉じた。
「安心してほしい。テスト中はこうしている」
野中さん、と担任が俺を呼ぶ。
「いつも言っていますが姿勢が悪いですよ。この後の全校集会がでは背筋を伸ばして座りなさい」
つい、くせで脚を組んで座ってしまう。それと考え事をするときに、右手を野球部員がツーアウトを伝える時の様に組んで頬に当ててしまう。
だが、
「先生も坐禅組んだまま授業したいのはわかりますが、教卓に座るのは行儀が悪いのでは?」
「おっと、これは失礼いたしました。つい慣れた姿勢になってしまいますね」
俺の指摘が恥ずかしかったのか担任は長い耳たぶを赤く染め、額の螺髪をぽりぽりとかいた。
『全ての小説は模倣である』練習。