狼の条件
とある町に、子犬と、そのお母さんが住んでいました。
子犬のお母さんは、いつも子犬に言っていました。
「ずっと昔、私たちは狼だったのよ。あなたも狼のような子になってね。」
ある日、子犬のお母さんは人間に引き取られました。
独りぼっちになった子犬は、お母さんの言っていたように、狼になろうと思いました。
ですが子犬は、狼がどんな生き物なのか知りません。
これでは、狼になることが出来ません。
困ってしまった子犬は、誰かに訊くことにしました。
そんな子犬の前に、泥で汚れた汚い猫が通りかかりました。
子犬は猫に訊くことにしました。
「猫さん、僕は狼になりたいんだ。どうやったら狼になれるかな?」
「まぁ、どうして狼になりたいの?」
驚いた猫は、訊き返します。
子犬が今までのことを話すと、猫は言いました。
「子犬さんは今のままでも十分素敵だと思うけれど。私と遊んでくれたら、狼のことを教えてあげるわ」
子犬は迷いましたが、汚い猫と遊ぶのは嫌だったので、
「猫さんとは遊べないよ。だって猫さんはとっても汚いんだもの。」
と言って歩き出しました。
「狼はいつも一匹で行動するのよ。ねぇ、子犬さん、狼になったらきっと私とお友達になってね。」
後ろから猫の悲しそうな声が聞こえてきましたが、子犬は返事をしませんでした。
しばらく歩いていると、とても立派な尻尾を持ったリスがどんぐりを拾っていました。
子犬はリスに訊くことにしました。
「リスさん、僕は狼になりたいんだ。どうやったら狼になれるかな?」
「おや、どうして狼になりたいんだい?」
子犬が今までのことを話すとリスは言いました。
「ダメダメ、君では狼にはなれないよ。だって君にはピーンと立った立派な尻尾がないからね」
リスは尻尾を見せびらかします。
「僕もいつかリスさんのような立派な尻尾になるよ。」
子犬は負けじと尻尾を立てて言い返しました。
「それよりも子犬くん、僕と遊ぼうよ。」
子犬は立派な尻尾を持ったリスと遊びたいと思いましたが、猫の言っていたことを思い出して、
「狼はいつも一匹で行動するんだ。だからリスさんとは遊べないよ。」
と言って、歩き出しました。
「狼は森にいるよ。」
後ろからリスの声が聞こえたので、子犬はお礼を言いました。
森の中に入ると、とても立派な耳をもった狐が毛づくろいをしていました。
子犬は狐に訊くことにしました。
「狐さん、僕は狼になりたいんだ。どうやったら狼になれるかな?」
「へえ、どうして狼になりたいんだい?」
子犬が今までのことを話すと狐はいいました。
「ダメダメ、君では狼にはなれないよ。なぜなら君には大きくて美しい立派な耳がないからさ。」
狐は耳を見せびらかします。
「僕もいつか狐さんのような立派な耳になるよ。」
子犬も負けじと耳を立てて言い返しました。
「それよりも子犬くん、僕と遊ばないかい?」
子犬は立派な尻尾を持った狐と遊びたいと思いましたが、また猫の言っていたことを思い出して、
「狼はいつも一匹で行動するんだ。だから狐さんとは遊べないよ。」
と言って歩き出しました。
「狼は森のもっと奥にいるよ。」
後ろから狐の声が聞こえたので、子犬はお礼を言いました。
森の奥を歩いていると、立派な爪を持った熊が果物を食べていました。
子犬は熊に訊くことにしました。
「熊さん、僕は狼になりたいんだ。どうやったら狼になれるかな?」
「ほう、どうして狼になりたいんだ?」
子犬が今までのことを話すと熊は言いました。
「ダメダメ、君では狼にはなれないさ。なぜって、君には鋭くてとがった立派な爪がないからだ。」
熊は爪を見せびらかします。
「僕もいつか熊さんのような立派な爪になるよ。」
子犬も負けじと爪を立てて言い返しました。
「それよりも子犬くん、俺と遊ぼうよ。」
子犬は立派な爪を持った熊と遊びたいと思いましたが、また猫の言っていたことを思い出して、
「狼はいつも一匹で行動するんだ。だから熊さんとは遊べないよ。」
と言って歩き出しました。
「狼は湖の近くにいるよ。」
後ろから熊の声が聞こえたので子犬はお礼を言いました。
子犬が湖の近くを歩いていると、立派な尻尾と立派な耳と立派な爪を持った生き物が湖の水を飲んでいました。
「狼だ!」
思わず子犬は叫びました。
声を聞いた生き物が子犬をみて言いました。
「私に何か用かな?」
ああ、狼とはなんてすてきな生き物なんでしょう!
子犬は夢中で今までのことを話しました。
話を聞いた狼はいいました。
「ダメダメ、君では狼にはなれないよ。」
「どうして?僕だって、あともう少し大きくなれば、狼さんのように立派な尻尾と立派な耳と立派な爪になるよ!」
子犬の言葉に、狼は首を振りました。
「狼になるのに、立派な尻尾や耳や爪は必要ないんだよ。
君が狼になれない理由は、友達がいないからさ。
狼はね、たくさんの友達や家族といつも一緒に行動をするんだ。
見た目で判断をして、友達を大切に出来ないようでは、狼にはなれないんだよ。」
狼の言葉で、子犬は猫の悲しそうな声を思い出しました。
「猫さんが狼が友達と一緒に行動をするのを知っていてあんなことを言ったのかな。」
「さあ、どうだろうね。」
子犬は後悔しました。
自分は猫が泥で汚れていただけで何ということをしてしまったんでしょう。
子犬はいてもたってもいられずに、走り出しました。
「友達を大切に出来るようになったら、子犬君は立派な狼だよ。」
後ろから聞こえてきた狼の声に、子犬はお礼を言いました。
子犬は町に向かって全力で走ります。
熊の下を通り抜け、狐の横を走り、リスを追い越し、やっとのことで町にたどり着きました。
猫はまえにあったときと同じ場所にいました。
「猫さん!」
子犬は猫に駆け寄りました。
「猫さん、僕は狼に会ってきたよ。」
子犬は猫に、大切な一言を言わなければなりません。
しかし、どうしてかなかなか声が出ません。
そんな子犬を、猫はじっと見つめました。
子犬は勇気を振り絞りました。
「猫さん、……ごめんなさい」
子犬の言葉を聞いた猫はしばらく黙っていましたが、やがていいました。
「子犬さんは狼になって帰ってきたのね。……今度はちゃんとお友達になってくれる?」
子犬は目を輝かせました。
「うん!」
しばらくたったある日のこと。
仲良しな犬と猫に小さな子犬が話しかけました。
「僕は狼になりたいんだ。どうやったら狼になれるかな?」
犬と猫は声を揃えて言いました。
「狼の条件はね……」