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「ねえ、檸檬れもん」 

 食堂までの道の途中、唐突に琥珀こはく様が私の名前を呼んだ。

 モデル並に背の高い彼女を見上げ返事をすれば、彼女は急に歩みを止めた。それと同時に、ボーリングのピンのように綺麗に歩いていた私達も立ち止まる。

 今日はイベントの日なので、一般生徒にとって邪魔でしかない会長のファンクラブの行進は少人数。琥珀様、取り巻きA〜Dの五人だけだ。でも、流石にトイレにの前で止まったら邪魔じゃないかな……。

 とりあえず次の言葉を待っていると、突然琥珀様達四人に囲まれたので、一瞬集団イジメかと思った。

 面倒見の良い琥珀様や向日葵ひまわりさんだけでなく、ゲームでは台詞がないが(貶し)二年生である取り巻きCとDもいつも私を可愛がってくれるので、流石にそれは無いであろう。

「え、皆さん急にどうされました?」

「檸檬……」

「「「「ツインテールになる気はない?」」」」

「……へい?」

 イベント直前なのに呑気に何言ってるんだこの人たち……と思っていたが、そういえば、ゲームでの私――秋山檸檬はツインテールだった。

 でも、元々私は背が低く、ツインテールだとロリってしまいそうなのでやめていた。

 一週間何もなかったから髪型の縛りは無いものだと思っていたが……ここで来たか乙女ゲームの補正力。

 四人は何も言わない私の態度を肯定ととったようで、急にトイレに連行された。

 結局トイレから出られたのは入ってから五分後で、私はゲーム通りロリ化した。ナルシストじゃないけれど、我ながら可愛い(ゲス顔)。

 私がニヤニヤしていると、急に琥珀様に頭をわしゃわしゃされた。え、今結んだのに。

「やっぱり似てるわね……!檸檬に初めて会った――貴女がファンクラブに入りたいと言って私の教室に駆けてきた時から、ずっと思っていたのよ……ジョセフィーヌ!」

 ……じょ、ジョセフィーヌゥ!?誰?

「うふふ、ジョセフィーヌは私がお祖母様の家で飼っていたゴールデンレトリーバーの名前ですの」

「そうそう、前に琥珀から貰った写真があったのよね……ほら、これよ」

 向日葵さんが差し出したスマホには、舌を出しながら庭を駆ける毛並みの良い犬の姿があった。正直に言う。物凄く似ていた。

 何故ゲーム内の檸檬が琥珀様にこんなにも気に入られるのだろう、と思っていたが、そうやらその理由は会長への愛の大きさだけではなかったらしい。

 喜ぶ所なのか呆れる所なのか分からず、一人で小さく「ワン」と呟いた。



「琥珀様、どうされたのですか?」

 食堂に着くや否や立ち止まる琥珀様に、取り巻きAである結原ゆいはら向日葵さんがシナリオ通りの台詞で尋ねた。

 私も不思議そうな表情を作って琥珀様を見上げたが、彼女は驚きと悲しみの混じった顔である一点を見つめているようだった。

 彼女の目線の先。そこに居るのは、彼女の想い人でもある生徒会長の鬼龍院きりゅういん赤哉せきや様。……そして、彼と笑顔で会話する見知らぬ一人の少女。胸元にあるバッジの色から察するに、少女は一年生なのであろう。

 私達の存在に気づいてか、その少女は笑顔で此方に会釈をした。

 少女は知らない。自らが座る席――つまり赤哉様のテーブルのすぐ隣の席が、琥珀様の特等席である事など。そして、琥珀様の想い人が赤哉様である事など。

 ふと琥珀様を見上げれば、いつも赤哉様やファンクラブのメンバー達に向けるような優しい笑顔はそこには無く、瞳には悲しみと怒りがこもっていた。来るのが遅れて席取られてるのって、明らかに私の髪を結んでいたからでしょ……だなんて口が裂けても言えないし言わない。私は従順なる琥珀様の犬なのだから。ワン!


「ちょっと貴女!そこが誰の席か分かって座ってるの?」

 見かねた向日葵さんが、首を傾げるその少女――いろはちゃんに向けて叫んだ。いろはちゃんは何が起こったのか全く分からない、といった顔で周りを見渡した。 ……が、食堂にいる生徒たちは、哀れむような、また責めるような視線を向けるばかりで誰も助けてはくれなかった。

 それでも気づかないいろはちゃんは、琥珀様の目をまっすぐ見たまま告げてしまった。

「……私がここに座ったらダメなんですか?」

 あーあ……ついに言っちゃったよ……。

 ゲーム中には感じなかったけれど、今思ったこと。天然って超怖えぇぇ!


 その言葉に目を見開いた琥珀様は、なだめる私達を振り切っていろはちゃんに近づいた。

 ……ヤバい、琥珀様、完全におこでございます。

 というか、そういうシナリオだから仕方ないっちゃ仕方ないけど、会長もめろや!「面白いことになりそうだな」じゃねえよ!紅茶飲むなー!

 このままだと、驚くいろはちゃんの頬に琥珀様の平手打ちがお見舞いされてしまう!ヤバい!流石に止めなきゃ!

 私は琥珀様が振り上げた手を止めるために全速力で走った。


「ふざけないで!」

 ほんの数コマ後、琥珀様の甲高い叫び声とともに、拳銃の引き金を引くような残酷な音がし……なかった。私が無事止めたからだ。ギリギリセーフ。

 そして、私のこの突然の乱入に、静まり返っていた食堂の空気がざわついた。また、さっきまで足を組んでほくそ笑みながら優雅に紅茶を飲んでいた会長の手が止まる。

 私はちょっとだけドヤりながら、自分にできる最高の笑顔でいろはちゃんの方へ振り返り、大きな声でこう言った。

「――琥珀様は、ただツンデレなだけなんです!」

 私のその言葉に、さっきからいちいちムカつく会長が紅茶を吹き出した。ちょ、おま。

「お前……面白い奴だな」

 それにつられて、怒りに任せて人をとうとしていた琥珀様も眉を下げて小さく笑った。

「いきなり打とうとしたりして申し訳なかったわ、夢野さん。危うく間違いを犯すところだったけれど……檸檬が私を止めてくれたみたいね」

 えへへ……もっと褒めてくれ!私は褒められておだてられて伸びるタイプなんです。

 私は、琥珀様ツンデレ化計画の成功に一人ほくそ笑んだ。


 ――――しかし私は知らなかった。私の気遣いが彼女ヒロインにとって不要なものだったなんて。

「どうして……どうして」

 不思議に思っていろはちゃんの顔を覗き込めば、上目遣いで此方を見つめ返した大きなスカイブルーの目には憎悪が込められており、私は思わず身震いした。え、何?何どうしたの!?

「い、いろはちゃ……」

「どうして私の邪魔をしたのよ!」

「え?」

「私は……私は……琥珀様の平手打ちを待っていたのに!虐げられたかっただけなのに!」

 な。ナンダッテー!?そ、そんなにもいろははアメを待ってゐた……。

 先程よりも更に大きく、周りの空気が揺れたような気がした。




 ヒロインの爆弾発言から10分後。私はいろはちゃんに連れられ屋上に来ていた。……いや、連れ込まれたと言った方が正しいのかも。

 そして私は今、何故かその彼女に壁ドンされている。正直に言うと全くときめかない。蛇に睨まれた蛙の気持ちを絶賛味わい中。

 うわー、私を睨むスカイブルーの目が綺麗だなー。絵師さんの努力の結晶だね。すごいねー(現実逃避)。

「おい」

「ぎょえええぇぇぇぇ!」

 もう嫌だ、逃げたい!私が何をしたっていうんだ!……あ、アメを奪ったんでした。スミマセン。

 でも、なんでこんな展開になってるの?シナリオ通りに進むなら、琥珀こはく様にたれてお叱りを受けたいろはちゃんを赤哉せきや様が庇うはずだったのに……。まあ、私のせいでもあるんだけど。ぎゃは。

 それに、あの後出てくるはずの青葉あおば様にも遭遇できなかったし!私はまだ入学式以外で見たことがないから期待してたのに!いろはちゃんはこれから驚異の遭遇率でイケメンと出会って愛を育めるけど……悪役の、しかも取り巻きBな私はそうもいかないんだよ!

 私は今までの弱気な態度を捨て、くわっといろはちゃんを睨みつけた。檸檬れもんビーム!


「ちょ……アンタ何か誤解してない?」

「え?」

 私の心の声が聞こえたのだろうか。急に壁ドンをやめたいろはちゃんが気まずそうに微笑みながら言った。おうっ……美女の笑顔の破壊力ェ……。

「私はあの二人を攻略する気なんてないから。あ、攻略の意味はもちろん分かるわよね?」

「も、もしかしていろはちゃんも……」

「「転生者」」

 そう言って私を見つめる彼女の目には、何故か決意が宿っていた。


 いやー、転生者が私一人だとは流石に思っていなかったけども、実際に仲間に会えると嬉しいね!私に理性が無ければ今すぐ屋上ここから飛び降りちゃうくらい嬉しい!……ってそれは駄目か。

 それにしても、ルートは選んだのに攻略はしないってどういうことだ?逆ハールートを目指してるって訳じゃなさそうだし……。

「もしかしていろはちゃん、ゆ、百合なの!?」

 そういうことなら、琥珀様に虐げられたがっていたのも頷けるんだけど。まあ、ただ虐められたかっただけだったのかもしれないんだけどね……。

「うーん、惜しいけど違うわ。あ、それと私、イケメンは観賞用だから。」

 うお……なんか今語尾に『キリッ』ていう文字が見えたわ。しかも観賞用って……モテる女にはやはり余裕があるのね。


「あのね、私ね……イケメン同士のイチャラブにしか興味ないから!」

「は?」

 いきなり頬を赤く染めて何を言うかと思えば……いろはちゃん腐女子だったんかい!決意の宿った目の理由はそれかい!

 純真無垢だと思っていたいろはちゃんが腐っていたという悲しい現実を知り、私はひどく落胆した。

 しかも、彼女に二人を攻略する気がないのなら、私や琥珀様達悪役も必要ないって訳だ。

 まあ、私達が学園から追放されることはなくなった訳だから喜ぶところなんだけど、琥珀様のツンデレ化計画が無くなるのはちょっと惜しかったりもする。

 そして「悪役令嬢ツンデレ化計画」は驚くべき速さで終わりを迎えた(合掌)。


 それにしても、食堂でいろはちゃんは会長と何を話していたんだろう?そこはテンプレ通りだったのかな?

 疑問に思った私が尋ねてみると、答えはやはり腐っていた。

「え?なんか私に興味があるとかほざいてたから、副会長との恋愛をゴリ推ししたけど」

 ごめん、聞いた私が悪かった。いろはちゃんは腐女子を貫くみたいだ。潔すぎて言葉も出ないね!

 話が途切れたところで腕時計を確認すると、あと一、二分で昼休みが終わるというところだった。……ヤバい、お昼食べてない。

 いろはちゃんに断りを入れて売店へ向かおうとした時、屋上の扉が閉まる大きな音がした。

「誰よ」

 びくっという効果音が似合うほど驚いたいろはちゃんが駆け出した。可愛い。そして足が超速い。

 急いで私も追いつくと、いろはちゃんの手が誰か――男子生徒の手首を掴んでいた。

 女子に追いつかれるチョロい男子はどこのどいつだ……と思い顔を覗き込むと……。

「青縁メガネの地味な男子かと思っていたのに意外とやり手な外柔内剛系委員長の山田君だ!」

「長いし、しかも名前間違ってる……」

「ご、ごめん、佐藤君?」

宇野うのだよ……一週間一緒に仕事したじゃないか」

 すまん、宇野君。実は私、人の名前を覚えるのが苦手なのだ。英単語とか公式は覚えられるんだけどね(自慢)。正直、担任のフルネームも危うかったりする。

「ところで……アンタいつからいたわけ?」

「つ、つ、ついさっきだよ!転生者とか観賞用とかそんな単語は聞いてないよ!」

「……思いっきり最初から聞いてるじゃん!」

 そう叫ぶとともに、私のお腹が悲鳴をあげた。おい、山田!笑うな!

 本当に今日は騒がしい日だったな……なんてため息を吐く私だったが、これから更に騒がしい日々が訪れるだなんて、全く考えていなかった。

 読んでくださりありがとうございました。

途中のそんなにも…は智恵子です。レモン哀歌です。パクりました。

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