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第十七話

 町の中を調べきった佐久弥が次に目を向けたのは、町の周辺だった。

 さすがに前のコウモリ達の隠し扉のようなものはそうそう無いだろうと高をくくっていた佐久弥が目にしたのは、崖の中に吸い込まれて行く猫の獣人の姿だった。

「…………」

 姿が消えた辺りをそっと手で触れると、ずぶりと指先が沈む。

 何かが触れる感覚は無く、さらに手を進めてみると手首まで沈んでしまう。

「入れるのか……?って、こらキューちゃん!」

 ひょい、とフードから出てきて、そのまま中へと吸い込まれて行く姿を追い、佐久弥はゆっくりと壁に埋まる。

(妙な気分だ)

 ゲーム画面で隠し通路を通る時とは違い、硬いはずの岩の中に自分自身が埋没するのには躊躇してしまう。

 左右に手を伸ばすと、硬い感触がするのでここがひと一人分の幅を持つ通路だとわかる。


「うわっ、まぶし……」

 五分程度突き進んで行くと崖の裏側に出たのか明るい場所に辿り着いた。

「回収回収っと」

 墜落してキューキュー鳴いてるのをフードに入れて薬草を与える作業も慣れてきた。

 光に慣れた目で周囲を見渡すと、先ほど見たNPCが水を撒いているのが見える。その周囲に広がるのは畑だ。

(こんな所に農園があったのか……)

 慣れた様子で水撒きをする人物に、佐久弥は丁寧に声をかける。

「すいません」

「ミギャッ!!」

 目の前の尻尾がぶわりと膨れ上がる。相当驚かせてしまったのか耳もヒゲもぺたりと後ろに向けて伏せられている。

「……ほんっと、すみません驚かせてしまって」

 振り返った人物の瞳孔は大きく開いている。あまりの驚きように佐久弥の方も動揺しているのだが、何とか落ち着いた声を出せた。

「びっくりしました……ここに人が来るなんて思ってなくて」

 ふーと胸に手を置いて大きく息を吐くと、笑顔らしきものを浮かべた相手に問いかける。

「こちらは農園ですか?」

「そうなんですよ。どうですか?一緒に収穫してみますか?」

 珍しい客人に興味津々なのか、誘われた佐久弥は頷く。

 食物を摂取する必要の無いこの世界では、食事は娯楽の一部であった。佐久弥にしても魚と水。それに酒しか口にしていないのでこの世界の食材には興味があったのだ。どれも美味しかったからこそ気になる。


「ではこちらへどうぞ」

 促され、辿り着いた場所には真っ赤な物体がたわわに実っていた。

「これは収穫時期になったら自然と重さに耐えられなくなって枝が降りてきて震えるんですよ。そうなったらもいであげて下さいね」

 にこやかに告げられるが、佐久弥の目の前には真っ赤なものが()っていた。――たわわに実る、生肉が。

 ぱたぱたと血を滴らせている生肉はそれぞれ部位があるのか、脂肪(サシ)の入り具合が異なっていた。

「あ、これとか丁度良いですよ」

「はい……」

 指し示された生肉には見事なサシが入っていて、とても美味しそうだ。これは高級品だろう。枝がぷるぷるしている。そろそろこの細い枝が支えるには重過ぎるのだろう。

 肉を掴み引っ張ると、どしりとした重さが腕にくる。

「今日収穫したものは持って帰って構いませんからね」

「……有難うございます」

「うーん、(タン)とか心臓(ハツ)は今日は生ってないですね~肝臓(レバー)も無いですし、残念です」

 差し上げたかったんですけどねえ、と残念そうな相手に、無くて良かったと心底思う。

 生々しく血の滴る内臓や舌がたわわに実る光景など見たくは無い。


「こちらはトウモロコシですね!収穫するときは一気にぽきりと折ってくださいね。ゆっくりやると発芽しちゃうんですが、ちょっと危険なので」

「え~っと、発芽して食べられなくなるって事ですかね」

「一粒一粒に綿毛が生えてきて盛大に吹き飛ぶんですよ~、そしてくっついた所で即座に芽を出しちゃって!地面に落ちたら問題無いんですが身体からも生えちゃいますからね~」

「……注意します」

 すぐに根を張るから痛いし取れないしで大変なんですよ~と続けられ、佐久弥は冷や汗を流しながら一気に力をこめる。

「完全に寄生されたら全身がトウモロコシになって、頭からあのひげが生えちゃうんですが、そうなったらもうお仕舞いなんですよ~」

(せ、成功した……良かった、助かった……)

「もっと持って行って構いませんよ」

「いえ!俺一人なんで一本で良いです!」

「遠慮はしないで下さいね~」

 善意いっぱいの笑顔が辛い。こんな緊張感溢れる収穫など何度もやりたくは無いなど言い出せない。


「危ないです!!」

 すぐ後ろを歩いていた佐久弥が一歩ずれた瞬間、腕を取られ引き戻される。

 ヒュン、と先ほどまで佐久弥の頭があった場所を緑色の影が鋭い音を立てて()ぎる。

「トマトは危険ですからね~あのツルに捕まったら穴あけられて血を吸われちゃいますよ」

「…………」

「今日はまだ餌を上げてないから攻撃的なんですよ。最初の木にレバーが生ってたら持ってきてたんですがねぇ。でも美味しい血を吸えば吸うほどトマトが真っ赤になって美味しいんですよ~」

 今日はとりあえず適当なお肉を餌にしようと思います。そう告げトマトに向けて生肉を放り込むと、四方八方からツルが伸びてきて生肉に突き刺さる。

 一瞬にして干からびるのを目の前で見た佐久弥はさらに一歩後ろに下がる。これは即死レベルだ。

 私も何回か餌になっちゃって。と恥ずかしそうに告げられても大変だったんですねとしか返せない。というかこの世界ではトマトは絶対に食べない。何の血を吸って赤くなったのかわからないトマトなど恐怖の物体でしかない。


「今度のジャガイモも注意してくださいね~とりあえず収穫したら、この針で眉間を刺して(しめ)て下さいね」

「眉間はすぐわかるんでしょうか」

 収穫とは命懸けの戦いなのだ。対処方法を聞いておかねば己の生死に関わるのだ。

「それはすぐわかりますよ。引き抜いたら一個一個に顔があるんで、聴き惚れずに眉間に針!これが基本です!」

 ぐっ、と握り拳を作っている。見え隠れするピンクの肉球に心癒される。

「頑張ります」

 渡された針をしっかりと握り、佐久弥は地上に出ていた部分を力を籠めて引き抜いた。

「「「♪~~♪~~」」」

 辺りを荘厳(そうごん)なゴスペルが包む。幾重にも重なる透明なボーイソプラノは天上の響きであった。

「針!!」

 鋭くかけられた声にハッとしてその美しい音色を紡ぐ……妖怪の人面瘡(じんめんそう)のできかけといった姿のじゃがいもに針を突き立てる。

 悲しくも美しい声を上げると、その一個は動かなくなった。次々と針を突き刺すとようやくその場の神々しい雰囲気は霧散(むさん)した。

「とても綺麗で聞いていたいんですが、魅了されちゃいますからねぇ。私も何度か聴き惚れて、気付いたら結婚式をあげようと教会へ行っては正気に戻されたんですよ」

 一生をじゃがいもと添い遂げようとしちゃうんですよね、あの歌声の虜になると。恥ずかしい過去なのか、視線を逸らしつつ小声だ。その教会の人には全力で感謝するべきだろう。


「次は小松菜ですね!こちらをどうぞ!」

 そして手渡されたのは短剣。投擲(とうてき)しやすいような形をしている。

「葉と根の間を狙って投げて下さい。葉の届く範囲には手を伸ばさないようにしてくださいね~」

「……伸ばしたら、どうなるんでしょう」

「ぱくっと食べられます。葉に触れるものがあったら反射的に閉じちゃうんですよ。そうしたら絶対剥がれませんからね~」

 菜っ葉に食われる手。痛そうに思えず少しほっとする。

「無理やり引き剥がそうとすると産毛を伸ばして皮膚に食い込むんですよ~水で濡れたりしたらぎゅっと締め付けるんで、下手すると折れるんで危険ですよ」

「……よし、頑張ってこれ投げます」

 少し遠めで構える佐久弥にのんきな声がかかる。

「切ったらすぐに回収してくださいね~ゆっくりしてると、すぐに次の葉が生えてきて回収しようとする手をぱくりとされますからね」

 佐久弥は二歩ほど前に出た。

 無駄に上がっているレベルのせいか、狙いを(あやま)たず葉と根の境界を短剣は切り裂いた。

「……うわっ!」

 回収すると同時に飛びのくと、先ほどまで佐久弥の手があった場所で葉がうねっていた。

「良かった。剥がすには雷系の呪文で焼くしかないんですが、そうしたら小松菜黒焦げになって食べられなくなっちゃうのでもったいないんです」

(すっぽんじゃあるまいし!)

 そう内心で突っ込みそうになるのを耐え問いかける。

「火とかじゃダメなんですか?焦げるなら」

「何でか知らないんですが、持ってる水分で火だと消しちゃうんですよ~火の最強呪文でも消えないって噂もありますよ」

 この世界の生物なら、火の最強呪文でも燃えない野菜があってもおかしくは無いので、佐久弥はそんな羽目になったら素直に雷系の魔法を使える人物を頼ろうと決意した。


「こちらはタマネギですね。とにかく素早さが大事です。引き抜いたらすぐ根っこを切る事!!でないとストリップしはじめて食べるところなくなっちゃいますんで」

「はい、素早さですね、頑張ります」

 引き抜くと同時に、ぺらり、と剥がれはじめる皮に佐久弥は最大の速度で根切りを行う。


「こちらは大根。あんまり癖は無いので簡単ですよ」

「そうですか、安心しました……」

 ずぼりと引き抜くと、その大根にはしっかりと顔が付いていた。付いていたのは構わないのだが……やたらと勘に触る笑みを浮かべている。

 大根の葉から手を離すと、たたたっとこちらに近付いてきて、足の隣にぴたりと並び、あの笑みを浮かべる。

「……大根足と、言いたいのだろうか」

 女性プレイヤーに多大なる反感を買いそうな大根だ。佐久弥はいまだにニヤニヤしている大根をひっつかみアイテム欄に放り込んだ。



「あとは……」

 さらに奥へと連れてゆこうとするのを必死に止める。

「大丈夫です!もういっぱい貰いましたしこれ以上は申し訳ないです!」

 佐久弥は全力の笑顔だ。ここで負ければさらなる恐怖を味わう事になるのは目に見えているのだから。

 もし試すのであっても、実地訓練ではなくまずはきっちり情報を集めてからでないと、この身が危うい。

「そうですか」

 残念です。と耳をぺたりとする姿に、今度は心構えをきっちりしてから尋ねようと決める。

 そもそも、野生化した野菜がもしいたりしたら危険極まりない。尋ねてみたら一部逃走した野菜が外で根を張る事はよくあるらしい。

「すぐにまた伺います。その時はよろしくお願いします!」

「はい、お待ちしてます」

 嬉しそうにゆったりと尻尾を揺らす姿に、佐久弥はしっかりと約束する。

 今後の危険を避けるためにはここできっちり指導を受けておくべきだと己に言い聞かせていた。



 ――願わくば、これ以上に怖い食物はありませんように。そう、祈りつつ。


さり気なく性別書いてないという

のんびり口調の男性か、女性口調なのか謎のままの猫獣人さん


※改稿内容 あとがき(採取後なので正→仮に変更)


 * * *


 サクヤ LV38(仮)


 【変化】

 ・目を逸らしたのでLV以外不明(……いっそ見たくない)

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