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⑫道の真中で別れ話をしないで下さい

2014年5月14日19時59分(49日のリミットまで、残り15日)

福岡県福岡市城南区片江3-XX-XX

ガスト・片江店



「なんと、まあ。世間は狭いというか。そういう問題でもないのか?」

「確かに吉浦家の匂いはしないと思いもうしたが、まさか呼子様が臼杵家の血筋とは」

 前々日と同じガストの同じテーブルに、同じメンツが首を並べて座っていた。

 件のウエイトレスは、未だに警戒を解かない様子で、暇な時はこちらに視線を送っているが、もはやセイジは気にもしない。

 前の時と大きく異る点は、セイジは車椅子ではなく松葉杖を持っていることと、リツとセイジの座る距離が若干離れていることだった。

 前々日の日に、眼が見えるようになったと家族に報告したセイジは、そのまま有無をいわさず拉致されて、次の日一日を病院の精密検査で過ごす羽目になった。

 本来であれば、すぐにでも熊野と蛇沼に会って、リツと清太郎の関係や、これからの解呪の方法について話し合いをしたかったのだが、結局それは次の日ということになってしまった。

 しかし収穫が無かったわけではない。

 あの日、何とか落ち着いたセイジが、リツに叫び声を上げた理由、すなわち清太郎とリツの顔が同じであることを伝えた。

 その後帰宅したリツは、両親と親戚中に電話をして、自分の祖先に、臼杵という名前がある事を確認し、その日の内に、セイジに電話で伝えてきたのだった。

 セイジは熊野と蛇沼に、

「……お二方は、呼子さんが臼杵の血を引いてるって知っていた訳じゃないんですね?」

 と聞いた。

「ああ、もう一度言うけど、俺達は吉浦家を邪霊から守護するんだ。つまりさ、人間同士の問題には一切関わらないわけ」

「そういうことでござる。臼杵家が吉浦家を邪霊を持って攻撃する場合は、拙者たちはどこにいようとも、召喚されて反撃いたす。しかし臼杵家の人間が、包丁や鉄砲をもって吉浦家に害を与える場合は、拙者たちは何も出来ないというか、それを探知することも出来ないでござる」

 二人の邪霊も事の次第に驚いていた。

 五百年もの間、触れ合わなかった敵同士の血族が、最後の最後に邂逅した事となる。

 そしてそれを結びつけた者は……。

「むしろ、呼子さんとセイジ君を結びつけた、カウンセラーに聞いてみるのがいいんじゃないかな?」

 熊野の提案に、蛇沼が我が意を得たりとばかりに畳み掛ける。

「そうでござる。そのカウンセラーが何者か不明でござるが、セイジ氏の夢の話を聞いただけで、呼子様と結びつけたのでござる。余程の霊能力者ではござらぬか」

 二人の提案は至極もっともだったが、セイジとリツの顔は浮かないままだった。

「いや、もう、葛飾さんには、ここに来る前に話を聞いてきたんだけど……‥」

「おー!やるじゃん!!」

「そ、それで葛飾氏はなんと?」

「そ、それが……」

 セイジはぽつりぽつりと葛飾に面会した内容を喋り始めた。リツは話の間中、俯いたままであった。


「……なんか前回とテンション違くね? コーラでも飲む?」

 眼が見えるようになった翌日。

 セイジとリツが連れ立ってカウンセリングルームに葛飾を尋ねた。

 厳しく睨みつける二人に、葛飾はおどけてみせた。

「いえ結構です」

「お久しぶりです。先生……」

「あっれー、なんかおこなの? どうしたの? リラックスリラックス……」

「しらばっくれるのは止めて下さい!」

 いつも通りのテンションで追撃をかわそうとする葛飾を、リツはピシャリと止める。

「先生……どうして呼子さんが臼杵家の末裔だってわかったんですか?」

 この人には直球の質問が一番いい。セイジはそう考えて端的な質問をしたが、葛飾はまるできょとんとしていた。

「え? いや何のこと?」

「しらばっくれるのは止めてください! 清太郎と呼子さんのつながりをどうやって見ぬいたんですか?」

 葛飾は少し考えた後、にっこりと笑い言った。

「……もしかして夢の話?」

「そうです!!」

「あ、あのさ。セイジ君は、僕に話してくれた通りの夢を本当に見たの?」

「そう言ったじゃないですか!!」

 セイジがそう言うと、葛飾は頭を抑えて、椅子に深く身体を沈み込ませた。

「うわー、こりゃ間違えた。ごめんね呼子さん」

「え?!」

 葛飾は、オーマイガッ、と言わんばかりの様相を全身で表して、手を広げてみせる。いらだちがピークに達している二人には、中々癇にさわる仕草だった。

「いやー、俺もここまでセイジ君がトンデモナイちゃんだとは思わなかったんだよ。ごめんねー」

「……先生はセイジ君の夢の話を信じていないんですか?」

「当たり前じゃん! よくあんな凝った設定作ったなあって関心したよ」

「?? そ、それならなんで呼子さんを俺に紹介したんですか?」

 顔を上げた葛飾はバツが悪そうにくどくどとした言い訳を始める。

「いや、セイジ君が夢に出ていた少年の顔を説明してくれたんだけど、それがどう聞いても呼子さんそっくりでね。あ、これは告白したいけど、つてがないからなんとかして欲しいんだなって分かったのさ。それでメモ紙渡したんだよ。セイジ君は、悪いやつでも無いし。まあ今の子は、変な風に奥手だからねー。あんな中二病に見せかけなくても、カウンセラーなんだから話も聞くし、相談にも乗るのにねぇ」

「……患者に対する守秘義務とか、プライバシー情報の漏洩は脇に置きます……葛飾さんは単にセイジ君の説明した清太郎と、私の顔が似通ってたから紹介状を書いたと」

 こめかみにこれ以上ないくらいのシワをよせたリツがそう言うと、葛飾は手を合わせて拝むような仕草をして続ける。

「呼子さんごめんねー。でもセイジ君と話してて、呼子さんとも相性良さそうかなーって思ったんだけどねー。そうじゃなかったみたいだね」

 まるで邪気無く、言い切る葛飾。

 そう。この男はつまりはこういう奴なんだ。ただそれだけなんだ。

 セイジとリツはなにか体の底からどっと疲れが溢れだした気がして、葛飾の混ぜっ返しにも反応しなかった。

「それからセイジ君。一時期は目が見えなくなったらしいじゃん。本当に精神内科が必要な時は声かけてよ、きちんと紹介するから」

 葛飾が最後にそう告げて二人のカウンセリングは終わった。


「……」

「……」

「……霊能力者では無いでござるな……」

「……うん、その人はもういいんじゃないかな……」

 二人の邪霊は話が進むにつれて白けた顔になっていった。

 葛飾がセイジとリツを引きあわせたのは、まぐれ当たり以外の何物でもなく、それ以上の期待は出来ないだろう。

「まあ、葛飾さんの方の疑問は解けましたけど、俺の目が治った理由がイマイチわかりません」

「私にもわからないんですどうして治ったのか」

 セイジとリツがそう言うと、熊野は興味深そうに身を乗り出した。

「呼子さん。君は刀の鞘に手をそえたんだよね?」

「はい……そしたら急にセイジ君が目に痛みを感じて……」

「……俺の仮説だから……当たってるかどうか分からないだけどさ。多分、臼杵の人間は吉浦氏に呪いをかけた後に、交渉しようと思ってたんじゃないかな?」

 熊野がそう言った後を、蛇沼が受け取る。

「そういうことでござるか。吉浦氏に呪いをかけた上で、臼杵家の人間が刀を握るという行為を解呪の条件に設定すれば……」

「うん。そうすれば吉浦氏は臼杵氏に妥協する必要がある」

 スラスラと説明する熊野にセイジが唸った。

「……ところが吉浦氏は当主すら犠牲にして、呪いには呪いという対応に出た、と?」

「まあ……君がやったことじゃないよ。君の祖先がやったことなんだから気に病むなよ……」

 またしても重い空気が停滞しそうになり、リツが慌てて会話をつなげる。

「と、ところで私が大太刀を抜こうとするとどうなんるんですかね? もしかして臼杵の人間なら簡単に抜けるとかそういうオチじゃないですか?」

「……こればっかりは分からない。ただ無闇に抜かない方がいいとは思うよ……」

「え? 何故ですか?」

「清太郎の呪いの解呪条件が、柄を握る事であっても、抜くことじゃないという事実さ。つまり……抜いてしまうとどうなるのかは全く不明だ」

「何のペナルティもなく抜ける可能性もござる。ただ抜けば逆に呪いが増幅する可能性もござる」

「何故ですか?」

「お忘れですかな? その刀は清太郎の首を落とした刀でござる。つまりは臼杵家にとっての村正でござるよ……」

「呼子さんの命が危機に瀕したり、臼杵の血族が皆殺しになる可能性もあるよ……」

 呆然とするリツと、顔をしかめるセイジに、熊野は構わず言葉を続ける。

「刀はどこに?」

「吉浦家にあります」

「なるべく人に触れさせない方がいい」

「なんなら拙者たちで預かるでござる」

 その日のガストでの食事会はそれでおしまいだった。

 女子大生のウエイトレスは、何事もないのを心底ほっとしているようだった。

 駐車場まで四人で移動すると、熊野と蛇沼は車に乗って帰っていった。

 セイジとリツは並んで歩道を歩き始める。

 セイジは車椅子を卒業して二日とは思えないほど、松葉杖を器用に使い、殆ど常人の歩くスピードと変わらないくらいだった。

 そのせいだろうか。二人の間には、車椅子を押していた時の様な親しげな雰囲気が無くなっていた。

「と、とりあえず、吉浦さんの家にもう一度行って、資料探してみる?」

 重苦しい雰囲気に口火を切ったのは、やはりリツだった。

 リツは明るい声で、セイジと自分の祖先の因縁を、努めて忘れようとしていた。

「……呼子さん……」

「ん? 何?」

 セイジは立ち止まって、リツの方に向き直り、しっかりとその瞳を見つめた。

 そして少し躊躇した後、言った。

「今まで色々ありがとう。俺も一人で歩けるようになったし、これ以上、手助けはいらないよ」

「え?! で、でも骨折させちゃったのもあるし……」

「呼子さん」

 必死にとりつくろうとするリツに、セイジは押しこむような声でもう一度リツを呼んだ。

 そのあまりの冷たさに、リツはビクッと震えた。

「な、なに……?」

「……臼杵の人間には頼れないよ……」

「そ、そんなの五百年以上前の話じゃん!」

「……今回の件は元々、吉浦家と臼杵家の因縁から始まってる。さっきの二人の話もそうだ。君の存在は不確定要素すぎる」

「で、でも!!」

「……お前、自分の家族を掛けてあの刀抜ける?」

「……!!」

「これ以上、俺と関わらない方がいい。刀は……折り合い見て熊野さんに預けるよ」

 俯いたままのリツに、セイジは揺るぎなく言葉を続ける。

「で、でも、セイジ君、どうするの? このままだと……」

「熊野さんともう一度話してみて、何とかするさ。大丈夫だよ、なにか方法があるはずだ」

 午後8時を過ぎた街中は街灯とネオンで明るく、車道を行く車も歩道を歩く人も沢山いた。

 でも二人は、今までにない程の孤独を感じていた。

「……縁がなかったわけじゃないよ……でもやっぱり、縁がなかったのかな? ……」

 セイジは寂しそうに少し笑っていた。

 リツはその言葉にも、表情にも殆ど反応せず、ただ俯いている。

「ごめん。でも今まで本当にありがとう」

 セイジはそう言うと、振り返りもせずにその場を離れた。

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