⑩戦果報告
2014年5月11日20時44分(49日のリミットまで、残り18日)
福岡県福岡市城南区片江3-XX-XX
ガスト・片江店
四人がけのテーブルに前と同じ配置でセイジとリツ、熊野と蛇沼が座っている。
蛇沼は冷や汗を流し続けながら、リツと目を合わせないようにしている。リツはと言えば、涼しい顔で、再びチョコレートパフェを笑顔でつついていた。
そしてその奥には、あの女子大生のウェイトレスが控えていて、セイジ達四人のことを、こいつら常連になるんじゃあるまいな? と言った顔で監視している。
セイジは恐る恐る三人に切り出した。
「そ、それで合コンの方は……どうだったんですか?」
「……」
「……」
蛇沼はぴくりとも体を動かさずうつむき、『へんじがない、ただのしかばねのようだ』という表現がピッタリの顔をしていた。
勿論セイジの目にはそれは見えないが、空気の重さで、状況把握は十分可能だった。
「セイジ君」
優しい中にも怜悧な調子を含んだ声で、リツがセイジに話しかけた。
「は、はい!」
「余計なことは言わなくていいんですよ。大事なのは蛇沼さんが呪いを解いてくれるってことなんですから」
「そ、そうなの?」
「そうですよね? 蛇沼さん?」
「は、はいっ呼子様! ご迷惑をお掛けしました。『三獣の呪い』の内、拙者の分の呪いは解除いたします!」
結果オーライで三人の内、二人の呪いを解くことが出来た。
呼子様という単語にはこの際、目を瞑ろう。セイジはそう考えた。
「それで熊野さん。今度は蛇沼さんと同じく、タマさんの望みを聞きたいんですけど。タマさんの都合のいい時でいいので、ご紹介していただけませんか?」
セイジとリツは、熊野と蛇沼の呪いを解いたことでかなり心に余裕ができていた。
大の大人二人分の願いを叶えたのだ。よちよち歩きの子供の望みがなんであれ、九割方の解呪が成功したと考えて問題ないはずだ。
しかし熊野は、セイジの予想に反して重々しく言った。
「……これはね……初めに言うべきことだったんだけどね……タマを説得するのは諦めろ」
「……何言ってるんですか? ここまで来て諦めるわけないじゃないですか」
「ああ……諦めろといったのは語弊があるな。何というかね、タマを説得するのは物理的に……不可能なんだ」
「え?」
「初めてお姫様に会った時のことを思い出して欲しいでござる」
「初めて会った時って……葬式の時?」
「そうでござる。よく思い出して欲しいのでござるが、セイジ氏はお姫様とお話が出来ましたでしょうか?」
「そりゃ、普通に話をして……」
蛇沼にそう言われて、セイジは、タマに初めて会った、葬儀会場での会話を思い出していた。
とてもかわいらしい少女だが、しかしその瞳は縦に長い。喋る言葉といえば、猫の鳴きまねばかりで、セイジにとてもなついていて……。
「あ」
「どうしたのセイジ君?」
セイジははっと気付いた。
「……俺はタマと『会話』をしていない。というか、タマさんは猫の鳴きまねしかしなかった」
「そういうことさ」
「セイジ氏はお姫様と話をしていないでござる」
あの葬式での邂逅で、最も身近にいながら、セイジとタマは、一言も「言葉」を交わし合っていない。ただタマは猫の鳴き声を上げ、セイジがそれをあやしていただけだった。
なにか嫌な予感がセイジを包むが、それに抗うように言葉を続ける。
「で、でもそれがなんだって言うんですか」
「わからないかな? タマは喋らない、ではなくて『喋れない』んだ」
「すなわち、望みを口に出すことも、解呪を了承することも出来ないでござる」
「いや、もう少し突っ込んで言えば、タマは呪い自体を理解できていない。そこまでの知性がないんだ」
「そ、そんな……一体どうしてですか?!」
「呪法を行った当時の年齢に問題がござった……」
「つまりタマは、俺達と一緒にすり潰された時、赤子も同然だったんだよ」
「……え……」
「そして拙者たちは守護霊にされた後、年を取ることはござらぬ。それ以上、肉体的にも精神的にも成長できないと言う方が正しいでござるな」
「つまりタマは言葉を理解できず、願望を言葉に出来ない……故に願望を叶えることも出来ない……ということですか?」
「うん、俺が最初に解決方法について言い渋ったのは、この事なんだが、実はそれだけじゃない」
「まだあるんですか……」
熊野と蛇沼は魂の抜けかけたセイジへ、さらに追い打ちをかける。
「セイジ氏は拙者と熊野氏とお姫様の中で、誰が一番危険と考えるでござるか?」
「……熊野さんですか? 大熊だし」
「そう、普通は熊が一番危険なんだが、この邪法は違う」
黙したまま何も言わないセイジの代わりに、リツが答える。
「……あんまり考えたくない話ですけど、その口ぶりからすると……」
「呼子様のお考えのとおりでござる。拙者たち三獣の中で、一番巨大な力を持つのはお姫様でござる」
「俺達はグリコのおまけとも言えない。店員のくれるレシートレベルの存在でしかない」
熊野は一旦言葉を切り、そして続けた。
「タマが三獣の呪いの要なんだ」
「そういうわけで、拙者たちの呪いを解いても、皆殺しは止まりませぬ。お姫様を止めなければ、意味が無いのでござる」
熊野と蛇沼がまるで言い訳の様に、セイジとリツに続けた言葉をまとめると次の様になる。
三獣の呪いは元々強力な邪法であるが、その根源は、当主に懐く猫の思慕にあるという。
当主に懐く猫を責め殺すことで生まれる怒りや悲しみ。その負の感情が邪法の力となるのである。
だが怒りや悲しみは年月が経つにつれ風化してしまう。
それを風化させないようにする方法、それが物心の付かない子猫を使うのだという。
「さっきも言ったとおり、供物にされた俺たちは年を取らない。つまり知性も供物にされた時のまま、発達することはないんだ。意思疎通や、話が出来るのであれば慰めることも出来る。しかしタマは幼過ぎで、人の言葉を話すことも、理解する事もできないんだ。ただ一人きりで年々年々、当主がいない寂しさが募るばかりなんだ。そしてそれに比例して力も増幅する」
「しかも今回の葬儀で、約束が果たされていないでござる。そしてなお悪いことは、前回の葬儀は七十年以上前なのでござる。その間、お姫様は日々悲しみに暮れていたのでござる」
セイジは二人の話にどきりとした。
セイジ自身、両目を失明した時にとても深い悲しみに包まれたのを覚えていた。
そして、その後に自らさえ焦がすほどの猛烈な怒りが溢れたことも。
認めたくないことではあったが、悲しみは容易に怒りに変質し、他者を傷付けるに至るのだ。
「俺達のように、言葉を理解出来れば、話し相手にもなれたんだがなあ……実質的なひとりきりの時間がが五百年以上続いたんだ。五百年だぜ? 霊も神になれる歳月さ。おかしくならないほうがどうかしている」
「……言いたくないことでござるが、今のお姫様は本当に狂った神でござる」
「にゃーーーーおう」
細く長い猫耳に、縦に割れた虹彩から溢れる憎悪の視線。声と口元はとても人懐こく笑い、瞳からは涙が切々と流れている。
セイジの頭のなかに、何故かそんなタマのリアルな光景が鮮明に浮かんだ。
今までで一番重い沈黙が、テーブルを包んむ。
そしてやはりそれを破ったのはリツで、彼女は熊野と蛇沼をまっすぐ見つめて問うた。
「ではどうしても、邪法を解除するのは無理ということですか」
熊野はじいっとリツの目を見据えたまま、口を開いた。
「……方法は、ある……」
「どんな方法です?」
「……わかっているだろう……?」
熊野はそっけなくそう言って、セイジの瞳をじろりと睨んだ。
「わからないですよ! 教えてください」
そう言うセイジに、蛇沼が苦り切った顔で、
「元から断ち切ればいいのでござるよ!」
そうつっけんどんに言った。
セイジはやっと気付いたような顔をした。
「……タマを……殺せばいいのか……」
蛇沼と熊野が黙りこむ。
「じゃあ簡単だ。俺はやるぜ。一族郎党皆殺しを考えたら子猫一匹なんて、仕方ないが諦めてもらうぜ」
「それは無理だと言ったろう、あいつは子猫じゃない。あいつは既に狂った神なんだ」
「どういうことですか?」
「呼子様。普通の武器は通用しないという事でござる。五十口径のアンチマテリアルライフルだろうが、M1エイブラムスの戦車砲であろうが、銃弾は身体を素通りするだけでござる」
「そ、そんな」
「だが一つだけ、狂った神を殺せる武器がある」
そう言った二人に、セイジは半ば叫ぶように
「そ、その武器とは、一体何なのですか?!」
と問うた。
それに対し、蛇沼は厳かに口を開いく。
「この物語の始まりの剣、清太郎を殺した大太刀、吉浦家の守刀、またの名を『童子切』を使うのでござる」
「?! あの朱塗りの鞘の大太刀のことか……! で、でも……」
「そう。『童子切』は抜いた人間を取り殺したり、重大な障害を負わせてしまう。つまり本当に袋小路なんだ」
「ゲームで言うなら、シナリオ進行不可で積んでる状態なのでござる」




