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オーク討伐

 使用人生活二日目は魔物討伐に随伴することになった。メイド服のままで。

 壁内に住んでいる人達は結界に守られているから良いとして外壁、つまりスラム街に住む人々は結界の加護を受けることができないので常に魔物の脅威に晒されながら生活することを強いられている。


 これは道中、お嬢様から聞いた話だが魔物除けの結界は遺失技術アーティファクトの一種で現代の技術では再現不可能とのこと。結界のある街への移住希望者は後を絶たないし、全てを受け入れることはできない。そして絶対的に現存数の少ない結界を巡って戦争が起きることも。


「強い人が弱い人を守るのは当然の義務。私もお母様も、お祖母様にそう教えられて育ってきたわ」


 馬上で身の上話を聞かされながら、お嬢様の話に真剣に耳を傾ける。


「お祖母様が現役だった頃はそれが当たり前だったの。だけどいつしか魔術を扱えるのが特権階級の権利だの何だの言い出す輩が出て来てね、気が付けば弱い奴の面倒まで見る必要はないって思想が根付いちゃった訳。女性が魔術を使えるのは自分の為じゃない。力なき人々を守る為なんだって、お祖母様は事ある毎に言ってた」

「だからこうやって間引きをしているんですか?」

「そうよ。尤も、私の考えに賛同してくれる騎士なんて殆どいないし、そういう騎士は大抵、金持ちや貴族の私兵だったりする。そもそも魔物の間引きは冒険者の仕事だしエルビスト王国の主戦場は海だから」

「陸からの侵略は大丈夫なんですか?」

「大丈夫じゃないけど、国は領土拡大をしない代わりに専守防衛に力を注いでいるわ。海上での戦闘はさっき話した騎士やニンフ達の仕事ね」


 話を聞く度に訊きたいことが増えていく。下級区に住んではいるけどニンフなんて見たことがない。話し方からして海に住んでいるのだろうか?


 一度だけ、新鮮な魚を買う為に港区に行ったことがあったけど、そこで働いているのは冒険者もかくやの体躯をした男だちがせっせと働いていた。


 低く見積もっても身長は百八十センチ。丸太のような太い腕で米俵ほどある資財や大樽をひょいとまとめて持ち上げたりする。あんな人達と目を合わせたら最後、僕は間違いなく蛇に睨まれた蛙になる。


 馬鹿なことを考えながらお嬢様に手伝ってもらいながら馬から下りる。今は自分の疑問を解決するよりも目先の問題に集中するべきだ。


 ……やること少ないけど。


「そろそろオークの集落よ。念の為カオルちゃんも準備しておいて」


 今日、僕たちはオークの集落を殲滅する為にここまで来た。ゴブリンすらまともに倒せない僕が何故ここに居るかと言えば付き添い……という名目で荷物持ち。内訳はお昼ご飯要員。【ストレージ】の中には屋敷で作った唐揚げと揚げ餃子、そしてチョコムースが出番を待っている。


 ……えぇ。その為だけに僕はお呼ばれしたんです。戦力なんてとんでもない。


「へぇ……冒険者がボウガン使うの始めて見たかも」

「僕はどうしたって非力ですから。そんな僕でも魔物を倒せる手段があるとすればこれしかないと思ったんです。相棒バルドもいますし、矢には毒も塗ってありますからこの近辺に住む魔物程度ならギリギリ大丈夫です」

「あー……その、ね。言いにくいんだけど魔物の肉って普通に取り引きされてるわよ。だから毒矢はお勧めしないわ」

「えっ……」


 何それ。初耳なんですけど?


「ゴブリンやオークは別だけど、オーガとかシーサーペントの肉なら普通に市場に流通してるわ。毒を使って仕留めれば当然、肉は売れない。魔軍の侵攻時ならともかく、冒険者活動で毒の使用は収入を減らすだけだから」

「そんなぁ……」


 良いアイデアだと思ったんだけどな、毒矢。


「そんなにガッカリしないで。屋敷に戻ったらそれより良い武器あげるから。昔私が狩猟にはまっていた頃使っていたお下がりになるけど」

「ありがとう御座います」

「そろそろ見えてきたわ」


 お嬢様の、緊張を帯びた声音で僕も意識をオークの集団に向ける。窪地に作られた集落ではオーク達が思い思いに過ごしている。


「…………」


 ギュッと下唇を噛み締めることで目の前の惨劇げんじつを直視する。

 両手を縛り上げて吊し上げにされ、若いオークが武器の試し切りをしている。絶命して既に幾ばくかの月日が流れてる死体は判別不可能なほど滅多切りにされてる。若いオークが立ち去ると烏のような魔物がよってたかって死体を貪り始める。


 風に乗って女の絶叫が聞こえる。洞窟の中で何か行われているのか。想像したくなくても想像してしまう。


 レベル一だからと言って何もしない訳にはいかない。地形を把握して、来るかどうかも分からないチャンスに備える必要がある。


「私が突撃して敵を殲滅する。合図があったらカオルちゃんは降りてきて死体を【ストレージ】で回収して。ボウガンの援護は余裕があったときでいいから」

「分かった」


 突撃してどうするの、とは訊けなかった。有無を言わせない迫力があったから。

 今回のオーク討伐の際にお嬢様が用意したのはハルバードと呼ばれる武器。騎士を名乗るには剣術だけじゃなくて槍術に弓術、魔術が使えなければならない。何処かの部隊に欠員が出たとき、誰かが代役を務める為だ。


 大きく深呼吸をして気を落ち着かせて魔術の詠唱に入る。女の人が魔術を使えるのはバルドから教えてもらったけど、実際に見るのは初めてだ。


 ごぉっと、風が低く唸る。瞬間、彼女の全身から赤熱の光が蒸気となって身体から立ち上る光景を幻視した。お嬢様が使おうとしているのは火属性の魔術だ。自分でも分からないけど、直感でそう感じた。


 詠唱が終わって、お嬢様の掌から複数の火球が生まれて高速で飛ぶ。丁度、小学校の大玉転がしで使う大玉ほどの大きさだ。


 火球に随伴するように崖を飛び降りる勢いで疾駆する。いくつかの火球がオークに直撃して一瞬で命を奪い、外れた火球は着弾して煙幕を張る。プロならともかく、素人の僕ではとても援護なんてできる状況じゃない。


「はぁあああっ!」


 気合い裂帛。ハルバードを横薙ぎして煙幕を振り払う。血飛沫カーテンの向こうでは全身に古傷を刻んだ歴戦のオークを三匹纏めて薙ぎ払う姿。薙ぎ払いは大振りの筈だ。にも関わらず、お嬢様は歩みを止めず勇猛果敢にオークの群れへ突撃する。


 大剣を構えてハルバードの一撃に備えるオークがいた。だが斬撃の速度と重量に負けて大剣は真っ二つにされ、紙を切るように脳天から股下まで一気に両断する。武器の反動を殺さず、軸足をしっかり固定してその場で回転しながら進撃。背後から迫ったオークは防御する間もなく、予想外の動きに何もできず胸部に真一文字の深い傷を刻まれ倒れる。


 一呼吸する度に状況が二転三転と変わる。気付けばお嬢様の姿は舞い上がった土煙の向こう側。時折、煙の向こうで血飛沫が上がり、爆音と絶叫が断続的に響く。ここまで届いた強烈な異臭が鼻に突き刺さり、肺を駆け回るけど気にしない。耐えきれず吐く段階はとうの昔に過ぎた。だからこそ、僕は大木の上で矢を継がえるオークの存在に気付くことができた。だけどボウガンの射程外だ。かと言って放置しておくのはまずい。


 気付かれないように細心の注意を払いながら有効射程距離まで近づく。匍匐の体勢を取ってボウガンを構える。矢の軌道が手に取るように分かるのは僕の才能か、或いはスキルのお陰か判断が付かないが、矢が届くなら何でも良かった。


 引き金を引き絞る。イメージ通り矢が放物線を描き、目玉に刺さる。想定外の攻撃を受けたオークアーチャー(仮称)はバランスを崩して頭から落下。ボキッと、良い音を立てながら首を折る。


 大木の上に陣取っているオークアーチャーは一匹だけじゃない。仲間をやられ、こちらの存在を認識したオークアーチャーが僕に狙いを向ける。矢をセットする暇はない。一瞬で【ストレージ】から予備のボウガンにチェンジ。


 西部劇の早撃ちよろしく、素早くと構えて即座に撃って、全力で真横へ飛ぶ。結果を確認する余裕はない。手頃な木に身を隠して背中を預ける。


 早く援護したいところだが焦って装填ミスをすれば時間をロスする。ゆっくり急ぐ……と言う日本語があるかは分からないけど、それを心掛けて矢をセットする。


 だけど、いざ反攻に移ろうとしたとき、このまま半身だけ身を晒していいのか少しだけ迷った。狙い打ちされるのがオチではないか?


(構うもんか)


 臆病でいることは恥だ。臆病なままでは何も成すことができない。昔の恩師の言葉を反芻して、意を決して身体をさらけ出す。大木の上にオークアーチャーの姿は──何処にもなかった。


「…………あれ?」


 拍子抜けとはこういうことを言うんだろう。殺し合いを肯定する訳ではないが、折角の決意が無駄になったような気分だ。


 何故、と思う前に疑問は氷解した。遠くから聞こえていた戦闘音も、絶叫も、もはや聞こえない。森には再び静寂が戻った。


 オークの集落へ続くなだらかな坂を見つけてお嬢様と合流する。オークの死体には目もくれず、犠牲になった人達の死体を一箇所に纏めていた。


「手伝いますよ」

「うん。お願い」


 死体に足を取られないよう注意しながら吊り上げられてる死体を一つ一つ丁寧に降ろす。見るに堪えない状態ではあるが、この人の無念さを思えば触れたり服を汚したりすることなど些細なことだ。


「一箇所に集めた後はどうするんですか?」

「燃やすわ。埋める余裕なんてないし。そっちは私がやっておくからカオルちゃんはオークの死体を【ストレージ】に収納して。何体かは換金できる筈だから。それ以上、カオルちゃんに出来ることなんてないから上で待ってて」


 彼女の言葉に、僕は無言で頷くことしかできなかった。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆


「さっ、カオルちゃん。お昼ご飯ちょだい」


 ……この人はついさっきまで、オーク相手に無双していた人だよね?

 切り替えの速さに驚きながら用意しておいた昼食を【ストレージ】から唐揚げと揚げ餃子を出す。そのまま食べるのも味気ないので白パンに挟んで食べるよう指示する。


「ん、美味しい! 肉を揚げるって聞いたときはすっごい脂っこい料理を想像してたけどこのぐらいなら許容範囲ね。それに精霊魔術って使うとお腹が減るからお腹に溜まる食べ物は大歓迎よ。……という訳でカオルちゃん、お代わりない?」

「思いつきで魚介類のスープに付けたスープパスタがありますけど、食べてみますか?」


 因みにこれ、ラーメンの気分を味わえないかと安直な発想で作った料理だ。乾物があるのは素直に驚いた。絶対ないと思ってだけに、見つけたときは衝撃的だった。


「スープパスタ? それも聞いたことないわ。えぇ、この際だから未知の料理は全て食べ尽くすわ。片っ端から出して頂戴」

「僕の分まで食べないで下さいね」


 セカンドディアの悲劇を二度も体験するのはゴメンだ。

 冗談を交えながら野外とは思えないほど優雅な昼食を取りながら【ストレージ】を操作して戦利品を眺める。損傷が激しく、買い取り不可能なオークの死体は赤文字で警告が出ていたのでオプション(項目がありすぎて把握しきっていない)を操作して破棄パージを選択。


 今回のオーク(勿論僕の働きなんてたかが知れている)討伐数は三十五匹。内二十匹は破棄。戦利品はもっぱらオークの皮とオークアーチャーが使っていた弓と矢筒。そして新鮮な血液と書かれた項目。……魔物の血って、使い道あるのかな?


「ねぇ、訊いてもいい?」

「ご飯食べてから」


 あ、はい。そうだよね。

 よく考えてみれば食事中に質問するような内容じゃないし、大人しくお嬢様が食べ終わるのを待つとしよう。


「……んぐ、ふぅ。ご馳走様。で、私に訊きたいことって何?」

「あ、うん。冒険者ギルドでも魔物の血って買い取ってくれるの?」

「買い取るに決まってるじゃない。魔物の血は魔術付与エンチャントの触媒や魔武器の原材料になるわ。冒険者なら常識だと思うけど?」

「そうなの? 僕はオークとは殆ど戦わなかったし、ゴブリンの血は買い取って貰ったことがないから分からないけど」

「ゴブリンの血は供給過多だから買い取らないの。オークは討伐そのものを忌避する人が多いからそれなりに需要はあるわ」


 血が需要あるって……異世界って凄いな。日本じゃせいぜい輸血ぐらいだよ。


「カオルちゃんって不思議だね。常識に疎いところがあると思えば見たこともない料理を作ったり。教養もそれなりにありそうな感じもするし……実は訳あり貴族だったりする?」

「そんな訳ないよ。僕は至って普通の家庭に生まれた子だよ」


 実の息子に女装を強要すること以外は至って普通だけどね。ただ、どうもお嬢様は納得してくれなかった。


「本当に平民? 確かに字の読み書きができる平民もいるけど教養に関しては全く別よ。昨日、一緒にご飯を食べたときだってそう。テーブルマナーは完璧とは言えないけど、及第点を与えてもいいし、食べる仕草だって妙に洗練されていた」

「いや。平民でも女の子と一緒に食事をするときはマナーに気をつけると思うけど?」

「あなたは自分の相棒がそういう気配りができる人だと思う?」

「…………できない、かも」


 ごめんバルド。弁護したいけどできない。と言ってもバルドが貴族と会食する機会なんてないと思うから別にいいか。


「そ、それより! 報酬は二人で折半で良かったんだよね?」


 強引なのは承知だけど、僕は話題を変えることにした。


「えぇ。……あぁでも、オークアーチャーの戦利品はカオルちゃんの物でいいわ。援護してくれたんでしょう?」

「気付いていたんですか!?」

「当然よ。別に私一人でも処理できたけど、カオルちゃんが注意を逸らしてくれたお陰で殲滅はスムーズに進んだから。私からのボーナスだと思って受け取って。あぁでも、矢筒は売らずに自分で使うのもアリかもね。オーク族が使う矢は貫通性が高いから」


 あの乱戦の中でもオークアーチャーの存在をしっかり認識していたなんて。

 僕は他の冒険者との交流がないから分からないけど、それがどれだけ凄いことなのかは想像できる。バルドも傭兵上がりの冒険者だからそれなりに強いけど、この人はバルドのそれを大きく上回っている。


 お嬢様が最強なんて言わない。だけどこの半年間、出会った人の中では間違いなく最強と言えるだけの実力はある。彼女が特別なのか、それともこれが騎士に求められる強さの水準なのか。僕には判断が付かない。


「さて。雑談はこのぐらいにして早くカンドラへ帰ってギルドで換金してご飯食べましょう。晩御飯の方も期待してるわ」

「何か食べたい物の希望とかありますか?」

「任せる」


 うん。それ作り手にとっては一番困る解答なんだ。

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