勇気があれば恥もかける
異世界の朝は早い。
電気もガスも水道も通っていない世界の住人(特に平民)たちにとって夜更かしは推奨されるものではない。明かりとなる蝋燭は消耗品。一本一本の単価は安くてもまとめて購入するから結局、それなりの出費となる。大まかな感覚だけど僕がストックしている蝋燭一本(銅貨五十枚)で大体一時間ちょっと持つ。午後九時に使って午前二時に就寝すると仮定すると五本消費することになる。よって、僕の消灯時間は必然的に早くなり、朝も早くなる。あくまで僕基準で。
「兄貴。お早う御座います」
「う、うん。おはよう」
バルドの朝は僕より早い。これは絶対おかしい。
健忘症でもない限り、僕の記憶に間違いがなければバルドは昨日、娼館に行っていた筈。その頃には写本のバイトを終えて安物のベッドの中にいた。にも関わらず、僕より早く起きているなんて。
……文化の違いということにしておこう。
「女将さん、お早う御座います」
「おはよーさん。カオルちゃんはいつも遅いねぇ。冒険者様がそんな遅起きじゃ良い仕事にありつけないよ。依頼は早い者勝ちだからね!」
宿屋の女将の言う通り、日が昇って間もないというのに周りの宿泊客(僕達のような冒険者が殆どだ)は既に朝食を取っている。当然、バルドも食事中。女将の言葉に僕は『前向きに頑張ります』とだけ言っておく。
「で、何食べるんだい?」
「いつもの」
「はいよ! パパッと作っちゃうからちょっとだけ待っておくれ!」
うん。良い女将さんだ。聞けば元冒険者で今でもCランク程度の実力は保持しているそうだ。食事のグレードが他の宿屋より良いのは市場を介して仕入れているのではなく、この女将さんと旦那さんが直接狩りに出向いているからだそうだ。旦那さんの方は見たことないけど。
「兄貴、昨日の話ですが……」
「ん? ……あぁ、例の求人募集?」
「そッス。自分も一緒に来て構わないッスか?」
「えっ、始めからそのつもりだけど?」
主に武器を使う交渉対策とか。あと、言い方は悪いけど盾要員とか。いやバルドは盾使わないけど。
「やっぱり兄貴は懐が深いッスね。……けど気をつけて下さい。魔術を扱う貴族様ってのはあまり良い人じゃねぇッスから」
「そうなの?」
「そうッス。これは自分がまだ傭兵稼業をしてた頃の話なんスけど、魔物討伐の依頼があったんで自分らを始めとする多くの傭兵が志願したんス。相手はゴブリンやコボルトばかりでしたがいかんせん数が多すぎました。だから雇い主様はこう考えたんスよ。自分ら傭兵を囮にして雇った傭兵もろとも範囲魔術で一掃してやろう……と」
嘘……信じられない。それ確実に訴えても良いよね? というより契約書とかそういうの……あっ、そう言えばバルドは文盲だっけ。
「いえ。別に傭兵に先陣切らせて騎士様の消耗を抑えるのはいいんスよ。元々傭兵の契約なんてそれが前提ッスから。ただ、許せないのはそれを当然とばかりに思った挙げ句傭兵を皆殺しにして報酬をケチろうとする貴族の考え方ッス。以来、自分はなるべく貴族個人の依頼は避けるようになったッス」
「バルドも結構苦労しているんだね」
「お待たせしました」
話が一段落したところでウェイトレスが朝食を持ってきた。よく見ればこの前、俺を日雇いのアルバイトと勘違いして厨房に引きずり込んだエリナだ。あの件はお互い、不幸な事故だったということで水に流したけど。
「二人は今日もお仕事?」
「そうだが?」
「ゴメンね。バルドって口は悪いけど良い奴だから」
「へーきへーき。冒険者なんてそんなものでしょう? むしろあなたみたいな礼儀正しい冒険者の方が珍しいわよ」
「そうなの? 礼儀正しくしておいた方が覚えも良いし次もまた仕事くれるかも知れないからそうするのは当然のことじゃない?」
「そうだけど、実際にそうする人って少ないわ。そもそも冒険者って金持ちになりたいとか英雄になってやろうって人がなるような仕事なんだから相手に舐められないように行動するのは当たり前よ。……まぁ、お陰で色んなトラブルもあるんだけど……あなたその辺疎そうだし、ちょっと心配ね」
「兄貴は俺が守る。その辺の冒険者に引けを取るほど俺は弱くねぇよ」
「ふぅん。……ま、いいわ。それじゃ、私は仕事に戻るから」
バイバイ──と、手を振って足早に去って行くエリナを見届けてから朝食にありつく。鶏ガラっぽい何かで出汁を取った肉入りの野菜スープに黒パンと紅茶。緑茶が欲しいところだけど贅沢は言えない。
返済期限まで残り五日。昨日の素材報酬と担保になっている腕時計分の資金と手持ちのお金を合わせてぴったり二百万ゴールド。金貨二十枚分になる。
(……どうしよう。全然足りない)
これはいよいよ借金も視野に入れるべきだろうか? いや、無名の冒険者に大金を貸してくれるなんて甘い幻想は捨てるべきだし、そもそも返済プランなんてない。勢いに任せて言っちゃったけど、これってもしかしなくても詰んでいるんじゃないだろうか?
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
しっかり朝食を取った後、身綺麗にしてから中級区へ向かう。相手は騎士候とは言え、貴族だ。最低限、身嗜みには気を遣った方がいい。バルドも一応は納得してくれた。
中級区の町並みは下級区と比べれば雲泥の差だ。堅気から冒険者、亜人に乱雑した建物と、猥雑とした町並みと違ってキチンと区画整理がされている。道幅も広く、馬車二台が普通にすれ違えるくらいには道幅も広い。
本来、中級区は治安維持という名目で一般人及び、Cランク以下の冒険者の立ち入りは制限される。立ち入るにはBランク以上の冒険者であること、商人のような地位に就いている者、僕たちのように依頼で来るか下級区で日帰りの通行許可書を発行してもらう必要がある。因みに許可書の発行に手数料として一人銀貨一枚取られる。
ただ、人が少ないからと言って僕の稀少性が変わる訳ではない。ここに住んでいるのは富裕層が殆どだからこっちをジロジロ見ることはないけど、子供は好奇心に満ちた眼差しで僕を見てくる。
やっぱり、容姿もそうだけど左右で目の色が違うのって異世界でも珍しいのかな。
住宅街を抜けて貴族街へ入る。依頼書にあった真っ白な屋敷はすぐに見つかった。というかこれはどう見ても──
「ホワイトハウスだ」
「ホワイト……何スかそれ?」
「僕の居た世界にあった外国の建物で外観を真っ白に染め上げた偉い人の家」
バルドには異世界に来た経緯を話している。必死に隠すほどでもないけど、吹聴する話でもないから深く突っ込まれない限りは話さないスタンスでいる。
「ねぇ、今更だけどこんな時間に尋ねて迷惑じゃない?」
腕時計を担保にしているせいで正確な時刻は分からないけど、多分今は八時ぐらいじゃないかな? 社会人は普通に働いているし、子供たちは通学中だけど人様の家へ尋ねるにはまだ早い気もする。というか迷惑そうな顔される。
「問題ないッスよ。兄貴が遅すぎるッスから。というか兄貴、どのぐらいまで寝てるンすか?」
「えーっと、休みの日なら今はまだ寝てる時間……かも?」
休日の日は九時ぐらいまで寝てるけど、それでも同年代の子と比べたら早い方だ。クラスメイトの中にはお昼まで寝る子とか普通にいたから。
そんなことを考えながら門に取り付けられた呼び鈴を鳴らす。数秒と待たず胸当てとチェインメイルで武装した中年男性が出て来た。
「当屋敷にどのようなご用件ですかな?」
「ミス・バルテミーの依頼で来ました」
証明の為に、懐から依頼書を取り出して見せる。羊皮紙にサッと目を通してそれが本物であることを確認した中年の人は僕達を屋敷へと招く。
歩き方一つ取っても洗練されている。素人の僕ですら分かる。多分、じゃない。間違いなくこの人デキる人間だ。身に纏う雰囲気がギルドにいる冒険者と一線を画している。
バルドも僕と同じ印象を抱いているのか、珍しく緊張した様子で僕の隣を歩く。
程なくして応接間に通されてお茶と菓子を勧められる。久しぶりに食べたクッキーの味は……美味しいと言えば美味しいんだけど──
(僕の知っているクッキーと違う)
食べてみて分かった。素材の質が良くない。焼き加減が甘い。いや、こっちに来て食べたお菓子の中では上位に食い込むくらいには美味しいけど、これじゃない感が凄い。
ミス・バルテミーには悪いけど、これは偽物のクッキーだ。そして心に誓った。
お菓子も自分で作った方が美味しく作れそうだ。
(今回の騒動が一段落したらお菓子作りに専念するのもいいかも知れないね)
………………。
いやいや! お菓子作りに力入れてどうするの僕!
……でも食事事情は改善したいんだよね。不味い訳じゃないけどずっと物足りない感じがするし。
「お待たせしました」
口直しの紅茶(薔薇の香りがしてティンブラっぽい味だった)を飲み干したところで依頼人のミス・バルテミーが姿を現す。
慌てて立ち上がり、一礼して見上げてビックリした。なんと、依頼人の正体は他でもない、数日前にセカンドディアを十本食べ尽くしたあの時のお姉さんだった!
お姉さんも僕の方を見て一瞬だけ笑顔を浮かべるものの、すぐにバルドの存在を認めて意識を切り替える。
「初めまして。若輩ながら騎士候の役職に就かせて頂いております、リディア・シュヴァリエ・フォン・バルテミーです」
優雅に一礼したお姉さん──もとい。ミス・バルテミーは一度だけバルドの方を見て、少し眉をひそめる。多分、僕以外の人が来るとは思ってなかったんだろう。気持ちは分からなくもない。
「Fランク冒険者のカオルです。こちらは相棒のバルドです」
僕からの紹介を受けたバルドは無言で会釈する。冒険者には無学の者が多いというのが共通認識なのでバルドの行動は非礼にはならない。冒険者が貴族と接するときは本当に最低限の礼儀だけを守ればいいという暗黙の了解があるそうだ。
「相方がいらしたのですね。てっきりお一人かと思ってました」
お姉さん、もうちょっと取り繕うとかした方がいいと思います。
「まぁ、それはいいでしょう。では、早速ですが仕事の話に入りましょうか」
「分かりました。ですが、私はまだこの依頼を受けると決めた訳ではありません。申し訳ありませんが返答は仕事の内容を聞いてからでも宜しいでしょうか?」
「えぇ。構いませんわ。……とは言え、具体的に何かをしてもらうのはそちらの方ですが」
あ、やっぱりこれ完全に僕宛の依頼だったのね。バルドもそれを察してひとまず成り行きを見守っている。道中、事前に交渉中は黙って欲しいと頼んでいるからよほどのことでもない限りは口を出してこない。
「カオルさんには当屋敷で三日間、住み込みという形で働いて頂きます。仕事はそれほど難しいものではありませんのでそこまで深刻に捉えなくても結構ですよ」
……広場で出会ったときはもっと砕けた感じだったけど、これってバルドの目があるから他人行儀でいるのかな?
「歩合制、とありますがこれが適応されるのはどのような条件ですか?」
「そうですね。三日間という短い間ですが恐らく……いえ、間違いなく私はあなたに……その、少しばかり厳しい要求をすると思います。その歩合制は厳しい要求を呑んで頂いた場合のみ、支払うものです」
「…………」
あれ、何でだろう。なんか今もの凄く嫌なビジョンが浮かんだ。中学時代の嫌な思い出とは違う。これは……そう、実家で過ごしていたときのアレだ。母さんが『一万円上げるからブルマ着たカオルちゃんを撮らせて!』と懇願したときと同じものを感じる。
「厳しい要求というのは?」
「厳しい要求です」
「…………」
「………………」
「……使用人として、働くことに相違はありませんか?」
「正確にはその真似事と思って頂いても構いません」
「それは私服ですか? それとも支給品の服ですか? もし支給品の服であればそちらを見せて欲しいのですが?」
「…………」
サッと目を逸らすミス・バルテミー。僕の嫌な予感が警鐘を鳴らしている。身の危険を感じる類ではないけど、これは間違いない。
(うん。この人僕に女装されるつもりだ)
不本意ではあるが、母親を始めとする従兄弟たちにはそういう玩具として扱われたことが何度もある。ハッキリ拒絶できなかった僕が悪いんだけど……。
今のミス・バルテミーからは従兄弟たちが僕に女装をさせようとする気配が感じられる。これはもう直感としか言いようがない。
何が悲しくて異世界に来てまで女装しなければならないんだ。僕は男だ。家で母さんにそういう格好をさせられるのは……ギリギリ我慢できる。登校拒否時代、色々面倒見てくれたし、何もしなかった学校に対して抗議もしてくれた。ついでにお小遣いもいつも多めにくれた。だから我慢できた。
(いや、でも……うーん…………)
女装なんて嫌だ。こんな依頼はお断りだ。
そう突っぱねるのは簡単だ。だけど良く考えるんだ僕。これは普通の依頼ではない。指名依頼、それも騎士候直々の依頼だ。相手は自分でも無茶な要求をしていることを自覚している。歩合制でどのぐらい追加報酬をもらえるか分からないが、相手に交渉の余地があることが分かっただけでも収穫だ。
「ミス・バルテミー。貴女の依頼を拒否するのは簡単です。ですが、不本意ではありますがこちらにも簡単に拒否できない事情があります」
正直、僕の交渉手腕なんてたかが知れている。ぶっちゃけ、こういう交渉事は始めてと言ってもいい。だけど、初歩的な交渉のコツぐらいなら知っている。
「金貨八十枚と引き替えに貴女の無茶振りを聞くと言ったらどうしますか?」
「なっ……幾ら私でもそんな大金出せないわッ」
予想通りの解答。だがそれでいい。僕も始めから金貨八十枚が報酬金として支払われるなんて思っていない。
だからまずは過大な要求を相手に突き付ける。そしてそこからお互いの妥協点を探り合う。僕が持つ交渉技術はこれだけだ。これと切り札を頼りに、報酬額をつり上げる。
「そうですね。良く考えなくてもお金は大事です。極秘任務でもない限りはそんな大金、支払えないでしょう。……では、金貨四十枚ならどうですか? 僕は冒険者をしてますが、恥ずかしいことに戦闘はからっきしですが戦闘以外のこと、特に家事全般に関してはなかなかの物だと自負できます。加えて、私はミス・バルテミーが知らないような料理やデザートを作る自信もあります。そのような未知なるモノを味わえるのであれば、金貨四十枚を支払うだけの価値はあると思いませんか?」
攻めるなら胃袋方面だ。これはセカンドディアの串焼きで実証済み。ミス・バルテミーもきっと、僕と同じように食べ物の魅力には抗い難いものがあるに違いない。
案の定、ミス・バルテミーはお金と食欲の狭間で揺れ動いている。だけど簡単に頷かない辺りは貴族と言うべきか。
「…………どんなものが作れる?」
よし、食い付いてきた。後は胃袋を掴むだけだ!
ついでにここで切り札を切る。今までは誰にもバレないようにこそこそしてきたけど、四の五の言ってられない。信用できるビジネスパートナーを確保するのも大事なことだ。
「今この場で、現物を見せても構いませんか?」
一言断りを入れてから、行動に移す。ミス・バルテミーは怪訝な顔をしながらも頷く。
それを確認してから【ストレージ】を操作してボンと現物を出す。
チョコレートムース。断言してもいい、この世界でチョコレートムースを作ったのは僕が始めてだ。
ゼラチンはどうした? と思うかも知れないがどうか思い出して欲しい。
以前、エリナさんの勘違いで厨房の手伝いをしたのを覚えているだろうか? あのとき僕は普通の料理を大量に作り、その過程でゼラチン……ではなくコラーゲンの塊とも言える材料を手にする機会があった。
ブラックビーフの煮込みシチュー。それを作る過程で大量に出てくる骨。そしてその骨に含まれているもの。勘違いのバイトの後、思いつきで熱を加えて抽出してみたらゼラチンが出来上がった。興味本位で知った知識がこんな形で生きるとは僕も思わなかったし、一発で作れるとは思いもしなかった。多分、日本に居た頃からやっていた料理とこの世界特有の料理が上手く噛み合って、それが形になったんだろう。
後はそのゼラチンで作れそうなデザートを試作して、完成したのを【ストレージ】に突っ込んで自分用のお楽しみにしようと思っていた。でもゼラチンが作れることが判明した以上、それはいつでもできる。今は交渉の材料として存分に使わせてもらう。
女の子はスイーツが大好き。これは異世界でも共通認識だ。実際、下級区の甘味処は女性客で溢れかえっている。だからミス・バルテミーが揺れ動くのは当然の帰結。
「嘘……何もない空間から食べ物が……ッ! まさか、あなたは──」
「お察しの通り。僕はレアスキル【ストレージ】持ちです」
ついでに【ストレージ】のお披露目も兼ねている。これで天秤はこちらに傾いたと言ってもいい。
……厄介事が増えそうだけどそれは我慢するとしよう。最悪、呼び出し食らう前に何処かに逃げればいいし、元々カンドラに居続けるつもりもないし。
「ご存知の通り、【ストレージ】はレアスキルです。比較対象がないので僕が検証した範囲ですが、僕の【ストレージ】はかなりの容量があると思って結構です」
「……ただの吟遊詩人かと思ってたけどカオル君、実は凄い人だったんだね」
驚きのあまり素の自分に戻るミス・バルテミー。それに気付いて『あっ……』となる彼女。正直、他人行儀のまま話しかけられても息が詰まるので『話しやすい言葉遣いで結構ですよ』と言っておいた。
「……【ストレージ】という呼び名は知らないけど、私の知り合いにあなたと同じスキルを持つ人がいるんだけど、その人のそれは十種類まで、それも個数制限と重量制限があるって言ってた。そもそも空間に物を収納するスキルを持っている人自体、指の数にも満たないんだけど。参考程度にあなたの中身、訊いてもいい? 勿論答えられる範囲で構わないから」
「僕の中には冒険に必要な道具一式にボウガンと護身用の剣、料理が数点、あと直系五メートル級の大岩が二十個入ってます」
「……ねぇ、大岩って容量の無駄遣いじゃない? あと、普通はそんなの収納できないわよ?」
腕を組んだまま、バルドがうんうんと頷く。オーク戦ではちゃんと高台として機能したじゃないか!
「その議論は時間があるときに。まずは試食してみて下さい。あっ、それとも私が毒味してからの方がいいですか?」
「そこまでしなくていいわ。手の内を明かした相手を疑うほど盲目してないし、カオル君の人柄は信じるに値するわ」
やんわりと断って、使用人にシルバーを持ってこさせて実食に移る。事前に冷蔵庫(上段に氷の塊を入れて氷の冷気で冷やす極めてアナログな奴)でキンキンに冷やしたのを出したんだ。美味しくない筈がない!
「──美味しい。うん、これすごく美味しいわ! それに……うん、不思議な食感もそうだけどこんなに柔らかいのに形が崩れないのが不思議。チョコレートを溶かしてまろやかに仕上げた感じ? でもそれだけじゃこの食感は説明できないわ」
「それについては交渉次第で教えるのも吝かではありません」
さも自分が発見したように吹聴するのは心苦しいけど、お金の為だ。多少の嘘ぐらい吐いてみせる。
「……他には何が作れる?」
「【ストレージ】内にはありませんがそれに似たデザートでプリンというものがあります。卵とミルクで作ります。シンプルな味付けですがこちらも美味しいです。食感はそのチョコレートムースに似てます。あ、因みにケーキ作りなんかも得意ですよ?」
「くっ……悩ましいわね」
素人の判断だけど、形勢は僕の方に傾いている。後はどれだけ高額報酬を確約できるか。ここまで手札を晒しておきながら当初通りの報酬では駄目だ。最悪であっても金貨四十枚は欲しい。仕事中もどうにかお金を稼ぐ方法を考えるけど。
「……一つ訊いていいかしら?」
「どうぞ」
「こんなにも美味しいデザートが食べられる上に【ストレージ】持ちの使用人を三日間好きにできるのは凄く魅力的。できるならカオル君を私の専属メイドにして毎日作ってもらいたいぐらい魅力的よ」
とうとう認めたよ、この人。でも話の腰を折る訳にもいかないからグッと堪えて耳を傾ける。
「だけどカオル君がそこまで大金を求める理由はなに? 交渉手腕は荒削りなところがあるけど、あなたは堅実にお金を稼いで生きる人のように思えるの。理由もないのに大金が動く契約を結ぶのは誰だって躊躇うわ」
そうだよね。予定通りの契約なら話は別だけど、この契約は間違いなくお金が動くんだ。動機ぐらいなら……いいかな?
「……友達が奴隷にされたんです。その友達……あぁ、女の子なんですけど、その娘を確実に買い取るのに大金が必要になったんです。必要なら裏を取っても構いません」
大事なところは端折ったけど、この説明で充分な筈。
「奴隷ねぇ。まぁ冒険者なんだし、そういうことに興味を持っても不思議じゃないわね。……カオル君が買うってのはちょっと意外だけど」
「兄貴はそんな不純な男じゃねぇ。例え奴隷であっても嫌がることは絶対しない男だ」
バルドの中の何かに触ったのだろう、ずっと黙っていたバルドが反論する。一体何処まで僕のことを過大評価しているんだろう。
「それより、そろそろ決めてもらえませんか? 贅沢を言えば金貨八十枚ですがこちらとしても時間があまりないので最低でも金貨四十枚は欲しいところです」
「……それは、現金払いでないと駄目?」
現金でないと駄目? どういう意味だろう?
「小切手のようなものがあるのですか?」
「コギッテが何なのか知らないけど、私が提案するのは代案よ。私の権限で金貨八十枚なんて大金を動かすのは……できないこともないけど冒険者宛のクエスト、それも雑用程度の報酬で捻出するのはまず無理。金貨四十枚でも正直厳しいわ。せいぜい金貨二十枚が限界。でも、依頼の過程で生まれた利益に関しては当事者同時が好きに決めることができる」
あ、なんか嫌な予感がする。
「順を追って話すね。まず、カオル君には私の付き人をしてもらうわ」
「付き人、ですか……」
「そう、付き人。二日後はオークの集落を殲滅して、一日延長して四日後に日帰りで海の魔物退治に出掛けるの。シーサーペントって言うんだけど、聞いたことない?」
「いえ。バルドは?」
「自分も知らないッス」
「ま、陸上が主戦場の冒険者ならそうよね。オークは有名だから省くわね。シーサーペントっていうのはざっくり言えばスネークの海版よ。ここのところ漁業に被害が出て漁に出られないからどうにかして欲しいって猟師達から要請があったの。小隊を編成しようにも慣れない船上での戦い。しかも海の上で倒されることが殆どだから剥ぎ取りは期待できない。駐屯騎士はのんびり準備してからでいいと楽観視。だから私が志願することになったの」
「……一人ですか?」
「オーク討伐はね。でもシーサーペント討伐には護衛としてニコラスにも付き合ってもらうわ。で、カオル君は特に戦わなくていいし、それに付き合うだけでシーサーペントの剥ぎ取り報酬の半分はあげるわ。シーサーペントの素材は滅多に出回らないからそれなりの価格で売れるし、あいつらは集団で襲ってくるから実入りはかなり良いわ」
「えっと、話を纏めると三日間の屋敷勤めを果たした後、日帰りの討伐に参加すれば金貨四十枚は捻出できる、ということですか?」
「そうよ。細かい契約は依頼を受けてからになるけどこれ以上は私も譲歩できないわ。どうする?」
どうする? 考えるまでもない。この機会を逃したら多分二度と大金を稼ぐ機会は訪れない。飛び付く以外の選択肢など、僕にはなかった。
「分かりました。それで契約しましょう」
「本当? やった♪ これでカオル君にあんな服やこんなコトを──」
「…………兄貴、自分が言うのも何ですが早まったんじゃないですか?」
「友達を助ける為だよ……」
うん。人助けの為なら僕も何とか耐えられると思うんだ。
脳内イメージでは薰ちゃんは桜乙女の主人公をイメージしてます。
葵ちゃんの立ち絵本当可愛いよ……ッ!