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指名依頼

週三回の更新を目処に書き溜めを出す感じで更新してます。

「…………掛かってないね」

「代わりにゴブリンが引っ掛かってるッスけど」


 二日目。仕掛けておいた罠にバカラが掛かってないか見に行ったところ、バカラの代わりにゴブリンが餌食になっていた。吊り上げ罠に引っ掛かってジタバタ藻掻くゴブリンと落とし穴から脱出しようと足掻くゴブリン。どちらも金になるので相棒バルドに任せて【ストレージ】に収納。


「やけに静かだ」


 バカラを探して森を歩いていると、バルドがぽつりと呟く。


「……森って静かなものじゃないの?」


 都心で育った僕では森のことなんてさっぱり分からない。ただ漠然と、森は静寂なものだというイメージしか沸いてこない訳で。


「森ってのは自分ら人間でいう街みたいなモンッス。だから普通、魔物の鳴き声なんかが聞こえるんスけど、今日はそれが全く聞こえねぇッス」

「そう言えば出立前にウルゲンさん言ってたね。騒がしいから気をつけろって」

「自分の推測ッスけど、大型の魔物が居るんじゃないスかね?」


 大型の魔物……。それはオークみたいな魔物のことかな?

 一度だけ、バルドがオークと戦うところを見たことがある。オークの身長は優に二メートルを越え、筋肉の鎧で全身を固めたパワーファイターだ。人型の雌を襲って繁殖の為の苗床にするということで冒険者(女性限定)の間では鬼門とされている代わりに、オークの皮は加工すると革鎧より一段階防御力のある防具の材料になる。


 当然、オークのことは未だにトラウマだ。あいつ、僕をみて明らかに欲情しきった目を向けていた。バルドが居て本当に良かった。


(でも、今なら勝てる……筈。きっと、恐らく、多分……)


 自信はないけど、いつまでも護衛手段を確立させてない僕ではない。

 警戒しながら森を歩く僕達。そしてその時は前触れもなく訪れた。


 がさがさと、茂みが大きく揺れる。無言でバルドが剣を引き抜き臨戦態勢に入る。僕もそれに習って【ストレージ】からボウガンと矢筒を取り出す。


 現れたのは緑色の肌に自家製と思われる武器を持った身長二メートル越えの魔物。どう見てもオークです。それが八匹、揃いも揃って僕の方を見る。


 お喋りをするほど、精神的余裕はない。無言でボウガンを構えた僕は少しも躊躇することなく引き金を引き絞る。バシュンと、風切り音を立てて解放された矢は吸い込まれるようにオークの目玉へと飛び、突き刺さる。


 静寂な森に響く絶叫。それが開戦の合図となった。バルドは僕を護るべく、付かず離れずの距離を維持してオークと切り結ぶ。バルドのレベルならオークを相手にするのは難しいことじゃない。ただし、邪魔者ぼくを庇いながら複数のオークと戦う場合、その限りではない。


 バルドの負担を少しでも減らすべく、僕は迅速に動かなければならない。慣れた動作で二発目の矢を装填して発射。最初の一撃は固定票的だったので眼を狙うのは簡単だった。しかし、動き回るオークに狙いを付けるのは難しい。ましてや眼球は小さく、左右に激しく動く。熟練の空手家であっても目つぶしの成功率は低い。


 かと言って僕が扱えるボウガンで精密射撃を行うのは少し難しい。至近距離からなら或いは可能かも知れないけど、僕にはそれを実行するだけの実力がない。


 とはいえ、全く狙う候補がない訳ではない。二発目の矢を装填した僕は近くまで接近したオークに狙いを付けて引き金を引く。狙いは両足の付け根、即ち金的。それは全ての生物の弱点であり、決して鍛えることのできない急所。


 それに加えて、僕が扱う矢には毒が塗ってある。毎日のように薬草採取をしているのは何も日銭を稼ぐだけじゃない。達成するついでに毒草を採取して、矢に塗りたくる毒を調合する為の材料を調達する為でもある。毒付きの矢ならある程度の魔物は受けただけで動きを鈍らせるし、隊列を乱す切っ掛けにもなる。


 案の定、最初に矢を受けたオークの動きは見るからに緩慢となり、金的に矢を受けたオークも急所攻撃による激痛と毒による痛みでなかなか立ち上がれずにいる。


「十秒援護して」

「押忍!」


 最低限のやり取りで最大限の意思疎通を図る。三発目の矢は装填せず、【ストレージ】を操作して大岩を出現させる。地響きの余韻が残る中、一度ボウガンをしまって大岩によじ登る。飛び道具を使うならやっぱり高低差があった方が便利だし、何よりある程度の安全は確保できる。向こうに狙撃手がいたら格好の的だけど。


 一瞬だけ、バルドに眼を向ける。バルドは自慢の豪腕を振るってオークの首に切れ込みを入れてそのまま押し倒して剣を突き立てトドメを刺す。剣を勢いよく振って簡単に血を吹き飛ばしてよじ登ろうとするオークへ攻撃スキル【流牙】を叩き込む。真横から肉厚の剣を叩き付けられたオークは身体をくの字に曲げて転げ落ちる。肋骨が肺に突き刺さったのか、口からゴポゴポと血を吐く。スキルを使用した直後を狙うかのように丸太のような棍棒でバルドの脳天目掛けて振り下ろすオーク。だけど元傭兵のバルドにしてみれば乱戦はお手の物。振り抜いた反動をそのまま利用して振り向きもせず棍棒を受け止め、間を置かず受け流すように剣を滑らせながらコマのように回転して斬撃に勢いを付けて下段から掬い上げるように振り抜く。ドバッと、首筋から噴水のように大量の血を撒き散らし、バルドと僕の身体を赤黒く染め上げる。


(と、いけないいけない。僕も自分の仕事をしなきゃ)


 思わずバルドの動きに見とれてしまったことを反省しながら矢を装填。もはやまともに動けるオークは半分を割っている。だけど連中は──よほど僕にご執心なのか、諦める気配がない。


 ……これ、僕が男だって分かった途端、絶対袋叩きに遭うよね?

 嫌な想像を振り払うようによじ登ってくるオークに照準を定める。狙い目は眼球や頬肉、耳といった比較的肉質の柔らかい場所だ。額は固いから駄目。


 射出。そして命中。だけどよじ登ってきたそいつは根性で耐えてみせると、僕の足を無造作に掴んできた。想像以上の握力に思わず悲鳴をあげそうになるが、そんな暇はなかった。ずるずると乱暴に岩から引きずり下ろされ、組み伏さそうになる。咄嗟の判断で矢筒から抜いた矢を耳の穴目掛けて突き刺す。今度こそ、致命的な一撃を受けたオークは覆い被さるようにぐったりと倒れる。ていうか臭いよオーク! 絶対お風呂とか入ってないよねこの臭さは!?


「バルド……ごめん。助けて……」

「兄貴!?」


 悲しいことに、同年代の男と比べれば非力な僕の腕力ではオークの体躯を押しのけて脱出することは叶わなかった。結局この後はバルドの独壇場となり、残りのオークは残らずバルドの剣の錆となった。


「兄貴、大丈夫ッスか?」

「う、うん。大丈夫……」


 ぷるぷる震える身体に渇を入れながらバルドに手伝ってもらいながら立ち上がる。臭いもそうだけど覆い被されたとき、強姦されたときの記憶がフラッシュバックしたのも上手く力が入らなかった原因だ。


「うわぁ……血でべちゃべちゃだ」

「兄貴は綺麗好きッスからね。確かそこに湖があった筈ッス。自分もこのまま街に入るのはアレなんで洗いましょう」

「賛成」


 だがその前にオークの死体を回収しなければならない。毒矢で朦朧としているオークにはキチンとトドメを刺して、【ストレージ】に収納して項目にある自動解体を選択。これによって、オークの死体と表示されていた欄はオークの皮、棍棒と複数のアイテムと化した。猟師にとっては当たり前でも、一般人の僕からすれば皮を剥ぐ作業とかできることならやりたくない。


 湖で小休止を取った後、再びバカラ散策に移るものの、その後は一匹も見つけることができなかった。バルドがいることも原因の一つかも知れないが、僕一人で森を歩くのは何かと危険が多い。


 この日は夕方まで根気よく散策したけど収穫はバカラ捕獲用の罠に掛かった間抜けなゴブリンとオーク八匹だけ。


 決めなければならない。一度カンドラに戻って作戦を練り直すか。危険を承知で僕一人が森に乗り込んでバカラを捕獲するか。或いはバルドと一緒に行動するか。


 バルドは相変わらず『兄貴に全て任せます』の一言。頭脳労働は僕の仕事だと思われてるようだ。悩みに悩んだ末に出した結論は一度カンドラに戻って換金ついでに情報収集した後、今後の予定を決めるというもの。


 カンドラに戻って来た頃には夜の帳が降りていた。地球の歓楽街なら想像できるけど、異世界であっても街の規模が大きくなれば夜もかなり賑わう。特に露出度の高い服を着た、如何にもお水なお姉さんが客引きしているのが印象的だ。


「女にも色々あるッス」


 僕の言いたいことを察したようにバルドが言った。

 娼婦に身を落とす理由は様々だ。金銭的な問題や家庭の事情、或いは僕達では及びも付かないような出来事。


 女の人に限定されるけど、精霊王を祭る神殿に行けば魔術を習得することができるけど組織運営の為に多額の寄付金が必要になるそうだ。


 神殿に寄付金をしなくても高名な魔術師に弟子入りすれば素質がある場合、才能が開花するけどやっぱり対価が必要になる。しかも対価は人によって異なる。だけど師匠の権限が絶対であることは魔術師に限らず、どんな業界であっても例外ではない。どのみち男である僕達には魔術なんてものは無縁だけどね。


 バルドと世間話をしているとあっという間に冒険者ギルドに着く。昼間は女性冒険者の時間なら夜は男性冒険者の時間。そこかしこで豪快な酒盛りが行われている。


 バルドに続いてホールに入ると、僕の存在を認めた冒険者(男限定)たちは一同にして口を紡ぐ。そして次の瞬間は決まって舐め回すような視線を僕に向けるかバルドに嫉妬混じりの視線を向ける。不本意ではあるけど、僕はもうそういうのにはすっかり慣れてしまったので礼儀正しく無視して足早に受付に向かう。


「ウルゲンさん、お願いします」

「ん? おぉ、カオルか。丁度良かった」


 丁度良かった? ウルゲンさんの言い方に引っ掛かりを覚えながら言葉を待つ。


「ちょっと確認するがカオル、お前広場で歌とか歌ってたりするか?」

「? ……はい、気が向いた時に歌って小銭を稼いでますけど?」


 僕が吟遊詩人をしているのはウルゲンさんには話していない。だけど冒険者ギルドは情報にも精通していなければならない。多分、何処かから漏れたんだろう。特に隠すようなことでもないので素直に白状しておく。


 するとウルゲンさんは『じゃあ確定かなー』と頭をガシガシ掻きながら呟く。


「おい、一体何の話だ?」


 うん。バルドはもう少し言葉遣いを覚えた方がいいと思うよ。人によっては不興を買いかねないから。


指名依頼ノミネートクエストが届いている。特徴からしてカオル、お前宛だ」

「兄貴宛の指名依頼ノミネートクエスト? ……兄貴、心当たりとかないッスか?」

「全然」


 指名依頼についての説明は受けていないけど、それが重要な依頼だというのは何となく想像が付く。


 例えばドラゴンが現れたとする。普通の魔物なら討伐依頼ハントクエストとして張り出せば事足りるけど、ドラゴンのように強く、しかも失敗できない事情がある場合は信用に足りる冒険者に依頼する方が確実だ。


 僕には冒険者としての実力もなければ実績もない。ついでに名前どころか狭いコミュニティの間ですら僕のことを認識しているグループなんていないだろう。冒険者になって半年経つけど仕事は殆ど雑用かゴブリン討伐だし、期待の新人って訳でもないし。


「依頼内容って、どんなのですか?」

「あー……依頼っつーかなんだ……まぁ見れば分かる」

「……?」


 妙に歯切れが悪いな、ウルゲンさん。

 そう思いつつ、羊皮紙を受け取って依頼書に目を通す。




使用人を緊急募集してます!

両目がオッドアイで女の子そっくりで歌がとても上手い男の冒険者であることが絶対条件。それ以外は対象外です! 主に雑用や身の回りの世話をしてもらいます。拘束期間は三日。報酬は金貨十枚+歩合制。中級区の貴族街にある、真っ白な屋敷が目印です。早めに来てくれると嬉しいな♪

──リディア・シュヴァリエ・フォン・バルテミー




「………………」


 これは……依頼と呼べるのだろうか? あと、住所が大雑把過ぎる。


「この依頼人……」

「ん? あぁ、リディア様のことか。済まないが腕の立つ騎士だってことしか知らない」

「騎士なのに使用人が欲しいのか? わざわざ兄貴を思わせるような指名依頼まで出して」

「それは本人に訊くことだ。で、どうする? 受けるにしても明日の朝になるが?」


 金貨十枚……これは魅力的な報酬だ。ただ、この拘束期間がネックだ。もっと大きな依頼、或いはギャンブル的な何かで大金を稼ぐチャンスを失ってしまう可能性が大きい。


(ダメ元でお金借りるのを交渉してみるのもアリかも?)


 正直、借金をするのはかなり気が引ける。冷静に考えなくても大して親しくないクラスメイトの為にそこまでする義理はない。だけどやっぱりあんな眼を向けられたら、僕に限って言えば断りづらい。具体的な例をあげるなら、捨てられた犬猫を見つけてしまうとつい拾ってしまうような、そんな感じ。


「取り敢えず行って話を聞いてみます。受けるかどうかは、そのとき決めます」

「ま、普通はそうだろうな。……ところで二人とも、こんな時間に戻って来るなんて珍しいな。何かあったのか?」

「あー、うん。えっとね……」


 冒険者は依頼先で起きた出来事を話す義務があるので包み隠さず伝えた。

 高品質のバカラの角を五本入手した経緯は簡潔に話して、オークの情報についてを主軸に。尤もこっちはたまたま出会って遭遇して倒した、ぐらいの説明しかできないけど。


「ふぅむ。それは多分戦争が関係しているな」

「? それと今回の件がどう繋がるんですか?」

「ベルガン帝国には高レベルの魔物使いがいたんス。そいつが魔物を操って使い捨ての戦力として投入していた魔物が野生化したってことじゃないスか?」


 魔物を操れる人間もいるのか。やっぱり異世界は違うな。

 ひとまずバカラの角とオークの皮と持っていた武器をいつものように買い取ってもらうついでに内職系の掲示板クエストボードから写本のバイトを選び、宿屋で済ませる。


 ……うん。分かってる。僕のしていることが冒険者という枠組みから大きく外れているってことぐらい自覚しているよ? でも安全にお金が稼げるならそれに越したことはないし、ずっとレベル一のままなんだからいいじゃない。


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