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クラスメイトと再会した、けど……

 時は少し遡り、薰と別れた直後の遙花へ移る。

 冒険者ギルドではこれ以上、有益な情報は得られないと判断した彼女は特に目的もなく街を歩いている。


 情報と言えば人が多く集まる酒場に集まるもの、そんな漠然とした考えこそあるが残念ながら昼間から営業している酒場は一軒もない。道行く人に手当たり次第聞き込むやり方もあるが、残念ながら皆、忙しそうに小走りで走っている。空気を読むのが大好きな日本人としては声を掛けづらい状況だった。ほんの少し前までは。


「遠慮しないで好きな物頼んでいいわよ」


 繁華街から少し離れた場所にあるオープンカフェ。二階テラスから街を見下ろせる造りは客受けがよさそうな立地と言える。但し、今は目の前にいる日本人女性・・・・・二名によって貸し切られている。


 空腹も手伝い、遙花は御礼を言ってからスープセットを注文する。語学系に弱い彼女は未だに大陸共通語をマスターしていない。自分とパーティーメンバーの名前と簡単な単語を読み書き出来る程度だ。文章になると途端に怪しくなる。


「久しぶりだね、支倉さん」


 支倉玲奈。紅陵学園のクラスメイトであり、遙花と同じ中学出身。クラスが同じだったこともあるがだからといって特別仲が良かった訳でもない。運動部に所属していた訳ではないが、やはり異世界ラスティアでハードな生活を送ってきた賜物か、全体的に身体が引き締まっている。具体的には腹周り。


「藤堂さんも久しぶり。エルビストまでは一人で? それとも地元?」

「最上君と一緒にね。色々あって彼に助けて貰ったの。あと、最上君とパーティを組んでいるバルド君とクローディアちゃんも一緒」


 奴隷の部分は伏せておいたのはどうしても自分が奴隷であることを認められないから。尤も、この世界において奴隷は主人の扱いはどうあれ歴とした身分であり、それを証明する為の首輪の着用は法律で義務付けられている。玲奈もその辺は察して何も言ってこない。


「最上君とは上手くやっている? 何なら私達が手引きするけど?」


 但し、黙っているつもりもないのでそれとなく勧誘はする。


「あ、それは大丈夫。ちゃんと普通にしてくれているよ」

「ならいいけど……」


 遙花の様子から最上薰の対応は本当に普通だと判断し、詮索を打ち切る。元々それほど親しい仲でもないので個人的に関わるつもりはない。元よりそちらは本題ではないのだから。


 タイミングを見計らってかどうか分からないが、折良く注文した料理がテーブルに運ばれる。スープセットを頼んだ遙花に対して、玲奈は三○○グラムはあるステーキだ。女子には少々、重いが彼女は当然のように平らげていく。健啖家だ。常に体重と体格に気を配って食事制限をしている身としては暴挙である。


 無言で食事をする。食事をしながら話をしてはいけないという決まりはないが、何となくそういう空気ではなかった。


(最上君やバルド君も黙って食べることが多かったし、それが普通なのかなぁ)

「さて。お腹も膨れたし本題に入ろっか」


 食後の紅茶を一口啜り、切り出す。


「藤堂さん、私達のクラン・生徒会に入りましょう。最上君には直接会ってないから面接する必要があるけど。私達のクランは基本、同郷の子が多いし戦力的な面でも不安はない筈よ。……あぁ、戦闘向きのチートがなくても大丈夫だから。荒事が苦手な人いは事務的なことや雇用先を見つけてそこで働くことになっているから」

「えっと……」


 完全に遙花が生徒会に入ることを前提で花井を勧める彼女に困惑を覚える。少なくとも自分の知る支倉玲奈はこんな強引に話を進める人ではなかった筈だ。


 自分としても日本人が多く集まるクランに身を寄せることに否やはない。そうすることで早く日本に帰れるというなら尚更だ。


「……フェンリル攻略はどうするの?」


 日本人同士が身を寄せ合っているとなれば、悲願を成就するにはフェンリルとの対決は避けられない。気持ちは生徒会に傾きつつあるがクランの方針ぐらいは知っておきたいと思うのが人情。


「んー……まぁ簡単に言うとフェンリルの力の根源になっている精霊の力を根刮ぎ奪ってから仕留めるってところね」

「姫巫女のこと?」

「うん、そう──て、藤堂さん姫巫女のこと知っているのね。精霊を直接……ていう手段もあるけどとにかく当面はそっち方面から攻めるつもりよ」

「でもそれって、この世界に住む人にとってはとてもまずいことだよね。その辺は考えているの?」

「…………」


 質問をされた玲奈は一気に紅茶を飲み干し、真正面から遙花を捉える。口元に微笑を浮かべ、聞き分けない子供を諭すような口調で──


それの何が問題かしら(・・・・・・・・・・)?」


 ──当然のように、質問で返してきた。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆


「俺達がこの世界の人間に配慮してやる義理なんて一ミリもないと言ったんだ」


 グーッと酒瓶をラッパ飲みした悪びれる風もなく言ってのける。行儀が悪いとは思うが今ここで指摘するほど空気の読めない男ではない。バルド以下、男性冒険者も酒を呑む時は似たようなものなので咎める気もなくした、というのが本音だが。


「逆に訊こうか、最上。どうしてお前は異世界ここで日本のルール持ち出すんだ? いや、そもそもいつかはおさらばする世界だ。いちいち気に掛ける理由が何処にある?」

「僕にとっては大事なことだから」


 咄嗟に出た言葉だが、改めて考えてみると強く拘る理由はなかった。

 人殺しをしないと自分ルールを課したのだって、単純にヘタレな自分から目を背ける為、殺しに溺れない為の自己防衛であり、倫理や道徳を意識してのことではない。


 生来の気質もある。元々彼は自己顕示欲が同年代と比べて低く、強さから得られる名声に価値を見出せない人間だ。


「お前は帰る気がないのか?」

「あるよ。僕だって故郷は恋しいから。でも別にこの世界の住民に限度を超えた迷惑掛けてまで帰りたいとも思わないし、帰れないなら帰れないでこっちに永住する」


 つまるところ、洋介と相容れないのはそういうことだ。日本へ帰るモチベーションが全くない訳ではない。薰とて帰れるものなら帰りたいと願っている。でなければ積極的に行動を起こし、国境を越えようとは思わない。ただ、優先順位と守るべき自分ルールが他者とは違うだけ。


「どうしても入るつもりはないのか? お前の持つ【パーティー獲得経験値五倍】は魅力的なんだが」

「……っ」


 自身が持つスキルの一つを看破されたことに僅かに身構える。自己紹介の時、お互いステータスの開示は行っていない。だから互いの手の内は不明瞭のままだと高を括っていた。そういう意味ではこれは薰の失態と言える。


「何故バレたと……言いたそうだな」


 ニヤリと口元に笑みを浮かべた洋介は得意顔になって話し出す。


「俺が転移事件のとき、選んだチートの中に【鑑定】がある。効果は名前と実体験で察しが付くだろう? つまり、俺からすればお前が隠しているつもりでいる情報も丸裸という訳だ」

「……脅迫でもするつもり?」


 もし相手が強硬手段に出る気でいるなら【精霊化】して応戦することも厭わない。いつでもスキルを発動できるよう身構え、相手の出方を窺う。


「──いや、今日は辞めておこう」


 薰の予想に反して洋介はあっさり矛を収め、意外な結末に目を丸くする。薰が驚くのも無理もないが、洋介とて無軌道に暴れ回る愚者ではない。確かに転移事件で得たチート能力とこれまでのレベリングによる自己強化によって彼の強さは並みの水準を上回っているものの、王国騎士団を相手取るには不安が残る。


 何よりクランリーダー・黒川理彩は同郷の人間であっても規律を乱す者には徹底した罰を与える。好き放題やりたい洋介とて、理彩を敵に回すようなことはしない。


 いや──恐ろしくて出来ない(・・・・・・・・・)と言うべきか。


「お前がこの世界でどんな風に過ごしてきたかは分からないが、相当温い過ごし方をしているようだからハッキリ言っておく。組織の後ろ盾がないまま異世界を渡り歩けるほど甘くない。お前は必ず生徒会を頼ってくる」

「僕としてはそうならないことを祈るだけだよ」


 議論は交わし尽くした──薰が立ち上がったことが物語っている。無言のまま部屋を出て立ち去ろうとする彼を、思い出したように洋介が呼び止める。


「あぁそうだった、黒川からの言いつけでな。生存者にあったら一応、渡すように言われていたものがある。受付にリストを寄越すよう言えばそれで伝わる」

「そう。ありがとう」


 便宜を図ってくれたことに形だけの礼を言い、今度こそ部屋を出て行く。帰り際、洋介の言うリストをしっかり受け取り、【無限収納(ストレージ)】に収納して空を仰ぐ。


 この世界に来て既に七ヶ月──日数に直せば二一○日以上が経過している。世界の常識に染まり、自我を支える根幹が変わるには充分な時間と言える。自分を取り巻く環境がガラリと変わっても何一つ変わらないでいるのは如月葉月ぐらいだった。遙花は女子ということもあり、殆ど言葉を交わしたことがないので意図的に除外した。


(もし藤堂さんがあの場に居たら、どう答えたんだろう)


 自分と違い、かなり本気で帰りたがっているクラスメイトの顔を思い浮かべる。お世辞にも行動的とは言えないが、やはり男子と女子とでは異世界に対する解釈・好感度は大きく異なるものだ。自分とて不自由さを嘆いたことは多々あれど、今のところ許容範囲を超える出来事には遭遇していない。


(今日の夜にでも訊いてみよう。それで、僕達と居るのが苦痛だって思うなら生徒会に入れた方がいいかも知れない)


 彼女のことは一旦記憶の片隅に追いやり、薰は待ち合わせ場所へと向かった。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆


「藤堂さんの言いたいことは分からくもないわ。それでも私達は一日でも早く日本へ帰りたいって思う」


 空の食器が下げられ、追加された飲み物には口を付けず懇々と話し続ける。


「チャンスも大事な選択も、前触れなくある日突然やってくる。今、藤堂さんが迫られている選択肢だってそう。ここを逃しても次があるかも知れない。だけど──次がある保証は誰がしてくれる? その根拠は? 私もクラスメイトだからと言って無償で助けたりしないし何度も手を差し伸べるほどお人好しじゃないわ」

「…………」

「今すぐ決断するのが無理なら……そうね、仲間達に事情を話す必要もあるでしょうから明日、ここに書かれた場所へ来て。一週間の体験入団ならいつでも受け付けているから。でも私もいつまでもエルビストに居る訳じゃないから決めるなら早めにしてね」


 テーブルの上に簡易地図が書かれた紙切れを置くと、玲奈はオープンテラスから去って行く。後に残されたのは座ったまま動かない遙花。


 彼女は悩んでいた。このまま薰と行動を共にするか。それとも確実性を取って生徒会に入るか。


 方針はともかく、フェンリル攻略に対して現前とした算段があるのは──正直な話、受け入れがたい方針を差し引いても魅力的に感じた。そして戦闘員として入団するのであれば好待遇を約束するとも言った。


 それはまさに異世界での生活を基準にするなら破格の待遇とも言える。勿論それは自分がキチンと【古代精霊魔術】を行使できるようになればの話になるが。


(最上君には助けて貰った恩義があるけど……)


 自分としては最低でも身請け金をキチンと支払うがスジの通った話だと思っている。金貨一○○枚は並みの冒険者では捻出するのも大変な金額であることは重々承知している。だからこそ、その恩義に報いる為にも彼と一緒にいるが、それも最近では揺らいでいる。


 このまま一緒に居るべきか。それとも気の置けない人達が多く集まるクランへ移るべきか。どちらにしろリーダーでもない自分が身勝手に決めていい話ではない。それに日本人に会って、そういう話を持ちかけられたことは話すべきだ。


 目先の行動が決まれば後は動くだけ。気合いを入れるように両膝を叩いて立ち上がった遙花は心に広がる波紋を抑えながら店を出て行った。

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