王都に着きました
試験的に文章を変えてみました。
まぁ延々とキャラ視点で書くのに疲れただけなんですが。(ぁ)
エルビスト王国首都・エルビストはお世辞にも要害の地とは言えない。四方は何処までも平野が続き、遮るものがないが、他国に目を向ければこのような場所に首都を初めとする大都市があっても不思議ではない。
この大陸に見られる山は総じて標高が高い。尤も低い山であっても二○○○メートルは下らない。そして高山というのは飛竜種の住処である。地方村に住んでいる子供でも知っている常識だ。故に山の近くに都市は置かないのがこの大陸の常識。
閑話休題。
妖精種の助力を得て首都付近まで辿り着いた一同は正門近くのスラム街を歩いている。バルドやクローディアのような生粋の異世界組みはともかく、刑務所ですら衛生管理に五月蠅い国で生まれ育った二人にとって異臭はいつまでも慣れないものだ。
「人通りが全くない」
表通りを歩きながら独り言を零したのは男の娘属性を持ったリーダー。良くも悪くも目立つメンバーが揃ったパーティーは大抵、お約束に巻き込まれる。外から見た彼等はバルドを筆頭に女を侍らせているように見える。
実際、遙花とクローディアは奴隷の証である首輪が付いている。加えて、薰の容姿も女として評価しても充分、美少女と呼ぶに相応しい。そんな女達──約一名は男だが──を当然のように連れ回して歩いているように見えるバルドの姿は非常に目立っている。
……実際のところ、バルドが戦闘を歩いていることに特別な理由はない。ラスティアではパーティーリーダーが先頭を歩くという験担ぎに近いローカルルールが存在するのだが、傭兵暮らしの長かったバルドは守らなくても良いルールには無頓着だし、クローディアは奴隷だから必然と後ろを歩き、薰と遙花に至ってはギルドで説明されてないから思い思いに歩いている。
因みにギルドで説明されなかったのはそうしたルールはわざわざ教えられなくてもリーダーが前を歩くのがある種の常識となっているからで、決して担当職員の職務怠慢という訳ではない。
「人の気配が全くしません……」
ピコピコと、せわしなく耳を動かしながら周囲の様子を探っていたクローディアが主人の呟きに応じる。釣られるように周りの人間も周囲に気を配ってみるも、外を歩く人どころか建物そのものに人がいないように見える。
「物乞いや浮浪者の姿もなし……こりゃかなりきな臭いッスね」
「でも、いくらスラム街だからってこう人がいなくなったら騒ぎになるんじゃ……」
「自分は貴族様の政治に詳しくねッスから何とも。……ま、連中は俺等みてぇなのを家畜って言うぐらいッスから案外気付かないかも知れねッスよ」
或いは気付かない振り、してるかもッス──そう付け足し引き続き周囲を警戒する。
(バルドみたいな人だとそういう考えが普通なのかな?)
コミュ障……とまではいかずとも決して社交的ではない薰は、今になって人間関係の大切さを思い知る。今後は上辺だけであってもある程度距離を詰めていく必要があるかも知れない。
……高確率で女と勘違いされるのが嫌だから距離を取っていたのも理由の一つだが。
スラム街では誰一人、遭遇することなく表通りを通り過ぎ、正門まで辿り着く。王族のお膝元というだけあって、首都の門番も完全武装で待機している。
胸当て、手甲、脛当てで身を固めた衛兵が二人。共に槍を手に持ち、腰には騎士団で配給される騎士仕様に改良されたブロードソードを佩剣している。
「止まれ貴様等! 何用でここに来た!」
「ハッ、女を侍らせて悠々と王都に来るとは……貴様のような人間を何というか知ってるか? 命知らずって言うんだ」
(……あぁ、そういえばこういう世界だったね)
バルドの存在を認めるや否や、衛兵にはあるまじき高圧的な態度で詰め寄ってくる。ボクとずっと一緒に行動してきたこと、そしてこの世界の女尊男卑事情を嫌というほど知っているバルドはグッと堪える。
「僕達は本日よりエキドナ女史の知人・サラ様の元で奉公する使用人です」
予め用意しておいた台詞を淀みなく言い放ち、懐からエキドナに用意して貰った紹介状──正確には身元を保証する為の書類──を手渡す。
「なに、エキドナ様だと? ……ふむ。封蝋の印は確かにバンクス家の家紋だな。……だが! お前達が怪しい人物であることに代わりはない!」
「仕事柄、僕達を足止めするのは構いませんが、ここで僕達の到着が遅れるということはそちらの責任になりますよね? そうなった場合、責任取れるんですか?」
「何だったらサラ様のところに確認しに行ってもいいわよ」
「男の奴隷の分際で……っ! ……まぁいい、検分するからさっさと来い!」
あからさまに不機嫌な態度で一人ずつ検分用に設けられた個室へ入室させる衛兵。如何に女尊男卑の風潮が強くても巨大な権力がそれに蝕まれることはない。紹介状を書いてくれたエキドナとその関係者に深く感謝しながら薰も皆と同様に検分される。
「貴様……男だったのか!?」
「そのような格好で生まれるとは……悪魔の子か貴様は……ッ!」
「大体なんだその服は! 分かりにくいではないか!」
……そんなやり取りがあったらしいが、当人にとってはいつものことなので右から左へ流して検分を受けた。初めこそ、言いがかりも同然に文句を垂れながら仕事をしていたがそこは仮にも衛兵、無意味に罪状をでっち上げるような暴挙には出なかった。
「すごく嫌な人たち、です……」
これはクローディアも珍しく憤慨を露わにしていた。いつもはオドオドするばかりの少女がこういうことを口走るのは珍しい。理由は大好きな御主人様が不当な言いがかりを付けられたことだが、残念なことにメンバー全員が恋愛経験値ゼロなのでそれに気付くことはない。
外壁門を通り、街中へ入る。表通りを歩く住民達はざわつき、或いはピリピリしているように感じられる。
(戦争でも起きるんかね)
現地人たるバルドは機敏にその空気の正体を察する。異世界にきてそれなりに経つとはいえ、平和が服を着るような国に生まれた約二名は漠然と『嫌な空気だなぁ、王都の人間って皆こんな感じ?』と、呑気に考えながら人混みを避けるように隅を歩く。
「王都に着いたけど……まずは情報収集かな」
「そッスね。目的の人に会うにはそれからでも充分ッスから。……自分も一緒に行きますか?」
「うーん……さっきのこと考えるとバルドが一緒だと問題起こりそうだからなぁ」
「別行動でいいんじゃない? 私と最上君が情報収集してクロちゃんとバルド君が宿屋を取るってことで。集合場所は……どうする?」
当然ながら、ポケットに入れっぱなしの携帯電話は既に電池切れである。そもそも電池が活きていても電波のない世界で使える筈もないが。今時の女子高生には連絡手段が確立されていないこの世界はどうしても不自由で仕方ない。具体的には衛生や生活環境で。
道なりに歩いて行くと広く開けた場所──首都の中心部──に出る。開放的な空間と青銅で作られた人物像が太陽の光を浴びてキラキラと輝いているのが強く印象に残った。
(建国女帝ジンガ……ふぅん、エルビストが入ってないってことは平民出身かな?)
制作者の願望もいくばくか混じっているのか、その像はこの世界の成人女性と比べても筋肉質のように見える。それでも女性らしさを残しつつ、身の丈ほどもある大剣を天に向けて掲げるその姿はなるほど、女帝と呼ばれるだけの風格はある。
「分かりやすいからこれにしようか」
「そッスね。昼はどうしやすか?」
「買い物したいから各自で済ませて。……それじゃ二人とも、夕方頃に」
クローディアとバルドに宿代と食事代を渡して、遙花と一緒に来た道を戻る。冒険者ギルドは表通りに面したところにあったので探す苦労が省けたことは大きな収穫だ。
(問題は中の雰囲気だけど……)
極力、不要な揉め事を避ける為に女っぽく見える服装──というか男でも着るような普段着だが──のチェックをする。メイド服を着れば完璧名女装になるがあれは文字通り最終兵器だ。おいそれと使う訳にはいかない。主にプライドの問題で。
意を決して鉄製の扉を開き、中へ入る。内装の主要部分が木製だったカンドラと違い、こちらは石壁で囲まれている。よく見れば一階ロビーの床も均等にカットされたストーンブロックが敷き詰められている。
(雨の日に入ったら滑りやすいな。ていうか頭打ったりするから危ないよね?)
「最上君、私はあっちの冒険者に聞き込みしているから向こうをお願いしていい?」
「分かった。それじゃあ藤堂さん、宜しくね」
左右に別れて、薰は真っ直ぐ受付に向かう。カンドラには男性職員が少数ながら務めていたが受付に男の姿は見当たらない。王都のギルドには勤務していないのか、或いは裏方として働いているのか。
ギルドカードを提出して討伐記録を最新のものに更新。待ち時間を利用してここ最近の出来事について話を訊いてみる。
曰く、国境での小競り合いが本格化してきている。
曰く、各地で人攫いが多発している。
曰く、悪魔と契約する男が増えた。
スラム街で感じた異変について訊いてみても適当な答えしか返ってこなかった。王都に住む人間、それも選民意識の高い住民からすればスラム街で起きる事件など些事に過ぎないのだ。これといった収穫もなく、密かに落胆する。ただし、遙花は別だった。
「最上君、ちょっとこれ見て!」
声を挙げ、急かすように自分を呼ぶ声が聞こえる。釣られるように小走りになって遙花のところへ向かう。彼女は冒険者グループが固まっているテーブル席──ではなく、依頼掲示板の隣に併設されている伝言板の前にいた。
連絡手段が人海戦術便りのラスティアでは冒険者ギルドに限らず、多くのギルドが郵便ギルドと提携している。日本ではコンビニで郵便配達の手続きができるように、冒険者ギルドでも配達や伝言を引き受けている。
その伝言板の隅に張られた羊皮紙には最近の日付が焼き印され、簡素な伝言が書かれていた。大陸共通語ではなく、日本語で。
『私立紅陵学園の関係者は南東の城壁角際の店に日本語でらりるれろと書いて店員に見せるように』
「この伝言って……」
「私達以外にも生存者がいるってことだよ、やっぱり!」
思いがけない出会いに興奮する遙花とは対照的に薰の表情は浮かない。彼はリア充のように親しい友人がクラス内に居た訳ではない。勿論、社交的に挨拶を交わしたり軽い雑談に興じたりすることはあっても、能動的に関わろうとしたことはない。
如月葉月の件もある。ありきたりな推測だが、力を持って人が変わるように、他のクラスメイト達もまた、神から授かった恩恵によって人が変わってしまい、相容れない存在となっている可能性がある。
(葉月君はチート能力貰ってもあんまりブレてなかったけどね……)
「ねぇ最上君、どうする? やっぱり行ってみるよね?」
「うーん、まぁ無視することは出来ないけど……」
正直なところ、路地裏にあるのが気掛かりだ。カンドラでもそうだったが、外壁の内側だからと言って治安が良い訳ではない。一部の例外を除き、マフィアのような真っ黒な存在はともかく、グレーゾーンで生きる人間は路地裏でせこせこと鎬を削っている。日本と違い、この世界ではスリや殺人はグレーゾーンとして扱われている。貴族や王族、豪商のような立場を得ればまた話は違ってくるがそこは割愛する。
「グレーゾーンだし、藤堂さんには危ないから僕が行ってくるよ。藤堂さんは続けて情報収集して帰りが遅いようだったら先に集合場所行ってていいから」
渋る遙花をどうにか説得した薰は単身、件の店へ向かう。王都の外壁にある路地裏は想像していたより治安が悪くない。カンドラならば憲兵の目が届いてない瞬間を見計らい、スリや恐喝、果ては殺人が平気で起きる。
何故……と、思って観察してみれば路地裏とは思えないほど道が綺麗だ。街中に平気でゴミを捨てる人間が多い中、この通りにはそうした物が一つも落ちてないことに彼は密かに感動した。
(王都の表通りも小綺麗だったし……やっぱり王族のお膝元だから清掃に力を入れているのかな?)
どちらにしろ、綺麗なのはいいことだ。
ぐねぐねと入り組んでいる道を苦労しながら歩き、スリ用の見せ財布──わざと小金を盗ませておけば必要以上に絡まれないことを知った彼なりの知惠──を盗られる等のアクシデントに見舞われながら、ようやく目的地へ辿り着く。
(人材派遣会社……日本語と共通語が一緒になってる。日本語の隣に外国語が書いてあるのと同じ理由かな?)
少し下がった位置から店の全貌を眺めてみる。焦げ茶色の煉瓦で覆われた壁。入り口には警備と思しき男が二人立っている。王都の門番と違い、革鎧と槍を構えているだけの、極めて軽装備な格好をしている。違いがあるとすればどちらも黒い線で描かれた紋章が肩から指先まで刻まれていることぐらいか。
男は薰の存在に気付くも、一瞥して少し警戒を強めるだけで特に何もしてこない。新参者のお客様として認識されたのかと思いつつ、扉を開く。
「い、いらっしゃいませ……」
「……っ」
出迎えてきた女店員を見て、思わず絶句する。首輪をしているから店主が購入した奴隷であることは判断できるが、格好が酷い。具体的な描写は避けるが、一言で言えば裸も同然の格好だ。
「……す、凄い、格好……だね……」
「は、はい……。これは、その……御主人様からの、命令でして……」
どうやらここの主人とは話が合わないかも知れない──
そんなことを思いながら事前に用意しておいたメモをポケットから出して見せる。
「ギルドの伝言板を見てきたんだけど……これで通じる?」
「はい。……えっ、御主人様と同じニホンジンですか?」
「えぇ。僕も君の主人と同じ、日本人の最上薰です。あなたの主人に会わせて貰いたいのですが……」
「その、申し訳ありません。御主人様は今、お留守でして……あの…………」
「俺が代わりに聞いてやろう」
二人の会話をぶった切るように、男の声が割り込んできた。ガシャン、ガシャン……と、金属同士がぶつかり合う音を立てながらその男は入ってきた。
頭から爪先まで完全武装した男。鎧のあちこちに目立つ小さな傷と斑点のように付着している返り血。肩に担いだ大剣はつい今し方、誰かを殺してきたと言わんばかりに乾いておらず、べったり張り付いた血糊が切っ先からぽたり、ぽたりと滴れ落ちている。
いや──良く見ればガントレットに覆われた左手で人間を無造作に掴んでいる。猫をつまみ上げるように掴まれ、踵から先が浮いた状態で引き摺られるように運ばれているその男は見るからに致命傷だ。現に腹部からは流血している。
(……どうしよう! なんかすっごく怖そうな人来ちゃったんだけど!?)
全身鎧のせいで全貌は分からないが、威圧感だけは凄かった。下手をすればかつてウルゲンが鬼の女衒に向けて放った殺気よりも……。
「お帰りなさいませ、オグラ様」
「今帰った。それとお前は…………。あー、クラスメイトってのは分かるけど……スマン、誰だ?」
「最上薰。それと……その人は一体……?」
「店の問題だ。気にするな」
「…………」
そんな安い言葉で済ませて良いものなのか、判断に迷い視線を彷徨わせる。奴隷の少女は黙って首を振ることで逆らわない方がいいと無言で忠告する。
カウンターの上にある呼び鈴を鳴らして別の従業員(こちらは男だった)にぼろ雑巾と化した男を引き渡してから兜を脱ぐ。無造作に伸びた痛んだ黒髪に頬の傷。巌のような顔つきとなった目の前の男は、言われなければすぐ同郷の人間だと分からない程度には変貌していた。
「久しぶり──てほど親しくはないが、まぁやっぱ同郷の人間に会えるってのは何処かホッとするな。俺は小倉洋介。シスイに本部を置くクラン『生徒会』のメンバーだ」
「生徒会?」
「そう名付けた方がバラバラになった日本人も集まりやすいだろうって白南風の奴が提案したんだよ。今はいないけど」
白南風は名字が珍しいだけあってすぐ思い出せた。バスケ部期待の新人で全国を狙う為、わざわざ地元から越してきたクラスメイトだ。ついでに絵に描いたようなイケメンだったと記憶している。
「話があるんだろう、付いて来い。奥の部屋なら盗み聞きの心配もない」
ただの話し合いで済みそうにもない──そんな予感を抱きながら洋介の後を付いて行った。




