妖精の迷宮・後編
下まで降りると大部屋に出て驚いた。予想外の人物が居たとかそういう理由ではなく、見覚えのある部屋に出たからだ。
中央に設置されたマイク(取り外し可能)と体育館の舞台を低くしたようなステージ台に立つ僕達。そして僕達を観客席からじぃ~っと見つめてくる妖精──と、思しき種族。
皆が皆、一様にして体格が小さい。共通しているのは一○○センチ未満の身長と背中に生えた二対四枚の翅。観客席に座る妖精達は期待半分、興味半分といった眼差しで注視しているけど……ここからどうするの? しかもさっきの試煉との落差が激しいんだけど?
『はーい、みなさーん! 今日は久しぶりの挑戦者達がライブを披露してくれますよー!』
いつの間にそこに立っていたかのか、舞台袖からやけにカラフルな衣装を纏った、観客席の妖精より一回り大きな妖精が笑顔を振りまいて手を振っている。妖精達──紛らわしいから観客でいっか──はそれに答えてわぁっ! と、盛り上がる。
当然、事態を飲み込めていない僕達は置いてきぼりだ。
『ありがとみんなー! じゃあ、そこで惚けているニンゲンさん達にルールを説明しまーす。何でもいいから一人ずつ楽しい気分になる歌を歌って下さい。ね、簡単でしょ?』
簡単じゃありません。そういう曖昧な注文は凄く難しいんです。
……こういう経験はないだろうか。今日の晩御飯のレシピが思い付かないから適当な人に『ご飯何食べたい?』と尋ねたら『何でもいい』と答えてくるあれ。
何でもいい。作り手にとってこれほど面倒臭い返事はない。そしてそういうことを言う人に限ってあれこれ文句を言うケースは圧倒的に多い。本当に何でも食べてくれたのは僕の母親ぐらいだった。
それはさておいて──
いきなり歌を歌えと無茶振りされれば当然、他の三人は硬直してしまう。歌い慣れている僕でさえどうすればいいか戸惑っているぐらいだ。
「……質問があります」
『はいはーい、何でしょうそこの綺麗なお姉さん』
…………突っ込まない、絶対突っ込まないよ。相手は妖精だから性別の区別が付かないだけなんだ。
「失敗した場合のペナルティはありますか?」
『観客席に居る妖精達が半分以上帰ったら強制退場させられます。あ、因みに観客席は満員ですからこの状態なら席を満席にしてクリアする必要もなく、一発でクリアできますよ。ラッキーですね! あっ、アンコールにはちゃんと応えてくれると嬉しいかも!』
『アンコール! アンコール!』
『ワンモアセッ! ワンモアセッ!』
……今サラッと大事な情報が出た気がする。
間違いでなければこの試煉、客席が満員状態で妖精達を満足させる必要があることになる。だとしたらとても厄介だ。しかも一人ずつ歌うってことは全員歌わなきゃいけないってことになる。
ハッキリ言えば僕以外、歌の教養はほぼゼロだ。藤堂さんだって友達とカラオケ行って流行の歌を歌えば盛り上げられる程度の歌唱力だし、妖狐族にはそもそも歌うという文化がない。バルドに至っては言わずもがな。
このままだと試煉に失敗して強制退場させられる訳で──いや。
(一応、手がないこともないか……)
スキル欄を頭に浮かべてみるとこの状況を打破できそうなものがある。確実とはいかないけど実証済みの方法だ。これでもし駄目なら……駄目だった時の僕に期待しよう。
「えーっと……じゃあここは僕が……」
「うん。お願いね」
『はーい、トップバッターは頭一つ抜けたお姉様だー! 妖精の私でも嫉妬しちゃうぞコノヤロー! という訳でお姉様には早速──』
「ちょっと待って! 妖精さん、僕と一つ賭けをしませんか?」
『はいは~い、何でしょう?』
一人で盛り上がろうとする妖精に慌ててタンマを掛け、間髪入れずに【スマイルキラー】発動させる。
「ここは一つ、私と妖精さん達の一発勝負にしませんか? 私が負けたら……そうですね、一つだけ何でも言うこと聞きましょう」
この時のコツは称号【清らかな乙女】の効果が重複するようにすること。値切り交渉がてらの練習と検証の結果、なるべく女性っぽい言葉遣いで相手の手を両手で包むように掴んで、上目遣いでお強請りするようにするのが一番効果的だ。
……特に『何でも~』の下りは感情を込めて言うのがコツだ。
『何でも!? 何でもって言ったよね?!』
案の定、妖精さんがもの凄い勢いで食い付く。やっぱり何処でも『何でも~』は最強の呪文かも知れない。ほいほい言っていい台詞でもないけど。
「はい。一つだけ何でも言うこと聞きます。……その代わり、私が勝ちましたら迷宮の主に合わせて下さい。……ダメ、ですか?」
『………………』
僕の提示した条件を聞いた妖精さんは目を瞑り、腕組みしてうんうん唸る。
妖精的には厳しい条件だったかも知れないけど、僕としては一刻も早くこの迷宮から抜け出したい。何より首尾良くこの試煉を攻略したとしても試煉があと幾つ控えているか分からない。ならいっそのこと、迷宮の主に直談判する機会を得て交渉した方がいい──そう思ったんだけど、ちょっと色仕掛けがわざとらしかったかな?
『──うん、いいよ!』
どうやら杞憂で済んだらしい。そのことに少し安堵する。
だけど僕は聞いた。……いや、聞こえてしまった。
『……何でも言うこと聞くなら×××とか○○○○とか……いや二度とない機会だしいっそのこと△△△△△を……いやでも◇◇◇◇◇◇の方が…………』
「…………」
この妖精……僕のトラウマを刺激するようなことを……。
僕はこの瞬間まで。妖精という生き物はてっきり純真無垢な存在だと思い込んでいた。なのに蓋を開けてみれば……年頃の子と何も変わらないじゃないか。
(いやいや、気持ちを切り替えるんだ僕! 負けなきゃいいんだよ、そうだよ負けなければいいんだ……負けなければ…………)
背水の陣で挑むのは討伐依頼の時と同じだ。今回は命じゃなくて精神的なダメージとトラウマを掘り返されるだけだ。
……個人的にはこっちの方が凄く嫌だけど。
『と、言うことで早速お姉さんにはステージ衣装に着替えてもらうことにしましょー!』
「ステージ衣装!?」
僅かな抵抗さえ許される間もなく、僕は司会者の要請に魔術を施される。ぱぁーっと、光が降り注いで装備品が光り出したかと思ったらもう強制着替えは終わっていた。
赤と白のクロス模様で統一された上着とネクタイに赤いスカート。華美にならない程度にあしらわれたフリル。半ばお約束だと理性では認めつつも、やっぱりそう簡単には割り切れない。
(なんかこの服、妙に生地が薄い……ていうか破れやすいのはわざとそうしてるの?)
さっきの独り言を聞いてしまった以上、これは確信犯だ。負ければ最後、きっとあの時のような陵辱劇が待ち受けている。有名なキャッチコピーじゃないけど、この場は敢えて言わせてもらおう!
──絶対に負けられない戦いが、そこにある!
……もし結婚するとしたら、僕は僕をキチンと男として扱ってくれる人と一緒になろう。女装、駄目。ゼッタイ。…………ぐすん。
(王都に着いたら服を買おう。男っぽく見える服がいい。散財しても買おう。洋服は最重要案件だ)
密かな決意を胸に秘めながら僕はマイクを手に取る。
ピアノも歌唱力も、生来の才能に恵まれていることに加えてスキルによる上方修正が掛かっている。だからと言って音楽家を気取る訳ではない。そもそも僕はそういうことより美味しい物を食べている時間の方が幸せなんだ。
勿論、楽しいことも大好きだけど、今のところ食欲に勝る欲求はない。たまに見るライトノベルだと異世界に行った男主人公はハーレムとか成り上がりとかに走るけど、どうしてわざわざ火に飛び込むようなことをするんだろう。
お洒落なお店じゃなくて、大衆食堂でもいい。そこで出された見たことないご飯。待ち時間に見た目と味を想像して空腹して待つ。やがて運ばれてくる異世界のご飯。
まず、胸一杯に匂いを堪能して胃を刺激する。次に実物を拝見する。そして、食材となったモノと、美味しいご飯を作ってくれた人達に感謝を込めて、ただ一言唱える。
頂きます……と。
「兄貴、どうしたンスか?」
「ううん。何でもない」
と、いけないいけない。気付けば思考が脱線していた。どうも食べ物のことになると暴走しちゃうな、僕……。
「……すぅ…………」
軽く目を閉じて深呼吸をする。路上ライブを披露していた頃、何百回と繰り返してきた精神統一。
「~♪」
ごく自然に、それこそ無意識に呼吸をするように歌い出す。目を閉じて歌う、なんてことはしない。視覚で観客席の妖精達を見て、伝えるんだ。この歌は今日、この日、この瞬間集まってくれた君達の為にあるんだと。
だから僕は歌に集中するだけじゃなく、笑顔を振りまくことも忘れない。ポップ系の歌ならもっと大袈裟に、それこそ歩きながら歌って手を振って笑いかけたりとかできたことに気付いたのは歌い始めてからだった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「ご静聴、ありがとう御座いました」
マイクを持ったままお辞儀をする。一曲に掛かった時間は凡そ三分。
妖精達からの反応は──ない。誰一人として口を開こうとしない。
……これは、ひょっとして失敗しちゃった? 路上ライブで精霊にウケが良かったのが『世界に一つだけ~』だったから今回もそれでイケると思ったんだけど!?
『……パチ、パチ…………』
恐ろしく心臓に悪い間にピリオドを打ったのは観客席に座っている一人の妖精。それが二人、三人と次第に伝播していく。
『スゴイスゴーイー!』
『アタイは今、モーレツにカンドーしてるー!』
『こんな綺麗な魔力はじめてー!』
「…………成功、したってことかな?」
一先ずバッドエンドは回避できたみたいだ。
うん、良かった……本当に良かった。
……さて。いつまでも感動の余韻に浸っている余裕はない。頃合いを見て本題を切り出すとしよう。
「それじゃあ妖精さん、約束通り会わせてくれますか?」
『うぅ……お姉様の歌、凄くいい……でもアッチも捨てがたい……』
「…………」
理性と欲望の狭間で揺れ動いている。暴力に訴えかけるのは良くないし……また色仕掛けで説得してみようかな。
『妾に会いたいのじゃな』
『!?』
感動の余韻を吹き飛ばすように突如、試煉の間に高い女性の声がした。観客席に座っている妖精達も動揺している。バルドとクローディアちゃんは訓練された犬のように臨戦態勢に入った。
『武器を納めよ人の子らよ。妾達妖精は争いは好まぬ』
ステージ中央に淡い光が集まり、やがてそれは人に近い形となって姿を露わにした。
レースの生地で作ったフリルの付いた真っ白なドレスに黄金色に輝く髪。背中に生える二対四枚の翅。そして──碧の右目と青の左目を宿した、人形のように整った顔立ち。
「あなたがこの迷宮の主ですか?」
『うむ。妾の名は人の声帯では発音できぬ故、テミスと呼ぶがよい』
「最上薰です。こちらは仲間のバルド、クローディア、藤堂遙花です」
『ふむ……今回の挑戦者は随分と礼儀正しい若者よのぉ』
普通に挨拶しただけなのになんか気に入られたっぽい。
『しかしお主等、随分変わった集まりよのぉ。水精霊王の匂いのする者も居れば古代精霊をその身に宿す者。今の時代に見られるとは不思議なものだ』
「水精霊王様をご存知なんですか?」
『うむ。奴とは……そうだな、人の言葉で言う近女付き合いと言ったところじゃな。……それよりお主、妾に謁見を申し出たそうじゃが、何が望みだ?』
「あ、はい。少し荒唐無稽な話になるんですけど──」
迷宮をクリアしたらしたでクリア特典みたいなものがあるみたいだけど、僕はそんなものよりも日本へ帰還できる方が嬉しい。首謀者曰く、フェンリルなる魔物を倒せば転移前の状態に戻るだけじゃなく賞金まで出るみたいだけど、危険を冒してまで挑戦したいなんて思わない。
だから僕はテミス様に正直に話した。
僕と藤堂さんの素性、転移した経緯、最終的な希望、全てを正直に。バルドとクローディアちゃんにとっては聞いたことのある説明だから驚いたりはしない。
全てを話し終えるとテミス様は上を見上げて少し考える素振りをする。ややあって、視線を降ろして僕達を見据える。
『お主の要求は分かった。しかし残念ながらお主の願いを叶えることはできぬ』
やっぱりテミス様にも出来ないことはあるらしい。と言っても僕も藤堂さんも大きな落胆はない。なんたって艱難辛苦の末に七つの玉を集めて『どんな願いでも叶えてやる』なんて言っておきながら『それは出来ない』とか言う詐欺紛いの龍がいるぐらいだ。
……比べる基準がおかしいか。
『そもそもその願いは前提条件から覆される』
「ぜんていじょうけん……」
難しい言葉に反応したクローディアちゃんがうんうんと頭を抱えて考え始めた。バルドは……そのぐらいは知っていると思いたい。藤堂さんはクローディアちゃんにそっと耳打ちして意味を教えている。
『まず、妾の持つゴッドスキル【祈願成就】の発動条件だ。細かな条件は多々あるが、大黒柱となる条件が迷宮内でも出来ることになる。武器や金を欲すれば迷宮内で製造することは可能だが迷宮の外……例えばこの場に居ない人間に富みをもたらしたり何処かの誰かを殺すというようなことは出来ぬ』
「何でも出来るって訳じゃねぇのか」
『当たり前だ。上級妖精である妾とてこの世界の創造主からすれば有象無象の存在に過ぎぬ』
うーん……やっぱりこういう言葉は長生きしている人(妖精だけど)が言うと言葉の重みが違うな。
『何か考えたか、人の子?』
「いえ……」
『……まぁよい。それで、改めて訊くがお主等の願いはなんだ? 故郷へ帰すことは出来ぬがこれでも上級精霊の端くれ。転送魔術で行きたい場所へ送ることぐらいは出来るぞ』
「あの、願いを聞いてくれるのはわたし達全員で一つですか? それとも一人一つですか?」
ナイス、藤堂さん。危うく何も考えずに転送してもらうところだった。
『本来なら一人一つというのがルールだが……お主等は全ての試煉をクリアした訳ではあるまい? よって、願いは一つだけとする』
「あぁ、やっぱりズルになるんだ」
『うむ。此度はお主の歌が妾の心を強く揺さぶったこと。そして水精霊王に認められたお主だからこそ、特例を認めたという訳だ』
「──ということだけど、どうする? 僕としては王都への転送が望ましいけど、皆の意見はどう?」
個人的な要求を言えば王都まで転送一択だ。一足飛びで国境を越えて何処かの街でもいいけどそうすると国境越えの為に便宜を図ってくれたエキドナさんに対して不義理を働いてしまう。他の人はそのことに欠片の罪悪感を抱かないかも知れないけど、少なくとも僕はそういうタイプの人間だ。
誰かが金銭的なものを要求する場合、迷宮から出た場合の場所を確認する必要がある。最悪、ただスタート地点に戻されるだけかも知れないからね。
「まぁ、早く王都に行ければそれに越したことはねッスよ」
バルドは王都への直通に賛成、と。
「…………」
だけど藤堂さんは何か考え込んでる──というより遠慮しているような気配がある。何か引っ掛かることでもあるのかな?
「藤堂さん、言うだけ言ってみて。良いも悪いも言葉にしないと分からないから」
「……うん、分かった。じゃあ、言うよ。──私は、最上君やバルド君、クローディアちゃんと同じように戦えるようになりたい」
何やら決意を秘めた瞳を向けて、藤堂さんはハッキリと告げた。
戦力的なことを考えれば名案かも知れない。藤堂さんの持つ【古代精霊魔術】の強さはギルドの資料室で調べた限り、かなりのものだ。それが自由に使えるとなれば彼女は間違いなく最大火力になる。
だけど──
「僕個人の意見としては……反対かな」
僕としてはその願いは、聞き入れられない。
「効率面で考えれば悪くないけどさ……藤堂さん、もし次にまた同じ事、似たようなことがあった場合、自分で乗り越えられる?」
「それは……」
「…………」
「………………ごめん、最上君。安直だったね」
シュンと、落ち込んで後ろに下がってしまう藤堂さん。だけど彼女も以前と比べれば戦いに向けて少しずつ覚悟が固まってきていることに気付かされた一言だ。
──後は、藤堂さんが本当の意味で戦力になれる日が来るのを待つだけだ。
(見込みがあるうちは、ね……)
『話は纏まったか、人の子らよ?』
「あ、はい。それではテミス様、この国の首都まで転送して頂くことは可能ですか?」
『ふむ。随分と簡単な願いであるな。過去の成功者達は皆、金や武器を欲したものだが』
「今のところ、どちらも深刻に受け止めるほど問題になってませんので」
『なるほど……良かろう。汝等の望み通り首都まで送ろう。……だがその前に妾からの頼みがある』
「頼み、ですか?」
出来れば面倒なことは避けたいところなんですが。
『そう嫌な顔をするな。人間はモノを頼む際、報酬を用意するであろう。妾も妾の頼みを叶えてくれたのであればキチンと報酬を支払おう。冒険者ギルドが取っている仕組みと何も変わらないであろう?』
「……分かりました。まずはその依頼をお聞かせ下さい。無理だと判断した場合は断りますので」
これで断ったら『やっぱり転送はなし』とか言われたらどうしよう……。
『うむ。妾の依頼はそう難しいことではない』
言葉を句切ると何もない空間から白い布袋が出て来て、ふわふわ浮かびながら僕の前にやってくる。本当、ファンタジーは何でもありだ。
『その中には高純度に結晶化された魔石が入っている。それをベルガン帝国のベルニア活火山最深部にある祭壇へ納めて欲しい』
「ベルニア活火山って、火竜の住処じゃねぇか……」
バルドが唸るように声を上げる。火竜がどういう存在か分からないけどファンタジー世界でドラゴンと言えば上位の存在と相場が決まっている。現地人のバルドでさえこういう反応をするぐらいだ。きっと凄い相手に違いない。
「あの、僕達は火竜を相手に出来るほど腕に自信のある訳では──」
『ならば冒険者を雇えば良かろう。必要なら経費ということで妾からも資金を提供する』
言うと同時に、如何にも金貨がぎっしり詰まっていますと言わんばかりの革袋がドンッと現れる。断りを入れてから覗いてみると金貨だけでなく、ケースに入った宝石が半々の割合で詰まっていた。
『依頼を達成した暁には……そうだな、依頼の難易度から考えてモガミには精霊魔術を網羅した魔道書、バルドとクローディアには聖剣級の武器を、トウドーには杖を報酬として渡そう』
何だこの大盤振る舞いぶりは。そこから察するにこの依頼は達成困難のように思えるけど、同時に重要な依頼のような気がする。
……これ、関係ないから断るとか自分には無理ですとか、そういう安直な理由で断っていい依頼なの、か?
(相手がどう思っているか知る必要があるな)
場の雰囲気に呑まれて使い忘れていた【心理学】を使ってみる。表面的な感情は穏やかだけど、奥底まで覗いてみると僕の予想通り、可能であれば受けて欲しいという願望がかなり色濃く出ていた。そして依頼を断った場合、別の手段を使うということも。
考えるフリをして【心理学】の維持に集中する。経験不足か、或いは上位の妖精だからか分からないけど詳細を知ることは叶わなかった。
但し、ここで依頼を断った場合、僕達にとって少しばかり面倒なことになることは理解できた。
この人の本心としては是が非でもこの依頼を受けて欲しい。その為に最初から譲歩してきている。大盤振る舞いの報酬がその証拠だ。ならばここは多少無理をしてでも依頼を受けておいた方が良いかも知れない。幸いにして軍資金もある。
「分かりました。その依頼、引き受けましょう」
『そうか。お主ならそう言ってくれると信じておったぞ』
何割か演技の入った感じでテミス様は微笑む。
『では、約束通り主達を王都の手前まで転送しよう』
芝居がかった動作で両手を前に突き出し、詠唱を始めるテミス様。その言葉はラスティア語とも、日本語とも、英語とも判断が付かない、聞いたことのない言葉だ。拙い表現だがどうやって発音しているのか検討も付かない、そんな印象を受けた。
(テミス様の名前が発音できないっての、冗談じゃないかも知れないな)
やがて詠唱が終わり、足下に全員を囲めるほどの大きさの、幾何学模様で描かれた魔方陣が現れる。描かれた線に魔力が通い、強い光が放たれると同時に僕達の視界が歪み、瞬きするような速さで外の景色へと塗り替えられていく。
……こうして、僕達の初めての迷宮探索は幕を閉じた。




