妖精の迷宮・前編
生存報告という名の更新。
迷宮は長引かせる予定ではないので次話で完結を目標に執筆中。
妖精の迷宮と化した廃坑。魔剣が作りだした試練の迷宮と違って、一応外から見ても入り口だと分かる程度の変化はある。
「これが、妖精の迷宮?」
「えぇ」
独り言のつもりで言った言葉は、律儀に道案内が拾ってくれた。
焦げ茶色の岩肌に人の手が加わった入り口……を、塞ぐように鎮座する、銀細工で装飾された明らかに場違いな扉。存在感が凄い。
「試練の迷宮とは違うッスね、やっぱ」
「あれ? バルドって試練の迷宮行ったことあるの?」
「二年前にどこぞのボンボンが興味本位で迷宮攻略してやるって息巻いて募集かけてたンでそれに乗ったッス。まぁ失敗に終わったッスけど」
因みに僕は迷宮なんて入ったことがない。寧ろ低レベルの人間が迷宮に挑まなければならない理由があったら是非教えて欲しい。
チラリと、クローディアちゃんと藤堂さんを盗み見してみればやっぱり物珍しそうに色んな角度から扉を観察している。
「さ、参りましょうかカオルさん」
「私が案内できるのはここまでです。皆様方、ご武運を」
「お世話になりました」
感傷的なのは性に合わない。
固く握手を交わし、軽くハグする。男には何かと厳しい世界だけど、僕は女性との出会いについては恵まれているかも知れない。
「じゃ、行こうか皆」
「うッス」「はい」「うん」
三人がそれぞれ返事を返す。リーダーっぽく行った手前、扉を開けるのはバルドの役目で、僕とクローディアちゃんは数歩下がった位置で得物を構える。不意打ちに備えてのことだ。
そして今回の備えも杞憂のまま終わり、順次迷宮と踏み込む。
「──ッ!?」
瞬間、ぐにゃりと景色が変わる。足場が崩れた訳でもないのに目に映るものがぐにゃぐにゃ揺れるせいで軽く酔い、無意識に身体を傾けてしまう。咄嗟に踏ん張って転倒を防げたのは冒険者経験のお陰かも知れない。
「ここが、妖精の迷宮……?」
特に根拠はないけど、盛大な出迎えがあるかと思いきや、目の前に広がる景色は教室の半分ほどのスペース。四方は石壁に囲まれ、目の前には石版とそこに刻まれた文字。そして観音開きタイプの扉。
「…………読めない」
石版と睨めっこしていた藤堂さんがこめかみを抑えながら喘ぐ。彼女の為に弁護しておくと語学の勉強していない訳ではない。古語──所謂旧文字・旧文法が使われているからだ。日常ではあまり使われない古語だけど魔術書の原版・現代語訳されてない写本を読むには必要なことだ。
かつて利用していた冒険者ギルドの資料室にはいくつか古語が使われていたから僕は現代語も古語も普通に読み書きできる。
「えーっと……『この迷宮は己の知識と経験を覆す場所なり。常識の囚人は試煉の檻に囚われ続ける』……て、書いてあるね」
「あー、やっぱり謎かけッスか」
バルドを初め、パーティー全体に暗いムードが漂う。かくいう僕も謎かけは苦手だ。何の自慢にもならないけどこの手のクイズ番組は一度も正解したことがない。
三人寄れば文殊の知恵、なんて諺があるがあれは嘘だ。頭の悪い人間が何人集まったところで何も変わらない。
……はい、ネガティブタイム終わり。
「立ち往生しても仕方ないし、早く行こう」
出来るだけ明るい口調で言って扉を開ける。狭い空間から一転、如何にも……な、空間がただただ広がっていた。
人一人が立てる程度のスペースと行く手を遮るように広がる穴。深さは五メートルほど。穴底に見えるのは鋭い針と、その針の餌食となったであろう白骨死体。そして、反対側にうっすらと見える足場へ渡るには不規則に設置された円柱型の足場。
…………………………。
ちょ、何なのこれ!? 妖精の迷宮なのになんでこんな殺伐としてるの?! もしかして僕達ハズレ引いちゃった!?
「……これ、飛んで渡らなきゃいけないの……?」
「そう、なるね……」
「が、頑張りましょうトウドー様!」
頑張る……で、恐怖心を克服できるものなの? 少なくとも最初の足場まで……まぁ飛び移れないこともないけど、ちょっと勇気いるよね。飛ぶけどさ……。
「よっと」
結局、周りの空気に押される形で僕が最初に飛び移ることに。
勇気を出して飛び移った僕の度胸を嘲笑うかのように足場が崩れ針山の餌食……なんてことにはならず、普通に着地できてホッとした。
距離は同じに、穴とか落ちたら死ぬとか、そういう条件がなければこのぐらいは誰でも飛び移れると思う。だけどこれは一度失敗したらそこで終わる。そういう心理が強く出て来て、過度な緊張状態に陥ってしまう。
……もっとも、僕に限って言えば実はそこまで緊張している訳じゃない。失敗したら死ぬことに変わらないからだ。ただ、それが魔物から作為的な環境に置き換わっただけ。いつも通りやればいいんだ。
「ん。足場は大丈夫みたい。俺が次の足場に移動したら皆おいで」
「了解ッス」
「分かりました!」
「う、うん……」
藤堂さんだけ顔を青くして答える。うーん、一度痛い目に遭っているから気合いで乗り切れるだろうと思ったけどやっぱり無理だったかな?
……とか思っていたけど決意を固めて『あぁあああっ!』なんて叫び声を上げながらもしっかり飛んだ。彼女もお荷物のまま終わりたくないんだろう。
全員が飛び移ったのを確認してから僕が飛び移った円柱以外には飛び移らないように指示を出す。考えすぎかも知れないけど足場が腐っていたり着地地点にトラップが仕掛けてあるかも知れないからだ。
「………………」
無言でぴょんぴょん飛び移り、ひたすら反対側を目指す。これがアスレチックなら、或いは自分一人なら歌でも歌いながらやるけど、とてもそういう雰囲気じゃないから自重する。気分を紛らわせて歌うのもアリと言えばアリだけど……何となくだけど藤堂さん、そういうの神経質っぽいからなぁ。
「兄貴、まだ着かないッスか……。もう結構移動してると思うンスけど……」
「うーん……」
実を言えば僕も少し気になっていた。最初はあまりに遠すぎるから近づいているのが分からないのかと思っていたけどどうも違うように思えてきた。
「カオル様、本当にこれであっているんでしょうか?」
「いや、僕達はそれなりに移動してきたにも関わらず反対側との距離が縮まっていないんだ。このまま延々と移動しても時間と体力の無駄だ」
だけど問題はどうやって正解へ辿り着くか。この部屋にヒントらしきものはない。と、なれば鍵となるのは最初の部屋にあった石版に刻まれたあの言葉。
『この迷宮は己の知識と経験を覆す場所なり。常識の囚人は試煉の檻に囚われ続ける』
知識と経験を覆す。普通に考えれば既存の常識は意味を成さない。解答は常識の外側にある。
じゃあ、石版の言う常識って一体何?
(飛んで向こう側に行く……これが正解だと思っていたのは、状況から見てそう考えるのが常識だから……?)
と、なるとここでの正解は向こう岸に着くまで飛び続けるんじゃなくて、穴へ飛び降りるが正解ってこと?
あの、剣山が待ち受けているとしか思えないあれを正解と信じて、飛び込めと?
そんなの出来る訳がない。馬鹿げている──と、思うところかも知れないが一度冷静になって考えてみるとおかしな点はあった。
串刺しになっている死体だ。
妖精の迷宮は某有名ローグライクゲームのように入場する度に中身が変わる。例え僕達がここに来る以前に足を運んだとしても同じ地形・同じ試煉に直面することは……絶対にあり得ないとは言えないけど、まずないと思う。だから先駆者のなれの果てが迷宮内に残っているのはおかしい。
──なんて自分に言い聞かせるように説明しているけど僕だってこの仮説が正しいかどうか自信がない。ゲームのようにリセットもコンテニューもない。
「最上君? どうしたの?」
僕の様子に気付いた藤堂さんが近くの足場までやって来て、後に続くようにバルド、クローディアちゃんが近づく。
話した方が、いいよね?
賛同を得られるとは欠片も思っていないけど、一応僕の立てた仮説を話してみる。するとやはりというか当然と言うか、皆難しい顔をして僕を見る。面と向かって反論されなかったのは意外だったけど。
「兄貴、それ本気スか?」
「正気でないなら楽だったかもね」
「カオル様、命は一つしかありませんから大切にして下さいッ」
「うーん……まぁそういう解釈も出来るけど……やっぱり生身で試すとなると、ねぇ?」
生身で試す……試す……そうか。何か適当なものを放り投げてみればいいんだ。僕は何を焦っていたんだ。何もぶっつけ本番で挑む必要なんてない。
という訳で早速【無限収納】から適当な大きなの岩を見繕って穴の底へ放り投げる。異空間から放たれた岩は自由落下の法則に従い、徐々に加速する。普通ならそのまま針山の餌食となるか押し潰すかのどちらかになる筈。
だが岩の結末はそのどちらでもなく、ある地点を過ぎた瞬間に消えて無くなった。僕の仮説が正しいということが証明された。
早速【無限収納】からロープ、杭、ハンマーを用意して降りる準備を始める。何故こんな面倒なことをしているかと言えば僕の身体能力が日本に居た頃とあまり変わらないからだ。ステータス能力の高い、熟練の冒険者ならこの程度の高さは当然のように飛び降りられる。実際、バルドとクローディアちゃんはもう飛び降りた。行き先の安全確保という名目で。
「藤堂さん、準備できたよ」
「う、うん……。これ、降りなきゃ駄目だよね?」
「ずっとここに居たくなければね」
こういう場合、無理に説得するより少し突き放した言い方をした方が良い方向に動く場合がある。藤堂さんもその例に漏れることなく、決意を固めてくれた。
いくら女の子だからと言っても僕と違って強くなれる可能性があるんだからもっとしっかりして欲しいと思うのは僕が狭量だからだろうか?
そんなことを考えながら足場を一つ一つ確かめるように降りて行った。




