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想いの丈を打ち明けた

 村の人口増加を助ける為の行為──ではなく、お喋りをするだけ。そう考えると幾分か緊張が和らいだ。ついでに【無限収納(ストレージ)】を操作してカンドラで買った安酒とグラスを取り出す。バルドの晩酌の相手をすることもあれば、寝付けない夜に酔って無理矢理寝る為に呑むのが殆どだ。エキドナさんから貰った高いお酒もあるけど、あれは祝い事に呑むと決めている。


 因みに目の前で【無限収納(ストレージ)】を使ったらマリエッタさんはとても驚き、優秀な冒険者であるにも関わらず、こんなに礼儀正しく振る舞える男性は始めてだと、ひたすら感心していた。……持ち上げ過ぎだよ、マリエッタさん。


「情けない話、僕は怖いんです。身体を重ねることが」


 お酒の力を借りてぽつぽつと語り出す。一四歳の冬に起きた同姓による陵辱事件の顛末。男性的な振る舞いより、女性的な振る舞いの方がより魅力的だったのは入学した頃からちょっと話題を呼んでいた。元々外人の血が混ざっていることもあったけど、一番の原因は小学校の頃、男女の配役を変えた眠り姫で僕が演じた姫役の写真が何処からか流出したのも大きい。


 当時は本気で凹んだ。登校拒否になるぐらいには。結局、心の傷は傷跡として残り、僕は感情を希薄にすることで心を誤魔化した。それは今でも変わらない。女性に魅力を感じることはあっても、恋愛には届かない。話したり軽く触れる程度は平気でも、あのときを思い出させるような状況になると身体が拒絶反応を起こして何もできなくなる。


 バルドには一度、この話をしている。藤堂さんとクローディアちゃんは知らないし、話そうとも思わない。わざわざ自分の醜態を晒したいと思うような人間はいない。だけどこんなに深く話したのはマリエッタさんが始めてだ。


「だからきっと、僕は女の人と付き合うことができないんです」


 敢えて言うなら、心がEDなんだろう。息子は反応しても、心が踏み込めない。それを自覚すると自分が男として情けなくなってくる。男の娘なんて呼ばれているだけに、余計そう思う。


「カオルさんは、女の子が嫌いですか?」

「嫌いじゃないですよ。でも、いきなり近づかれて掴まれるのは……怖い、です」

「これでも、怖いですか?」


 マリエッタさんがそっと手を重ねてくる。力はあまり籠もってない。簡単に振り解ける。大丈夫だ。身構えていたから拒否反応はない。


「怖く、ないです」

「では、これなら?」


 繋いだ手を豊かな胸へ導くように抱きしめる。丁度、胸を押し当てて抱きついてる感じ。身震いは……大丈夫。抑え込める。突然の行動に心が動揺しただけだ。今はさっきと違って【心理学】を使う余裕もある。スキルを使っているからこそ、マリエッタさんに敵意が全くなくて、僕のことを本気で心配しているのが伝わってくる。だから、思ってたより拒絶反応が少ない。反則過ぎてなかなか使う気になれなかった【心理学】だけど今後は積極的に使っていった方がいいかも知れない。それこそ、これを手足のように完璧に扱えるようになれる程度には。


「自分から抱きしめてみて下さい」

「マリエッタさんを、ですか?」

「はい」


 いいのかな……と、思ったけど、元々ここに来たのは致す為だ。抱きつくぐらいはいいだろう。


 一呼吸して気持ちを落ち着かせて正面から抱きつく。肉付きのいい身体だ。むにゅんと、豊かな胸が形を変える。ちょっとだけ汗の臭いがするけど、それがたまらなくいい。


「まだ怖いですか?」

「……いいえ」


 こっそり【心理学】を使っているから平気です、なんて野暮なことは言わない。


「自分から抱きつくのは平気みたいですから、まずは甘えるところから始めてみてはどうでしょう」

「甘える……」


 そう言えば僕はあまり年上の女性に甘えた記憶がない。もっと言うなら母親に抱きついたこともないんじゃないだろうか。まぁ仕事が忙しい人だから必然、そうなるんだろうけど。


「甘え方が、分かりません……」

「それなら、言い方を変えましょう。何かして欲しいこと、ありますか?」


 して欲しいこと……それは一も二もなく美味しいご飯を作って欲しい。同じ国内でもその村にしか伝わってない独自の料理というのは存在する。


 あぁでも、真っ先に思い浮かんだのはやっぱり白いご飯に鮭の塩焼き、納豆と味海苔、そして味噌汁だ。和食はいい。フルコースのように主菜と副菜を別けて食べる必要がないところが実にいい。真っ白なご飯に塩気の効いた鮭の身を載せてパクッとかぶりつく。程よく乗った脂がふわっと湯気と一緒に口いっぱいに香りとなって広がる。最後はパリパリに焼き上がった皮を丸めて一口で食べる。ご飯と一緒に食べてもいいけど僕は皮だけで食べるのが最高に美味しいと思っている。


 納豆と一緒に食べるのもいい。醤油を垂らして、お好みで刻み海苔、刻み葱、辛子を入れてかき混ぜながらほかほかご飯の上に載せて食べる自分を想像すると程よくお腹が空く。納豆はただ食べるだけじゃない、パックから出して、混ぜて、食べることで始めて美味しいと感じるんだ。納豆単品で食べたいときはちょっとボリュームを付けてキムチを入れるのもいい。食べ応えを追求するならキムチ、オクラ、醤油、鰹節、山葵、胡麻、刻み海苔、これを全部入れる。たかが納豆、されど納豆。ちょっとした手間だけでおかずにも肴にもなる万能食材だ。余談になるけどあのネバネバが気になる人は是非大根おろしを試して欲しい。栄養的には何に問題もない。ポン酢を加えると尚良し。


 味海苔でご飯を来るんでパッと放り込むように食べるのもまた良し。味の付いた海苔なんて邪道だと言う人もいるけど、若干お子様なところが残っている僕にはそれがいい。柔らかなご飯の食感とパリパリの食感。一度に二つの食感を楽しめる味海苔はまさに絶品。それはもう味海苔だけでもいけるぐらいには好きだ。


 そして最後は味噌汁で締めくくる。食事の合間に舌をリセットする意味も込めて少しずつ飲むことはあっても、最後の瞬間に持っていく為に温存するものだ。赤か白か、そこは好みによって大きく別れる。ともすれば戦争が起きてもおかしくないのでそこは割愛しよう。味噌汁の味がしっかり染みついた木綿豆腐、大根は単品で食べても充分美味しいけど、味覚に変化を付けたいと思ったらその上に油揚げや三つ葉をちょんとのせて食べる。そして最後は両手でお椀を持ち、噛み締めるように啜って、朝の忙しい時間の中、わざわざ手間の掛かるご飯を作ってくれた御母様と、命の糧となった食材達に感謝を込めてご馳走様と言う。


 ……どうしよう。余計なこと考えたせいでお腹空いてきた。そしてこの瞬間、僕は心に決めた。必ず異世界に居る間に理想の朝食を作って食べてやると。


「じゃあ、明日の朝ご飯はマリエッタさんが作って下さい。できればこの村に伝わる伝統料理」


 本当は白米と鮭と味噌汁(最強の朝ご飯)が食べたいけどそこまで高望みはしない。異世界のご飯だって充分美味しいから。


「……そんなものでいいんですか? 私も今夜は覚悟を決めてここに来ていますから、添い寝ぐらいはしてもいいんですよ?」

「…………じゃあ、添い寝も」


 震えは完全に治まってない。だけどいい加減、この症状は何とかしたい。完全に克服するにはそれこそ時間が掛かるかも知れない。だけど……そう、少なくとも自覚的に抑え込めるぐらいにはなりたい。いつまでも苦手なものを苦手なままにしておくのはやっぱりよくない。いつかこれが災いして足下を掬われるかも知れないから。


 シュルシュルと、衣擦れする音がする。まさか脱ぐのか……と思ったら胸元がきついから緩めていただけだった。マリエッタさん、始めて見たときから大きいとは思ったけど、こうして直に触れると凄い。見た目以上の重量感、張り、柔らかさがそこにある。


「どうぞ、好きに甘えて下さい」


 マリエッタさんは僕を慮って何もしてこない。ただ、いつでも受け入れられる体勢を整えているだけ。そのうち頭にもやが掛かり始めて、気付けば僕の意識は飛んでいた。


 ……僕がどんな風に甘えたのか。それについてのコメントは控えさせてもらう。僕にもプライドがある。だから未遂とだけ言っておく。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 空腹を刺激するいい匂いで目が覚めた。部屋に台所なんてないけど、この教会は至るところから隙間風が吹く。風に乗って運ばれたんだろう。


 ベッドから降りて、着た切り雀のまま寝ていたことに気付く。いつもはちゃんと寝間着を着用するのに……今度から気をつけよう。少しばかり眠気の残る頭でふらふら匂いに誘われて行くと台所でマリエッタさん……と、見覚えのある二人がせっせと調理していた。


(あ、昨日の夕方紹介された娘……)


 思い出すのに少し時間が掛かったけど間違いない。昨日はマリエッタさんしかいなかったけど、僕は彼女以外に二人を指名している。どちらも二○代半ばだが異世界的には行き遅れの部類に入るらしい。


「あ、カオルさん。お早う御座います」

「お早う御座います」


 マリエッタさんは笑顔で挨拶。だけど二人は少し疲れたように挨拶をする。気になったので練習がてら【心理学】を二人に対して使ってみる。


 嫌悪感、落ち込み、疲れ、やるせなさ……あまりいい感情はない。僕に対して負の感情も少しあるけど、許容範囲だ。むしろこれは嫌な事件に遭って酷く落ち込んでいるように見える。まだまだ手探りで発動させているスキルだから大雑把な感情しか読み取れない。


「もうすぐ朝飯ができますので待っていて下さい」

「分かりました」


 なんか新婚夫婦っぽい。夫婦どころか恋人もいないけど。


「カオル君のリクエスト通り、この村に伝わる伝統料理を作りました」

「マリー、その子と寝たの?」


 ちょっとだけ不機嫌そうに金髪の女性が尋ねる。栗色の女性も少し警戒心を抱いている。やっぱり割り切れないよね。


「自己紹介が遅れました。冒険者のカオルです。禍根を残すようなことは私としても本意ではありません。お互い知らないことだらけですが出来る限り、仲良くしていきたいと思ってます」

「……エリザベスよ。マリーと同じ教会で暮らしているわ」

「リンスリット。私も教会暮らしよ」


 僕の態度が意外だったのか、ほんの少し目を丸くしてから思い出したように自己紹介をする二人。やっぱり冒険者で礼儀正しい人は珍しいのだろう。


「二人とも、昨日は大丈夫だった?」


 大丈夫……あぁ、そう言えば昨日は指名しただけで夜、あの場にはいなかったな。重要なことじゃなかったから深く考えないでいたけど。


「覚悟はしていたけど、最悪です」

「今日は、その子の番?」


 憂鬱そうに愚痴るリリアンヌさんと、諦めたように尋ねるエリザベス。食事の席だし、何があったのかは訊かない方がいいよね。地雷っぽいし。


「決まりではそうなってますけど……そうですね。カオルさん、エリーとリリーはあまり負担をかけたくないので何か訊かれたときは抱いた、の一点張りをお願いできますか? その代わり、私がお二人の代わりを務めますから」

「いいですよ」

「マリー、何言ってるの!?」


 何となく関わってはいけない雰囲気なので食事に集中することにした。


「村のことを考えるなら子供はどうしたって必要なのは理解しているつもりよ。でも、あなた達は休みなしで務めを果たしているのよ。カオル君のときは何もしなくていいわ」

「でもそれじゃ、マリーの負担が……っ」


 ふむ。チーズの代わりにパン粉をまぶして……この具は小麦粉を水で溶いた奴を乾燥させた奴か。グラタンっぽいけどチーズもソースもない。全然グラタンじゃない。過疎化が進んでいる村ならこんなものか。


「私のことなら心配しなくていいわ。カオルさん、結構紳士的だったし」

「この子が? ……まぁ確かに見た目はひょろひょろしているけど……て、カオルさん、何やってるの? というよりそれ何処から出したの?」


 ホワイトシチューの入った鍋を取り出したらリンスリットさんに見咎められた。


「ご馳走になるだけじゃ悪いので私からも一品お裾分けです。お口に合えばいいのですが」


 そう言いながら予備の食器にシチューをよそる。本音はパサパサしたグラタンもどきに耐えきれず水分が欲しいと思って、いっそホワイトシチューをソース代わりにしようと思ったのが切っ掛けだ。断じて不味かった訳ではない。


「カオルさんは【アイテムボックス】持ちなんです。本当に便利ですね」

「そうですね。手ぶらで旅が出来るというのは大きな利点です」


 マリエッタさん達はあまりスキルについて詳しくないようなので適当に流す。人数分のホワイトシチューをよそって朝食を再開。二人は言い争うのは不毛だと結論付けて椅子に座る。そしてすぐホワイトシチューの虜になった。やっぱり食事の力は偉大だ。あっという間に食卓に平和が訪れた。


(藤堂さんとクローディアちゃんには何て説明しよう……)


 行為に及んでいないとは言え、色気漂うシスターの家に泊まっての朝帰りはまずい。同じ歳である筈の僕にはとても信じられないけど学生というのは男女共通でスキャンダルが大好きだ。ちょっとしたことを拡大解釈して囃し立て、当事者を追い詰めて悦に浸る。他人の噂は自分を傷付けることなく、そして手軽に楽しめる娯楽だ。例え自分達の行いが悪いことだったとしても『あ、傷付いちゃった? メンゴメンゴ、でも悪気はなかったから許してチョンマゲ♪』ぐらいの軽い謝罪しかしない。藤堂さんもそういう学生の仲間入りをしているだろうから『藤堂さんだし仕方ないか』で無理矢理納得しておこう。感情を薄くして、心の傷を抑えて気持ちを押し殺すのは得意だし。


 寝起きより若干、憂鬱な気分を胸に蓄えたままグラタンを食べる。食べ終えてから片付けを申し出るもマリエッタさんにやんわりと断られた。ならばせめて教会の掃除と修繕工事を──と、思ったところで村の広場の方から喧噪が聞こえてきた。それもあまり穏やかな感じじゃない。


「何かあったのかな?」

「多分、あいつら……」

「あいつら?」

「カオルさん達が来るよりも前にこの村に商隊がやって来たんです」


 商隊……そう言えば村の中にそれらしい馬車が停車していたけど、やっぱり商隊だったんだ。でも……あれ? 商隊なら問題起こすのはまずいような気もする。仮に相手の方に問題があるとしても生命線を断ち切るようなことは自重してグッと堪えると思う……うんだけど……。


「私達は昨日、あの女が連れている奴隷のお世話をしてた」

「村に物資を運んでくれるのはいいけど、私達を見下すような態度が気に入らない」


 ……何だか雲行きが怪しい。気になったので外に出て様子を見る。村の広場では如何にも病気を患っている感じの子供を抱えて懇願する父親と、殺気立つ村人たち。……あ、バルドと藤堂とさんも混ざっている。


 商隊側の方は褐色色の肌に銀色の鎧を着込んだ女。護衛はいないが何となく強いような気がする。僕自身、強くなれなくても相手を観察し続けることで何となくだが強いか弱いか、その程度の判断はできるようになる。具体的には立ち方。強い人は基本、ピンと立っている。重心にブレがなく、体重を右足、或いは左足だけに預けるような立ち方はしない。左右均等に体重を乗せているということは体幹もしっかりしているということだ。僕独自の研究だから合っているかどうか知らない。


 そして問題の騎士っぽい人なんだけど……細長い耳が髪の間から顔を覗かせていた。

納豆に合う組み合わせ、募集中!

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