千載一遇のチャンスでもチキンだと逃すようです
カンドラから首都エルヴィンへ向かうにはチャラカ峠を通るのが一般的だ。エルビスト王国の地理は土地の六割が山脈と盆地、二割が森で占められている。残りは平野だったり高台だったり、とにかく起伏が激しい。防衛上の理由でまともに街道整備がされていないとは言え、流石に歩きにくい。
ただ、流石に流通に影響の出るチャラカ峠はそれなりに整備されている。整備と言っても馬車一台が通れる道幅を確保している程度だ。転落防止用の柵なんてある筈もない。そんな道幅の狭いチャラカ峠を僕達は今、歩いている。道中、商隊と護衛の冒険者たちと鉢合わせた。峠を越えるにはあまりにも手ぶらすぎる僕達はさぞ奇異な存在として映ったに違いない。
「兄貴のお陰で最低限の装備で済むのは大きいッスね」
「あー、普通は大きめのリュックに水とか食料も詰めるからね」
中には冒険者の荷物持ちで生計を建てる荷運び業者もいる。荷車を引くだけとはいえ、荷物を持ってくれる存在はある程度需要がある。主に女の冒険者に対して。
彼女達は必然、貴族出身が多い。そしてその殆どが魔術師だ。武芸を嗜む者もいるが、弓が殆どで剣は少数派というのが現実。男のように体力に恵まれている訳でもないし、特別鍛えている訳でもない。なのでお金に余裕のないパーティーは日帰りのできる狩り場を中心に活動し、余裕のあるところは男の奴隷を買って潰れるまで使い続ける。
反対に、男の冒険者はメンバー全員が荷物を背負って数日掛けて狩り場まで向かう場合が多い。奴隷を使うところもあるらしいけど、たまに悪魔と契約して名を上げてる冒険者もいる。もっとも、そういう人は魔術師に目を付けられて殺される場合がある。悪魔と契約すること自体、規定違反ではないが女性陣には大変受けが悪い。
さて。そんな僕達は現在、二つ目の村で小休止を取っている。人口一○○戸程度の村だ。数ヶ月前まで悪名高い領主が君臨し、好き放題やっていたところを流れの剣士がサクッと殺して解決したのを若い農夫が自慢げに話してくれた。
「まぁ、いい夢だったよ」
溜め息と共に切り出した農夫のお兄さんの顔色は優れない。次にやってきた領主も悪い人なのかな。だとしても僕達にはどうすることも出来ないけど……。
「神殿から派遣された領主様でね。税金を納めろ納めろと言うばかりで俺達にはなーんにもしてくれね。病人が出ても金を払わなきゃ診療もしちゃくれねぇ」
以下、延々と愚痴が続くので僕と藤堂さんで適当に相槌を打ったり同調したりする。やはり貴族の女性は基本、男に対して横暴に振る舞うらしい。エカテリーナさんにエキドナさんが異例なんだろう。
その後、話を聞いてあげた御礼の代わりに台所を借りて夕飯の仕込みをする。人口一○○戸程度の村落だ。商業ルートの中継地点とはいえ頻繁に通る訳じゃないので宿屋はない。素泊まり用の空き家が辛うじて一軒あるぐらいだ。もっとも、その空き家は現在、一足早くやってきた商隊に占拠されている。家の前に馬車があったけどそれほど大きな商隊ではない……と、思う。
「前の村もそうだったけど、女の人が少ないね」
「そりゃあ、女は大抵神殿に入るもんッス。それでも平民は一家に一人っつー制限があるみたいスけど」
「よくそれで人口保てるよね」
前から思っていたけどこの国……というかこの世界、人口問題はどう解決しているんだろう。僕の知る範囲の話だと女尊男卑の強いこの世界では結婚した女は男に寄生する負け組のレッテルを貼られる。流石に国としては人口問題を無視することはできないので結婚して子供が生まれた家庭には援助金が支給される。
但し、この援助金を受け取るのは大抵が男。というのも、結婚する場合男はその援助金を全額貰う条件に種馬に徹することを公言するからだ。親権は当然、女性にある。男を生んだら最悪だけど、女を生めば賭けに勝った……そんな風潮がある。まともな教育を受ける機会すら与えられない男は多額の援助金を貰って満足。取り引きになってるかどうか疑わしいけど当人達は大抵、この条件で満足するそうだ。
そんなことを考えながら大鍋でホワイトシチュー(【無限収納】に収納すればいつまでも熱々状態を維持できるから数日分纏めて作っている)を作っているとバルド呼ばれた。何でも、村長が僕達に話があるそうだ。
「兄貴にとっても悪い話じゃないッスよ」
そういうバルドの顔はにやついている。あれは……そう、カンドラにある娼館に行く時の顔だ。でもこの村にそういう店はなかったし……。
そんなことを考えながら外に出て三軒隣の家の裏まで来ると村長と……村の女性が幾人か待ち構えていた。待ち構えていた──と言っても物々しい雰囲気じゃない。普通に僕達が来るのを待ってたって感じ。
「あの、そちらの方は?」
「冒険者のカオルです」
「カオル殿……。失礼を承知で申し上げますが、できれば女性であるカオル殿には──」
「兄貴は男だから問題ない」
もはやテンプレとも言えるやり取りを済ませてから村長が本題に入る。
「カオル殿はこういう事には疎いようなので単刀直入に申し上げます。……どうか、村の為の種馬となって頂けないでしょうか?」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
掻い摘まんで説明すると、こういうことらしい。
カンドラのような大きな都市ではなく、小さな村では人口問題は文字通り死活問題に繋がる。村内だけで血を繋げていけばいずれ近親問題になる。ついでに言うと子供の中には農夫の仕事が嫌で冒険者になって一山当ててやると意気込んで村を飛び出る子も少なからず存在する。
近隣の村同士で融通すれば……という考えもあるがそれは現代日本人ならではの考え方。魔物が蔓延り、ステータスやスキルがものを言う世界であっても高齢化による能力減少は免れない。より詳しく言うと歳を取った状態でレベリングをしても大した成長は見込めない。
かと言って婚姻の為だけに自警団を割くことも難しい。自警団そのものが農作業との兼業だから必然、年中人手不足となる。まさに八方塞がりだ。
「それで、僕達の出番って訳なんだ」
「はい。バルド殿から急ぎの旅だということは伺っております。ですが当方にも引くに引けない事情が御座います。今はまだ税金を何とか支払えてはおりますが領主様はいずれ増税をすると発表しております。そうなればどうしても人手が必要になって参ります。ですからどうか、我々を助ける為だと思って人肌脱いで下さい。何でしたら冒険者への依頼ということにしましょう」
ど、どうしよう……そんな事情を訊かされた挙げ句、揃って土下座されたら断り切れない。土下座の概念があったのは驚いたけど。藤堂さんはともかく、クローディアちゃんには何て説明すればいいかなと思いつつ、村の為にお願いしますと再三に渡って懇願されたとあっては、僕に断る術はなかった。
「ありがとう御座います、冒険者殿!」
「女連れの方にこのようなことを頼むのは億劫でしたが……いえ、勿論お連れの方については我々も協力致します」
「それで兄貴、どの娘が好みッスか」
何だかもう僕がやることをやるのは決定事項らしい。とはいえ、時間も時間だし夜を待ってから落ち合う形になるけど。
「えーっと……」
改めて村長に付き添ってきた女性陣を見る。
若い娘は一二歳ぐらいで年長は二六歳。魔物や戦争による死亡率の高い異世界では十代で行為に及び、結婚するのは普通だ。にも関わらず結婚率が低いとはどういうことだろう。真剣に選ぶと時間掛かって二人に怪しまれるし、かと言って適当に選ぶのも失礼っぽいし……。
「えと……じゃあキミで」
「いや兄貴、一人じゃ種馬の意味ないッスから」
結局、その場に流された僕はあと二人、追加してしまった。別に悪いことしてる訳じゃないのに、なんでこんなに後ろめたい気分になるんだろう?
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「ねぇ最上君、さっきバルド君と二人揃って村長に呼ばれていたみたいだけど、何かあったの?」
「あー……」
夕食時、ありあわせの食材で作ったホワイトシチューをよそっているところを藤堂さんが訊いてきた。多分、深い意味なんてない。ないけどなんか答えにくい。
「何で言葉に詰まるの?」
「カオル様、もしかして問題でも起きました?」
「起きたというか、起きてしまったというか……うん、ちょっとね、この村に数日滞在することになった」
「なんで?」
まぁ、普通はそうなるよね。正直に種馬になったと白状するべきか。だけど相手は藤堂遙花……花も恥じらう女子高生だ。真実を話せば汚物を見るような目で見るか、癇癪起こして一方的に不潔と罵ってくるか、離婚話を薦める夫婦のような関係になるか……どうしよう、引き受けた時点で僕の評価転落してる。
いや、別にやましい目的で引き受けた訳じゃない。僕もいい加減、人か、人型の魔物相手に至近距離(具体的な状況は察して欲しい)で接触されることでフラッシュバックする苦い記憶によって何もできなくなるトラウマを解消する為の訓練……なんだ。そういうことにしておこう。
「あの、トウドー様……カオル様が困ってますから、その……」
「でもさクロちゃん、隠し事ってよくないと思わない?」
「で、でも……カオル様とトウドー様はお付き合いしている訳じゃありませんから、隠し事ぐらいあって当然かと……」
何だかよく分からないけどクローディアちゃんは僕のことを庇ってくれているようだ。この流れに乗るしかない。
「えっと、悪いことをする訳じゃないからさ、できれば何も訊かないでくれる?」
「そうは言うけど……」
「なんだ、トウドーは兄貴と付き合ってるのか?」
「別に、付き合ってないけど」
「じゃあ納得しとけよ。一応アンタは兄貴の奴隷なんだからよ」
…………あぁ、そう言えばそうだったね。全然それらしいことしてないからすっかり忘れていた。
「それにトウドーにだって隠し事ぐらいあるだろ? まさか女は隠し事していいけど男は駄目とか言うのか? あぁ、やっぱりトウドーもそういう女か」
「だからバルド、そんな喧嘩越しにならないでよ。ね?」
「努力はしてるッスけどね、自分としちゃどーもその辺納得しきれないんス。兄貴みたいに許せる人間の方が珍しいッスよ」
僕だって何でも許せる訳じゃない。ただ、相手はそういうものだと割りきる、或いは受け流しているだけだ。そういう意味じゃバルドは僕より真面目だ。発言の一つ一つを受け止めてハッキリ物を言う。時にはそれが災いすることもあるけどハッキリ言えない僕には羨ましい一面だ。
それ以上、お互いに会話はなくなり何処かギクシャクした空気のまま食事が進む。後片付けをして、バルドとクローディアちゃん相手に日課の回避訓練をこなして夜まで時間を潰す。
「そろそろッスね」
「う、うん」
「これで名実共に、兄貴も男になるッスね!」
グッと親指を立てて、バルドは自分が指名した女のところへ向かう。小さな村とはいえ、一応その辺は留意してくれる。
バルドを見送ってから僕も待ち合わせ場所に向かう。目指す場所は教会。思い起こせばカンドラには教会なんてなかった。神殿はあったけどバブル時代に作られた建物と同じ臭いがした。用事もなかったから中に入ることもなかった。
「…………本当に、教会でいいんだよね?」
誰かが居る訳でもないのに、思わずそう口にする。村へ入ったとき、遠くからこの建物は見ていた。そのときは何となくボロい建物だなー程度にしか思ってなかったけどこのボロい建物が現役で使われている教会だと言うから驚きだ。
屋根に残る焼け跡、素人が修繕したと思われる見栄えの悪い修理跡、剥げた塗装、立て付けの悪い扉……廃墟寸前だ。
ギィィーと、不気味な音を立てながら扉を開く。頻繁に人の出入りがあるのか、中は思ったより汚くなかった。漠然と、祭壇の方にマリア像っぽいものや十字架を想像していたけど、そんなものは一切ない。世界が違えば宗教のありようも違うのだろう。
「あ、お待ちしてました」
奥の長椅子でジッと待っていた待ち人は僕の姿を認めるとスッと立ち上がった。群青色の修道服にアクセント程度に袖口に浮かぶ白いライン。修道服の上からでも分かるぐらい盛り上がった大きな胸。健全な男なら間違いなくむしゃぶりつきたくなるようないい身体なんだろう。
「マリエッタと申します」
「冒険者のカオルです」
淑女の前なので礼儀正しくお辞儀をする。貴族に対する礼儀作法も最低限だけどエキドナさんから教わったからそれを実践する。こういうのは普段からやっておいた方がいざというときに淀みなくできるようになるものだ。
「冒険者の方にしては礼儀正しいですね」
「身元が分からないからこそ、礼儀正しく振る舞い、相手に良い印象を与えることが重要だと僕は考えてます」
「とても立派な考えだと思います。……あの、随分お若いようですが、おいくつになられました?」
「一五……いえ、一六になりました」
これはこの前、ステータス画面を呼び起こして新しいスキルを確認していたときに気付いた。時間の流れが地球と同じかどうか疑問だしキチンと数えてないから分からないけど、とにかくもう一六歳だ。
「一六歳……本当にお若いですね。私の娘もカオルさんみたいにしっかりした娘に育ってくれれば……」
……今、さらりと凄いこと言ったね、マリエッタさん。そりゃ、この人は最年長の人だから子供が居ても不思議じゃないけど、二六歳でこの若さと身体……恐ろしい。
「娘さんは今?」
「カンドラで、神殿から教育を受けています」
それ以上、マリエッタさんは娘さんについて話そうとはしなかった。僕も訊こうとは思わなかった。流石にそのぐらいの空気は読める。
「あの……カオルさんは本当に私達で良かったんですか? その……やはりお若いですから、若い娘の方が……」
「あー、まぁそこは個人の趣味の範囲ってことで」
ぶっちゃけ、マリエッタさん他二名を選んだ理由は単純に大人しそうだったから。何かあればすぐ逃げられるし、揉め事になってもどうにかなるだろうという打算だけで選んだ。
蛇足になるけどこの世界、女の子の性格は抜きにして顔のレベルは高い。石を投げればグラビアアイドルに当たるぐらいの美人率だ。
「分かりました。では、こちらへ」
燭台を持ったマリエッタさんに案内される。祭壇の右奥の扉を開けて、L字型の廊下を歩いて部屋へ招かれる。六畳ほどの広さに木製ベッド。藁の代わりに薄い布地を数枚重ねて縫い合わせた粗末な掛け布団。文明レベルの低いこの世界の村では珍しくもない。
(問題は僕がキチンと行為に及べるかだけど……)
あ、それ意識し始めたらぶるぶる震えてきた。これは……あれだ。逆レイプされたときの状況に似てる。
あのときも確か、こんな風に体育館の倉庫に連れ出されて、数人掛かりで抑えられて無理矢理……うっ、まずい。拒否反応が。
「カオルさん?」
落ち着け。あのときと状況が違う。この部屋に隠れる場所なんてない。いや、指名した他の二人がいない。不意を突いて部屋に乱入してくる可能性もある。待て、それは考えすぎだ。だけどマリエッタさんが実は凄い達人で男を組み伏せることに愉悦を覚える嗜虐者だったら──
「カオルさん」
「……っ、はい、何でしょう」
返事はできた。大丈夫。受け答えできるぐらいには冷静だ。いや、ぶるって身体が上手く動かない程度には怯えている。逃げ出せるか微妙なラインだ。
「少し、座ってお話ししませんか?」
マリエッタさんは僕の苦悩を見透かしてか、こんなことを言ってきた。
作者の中での異世界の定番。
・冒険
・奴隷
・迷宮
・エロ
残り二つ消化しなければ。(使命感)




