旅立ちのときは来た
半日ほど寝込んだ……らしい。正確な時間は分からないけど外の様子と藤堂さんの話から推察した結果だ。
僕が寝込んでいる間、それなりに動きがあった。エキドナさんとエカテリーナさんは葉月君を緊急指名手配……しようとしたところで葉月君と思われる死体を発見。背格好、着ていた服、腰に提げた得物。それらを纏った身元不明の遺体が郊外で発見された。魔物に食い殺された状態で。
血液検査、DNA鑑定のない世界だ。目撃者の証言とその身分、状況証拠がモノを言う。
「如月君が死んだとか、ちょっと信じられない」
「兄貴は信じてない、と?」
「装備品しか発見されてないからね。魔物に食い殺されたってのも不自然だし」
尤も、エキドナさんはこの方向で事件を収束されるつもりでいるらしい。表向きはそういうことにして裏で操作を継続。独自のルートを使って彼が生存してないか確かめるつもりでいるみたいだ。身元不明の死体に全てを擦り付けて周りの人間を納得させる……政治家がやりそうな手だ。権謀術数の世界で生きる人達にはぴったりだ。僕は一生関わりたくない世界だけどね。
明けて翌日。来賓を満足させる為にも予定していたピアノ演奏は行われた。中には遠方から駆けつけてくる貴族もいる。そういう人達は大抵、一週間ほど現地に滞在する。気軽に旅行できない世界であることを思うとなるほど、旅行先で何日も滞在するのは特に不自然じゃない。日帰りツアーとか組んでも需要なさそうだ。
僕としては演奏会の延長みたいなものだから特に思うようなところはないから割愛していいと思う。間違っても大勢のナントカ貴族の嫡男に求婚された覚えはない。僕のログには何も残ってない。ないったらない。ついでにお嬢様がお姉様とか何とか言っていたような気もするがきっとラスティア語だ。日本語圏で育った僕には彼女たちの言い分なんて少しも理解できない。する努力もしないけど。
奉納は無事に行われ、カンドラの地に住む上級精霊は力を取り戻した。その証拠に海に住む魔物の活動も沈静化し、湧水地点から魔力を含む水が湧き、数ヶ月ぶりの雨が数日間に渡って降り注いだ。雨が降ってしまえば冒険者の大半は動けない。僕達も例外じゃない。たまに雨の中仕事する変わり者もいるけど。
「こうして見ると実感するわ。本当に奉納が成功したんだって」
「農家の人にとっては恵み雨だろうけど、神様が失恋した腹いせに八つ当たりしているようにも見えるけどね」
などと言いながら僕とエキドナさんは現在、彼女の部屋でボードゲームをしている。旅に必要なものは全部、屋敷の使用人が用意してくれる手筈なのでどうしても暇を弄んでしまう。じゃあいっそボードゲームでも作ろうかと思って材料を用意して貰い、盤と駒を手作りしていた。で、それが見事エキドナさんの眼鏡に適ってこうして遊んでいるという訳だ。教えた遊びは日本人なら大体の人がルールを知っている将棋。僕の通っていた小学校には教室に将棋がいくつか置いてあったから昼休みは友達同士でよく指していた。
駒の動きと覚えてる限りの陣形を教えて延々と指す。雨音をBGMにしながら指すのもなかなか乙な趣向だ。
「むむむ……逃げ道があるような……ない、ような……うーん…………」
「僕からみればまだ活路はあるよ。流石に一日二日で抜かれたら立つ瀬が無いよ」
なんて、冗談めいたことを言うけどあと少しで抜かれそうだったりする。やっぱり本物の知識人がこういうゲームやると格の違いって奴を見せつけられるね。僕が覚えている陣形なんてアナグマとか矢倉とかそのぐらいだ。振り飛車とか居飛車になると、怪しい。
「……これでどう?」
「詰みです」
「……あぁ!?」
持ち駒を一枚使って王手を掛ける。これで詰みだ。
「ショーギ……難しいわね。でもこれは本当面白いわ。相手の陣地を攻めるのもそうだけど取った駒を使えるところがまた面白いわね」
「地域によっては軍師の嗜みとも言われてるよ」
本当かどうか分からないけど、参謀を勤める人って不思議とこういうゲームが滅茶苦茶強いってイメージがある。あの手の人種は基本的に自分から動かず周りの人間を使うし……うん、イメージとしては合ってるかも知れない。
「出立の準備はもう済んだ?」
「エキドナさんが手伝ってくれたお陰で問題なく」
「国境越えの段取りは分かってる?」
「抜かりありません」
本来、冒険者が国境を越えるには相応のランクが必要になる。ただ、基準値を満たした冒険者しか国境を越えられないというのは外交的な問題が起きるので王族・貴族は例外。勿論、それなりの制限は設けられているものの、問題なく通行できる。
ただし、今国境付近の気候は荒れに荒れている。ベルガン帝国には火の上級精霊がいた。姫巫女共々殺された結果、ベルガン帝国は今、常冬の気候となってる。下級精霊が存命しているお陰で最悪の事態は免れたが、早急に手を打つ必要があると言われてる。
カンドラは比較的精霊に対する信仰心が高いから奉納でも何とかなった。だけど、他国だとそうはいかない。精霊の力を維持するならともかく、失った力を補充するとするなら、それこそ精霊王に認められた者から直接魔力を補充して貰わなければ新たな眷属を生み出すことすらままならない──そうエキドナさんに説明された。
で、話は国境越えに戻るけど国教を越える際、僕達は貴族の使用人として越えることになる。勿論、本当に使用人になる訳ではないがその為の根回しは既に進んでいる。
ラスティアの貴族社会において使用人は主人の備品扱い。個人の財産とも言える。人権とかその辺どうなのかと訊いてみたところ、生殺与奪は所有者に一任されるそうだ。市井の民が法的裁判を受ける権利のない世界なら貴族が俺ルールに従って処罰するのは合理的……と言えば聞こえはいいけどハズレを引いたら堪ったものじゃない。
器物破損……という概念があるか分からないけど貴族の使用人を傷付けたら罰則の対象になる。とは言え、人同士のトラブルなんて日常茶飯事だからよほどの毒舌家か明らかな問題行為に及ばない限りは黙認される。その代わり、使用人は主人に対して一切訴えることができない。使用人なら大半は平民出身だから意味がないのでは──と、尋ねたところ花嫁修業の一環として下級貴族の令嬢が知り合いの貴族の屋敷に奉公に出る場合もあるそうだ。日本人の僕には良く分からない感覚だが、つまりはそういうことらしい。多分、上級貴族の妾や女王お付きの侍女ともなれば高度な教育が求められるからそれを実戦形式で習わせるのが目的だろう。
エキドナさんの将棋勝負を終えて、事務仕事に戻る彼女を見送ってから自分の部屋に向かう。その途中、中庭に隣接する廊下を通らなければならない。その中庭に、藤堂さんとクローディアちゃんがいた。一心不乱に槍を振り回して、当然のようにクローディアちゃんに打ち負かされる彼女。
「…………」
遠くからぼんやりその練習光景を眺める。今回の仕事、見も蓋もない言い方をすれば藤堂さんはいない方が良かった。足手纏いではなかったけど、役に立った訳でもない。
けど、それも仕方のないことだと僕は割り切っている。戦争を知らない、平和な時代に生まれた僕達は肌レベルで危険に遭遇する機会なんてほぼない。だから異世界に飛ばされた直後であっても何処か楽観的で『何とかなる』と深刻に考えなかった。
付け加えるなら、僕以外のクラスメイトには他者を圧倒するチートを授かっている。危機感はますます薄れる一方。真の強敵にぶつかったとき、果たして目の前の艱難辛苦を越えて、心に筋金を入れられる高校生がどれだけいるか。
(そういう意味じゃ僕はラッキー、なのかも……)
何しろずっと全力で生きなければすぐ死んでしまう。リアル縛りプレイを強いられてる。それでも……うん、最近になってようやくまともな能力を得たから行動選択の幅が広がった。とはいえ、打たれ弱さは依然として変わらない。だけど僕はこのままでいいと思ってる。人は斬られると死ぬ。高所から落下すれば死ぬ。そういう、当たり前のことを忘れてしまうのがとても怖い。きっと、周りの人間が車と併走して走りながら当然のように雑談する人達の後ろ姿を見つめながら一二秒かけて一○○メートル走って息切れしておいてかれる方が性に合っているのかも知れない。
……なんて思いつつも、軽快なフットワークで中庭を縦横無尽にかけるクローディアちゃんを見て羨ましいなーと思いながら邪魔しないうちにその場から去って行った。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「お世話になりました」
出発当日、カンドラの南門前で僕達は別れを告げた。見送りに来てくれたのは長いことお世話になった宿屋の女将さん、右も左も分からない僕に親切に接してくれたウルゲンさん、多忙な仕事の合間を縫って来たエカテリーナさんにエキドナさん。
思えば七ヶ月間、僕はカンドラを活動拠点にしていた。そしていざ、別れのときが来ると込み上げてくるものがある。
今生の別れ。
そう思うと自然と涙が溢れてくる。
「カオルちゃんは涙もろいね! 男がそんなんじゃいけないよ! 冒険者なら出会いの数だけ別れがあるんだ! もっとサバサバしないと!」
豪快に笑いながら激励を飛ばす女将さん。だけど僕は気付いた。女将さんの目にうっすらと光るものがある。気を遣ってわざとそういう言葉を選んでいるんだ。なら、しっかりしないと。
「女将さん、今まで色々サービスしてくれて本当にありがとう御座いました」
「またいつでも来な! カオルちゃんなら大歓迎さ!」
バシバシと、肩を叩かれる。凄く痛いけど顔には出さない。
次にウルゲンさんと向き合う。
「ウルゲンさんにも、色々お世話になりました。ウルゲンさんがいなければきっと無一文でスラム街を彷徨っていたに違いありません。感謝してます」
「それが俺の仕事だからな。お前が気にすることじゃない」
「例え仕事であっても、こんな僕に目を掛けてくれたのは事実です。感謝が尽きません」
カンドラに来たとき、僕は本当に右も左も分からない異邦人だった。きっと田舎から上京してきた若者の方がマシだと言えるぐらい酷かった。
今一度、ウルゲンさんにお辞儀をしてからエカテリーナさんと向き合う。
「エカテリーナさんにもお世話になりました。隕鉄製の大剣の件は本当に助かりました」
「私としては最適な判断を下しただけですのでお気になさらず。それにあの剣はオークションで売れましたのでキチンと利益は得られました」
だいぶ後で知ったことだけど、あの剣はギルドが商人ギルドの伝手を使って競売に掛けられたそうだ。いくらで落札されたかは聞いてない。キチンと利益が出たことを祈るばかりだ。
「次に会う時は是非、噂の旦那様を紹介して下さい」
「ふふ……カオル殿が私の旦那様に会えば間違いなく驚くと思いますわ」
……? 何だろう。この悪戯を企む子供が浮かべるような笑みは。俺が会ったらビックリする人……リシャルド──は、あり得ないか。男色家だって公言してるし。
最後にエキドナさんと向き合う。
「エキドナさんもありがとう御座います。わざわざ国境越えの手配までして下さって」
「依頼の報酬だから当然よ。本当は私が付いて行ってあげるのが一番だけど、流石に理由もなくカンドラを長期間空けるのは、ね」
国境越えにあたって、僕達は貴族の備品──つまり使用人としてエルビスト王国を出国する手筈になってる。エキドナさんは貴族だけど、低ランク冒険者に深く肩入れするのは色々まずい。なので王国にいる、エキドナさんが信頼する貴族を頼ることになる。その為の根回しは向こうに着く頃には完了しているそうだ。
「兄貴、そろそろ……」
「分かってる。……皆さん、本当にありがとう御座いました。ご縁があればまたお会いしましょう」
別れの言葉を皮切りに『おう、またな』とか『カオルちゃんならいつでも歓迎だよ!』とか『次は是非、私のところに奉公しに来て下さい。特注の服を用意してます』と、言葉を投げかけられる。約一名、不穏なことを言っていたような気もするけどきっと疲れているせいだ。
「本当に長かったね」
「そッスね。自分も一ヶ所にこんなに長く居座ってたのは始めてッス」
「私とクローディアちゃんは一ヶ月ちょっとしかいなかったけどね」
殆ど舗装されてない道を歩きながらぽつぽつと世間話をする。国境を越える為にはまず首都へ向かわなきゃいけない。大まかな道のりは中継地点の村を二ヶ所通って、チャラカ峠を越えて到着。馬を使えば三日ほどで着くけど徒歩だと五日は掛かる。馬を維持するほどの収入がある訳じゃないから仕方ないと言えば仕方ない。それ以前にバルド以外、馬術の心得がない。
住み慣れた町を出て行くのはちょっと後ろ髪を引かれる。如月君のようにこの世界で暮らすのも……それはそれで魅力的かも知れない。それでもやっぱり、七ヶ月間しっかり腰を下ろして生活してみても日本での暮らしが恋しい。もしかしたら途中でやっぱり止めた、なんてことになるかも知れないけど、今はまだ望郷の念が強い。
「早く帰りたいなぁ……」
独り言ば抜けるような青空に吸い込まれた。




