邂逅
「はぁ~……お腹空いた」
結局、お昼ご飯は串焼き十本しか食べられなかった。殆どおやつも同然の量だよ。
「でもでも、今日は久しぶりにいっぱい食べられそう」
なんと言っても今日の路上ライブは過去最高の売り上げを記録した。これなら僕とバルドがお腹いっぱい食べても大丈夫だよね。
僕もバルドもご飯はがつがつ食べる方だから節約生活は何かと堪える。特に日本人の僕はお米や味噌汁のない生活が続いているのが何より辛いことだけど、こればかりは仕方ない。パン食はパン食で良いところがあるんだけどね。
「さぁて、今日は久しぶりにお腹いっぱい食べ『あぁ! やっと見つけたわ!』……えっ?」
誰だろう。いざ下宿先の宿屋に入ろうとした途端、僕の顔を見てもの凄い剣幕で睨み付けてくるこの女性は。
見た目は十代半ば。肩辺りで揃えたダークブラウンのショート。すらっとした体格と相まって、腰に手を当てて睨めつける仕草が……すごく、怖い。加えて、仕事着と思われる簡素な服の上に羽織った、フリルの付いたエプロン。
メイドさんではありません。メイドさんではありません。大事なことだから二回言ってみました。当然、僕の知り合いでもありません。
「あの、僕は『今日から厨房入りだってのに初日からいきなり遅刻だなんていい度胸じゃない! たっぷり扱き使ってあげるから覚悟してよね!』だからそうじゃなくて『新人が言い訳しないッ!』……あ、はい」
ピシャリと言い放たれたら最後、僕はもうこの人の剣幕に押されて、閉口するしかない。
腕をしっかり捕まれてずるずると厨房へ引きずり込まれる。
科学技術が発達してない世界だから当然、ガスコンロの類はない。その代わり、僕たちがお世話になっているこの宿屋は下級区で尤もグレードの高いところ。そういう事情もあってか、ガスコンロやオーブン等、それに類似した魔法具は揃っている。
「いい? 今日は冒険者グループが五組も宿泊している上に宴会の予約まで入っているからしっかりしなさい!」
「あ、はい……。それで、僕は一体何をすれば……」
「洗い物に決まってるでしょう! それと! 女が僕なんてナヨナヨした言い方しない!」
「…………はい」
この瞬間、僕とこの人の間に明確な主従関係が生まれた。
(なんか色々おかしいけど、抜け出すとまた面倒なことになりそうだし……うん。諦めてお皿荒い頑張ろうっと)
袖口をまくって、他の従業員と一緒に洗い物を始める。僕の家は母子家庭だったこともあって、子供の頃から家事手伝いをしていた……というか母さんは仕事はできても家事は壊滅的だった。
それはさておき──厨房はまさにあの人の言う通り、てんてこ舞いだった。
出来上がった料理を運ぶ給仕と入れ替わるように洗い物がどんどん運ばれてくる。一瞬も手を休める暇もない。しかもこれだけ狭い空間だ。周りの人にも注意を払う必要がある。
「一角兎の丸焼きとブラックビーフの煮込み追加。大至急!」
「おいこら! その料理は後でいいからこっちを手伝え!」
「あぁもう! こんな時に限ってうちの親は腰痛とか洒落にならないわ!」
「そこの新米! 女でも野菜を切るぐらいはできるでしょう! 洗い物はいいからこっち手伝って!」
「はい……ッ」
なんだかもう、完全に従業員だ。
パパッと手をすすいで投げ渡すかのような勢いで渡された包丁を受け取って、ジャガイモっぽい芋類・バレットポテトの皮をするする剥く。家での家事経験と相まって、【料理】スキルのアシスト効果によって、僕の手に収まったバレットポテトはものの三十秒としないうちに皮を剥かれた。
(でも、ただ皮を剥いてるだけじゃ間に合わないかも)
確か今日は冒険者グループが宴会を開くとか言ってたっけ。それならきっと肉料理や煮込み料理が沢山出るに違いない。それにこの宿屋の人気メニューは煮込み料理だ。周りの人より皮むきが早い僕なら材料をカットする余裕はある。
チラリと、野菜の斬り方を盗み見しつつ、今後必要になりそうな野菜を指示される前に下処理しておく。正直言って皿洗いより始めからこっちに配置して欲しかった。
「一般客からのオーダー入りました! ロッソトマトのチーズとバルジ炒めとスカーレッドサンド二人前ずつ!」
「ブラックビーフの煮込み追加オーダー!」
「アタシそっちで忙しいから誰か一般のオーダーやって!」
……みんな忙しそうだし、僕がやった方がいいのかな?
丁度下処理が一段落したところだし、ロッソトマトのチーズとバルジ焼きもスカーレットサンドも見れば調理法ぐらいは分かる代物だ。
前者は大きめにカットしたロッソトマトの表面を軽く焼いて、その余熱でチーズを溶かしてバルジで飾り付けをすればいいし、スカーレットサンドは、いわゆるハンバーガーだ。挟まっていた具はハンバーグとレタス、あと隠し味にマスタードが使われていた。
最初フライパンを温めてその間にロッソトマトを切って、スカーレットサンド用のハンバーグを用意。その後、フライパンにロッソトマトとハンバーグをそれぞれのフライパンに投入。じゅうじゅう音を立てながら水気を飛ばすロッソトマト。頃合いを見計らってひっくり返すと同時に火を止めてチーズを振りかける。後はフライパンからロッソトマトを引き上げてお皿に盛りつける。その頃には肉の表面が焼けたので息つく間もなくサッとひっくり返す。それと同時に弱火にして蓋をして蒸す。そこからまた頃合いを見てひっくり返す。竹串で中まで火が通ったのを確認してパンに挟む。
そろそろ下処理した野菜が底を尽きそうなので洗い物担当にフライパンを押しつけて下処理の作業に戻る。十分でバレットポテトとランスキャロット、それぞれ一箱分の処理を終えた直後、一般オーダーが入ったのでそっちに飛び付く。
結局僕は、洗い物だけで済む筈の仕事が、いつの間にか洗い物と下処理、一般客分の調理と一人で三つの仕事を掛け持つことになっていた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「疲れたぁ~~……」
仕事から解放された僕は腕をぐぅ~っと伸ばしながら情けない声を出す。ここまで本格的な家事仕事は始めてだったけど、やっぱり僕は冒険者よりこっちの方が向いている。
(いやいや! そうなったら元の世界に帰るどころか永住しちゃうよッ!)
そもそも僕が冒険者をやっている理由は元の世界に帰る為の手掛かりを探す為。それに運が良ければこっちの世界で有力な情報を得ているクラスメイトと合流できるかも知れない。そういう意味では各地を転々とできる冒険者というのは何かと都合がいい。
「お疲れ。あなた思ったより使えるわね。遅刻は減点だけど」
厨房の仕事が終わり、僕を労いに来たのか僕を強引に連れ込んだ人がやって来た。
「で、お疲れのところ悪いけどこれから明日の仕込みもあるから。五分休憩したらすぐ来て頂戴」
「…………」
どうやら異世界の宿屋はとんだブラック企業のようです。というか僕、このままだと流されてしまう。
「あの、僕は──」
「エリナ、今帰ったわよ! ……て、どうしたんだいカオルちゃん。ただでさえ貧弱なキミが本当に死にそうなくらいお疲れみたいじゃないか。足腰立てなくなるまでゴブリンに追いかけ回されたのかい?」
「あ、兄貴……今まで何処行ってたんスか」
ばーんっ! と、勢いよく宿屋の扉を開けて入ってくる見覚えのある大柄な女性……と、その後ろからやって来たバルド。
彼女のことをエリナと呼んだのはこの宿屋の女将さん。一応、僕とバルドは長期宿泊客なのでバッチリ顔と名前を覚えられている。
「カオル、ちゃん? ……ねえ母さん、この娘母さんの知り合い?」
「何を言ってるんだいエリナ。こいつはうちの客だよ。ついでにカオルちゃんは立派な男だ。……まぁナヨナヨしてたり女々しいところがあるのは事実だけどね」
「お客? お客さん…………えぇ!? お客さん!」
「良かったぁ……やっと話が通じたみたいで…………」
正直、このまま仕事に忙殺されるんじゃないかとヒヤヒヤしていた。バルドは今のやり取りを見て『あぁ、やっぱり兄貴は兄貴だ……』なんて言っている。
……あ、そう言えば延長料金の件、すっかり忘れていた。
「なんで客だって言ってくれたなかったの!?」
「いえ、その……断ろうにも断れない雰囲気でしたので……」
「兄貴、いつも言ってると思いますがこういうことはハッキリ言うべきッス。女って生き物は金のない男は奴隷ぐらいにしか思ってねぇッスよ」
「エリナ……アンタまさかうちの大事な客に粗相でもしたんじゃないだろうね? それが原因で売り上げが落ちたらアンタ、どう責任取るつもりだい?」
「え、えっとあの、その…………」
「まぁまぁお二人とも、その辺でいいではないですか」
何やら一触即発な雰囲気だったのでサッと間に入る。女将さんも宿泊客たちが居るところで雷を落とすのは良くないことに気付いてくれて、一先ず怒りの矛先を治めてくれた。
「ふぅ……。分かったよ。確かに今ここで言うべきことじゃないからね。ただ、それでも迷惑を掛けた詫びはしなきゃいけないからね。もし宿泊を延長するならお値段の方は勉強させてもらうよ」
「えぇ。今日は元々そのことで女将さんと話をしようと思ったんです。まだ流動的ですけど一ヶ月の延長をお願いします」
「毎度! ……さてエリナ、あんたは向こうで説教だよ」
「うぅ……お客様、本当に申し訳ありません」
「ううん。僕はもう気にしてないからいいよ」
本当にもう気にしてないからね。ただ、バルドだけは何か言いたげな視線をエリナさんに向けていたのでそれとなくバルドを諫めておいた。
女将に延長料金分を払って僕とバルドが借りている部屋へと向かう。
因みに──厨房での労働よりバルドの小言の方が堪えたのは僕だけの秘密だ。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
もう厨房には用事がないだろうと思っているバルドは思っているだろう。だけど僕は仕事中、気になるものを見つけてしまった。
客が引いて厨房が一段落したのを見計らってから厨房に再びお邪魔するとエリナが怪訝顔を浮かべてこちらを見てくる。
「どうしたの? もしかして注文?」
「あぁ、いえ。そうじゃなくてちょっとブラックビーフの骨を分けて欲しくて」
「何だい。また創作料理かい?」
この宿を借りるようになってから結構経つ。勝手知ったる何とやら。何度か厨房を貸して、僕の人柄に問題がないことを知っている女将さんは快くブラックビーフの骨を分けてくれた。ついでに調理道具も借りることも忘れない。
「それで、今度はどんな料理を披露してくれるんだい? うちとしても新メニューが増えて助かってるからね」
「あぁ、済みません。それは僕の仮説が正しいと証明されないと無理ですね」
と言っても、これは非力な僕の腕力ではどうすることも出来ないので腕っ節の強い女将さんの力を借りて骨を砕く。骨の中から出て来たのは半透明状の、ゼリーのような物体。ゼリーだけをかき集めて鍋に入れて加熱する。高レベルに達している【料理】スキルの賜物か、ゼリーのような物体の正体とどの程度加熱すればいいか、殆ど直感的に理解している自分が怖い、けど……スキルって便利だなぁと思う自分もいる。
「骨の中に入ってた変なもので何をしようってんだい?」
「えっとですね、これはデザートの材料になるんです」
簡単に説明しながら調理する手を休めない。ソレが完成したのを確認してからソレを利用して僕が知っているデザートの中から適当なものをチョイスして作ってみる。
結果、女将さんもエリナさんも美味しいと太鼓判を押してくれた。店の看板メニューとして使って良いことを条件に今後も厨房は好きなときに使わせてくれると確約してくれた。これで少しは僕の食事事情も改善されたと言ってもいい。
なお、このデザートはバルドにはあまり評判ではなかったことを追記しておく。いいさ、このデザートは僕一人で楽しむことにするから。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
朝食は宿の食堂で済ませるけど、昼と夜は外で済ませるのが殆どだ。
個人的な我が儘で下級区の中で最上級の部屋を取っているとは言え、それ以外ではなるべく節約していこうというのが基本方針だ。
そういう訳で僕達はこの日、外壁の市場にやって来た。カンドラを始めとする、人が住む大きな町には必ずと言って良いほど魔物除けの結界が張られている。住民たちは安くない税金を納めることで安全な街中で生活することができる。
だけど外壁は違う。結界の効果が及ばないこの場所は運が悪ければ魔物の襲撃に遭う。何より外壁(俗に言うスラム街)は無法者たちが集う場所。当然、結界に護られた地区への立ち入りは厳しく制限されている。
そんなところでも生活をしなければならないことに変わりはないから市場はあるし、酒場もある。ただ、全体的に町の雰囲気は……悪い。
「兄貴、自分の側から離れないように」
「分かってる……」
いつ来ても、外壁の雰囲気は馴染めない。女尊男卑が根強いこの世界、街中は女の人が多いけど外壁は男の比率が高い。女の人がいない訳じゃないけど、見るからに危ない感じの人だ。
バルドはこういうところに慣れているからしっかりと僕をリードしてくれている。
「あれ? 今日って何かお祭りでもあるのかな?」
市場で目的の物を購入しながら外壁の様子を観察する。今朝はどうも浮き足立っている男が多い。というか市場に来るまでに絶対声を掛けられるのに今日に限ってそれがない。
「あぁ。多分今日は奴隷市場の日じゃないッスか」
「奴隷……えっ、奴隷!?」
奴隷って言ったらあれだよね? 鞭とかで叩きながら労働させるやつ!?
「まぁ、兄貴が知らないのは当然ッスけどこの世界じゃ奴隷、特に女の奴隷はかなり高級品なんスよ。なんたって奴隷というだけで合法的に好きなようにできますから。まっ、その女奴隷ってのは大抵敗戦国だの従属国となった国の人間って相場が決まってますがね」
……多分、戦の採算を取る為にそういうことをしているんだろう。僕だって全く予想してなかった訳じゃないけど、いざ現実を直視するとやっぱりクるものがある。
「勿論、男の奴隷……いわゆる労働奴隷や戦闘奴隷も競りに賭けられるッス。けど、今日競りに賭けられるのは愛玩奴隷じゃないスかね」
「そ、そう……」
正直、奴隷市場とか興味ないから早々に立ち去りたいけど……当面はこの世界で生きる訳だから避け続ける訳にもいかない。自分を叱責するように、僕は思ったことを口にした。
「ねぇバルド。奴隷が合法なのは分かったけど、主人が奴隷に殺される心配ってないの?」
僕の居た世界じゃその昔、奴隷は物理的に拘束するか飼い殺して従属させるしかなかった。それでも殺される時は殺されるし、使用人による主人殺しも中世ヨーロッパにはあった……と、記憶している。
「さぁ、そこまでは何とも。何でしたら見てみますか?」
「…………見るだけ、なら」
出来ることなら見たくもないけれど、僕には一つ気掛かりなことがあった。
この世界に来たのは僕だけではない。これと言った根拠はないけど、きっとそうだ。そもそも僕は学校主催のオリエンテーションの帰りに事故に巻き込まれてこの世界にやって来た。だから僕だけが都合良く異世界にやって来ました、なんて事態は考えにくい。
とすれば、僕と同じような地球出身の人間が居るかも知れない。下心云々はともかく、やっぱり同郷の人間と一緒に居たいと思うのはごく自然な感情だと思う。
「分かりやした。ですが兄貴、気分が悪くなったらすぐに言って下さい」
「うん。ありがとうバルド」
こうして僕たちは予定を変更して一路、奴隷市場が開かれていると思われる通りへ向かった。そこは表通りから三本道を外れたところにある裏通りで行われていた。
狭い路地の両端に留められた沢山の檻付きの馬車。その中にいるのは商品として展示されている女の子たちは裸体を晒すように後ろ手に縛られている。外見の違いはあれど、共通しているのは赤い宝石が埋め込まれた首輪と身体の一部分に彫られた幾何学模様。
奴隷商人に詳細を訊いてみたところ、宝石と紋章は奴隷を支配する為の物らしい。赤い宝石を介しての支配は肉体の強制支配。幾何学模様は感情の支配……というか殆ど洗脳と言ってもいい。
「奴隷を雇うとき、主人が背負う責務はありますか?」
自分に『後学のためだから……』と言い聞かせながら商人から出来る限りこの世界の奴隷制度について聞き出す。
……ここでも僕のことを女だと勘違いされたけどね。すぐに誤解は解けたけど。
「はっ、お兄さんも物好きだねぇ。あぁいや、別にバカにしてる訳じゃないさ。アタシもこの商売長くやってるけどね、アンタみたいな虫も殺さないような男がわざわざ外壁まで来て奴隷に来るのが珍しいモンだからね。おっと、別に詮索はしないよ。こっちもビジネスでやってるからね。で、さっきの質問だけどアンタの言う通り、無償で奴隷を使えるなんてあり得ない。奴隷を雇えば人頭税が発生するけど……税金についての説明はいるかい?」
僕たちの相手をしてくれている商人は女だった。
モデルもかくやと言わんばかりのスレンダーな体型を晒す服は肩と臍、背中を完全に露出させる大胆なデザインだ。おまけに煙管片手にこっちを品定めするような目つき。昔見た大河ドラマで遊女の元締めが丁度この人みたいな格好していたけど、本当にいるんだね。こういう人。異世界って奥が深い。
因みにこの商人が扱っている奴隷は天蓋で覆われた馬車の中にあるせいで見えない。そうしているのは自信のある商品を易々と大衆に見せびらかしたくないから……だと思う。
「大丈夫です。ただ、その人頭税は毎月支払う物なのか一年毎に支払うのか、それと税金の額はどのぐらいか、というのを教えて欲しいです」
「見た目通り知識人だねぇ、お兄さん。奴隷の税率は大別すると三つに分けられるんだ。人頭税の支払いは年末。税率は安い順に労働奴隷、戦闘奴隷、愛玩奴隷さ。これより上には高級奴隷ってのが居るんだがウチみたいに外壁に店を構えるようなトコじゃ扱えないからね、そっちの説明はすっ飛ばすよ。アンタでなくても想像できるだろうけどさ、愛玩奴隷は貴重でねぇ。訳ありか戦争でも起きない限り仕入れがないんだよ。なんたってこの世界の女共は強いからねぇ。その強い女を意のままに蹂躙できるとなりゃあ、多少値が張っても男共は競って競り落とそうとする訳よ。かく言うアタシも昔のツテを頼ってどうにか二人を仕入れたクチでね。普通は仕入れることができたとしても一人二人が限界さ」
「…………」
紛いなりにも僕も男だ。そういう気持ちは理解できる。だけどやっぱり気分は良くない。
「奴隷を見せてもらっても構いませんか?」
後にして思えばこの一言がターニングポイントだった。僕の人生も、そしてこれから出会う奴隷の人生も。
「構わないさ。気が済むまでじっくり見ていきな。……そうそう、奴隷が競りに出されるのは一週間後だから、気になる商品があれば言ってくれ。アンタ結構面白いからね、特別にツバ付けるぐらいならサービスするよ」
女商人が天蓋を外すのを見届けてから会釈だけして、僕は並んだ商品をサッと見渡す。二人とも前髪で顔を隠しているせいで表情が読めない。ただ一つ分かっているのは一人が異世界特有の種族だということ。
頭部から生えた狐のようなふさふさの耳と腎部から生えた複数の尻尾。狐に分類される獣人族かな? 着物を着せたらもの凄く似合いそうだ。
彼女の首には大きめの木札で最低落札価格が記されている。チラッとだけ見えた木札には金貨十枚と書いてあった。
(えーっと、金貨二十枚ってことは……えっ、二百万ゴールドからスタートするの?)
オークションのことは良く分からないけど、この世界の価値観に基づくならきっと三倍ぐらいの根が付いてもおかしくない。
この国の住民たちの平均月収なんて僕には分からない。だけど金貨一枚稼ぐだけでも結構大変だ。上位の冒険者ともなれば十枚二十枚は当たり前のように稼ぐみたいだけど。
そんな調子で僕とバルドは商品となった彼女を見ていたけれど、二人の前に立つといきなり檻の中にいた娘がジャラジャラと鎖を鳴らしながら呼び止めてきた。
「最上、くん……? 最上君よね!?」