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閑話・生徒会

 異世界ラスティアに飛ばされた人間の中には最上薰のような帰還組も居れば如月葉月のような永住組もいる。


 前者のような人間はとにかく仲間を集めてフェンリル攻略の下地造りを始めたものの、四ヶ月後には人員が半分まで低下した。原因は当時、最高戦力だった副会長が現会長と仲違い。袂を別けた際、少数ながら副会長に付いていった者もいた。副会長以下、少数の人員が抜けたことで低下した戦力と見通しの甘さ。これ等の事実を俯瞰敵に見て評価する者がいれば会長の責任問題として言及するであろう問題は、大きな問題になることはなかった。


 生徒会の目的はただ一つ。故郷に帰ること。ただそれだけ。

 故に会長を筆頭に役員達は精力的に動く。神様から貰ったチート能力を駆使して戦い、時には外交手段を用いて、各地に散らばる同胞を引き入れて。


 その過程は決して綺麗なものとは言えない。だがそれもこれも、全ては故郷に帰る為。その思いが彼等を突き動かしている。例えそれが道徳を無視するような行為であっても、必要名犠牲として割り切った。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 生徒会長クランリーダー・黒川理彩がその報告を受けたのは日課の魔物狩りから帰ってきたところだった。冒険者ギルド・魔術師ギルドの双方に籍を置く彼女の実力は単独でドラゴンを圧倒できる世界有数の実力者であり、魔術師達の命題とも言える詠唱省略の論文を発表。現在では失われた、当時は当たり前のように普及していた古代精霊魔術の研究に大きく貢献し、魔術師ギルドから技術料として毎月多額の資金を受け取っている。


 勝ち組。まさにそう言っても過言ではないほど冒険者としても、魔術師としても大成している彼女だが、それでも勝てない敵がいる。


 極北の霊峰に住む神獣フェンリル。最高戦力を欠いた状態であったが、威力偵察をするには充分だと判断し、遠征を決行。結果は──惨敗だった。


 誰一人、何一つ通用することなく、這々の体で撤退を余儀なくされた一同。出てしまった犠牲に涙する者もいた。


 完敗。それもケチの付けようのない内容。だが全く収穫がなかった訳ではない。フェンリンルの強さの源は精霊にある。身体の大部分が魔力で構築されている神獣は魔力を取り込むことで身体を維持する。


 ならその供給源は何処にある? 決まっている、精霊だ。世界を支える精霊をどうにかすれば、フェンリルの力も弱まり、勝機が生まれる。


 世界を犠牲にして自分達は元の世界へ帰る。その決断には少しの迷いが生まれたものの、己の行為を正当化することで理彩はこの問題から目を背けた。


 手始めにベルガン帝国と戦争していたシスイ国に加担。持てる限りの交渉カードを駆使してシスイ国に恩を売り、強力なコネクションを作り、侵略行為で軍事力を根刮ぎ奪い、国民を懐柔し、帝国内で空位となったポストにシスイ国から見繕った人材ないし役員クランメンバーを派遣。名実共にベルガン帝国は属国となった。


 表向きはシスイ国に傭兵として雇われ、仕事を完遂したとされる日本人一同。しかし本当の目的はベルガン帝国に居座る精霊とその姫巫女の暗殺。精霊を奉る神殿上層部も力ずくで黙らせた。それを可能にするチート能力を持つ役員が、生徒会にはいる。


 ベルガン帝国の精霊を始末し、さぁ次はエルビスト国の精霊を暗殺しようと動き出してから一ヶ月。暗殺失敗の報せが入ってきた。それどころか、奉納は無事行われエルビスト国で起きていた魔力の異常活性化は完全に正常になったという。


「そう。他の上級精霊の居場所を把握する為に自ら動かず神殿の人間を使ったのは間違いだったと言う訳ね」


 拠点に設けられた会議室で理彩は事の顛末を役員一同に伝えた。今回、暗殺要員として派遣した神殿の人間は組織内でも指折りの実力者──というのは担当者から聞いていた。カンドラには煉獄の魔女(エカテリーナ)がいる。しかし、かの地は水精霊の影響が強い土地。火精霊をその身に宿した彼女が十全に力を発揮できる環境ではない。故に外部の人間で事足りると踏んでいたが、結果は知っての通り。


「それで、理彩。どうする?」


 問われ、理彩は熟考する。一度奉納が行われ、精霊が強化されれば暗殺の難易度は跳ね上がる。カンドラに在中する神殿関係者は隣にいる彼女の力(チート)で無理矢理支配している。帝国との戦争で派手に立ち回ったのも大きい。総本山にバレるのも時間の問題。


「実行犯を殺ったのは?」

「エキドナ女史と彼女が私的に雇った護衛の冒険者、エカテリーナです。あと、実行犯の中には子連れ剣鬼がいました」

「子連れ剣鬼……あぁ、神殿の暗部が雇ったっていう浪人ね。その人も殺されたの?」

「いえ。情報によれば生き長らえたとあります」

「…………」


 さて、どうするか。理彩は考える。

 どのみち次の一手は限られている。火精霊王カクヅチに紫のある帝国を速攻で潰せたのは良かったが、自分の見通しが甘かったのも認めなければならない。となれば、やはりシスイ国にはまだまだ働いて貰わなければならない。


 その為にも恩を売り、自分たちが有益な存在であることをアピールして、便宜を図って貰わなければ。戦闘力に関して生徒会に追随できる組織は限られている。だが、情報収集という点についてはやはり国や盗賊ギルドを使うのが一番だ。


 奉納が行われた以上、リスクを冒して姫巫女を殺害する意味はない。確実に殺るとすればやはり自分達でやるしかない。


「当面は諜報活動に従事します」


 そこで一度言葉を句切り、下座に座っている役員に目配りする。


「宮坂、例の件は?」

「会長に頼まれた案件が多すぎてどの件か分からないんだが?」

「…………特攻部隊の進展状況よ」

「それなら心配ない」


 射貫くような視線を前にして、宮坂浩一は断言した。彼等にとってこの程度の殺意をぶつけられることなど、日常茶飯事だ。


「孤児院や村落、そうしたところを中心に例の機材の試運転はしてる。問題なく狙い通りの成果が出ている。こんな世界に送り込んだあのふざけた野郎は気に入らないけど……こんな便利なスキルをくれた点については感謝だな」

「将来的にはシスイ国の騎士団にも導入するからそのつもりでいて。兵器開発の方は?」

「そっちはシスイ国やその辺の盗賊にでも配布して効果を確かめればいい」

「資金調達は? レベリングの進捗は?」

「万事問題ありません」


 同志の言葉を受けて小さく頷く。予定外の出来事が起きたが、この失敗を教訓にすればいい。痛みの伴わない教訓に意義はない。幼い頃から何度も言い聞かされてきた言葉だ。大事なのは失敗を失敗のままにせず、次に繋げる努力をすること。そして黒川理彩という女はそれができる人間だ。


「全ては故郷へ帰る為よ。その為なら私達は如何なる犠牲も払う」


 低く、しかしよく通る声で一同の気持ちを締め直すように絞り出された声に誰もが神妙に頷いた。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 日本ならば警察のお世話になる飲酒。だがラスティアでは彼女ぐらいの歳の子は聖人として扱われるので酒を呑んでも見咎める者はいない。


「酒飲んで気持ちを落ち着かせようとするなんて……私も変わったわね」


 琥珀色の液体で満たされたグラスを煽り、一気に飲み干す。学生時代、何故大人達は酒を呑んで騒ぐのか全く理解できなかった。


 しかし、訳も分からないまま異世界に飛ばされ、半年以上突っ走ってきた今なら言える。人間、何処かで心を解放しないと身が持たないのだ。気の置けない友人と飲んで、騒いで、泥のように眠る。一時の現実逃避であっても、嫌な事が続けば少しぐらいだらしなく振る舞いたくなるのが人間というものだ。


 そういう意味では黒川理彩という人間は社会に馴染みにくい人間と言える。規律を重んじて、他人にも自分にもそれを求めて、誰よりも正しくあろうとする。


 いや──正しくあろうとしていた(・・・・・・・・)

 自分でも外道なことをしている自覚はある。それでもこんな訳の分からない世界で死ぬくらいならラスティアの全てを犠牲にしたっていい。この世界でどんなことが起きようが異世界人の自分達には関係ない。そうやって良心を鎖で縛り付けて、胸の奥に蓋を閉めて、思い付く限りの言い訳を重ねて……。


(彼は今頃何してるかしら)


 一人で酒を呑んでいると思い出すのは元会長だったクラスメイト。そして未だに行方知れずの、仲の良かったクラスメイト。入学式のときは新入生代表の挨拶を勤めるぐらいには優秀で、委員長だったこともあってクラスメイトの顔と名前は今でも覚えている。


『俺は反対だ。帰る為だからと言って何でも犠牲にするやり方は間違ってる。ここはファンタジーな世界だけど俺達の知ってる現実と何も変わらない。ゲームの世界じゃないんだ』


 彼はいつだって、倫理や道徳を大事にしていた。


『そんなやり方は間違ってる。力を持つ者だからこそ、力の使い方を正しく学ばなきゃいけない。綺麗事、なんて言う奴がいるけどそれは考えること止め、挑戦することを諦めた負け犬の理屈だ』


 そうだ。彼はいつだって挑戦し、戦い、傷付き、それでもなお立ち上がっていた。理彩にはそれが理解できなかった。いや、本当は理解しているけれど、心がそれを拒んでいる。


 もしそれを認めてしまえば、自分がしてきたことを否定する気がするから。

 だから彼女は突っ走る。善悪とか、倫理とか、そんなものは帰った後で思い切り悩めばいいと言い聞かせて。


「あっ……」


 グラスが空になる。もう一杯……と思いボトルに手を伸ばすと中身はなかった。このまま二本目も開けようかと考え、明日も早いから控えようと思い止まる。


 呼び鈴を鳴らして使用人にグラスとボトルを片付けさせる。明日も早いしこのまま寝ようと思ったとき、机の上に置いてあった書類がぱらりと落ちた。拾い上げ、アルコールの回ったまま目を通すと最近生存が確認された日本人リストと元会長一派の動向に関する報告書だ。


 リストの中には如月葉月、最上薰、藤堂遙花の名前。それぞれの備考欄には葉月が子供を連れ回していること。薰はエルビスト王国の港町・カンドラを拠点にしていること。藤堂遙花は帝国での目撃情報を最後に行方不明。情報伝達は現代のそれと比較すれば恐ろしいほど遅く、手元の最新情報が意味を成さないこともままある。


(そっか。藤堂さん死んじゃったんだ……)


 戦争をしていた地で行方不明になったということは、そういうことだろう。葉月はふらふらと各地を転々としている。薰は人相の悪い男と組んで冒険者稼業をしながら日銭を稼いではいるものの、チート能力を貰っているとは思えないほど地味だ。


 そして元会長一派の動向。彼等は更なる自己鍛錬と情報収集、有権者達との繋がりを持とうと奔走している。最近では難易度の高い迷宮を重点的に攻略しているとか。


 同じ目的の為に動いているとはいえ、理彩には遅々とした活動にしか見えない。自分にあれだけ大口を叩いておきながらこれといった成果を出してないなんて……。


(いいわ。私は間違ってないんだから……)


 一先ず元会長は放置でいい。或いは邪魔されるかも知れないが、その時はその時だ。明日の総長会議で発見された日本人三名との接触を図るべく使者を派遣して──


 徐々に薄れていく意識の中で明日の予定を組み立てながら、理彩は深い眠りへ落ちていく。明日もまた、冷酷な会長を演じる為の気力を充実させる為に。

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