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解放

 やれやれ、暗殺依頼を受けたまでは良かったがこんなにも面倒だったなんてなぁ……。


 心の中でそっと愚痴を零しながら双眼鏡片手に仕事の相手(ターゲット)を確認する。俺が殺すべき相手はフィアッセなる人物。詳しいことは分からないが、こいつを殺すことが重要らしい。他の巫女候補者も既に処分済みとは連中の弁。


 今日は下見ということでこうして遠くから様子を伺ってる。厨房で雑用の募集も掛かっていたからシャラを潜り込ませて無理のない範囲で屋敷の構造を把握するよう言っておいた。


 で、問題は俺が確認したターゲットなんだが……どうやら俺のクラスメイトとそっくりのようだ。いや違う。今そいつはフィアッセの振りをしている。読唇術で話の内容を読み取ったし、首の皺や歩き方から見てまず間違いない。性格も一致してないからな。


 如何に人殺し大好きな俺でも人の子だ。クラスメイトを斬るってのはちぃーとばかし躊躇いが出る。殺すのに充分な理由があるなら別だが。


 ま、そんな訳で俺は奉納祭が始まるまで本物のフィアッセが何処で何をしているのか探る必要があった。シャラから得た情報、人の出入りから推理していく中で、アタリを付けた。


 ある部屋だけ、極端に人の出入りが少ない。もっと言えば掃除をする為に使用人が派遣されてない部屋がいくつかある。要人を匿うなら窓のない部屋が理想だ。窓のない部屋で、尚かつ人の出入りが少ない場所、それでいてある程度人が生活するのに適した空間……割り出すのは簡単だった。シャラや雇用者の女連中は不思議そうにしていたが、この程度できなくてどうすると言ってやりたい。


 ただ……一つだけ面倒なことが起きた。俺を雇った連中、男と女の区別が付かない大馬鹿揃いときた。なんていうか……固定概念に囚われ過ぎているせいで女装という発想そのものがあり得ないだの何だの。俺も自分の性格がアレなせいで話が通じない奴だと言われ続けてきたけどここまで酷くない。少なくとも話を聞く姿勢ぐらいは見せるべきだろーが。


「そういうことで俺はしばらく暇になったからシャラ、お前の稽古を見ることにした」

「分かった」


 素直で良い娘だ。嫁にしたいとは思わないが嫁に行くまでは面倒見てやろう。ペットを飼うときは最後まで責任を見る。これ常識。別にシャラがペットだとは言わないが、そういうことだ。


 シャラは幼いが、年のわりに賢い。屁理屈を捏ねていると言えば悪いように聞こえるが、見方を変えればそれは頭で考える癖が付いてるとも言える。誤解されがちだが剣の世界だって何も考えず戦い続ければ実力が頭打ちになる。漫然と素振りをするよりも目的意識を持ってやれば技も早く修められる。不意打ちや先制攻撃、攻撃の誘導などを覚えられれば実力で負けていても勝てる。


「いいか、葉月。我ら殺人剣を生業とする剣士だ。剣士としての本能に忠実でなければならないのは当然だが、知識人の如き聡明さも必要だ。頭脳に勝る武器はないからだ。真に強い剣士は相手が例えままならない強敵であっても、意のままに戦いを運び、勝利を手にする。常に戦いを想像しろ。勝利のビジョンを明確にイメージできるようになれ。武器の力も、人間の力も必ず限界がくる。だが、想像力に際限はない。もし考えることができなくなれば、そいつは成長する機会を捨てたって証拠だ」


 昔、親父が俺に言った言葉を思い出しながらシャラに見合う武器を渡す。まだまだ基礎体力が出来ていないこいつには手始めに小太刀サイズの剣を持たせた。うちの流派は一応、長剣が主体だが他の武器を使った技がない訳じゃない。必要とあらば槍や弓を使うし、徒手空拳の型もある。生まれた時代を考えれば当然と言えば当然だ。敗北が文字通り死に繋がる時代ならあらゆる武芸に秀でていなければならない。


 理屈屋なところもあって教え込むのは少々、骨が折れたが概ね順調だ。屋敷の下見と暗殺手順を詰めつつ、シャラの育成をこなす。そんな感じで迎えた奉納祭──の、前日。搬入予定の食料を詰めた木箱の中に潜り込み、そのまま屋敷へ潜伏する。当然、検分されることを考慮して食材の中に身を潜めた。中身を掻き分けられたらアウトだったが、いつも利用している顔なじみの業者が運ぶ代物だったこともあってか、中身を確認するだけに留まった。本当にチョロい。


 食料庫に運ばれたところで行動を開始。木箱から脱出した後、別の木箱に隠しておいた武器を回収して屋根裏でジッと息を潜める。聴力をフルに活かしてフィアッセの部屋を特定。万全を期する為に警備が一番手薄になる瞬間──即ちフィアッセに変装した最上が襲われた瞬間を狙う。連中には悪いが、囮になってもらうことにした。


 そうして部屋の前にいる護衛を手っ取り早く片付けて、赤子を捻るように左胸に剣を突き刺したところで──最上が乱入してきた。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆


「如月君……」

「おう、久しぶり。今丁度仕事が終わったところだ」


 ショックを受けているようだがどうもコイツ、事前に俺が来ることを知らされていたらしい。まっ、そこそこ知恵の回る俺はお前がフィアッセじゃないってのはすぐ見抜いたがな。


「どうして──」

「そういや身内以外に話すのは始めてだな。殺人剣術家の家系だからかどーか分からないが、俺は昔から生き物を殺すことに快感を覚える趣向があってな。こっそり犬猫を殺したことだって何度もある。それでもまぁ……なんだ、親に迷惑掛けてまでやりたいほど人間やめてないからし積極的に殺し回って悪鬼羅刹になろうとは思わない。けどな、衝動を解消できる環境を渇望していたのも事実だ。ついでに言うとフィアッセを殺したのはそれが仕事だからだ」

「だからってこんな酷いこと──」

「日本じゃ、そうだろうな。けどここは日本じゃないし、ましてや言葉の通じる外国でもない。俺達の知ってる常識が通じない異世界だ。理由次第じゃ殺人も合法となる、そんな場所さ。そして俺はこんな住み心地の良い世界から離れるつもりはない」


 ずぶりと、剣を引き抜いてバッと刀身の血糊を振り払う。最上は信じられないような物でも見るように俺を見る。俺が殺人衝動を抑える為に野良猫を刺し殺したところを目撃した目撃した親と同じ目だ。こんな俺でも親に対する恩義はあるからその場は上手く納めたがな。


「非難するのは構わねぇよ。ズレてる自覚はある。……だがな最上、人殺しはよくないなんて説教、日本人なら誰でもできることだ。その程度で俺は止まらない。俺を止めたいって言うなら、それはもう首をはねるしかないぜ」


 そう。本気で俺を止めたければこれはもう戦い以外あり得ない。言葉なんて温い手段じゃ止まらない。止めるなら武力行使か、俺の要求を呑んだ上で上手く飼い慣らすか、刃向かう気が起こらなくなるほどの権力で止めるしかない。


 俺を本気で止めたい人間は、必ず行動に出る。だけど、我が身可愛さでそれができないような中途半端な人間なら少しキツめのお仕置きをする。何だかんだで俺もちょっとは甘いところはある。一ヶ月とはいえ、一緒に過ごしたクラスメイトを問答無用で殺すのを躊躇う程度には。ついでに言うとこいつはオリエンテーションの時、一緒の班で、同じ部屋で寝泊まりして男だらけの脱衣麻雀大会もした。


「止めるよ」


 破いたスカートに手を入れながら、意思を込めた声で言い切った。一目見ただけであいつがズブの素人なのは分かったが、口先だけの人間じゃないってのはよーく分かった。


「お前は我が身可愛さに説教して暴力に屈すると思ったんだがな……」

「痛みならこの七ヶ月で嫌っていうほど晒されてる」


 待ちに徹しているのかね。実力者相手にそれは下策なんだが……うむ、やはり対人経験は圧倒的に不足してるな。まぁいい、パパッと気絶させてさっさとずらかるか──と、考えたところで最上の腕が動いた。スカートの中から出したのは……投擲ナイフ!


(狙いはいいが詰めが甘い!)


 飛び道具なんてものはしっかり警戒していれば避けるのは容易い。ましてや最上の奴は目を見れば攻撃の瞬間が筒抜けだ。ただ、俺の意識の隙間を縫うようなタイミングで攻撃してきたのは褒めてやってもいい。例えそれが偶然であったとしても。


 突進しながら投擲を潜るように避けて一気に懐へ潜り込む。瞬間、奴の左手にそれまでなかった筈のボウガンが……て、おい! 何処から出したそれ!?


(ちとまずい……ッ)


 危機感を覚えた俺は咄嗟に加減なしの一撃を入れた。ボウガンを持つ左腕を押さえ込み、脇腹に掌打を打ち込む。手応えは……想像以上にある。それはもう綺麗に肋骨折れる手応えも小気味のいい音もした。全くレベル上げしてないのにどうしたら立ちはだかるって発想が出てくるんだこいつは?


(ま……まー殺しちまったら御免なさいってことで!)


 ガタガタ揺れる扉を蹴破ると同時に斬り捨てる。剣先を向けていたから正当防衛だ。やることはやった。これ以上、長居は無用。後はずらかるだけ。


 その筈だったんだがなぁ……。


火炎旋回フレイムループ


 予告なく襲い掛かる魔術攻撃は教室にある黒板ほどの大きさをした炎の波。これに対して俺は剣に【闘気オーラ】を纏わせて切り裂く。魔術師を相手にするのはこれが始めてって訳じゃあないが、分かる。目の前に居る姉ちゃんは今までやり合ったどの魔術師よりも強い女だ。


「私の魔術を切り払う程の技量……いえ、スキルの力ですか」

「【闘気オーラ】を使ったとだけ言っておこう」


 見目麗しい美女と酒場で出会ったならそのまま口説くのも乙だが、ここは戦場だ。お喋りする余裕なんてない。手練れが相手なら尚更、な。


 直線距離を一気に詰めるようにダッシュ。二歩目で直角に曲がり、三歩目で壁を駆け上がって(・・・・・・・・)天井に到達した俺はそのまま天井を蹴って(・・・・・・)加速する。想定外の動きに一瞬だけ、魔術師の反応が遅れるものの、後退しながら無詠唱で火柱レッドピラーを飛ばしてくる。現場に駆けつけるまでに強化魔術でも施したのか、魔術師にしては動きがいい。仕留めに来るつもりで魔術を放っているがその実、決定打になるような魔術を放つ様子はない。後詰めがあると見た方がいい。


 距離を取るか? いや、魔術師相手にそれは下策だ。無詠唱で下級魔術をバンバン飛ばしてくる相手だ。中級……下手すりゃ上級魔術も無詠唱で撃ってくると見た。悠長に時間を掛ける余裕はない。しかし、殺すとなれば相応の時間と犠牲が必要になる。


 魔術を捌きながらバックステップを踏む。高速で後退しながら曲がり角に差し掛かったところで背を向けて全力疾走する。そういう仕組みなのか、奴は魔術を使うときは必ず発生する。なら、後ろを向いていても声に意識を向けていれば対処はできる。


「赫灼の星、万物を灰燼とせよ。猛り狂え火の精霊、憤怒の炎は裁きの鉄槌となれ。煉獄の濁流(カサルティリオ)

「────ッ!?」


 冷や汗がドバッと出た。悪寒が全身を駆け巡る。距離を取っているにも関わらずチリチリと肌を焼く圧倒的な熱量。


 異世界ラスティアに飛ばされてから多くの魔物を屠り、自己強化をしてきた。その甲斐あってちょっとのことじゃ死なない身体になった。それでもあれだけは喰らってはいけない確信がある。当たれば最後、骨すら残らないに違いない……ッ!


「おぉおおおおおおっ!」


闘気オーラ】の分配を全て速度に回す。雄叫びをあげながら窓硝子を割って飛び降りる。ダイナミックお邪魔しました! なんてボケる余裕もない。不測の事態とはいえ、灼熱の皇女(グラストプリンセス)が出て来たのは予想外。


(あぁ全く、本当退屈しないわこの世界)


 それでも不思議と嫌な気分にはならない。むしろこれこそ生きてるって感じがする。五○年惰性を貪りながら生きるよりも一日を全力で生きて死ぬ。如月葉月おれにとってはそういう人生こそ最大の娯楽なんだ。……あいつには迷惑かけっぱなしだが、そのうち百倍にして返してやろう。僅かな滞空時間の中でそんなことを考えながら五点着地を決めて剣を握り治す。まずはこの包囲網を突破して無事生き延びなければ。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 強がりで痛みには慣れてるなんて言ったけど、案外ハッタリでもないみたいだ。本当に、レベルが上がらない癖に痛みに耐えるのだけは強くなった。


 呼吸をすると肋骨に痛みが走る。少し前の僕ならそれだけで蹲って動けなくなるけど、今はそれだけだ。痛みを堪えて、平然と立ち上がる。もの凄く痛いけど、身体の一部に走る痛みとして処理することにした。


「フィアッセさん……」


 死んでしまった──そう思いながら彼女を見ていると、胸が僅かに上下している。左胸を刺されたのに生きてる?


 せめて止血を……いや、どうやって止血を? 布でも巻き付けて抑え込む? 肺まで剣が深く刺さったような傷だ。それに下手に動かせば死期を早めるだけなのは医学に素人でも分かる。


 なら見捨てるか。お前は無力だ、医者でもない子供。だから見捨てても誰にも非難されることはない。多分、それは正しい。エキドナさんだってそういう。


 それなのに僕は──助けたいと、思っている。

 思えばバルドのときもそうだ。酒場で出会ったとか、声を掛けられたからでもない。森の中で生き倒れていたのがバルドだ。戦争帰りだったのか、魔物に襲われたからなのか分からない。とにかく酷い有様だった。


 見殺しにすることもできた。金目のものだけ剥ぎ取っても犯罪じゃない。だけどあの時のバルドはまだ生きていて、何とかすれば助かるかも知れない状態だった。


 助けた理由なんて同情でしかない。それでも助けたいと思って行動したのも、見捨てられない自分も、全て僕の本心だ。そして最上薰ぼくという人間は、一度決めると止まらない。そもそも、お人好し(自分ルール)を簡単に破れるようならバルドは勿論、藤堂さんだって助けたりなんてしない。


 フィアッセを助ける。

 これはもう決定事項だ。見殺しにする選択肢は消えた。だけどどうやって助ける?


「魔術……」


 魔術……そう、魔術だ。これだけの傷を治すならもう魔術に頼るしかない。だけど僕は魔術の使い方を知らない。知らないだけで、素質はある。


 魔術を習得するには神殿へ赴き、精霊へ祈りを捧げる。それによって自分の適性を知り、精霊から魔術を授かる。つまり、精霊と魔術は密接な関係にある。


 魔術を介して精霊の力を部分的に借りることで術が発動するなら、直悦精霊に干渉することも可能ではないか?


 魔術師でも、精霊の存在を感じることはできる。エカテリーナさんがそうだ。そして僕も精霊を感じることができる。


 その手段は今まで無意識に行っていた。精霊なんて感じるまでもなく、向こうから干渉してきた。


 なら、意識的にやったらどうなるか?


「賭けてみよう」


 迷う暇はない。膝を付き、手を組み、瞑想するように目を閉じる。歌に想いを乗せるのは得意だ。ありのまま、自分の気持ちを乗せる。ただそれだけ。


 奉納ではピアノを披露する予定だったけど、もうアドリブでいこう。場所が変わっただけで、やることは変わらない。この地に宿る精霊様に懇願して、フィアッセさんを助ける。


「────♪」


 彼女を助ける。助けたい。どうか、無力な僕に力を貸して下さい──

 変化は劇的だった。身体の内側から何かが間欠泉のように噴き出た。それまで封じ込められていたものが解き放たれたかのように猛々しく、それでいて清涼な風が空間を支配する。


 手綱は握れない。

 否──握るべきではない。ただ進むべき方向を示して、後は巨大な流れに身を任せよう。恐れる理由も、飼い慣らす必要もないから。 


 ただその一身で歌う。自分でも何を歌っているのか全然分からない。助けたいという祈りすら、何処に向かっているのか分からない。全身から力が抜け落ちていく。抗うことすら叶わず、僕の意識は途切れた。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 意識が浮上した。どのぐらい意識がなかったか分からない。ただ、目が覚めたとき、僕は何故か椅子に座っていて、目の前には熱々の紅茶と見たこともないカラフルなお菓子が乗せられたティースタンドが見えた。


 次に周りを見渡す。海辺に立てられたオープンテラス……とでも言おうか。青い海を一望できる立地に立てられたテラスはそれだけでセレブな気分になる。異世界では地球の常識なんて欠片も通じないのは思い知っている。だからこの程度の変化では驚かない。


「これ、クラミツハ様の仕業?」

「そうだよー」


 最後に正面に座る幼女……もとい。少し成長した水精霊王クラミツハ様に意識を向ける。フリルをあしらった水色のドレスだ。水精霊だから水色……なのかな?


「あ、それ適当に食べちゃっていいよ」


 食べられるんだ……という言葉は呑み込む。流石に失礼だし、何よりずっと気になっていた。美味しいか、美味しくないのか。人間、未知の食べ物に遭遇したら最後、食べずにはいられない。ソースは僕。


「クラオカミちゃん、熱めの紅茶で」

「はい」


 クラオカミと呼ばれた……多分精霊であろう彼女は群青色のドレスを着ていた。給仕をする格好ではないけど、普通に綺麗だ。前から思っていたけど異世界には……失礼な言い方をすると不細工な人がいない。ウルゲンさんも、バルドも、港の開拓業で働いているガテン系も、女性全般も、揃って美形が多い。当然、優劣は存在するけど僕からみればここまで美形遺伝子を持つ人が多いと自信をなくす。


「まずはクラオカミちゃんを助けてくれてありがとね、お兄ちゃん。かなり違う形になったけど結果的に奉納は成功……ううん、それ以上の結果が出せた」

「それ以上?」

「クラオカミちゃんの力を正常に戻してくれた。回復は数百年掛けてやる予定だったけど一瞬で終わるなんて予想以上だよ」


 言葉を区切り、クラミツハ様が説明を始める。

 エルビスト王国一帯を納めるクラオカミ様の力は九割を切っていた。それでも世界に均衡を保っていたのは一重にクラミツハ様と他の精霊達がちょいちょい干渉していたから。それでも頻繁に干渉するのは色々問題がある。どうにかしてクラオカミの力を取り戻す必要がある。フィアッセさん(ちゃんと生きてるらしい)が巫女としての素質を失った原因は何も彼女だけではないそうだ。フィアッセ自身、もっと使命感を持ち、聞き分けの良い娘であったなら或いは巫女としての能力を失うことはなかっただろうとクラオカミ様は悲しそうに語った。


「でも、フィアッセさんは殺されそうになったけど?」

「そうなんだよねー」


 紅茶を飲み干し、お菓子をパク付きながらうんうんと考えるクラミツハ様とクラオカミ様。あの、口元にカス付いてますよ?


「お兄ちゃんには話したことあるよね。精霊と世界の関係」

「水の精霊が死ぬと水関係が全滅する……んだよね?」

「そう。水精霊がいなくなれば水属性の魔術が使えなくなる。それだけじゃなくてあらゆる手段を使っても水が生まれなくなる。空から雨がなくなれば川の水は干上がる。海の魔物が狂暴化する。海水もやがてなくなる」

「火も、風も、土も、似たようなことが起きると考えて下さい。本来なら精霊の存在は絶対でありますが近年、この精霊の力そのものを奪おうと目論む輩がいます」


 クラミツハ様に続き、クラオカミ様が補足する。どうも僕は……いや、敢えて僕達と言うべきか。僕達はとんでもない世界に飛ばされてしまったらしい。順当に行けばいずれこの世界は滅ぶかも知れない。


「クラミツハ様は、他の精霊との親交がおありですよね? その辺はどうなのですか?」

「似たり寄ったりかな」


 むしゃむしゃお菓子を食べながら答える。……おかしい。今凄く大事な話をしているのに、全然そういう気分になれない。


火精霊王ヒノカグツチも、風精霊王シナツヒコも、土精霊王カヤノヒメも、この数百年でかなり力が弱まっている。明確な原因は分からない」


 ちらりと、クラミツハ様がクラオカミ様を見やる。視線を受けた彼女は小さく頷き、一歩前に出て深々と頭を下げた。


「厚かましい願いであることは承知です。ですが現状、私達の知る限り高位の精霊に干渉できる存在はモガミ様以外おられません。ですからどうか、私達精霊をお救い下さい」

「そんなこと言われても……」


 精霊に関わるということは文字通り、神殿と関わることになる。女尊男卑の元となったとも言われる、あの神殿。実際に神殿関係者と関わった訳じゃないけどいい噂は聞かない。


 正直言うとさっさと安全な日本に帰って普通に生活に戻りたい。フェンリル打倒の為の仲間集めもしなきゃいけない。長期的に見れば提案を受けるのも一つの手かも知れないけど……。


「自分の手に余る、と?」

「はい」

「ですが、この先モガミ様が精霊と関わることなく過ごすのは不可能とか思われます。その過程で事件にも巻き込まれるかも知れません。そのような事態に直面したとき、抗う為の力は持っておくべきかと思いますが……そうですね。お願いではなく取り引きとお考えになって下さい。モガミ様は私達の願いを引き受ける代わりに高位精霊自ら与える恩寵を享受できる。力の隠し方については露見しないよう注意を払うだけで充分かと」

「うーん……」

「無論、すぐに答えを出す必要はありません。この話は時期を見てから再度お尋ねします」

「まぁ、それなら……」

「ありがとう御座います。では次に約束の報酬を」


 報酬……そう言えばこの件が片付いたらクラミツハ様が何かご褒美くれるって話だったっけ。


「あぁ、そうだったね。……えーっと、期待以上の働きをしてくれたから……うん、サービスしちゃうね♪」


 ちょいちょいと、クラミツハ様が口元に食べかすを付けたまま手招きする。結局お菓子は全部クラミツハ様に食べられてしまった、無念……なんて考えながら立ち上がるとそれに合わせてクラオカミ様が距離を詰める。……あれ?


「魔術回路の発現とスキルの強化プラス、私の分体のクラオカミちゃんもあげるね、お兄ちゃん♪」

「ちょ──」


 反論するよりも早く、唇を塞がれた。

 いや、奪われたというべきか。両手でホールドされて、目の前にそれはもう見目麗しい精霊様の顔がドアップで近づいて、柔らかな唇で塞がれた。


 三回くらい、唇を触れるだけのキスをされる。そこから啄むように唇を吸われて、力が抜けたところで一気に深くキスされる。


 瞬間、クラオカミ様の気配が流れ込む。それと同時にシステムアナウンスにも似た音が頭の中で響く




称号・水精霊王の寵愛者を獲得しました!

称号・水精霊の依り代を獲得しました!

称号・男の娘改め清らかな乙女を獲得しました!

職業・精霊召喚師へクラスチェンジしました!

【歌唱】スキルが最大値になりました!

【スマイルキラー】が最大値になりました!

【素材採取】が最大値になりました!

無限収納(ストレージ)】派生スキル【空間切断】を習得しました!

【ナイスバディ】派生スキル【黄金比】を習得しました!

【精霊化】を習得しました!

【精霊召喚】を習得しました!

【パーティー獲得経験値三倍】上位スキル【パーティー獲得経験値五倍】になりました!




「本当はその【無成長】を外したり【???】を解放したいところだけど、それはそのうちね。じゃあねお兄ちゃん、クラオカミちゃんのことよろしくねー♪」

(もう、突っ込みが追いつかない……)


 脳の芯までとろけるようなキスをされたまま、僕の意識は再び落ちた。

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