そして二人は再会した
前回までのあらすじ。
エキドナ女史と水精霊王ことクラミツハの両名による依頼でフィアッセの身代わりとして精霊奉納祭に出ることになった主人公。オメェみたいな新人に勤まるほどステージは甘くないわと嫉妬の炎を燃え上がらせたフィアッセが先輩巫女として教育をするかも知れないお話。
料理勝負は時間の都合で翌日の朝食後になった。朝食後にやる理由はティータイムに出す料理対決がいいと提案者が言ったから。料理というよりはお菓子対決だ。お菓子はお菓子で好きだけど、ご飯モノを作る機会が多かったから僕の作れるスイーツなんてたかが知れてる。
ジャンルを指定されなかったのは唯一の救いだ。これで『○○みたいなもの』なんて言われた日には──エキドナさんやエカテリーナさんに泣きつくしかない。それはダメだ。男として情けない。僕にもそのぐらいの見栄はある。
「最上君、何作るつもり?」
「期待に応えられるようなものじゃないかな」
なんて言いながら僕は着々とスフレパンケーキを作り始める。日本風に材料を紹介するなら卵、砂糖、サラダ油、牛乳、薄力粉、ベーキングパウダーがあれば作れる。勝手にないと思い込んでいたベーキングパウダーだけどフラワーパウンドという名前で普通に流通していた。量が少ないとただの重曹になるのは納得できないけど異世界ということで納得した。便利な言葉だ。
作業中、失礼にならない程度に向かい側で調理をするフィアッセさんを観察する。流石に料理下手な女の子みたいに悲惨なものが出来上がっているとは思えない、けど……。
(何作るんだろう?)
正直、材料については把握しきれていないから相手が何を作るのか予想できない。それを差し引いても使った道具を出しっぱなしにしたり乱暴に扱うのはどうかと思う。口に出したりはせず黙って自分の作業に集中するけど。
「出来ました」
「できたわ」
意図せずして、二人揃って同じタイミングで料理は完成した。
僕の作ったスフレパンケーキは見た目ホットケーキだけど全然そういうものじゃない。ただ、何も飾り付けがないのは寂しいから冷蔵庫にあったヨーグルトを生クリームに見立てて、その上に扇状に展開するようにカットしたフルーツを飾って、チョコレートソースで幾何学模様を描いて高級店っぽさを出した。
「わっ、最上君って普通にスイーツも作れるんじゃん!」
「いや、正直このぐらいしか作れないんだけど……」
僕としては美味しいご飯をお腹いっぱい食べたいからスイーツ作りより自然、そっちの方に力が入る訳で……。
「…………」
「そんなに食い入るように見なくてもちゃんとクローディアちゃんの分も作ってあるから大丈夫だよ」
「えっ? ……ああああの、その……っ、決して私が食べたい訳じゃ……」
かぁぁっ、と顔を赤く染めながらもじもじと恥じらうクローディアちゃん。うんうん、女の子だもん、スイーツに目を奪われるのは当たり前だよね。
「兄貴の作る料理は流石ッスけど……あっちはまた豪快ッスね」
豪快……果たしてあれはそう言っていいのだろう。
見た目は少し焼け焦げたスポンジケーキ。それを誤魔化すようにヨーグルトとかチョコレートソースが色々塗りたくっているけどやり方が雑過ぎる。フルーツも本当に適当に載せただけだし、何より見た目が酷すぎる。
「フィアッセさん、それは……?」
「…………ケーキよ」
やや不機嫌そうに答える。彼女も僕の作ったスフレケーキの方が美味しそうに見えることを自覚しているようだ。
「け、けど! 料理って言うのは見た目じゃないわ、味よ味!」
フィアッセさんの言葉にバルドも『やっぱ味が大事だよなー』と、同意する。いや、確かに味は大切だよ? でもさ、どうせなら美味しそうに盛りつけた方が食べる側も食欲が湧くと思うんだけど……。
「そ、それで! 審査はどうするの? 藤堂さん達に食べてもらって判断するの?」
「いいえ。精霊を呼ぶわ。元々これは精霊に奉納する為のものだし筋が通ってるでしょ?」
何がどう筋が通っているか分からないけど、それならスイーツにしたのは失敗──あぁでも、フィアッセさんもそれっぽいものを作ったし別に間違いじゃないか。
肝心の精霊はどうやって呼ぶつもりだろうと首を傾げていると彼女は両膝を付いて祈るようなポーズを取る。普段は刺々しいけど、そこは巫女。やっぱりそういうことをすると貫禄が出る。
『おそなえものだぁ』
『ケーキ♪ ケーキ♪』
『あまくてふわふわ』
『ダイエットはあしたから』
歌を歌っているときと同じように、舌っ足らずな声が直接頭に響く。精霊が視えるものかはさておいて、確かに場の空気が変わった。具体的には湿気が多くなったというか水っぽいというか……ニュアンスにするとそういう気配。
「クローディアちゃん、分かる?」
「あっ、はい。フィアッセ様の祈りに答えるように水の精霊が集まってきてます」
「クローディアちゃん、もしかして視える?」
「いえ、私は気配を感じることぐらいしか……。で、でも! カオル様がお作りになったすふれぱんけーきが一番人気ですっ」
果たして、クローディアちゃんの予想通りというべきか。勝負を持ちかけてきたフィアッセさんは信じられないというような、悔しそうな表情で結果を知ることになる。精霊がどういう基準で選んだか分からないけど、勝ちは勝ちだ。
……僕の勝ちだよね? いきなり三回勝負とか言わないよね?
「……ッ、めない……こん、な…………」
わなわなと震えながら爪を噛む。そのまま怒りが爆発するのかと思いながら事態を見守っていたけど、フィアッセさんはその場から逃げるように去って行った。
「……まぁ、あれだけ大口叩いて負けたら、ねぇ」
「藤堂さん、フィアッセさんに厳しいね」
「別に厳しくはないと思うわよ。むしろ最上君は甘過ぎ」
「そお? 別に悪い人だと思わないし、僕からすればフィアッセさんの行動は納得できるところがあるからなじろうって思わないけど」
考えてみなくても彼女は僕達と同年代だ。そんな娘が巫女という重責を担っている。それも子供の頃から。巫女の修行がどういうのか分からないけど、失敗が許されない立場だ。その重責を感じるのは難しいことじゃない。思春期にそういう環境に晒されて育てば刺々しくもなる……というのが僕なりの見解。後はこの世界の価値観に基づいた教育も原因の一役を買ってる。想像だけど、フィアッセさんは僕達の見えないところで頑張っているかも知れない。だけど、思うように結果が出ないからそのもやもやをつい人にぶつけてしまう。藤堂さんが彼女に当たるのは八つ当たりに対しての仕返し。だから二人が顔を合わせると険悪なムードになる……と、僕は解釈した。
余談だけど、僕が作ったケーキはしっかり美味しく頂かれました。クローディアちゃんには好評だったのでまた暇を見つけて作ってもいいかなと思った。決して、懐かせる為ではないと明言しておく。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
そんな調子であっという間に月日は流れた。言葉にすると何もしてないように思えるけど、大きな事件が起きた訳でもない。せいぜい個別に動いたことぐらいだ。
まず、今回一番影の薄いバルド。当日の護衛までやることがないので冒険者ギルドに出向いて討伐依頼を何件か受注して身体を動かしていた。僕が持つレアスキル【パーティー獲得経験値三倍】の恩恵がないのでレベルが上がることはなかった。
今更過ぎる話題だけど、この世界の魔物は魔素から生まれたモノらしい。魔物を倒せば魔物の身体を構築する魔素の一部が吸収され、一定値を越えると身体能力が強化される。地球と違い能力が明確に数値化される点、努力のラインがハッキリ分かる点は羨ましいと思う。それでも全く収穫がなかった訳ではなく、新たに連続剣スキル【連撃】を覚えた。実に安直な名前だが、普通に二回攻撃するよりも強く、再使用時間も充分実用範囲。バルドには期待できる。
次はクローディアちゃん。奴隷である彼女は放っておくと余計なお節介を焼く女性陣に捕まってしまうので基本、僕と一緒にいる。文字通り、一緒に居るのではなく僕自身の訓練に付き合って貰ってる。具体的には回避訓練。どう足掻いても能力強化できない僕に出来るのは相手の攻撃を見切り、弓でなけなしの援護をする事と自衛の手段を確立させることだけ。とは言え、これは奉納祭で披露する演奏練習の合間にやってること。ついでにクローディアちゃんの持つ【妖術】の把握と【槍術】の鍛錬の面倒を見た。
魔術と妖術は何が違うんだということで一度、冒険者ギルドに行って資料室で調べてみても『妖狐族が使う秘術で人族や耳長族が使う魔術とは異なる系統の秘術』と、かなり適当な説明と確認されてる妖術の種類と効果しかなかった。
エカテリーナさんなら何か知ってるだろうと思い、何故か彼女と親しいウルゲンさんを通じて訊いてみたところ、次のような回答が得られた。
『妖狐族の間にのみ伝わる妖術もそうですが、獣人族達が使うそれは言葉通り秘術です。習得方法、系統、属性、その全ては氏族達によって秘匿されています。魔術師ギルドの総本山に保管されている資料や妖狐族の生き残りを尋ねることが出来ればいいのですが……大した力になれなくて申し訳ありません』
現状では何も分からないことが分かった。その代わり、分かったこともある。先の戦いで見せた【魔獣化】だ。要約するとこのスキル、本気モードだ。身体を慣らし、訓練を積み、その都度限界を超え続けていけば【魔獣化】していられる時間も長くなる。
補足すると雌の妖狐族は他の獣人族と違い、【妖術】と【魔獣化】を併せることで己を武器に変えて、旦那がそれを持って戦うというスタイルがあるそうだ。いずれにしろ、現状ではどうしようもないってことで【妖術】の訓練はエカテリーナさんから教えて貰った魔力制御方法を元に手探りでやってる。
藤堂さんは満場一致で【古代精霊魔術】が暴発したら怖いという理由で訓練は保留。街中で出来るような訓練じゃない。代わりにクローディアちゃんと一緒に武器訓練をすることに。その甲斐あって藤堂さんのスキル欄に【槍術Lv1】が付いた。付いたからと言って実戦で使い物になるかどうかは別問題。それでも毎日真剣に槍を振るう彼女をチラチラ見続けていれば少しは期待してもいいと思えてきた。
そんな感じで迎えた本番当日──
「ねぇ、本当に着なきゃ駄目?」
「当然です。万が一のことがあってはいけません」
エキドナとそのお手伝いさん達にされるがまま、舞台衣装を着せられる僕。フリルの付いた、真っ赤なドレスだ。スカートもふわっとした感じのあれで気をつけて歩かないと裾を踏みそうなぐらい長い。夜会で見目麗しい女性がこれを着て男を誘えばイチコロだろう。……中身が残念だけど。
「そう言えばエキドナさん、結局暗殺者の件はどうなったんですか?」
「それについては私も気になっているところです。本気でこの奉納祭を台無しにするとは思えないのですが……」
僕はむしろ本気で台無しにしようと動いているんじゃないかって思う。最悪、舞台に上がったら客席に座ってた一人が突然動き出して心臓をざっくり……なんてことも。
護衛はいる。バルドもクローディアちゃんも警備に組み込まれてる。藤堂さんは最前列。何か異変に気付いたら動いて良いとの通達は受けてるそうだ。
それにしてもピアノか。近所に住んでいた幼馴染み(親の都合で引っ越したからもういないけど)に誘われてそのままやり続けてきたけど、こんな形で役に立つ火が来るとは。芸は身を助くとはまさにこのこと。プロになるつもりもなかったし、隠し芸するにはアレだから講師からお願いされて発表会にでも出ない限り披露する機会なんてないと思っていたのに。
「万が一の用心は?」
「準備してあります」
護衛を疑う訳ではないが、殺されるかもしれない環境に身を晒すんだ。僕も自衛手段は用意しておいた。女スパイがよく武器をしまう場所──太股に掌サイズのシースナイフを両足合わせて十本。いずれも致死量の毒が塗られてる。もう完全に殺し屋だ。当然、【無限収納】の中にも愛用の武器を収納してる。今回はエキドナさんの協力があるから多めにクロスボウを収納してる。備品なので当然、使用後は返却する。破損時は弁償。
気を引き締めて舞台の上にあがる。見通しがいい。狙撃される為に用意された場所だ。いや、そんなこといちいち考えていたら駄目だ。自分の仕事に集中しろ。
上座から登場して、一度客席に目を向けてお辞儀。緊張からか、なれないことまでしてしまった。具体的には微笑みながら天皇陛下のようにお上品に手を振った。幾人かの若い娘が感激のあまり叫びそうになり、親に窘められる。アイドルのコンサートと違って奉納祭は粛々と行われる神聖な儀式だ。きゃーきゃー騒がれたら逆に惹いていたかも知れない。
一歩、二歩と歩みを進める。……どうして僕は、十三階段を登る囚人の気持ちなんだ?
そんな、僕のどんよりとした空気と同調して狙いすましたタイミングで観客席から数人の女が飛び出てきた。
(客席から!? ここの警備はそんなにザルなの!?)
軽い混乱に見舞われる僕と、突発的な出来事にどよめき、或いは思考停止する観客。即座に動けたのは気を張っていた護衛の人達だけ。
礼服に身を包んだ女性と僕と間に割り込む護衛。襲撃者は護衛を簡単に突き飛ばす。咄嗟に避けようとしたけど思い切り裾を踏んでしまったせいで前のめりになって転ぶ。
だから嫌だったんだよ、スカートは……。
(なんて呑気なこと考えてる場合じゃない……ッ)
護衛に巻き込まれて倒れたせいで太股に隠してあるナイフが出せない。咄嗟に【無限収納】に収納した装填済みボウガンを出す。
完全に無意識に引き金を引き絞った。構えから射出までほぼタイムラグはなし。吸い込まれるように矢が喉へ刺さる。躊躇うことなく振り下ろされる拳。武器も防具も何もない、完全な無手。反射的にボウガンを盾にして拳から身を守る。
振り抜かれた拳は容易くボウガンを破壊しながら上げた腕を叩き付ける。腕をあげていなければ間違いなく顔をやられていた。
激痛が走った。骨にヒビが入ったかも知れない。だがそこまでだ。当然のように毒を塗られた矢を刺された襲撃者は泡を吹きながら痙攣する。突き飛ばされた護衛の人が立ち上がったことでようやく僕も動ける。
周囲を見渡せば阿鼻叫喚、まさにそんな言葉がぴったりの状況。襲撃者から僕を守ろうとする人達。振って湧いた凶行に慌てふためく人達。護衛側は明らかに人手が足りない。人海戦術で押し切るつもりなのか、人の波を押しのけながら僕のところへ向かってくる。
……うん、逃げよう。今すぐこの場から逃げだそう。
ビリビリとスカートの裾を千切って走りやすいようにして走る。そりゃもう男らしく大股で。一番近い下座から廊下へ出る。行き先はもう当て勘だ。こんなことなら少しでも地図を頭の中に入れておくべきだったと猛省しながら。
「水弾!」
背後から魔術を発動させる声が聞こえた。
以前、エカテリーナさんから聞いた受け売りだけど無詠唱の使い手は上位の魔術師に絞ればかなりいるらしい。もっとも、それは自分がよく使う魔術を集中的に練習しているから出来ることで全てを無詠唱で発動できる魔術師は珍しい。あと、いくら無詠唱でも魔術名を叫ばなければ魔術が発動しないことに変わりはない。理想は無言発動による魔術の行使だけど、こっちは本当に数が少ない。世界規模で見ても十人いるか、いないかの比率だとか。
ぴちゃんと、背中に水弾が着弾する。息ができなくなるような衝撃でもない。姿勢を崩すほどの威力もない。えっ、どういうこと? 舐めプレイ?
「魔術が効かない?」
「仮にも貴族令嬢だ。水耐性装備を着込んでいるかも知れない」
「報告にあったより健脚みたいだが、追いつくのも時間の問題だ」
何やら雲行きが怪しくなってきた。これ、このまま逃げてもいいのかな? もういっそここでバラして見逃して貰えば……いや、それはまずい。男としての自尊心が砕けるのもあるけど情報漏洩の危険は可能な限り減らしておきたい。
角を曲がって全力で扉を開けると閂のように適当なものを差し込む。後は相手の突入に合わせてボウガンでも──
「おいおい、こいつはちっとばかし予定外なんだが……」
「えっ?」
そこで僕は始めて自分の入った部屋の様子に気付いた。
八畳ほどの広さに血がたっぷり染み込んだカーペット。転がる死体。左胸に剣を突き立てられたフィアッセさん。そして……彼女にその剣を突き刺しているのは──
「よぉ最上、七ヶ月振りだな。ついでにその格好……やっと男を捨てる覚悟ができたのか?」
かつてのクラスメイトが、人を殺しながら再会を喜んでいた。




