囮役、開始
「キサラギハヅキという名前に聞き覚えはありませんか?」
『…………』
エカテリーナさんの言葉に苦虫を噛んだ表情を浮かべる僕と藤堂さん。聞き覚えがあるなんてレベルじゃない。思い切り知り合いだ。
僕も一端の冒険者だ。子連れ剣鬼の噂ぐらいは聞いたことはある。けどその時の感想は『異世界版子連れ狼? 子供連れて旅とか危なくない?』程度の認識しかなかったし、興味も沸かなかった。この瞬間までは。
(如月君、何やってるの……)
「ご存知なんですね?」
「知ってるンスか、兄貴?」
「えーっと……うん。知ってると言えば、知ってます。はい……」
態度に出た以上、隠し事をしても仕方ないしそれは悪手だ。観念して事情を説明する。
「それほど親しい仲ではないので詳しいことは分かりませんけど、僕の知る範囲での如月君は剣術が上手い人。その程度の認識です」
如月君の家が演目用の剣術を教えていること、一族は代々慣習的に連綿と受け継がれてきた殺人剣を修めているのはクラスメイトなら誰でも知っている。如月君がペラペラ話していたのもあるし、地元で祭りが行われるときは必ず剣舞を披露している。
「他に知ってることは?」
「同じ学校に通っていて、同じクラスだった。それ以上は何も知りません」
「私もです」
ウルゲンさんの問いに対して、ハッキリと返答する。これ以上質問されても答えようがないし、されても困る。
「そうですか」
僕達二人の反応を見て、エカテリーナさんは事務的に話を打ち切る。多分、僕達の態度からこれ以上の情報を引き出すことは出来ないと判断したんだろう。
彼女の呟きを皮切りに、僕も意識を切り替えて話の続きを再開する。
「それよりエカテリーナさん、僕の身代わりになることが初めから決まっていたようなことを先程仰ってましたが、教えて頂けませんか?」
「そうですね。その前に……ウルゲン殿」
「分かりました。……姫巫女殿、席を外してもらうぞ」
「エカテリーナ様、どうして……っ」
「フィアッセ殿、私に同じことを言わせるおつもりですか?」
「……ッ」
それまで穏やかだった雰囲気から一転、氷のように冷たい眼差しが真っ直ぐフィアッセさんを射貫く。あまりの温度差に睨まれてもいない僕は勿論、バルドや藤堂さん、クローディアちゃんも堪らず怯んでしまった。
人は見かけによらない、なんて言葉があるけどまさにその通りだ。
今、この場はエカテリーナさんの威圧感と眼力で完全に支配されている。普段の穏やかな人柄と丁寧な言葉遣いに騙されていたけど、この人は仮にも冒険者ギルドを束ねるギルドマスターの代理としてここにいる。只者である筈がないのは少し考えれば分かることだっていうのに……。
結局、エカテリーナさんの威圧に負けたフィアッセさんは下唇を噛みながらウルゲンさんに諭され、退室していった。
「ふぅ……。お恥ずかしいところをお見せしてしまいましたね」
「い、いえ……」
恥ずかしいというか怖かったです。勿論口が裂けても言えない台詞だけど。
「そ、それより……私達は退室しなくていいんですか?」
「構いませんよ。私の見立てではカオル殿を初め、皆様方は面倒事を嫌うタイプのようにお見受け致します。であるならば、これから話すことを不用意に他の誰かに話したりして厄介事を増やすような真似はしないと判断しました」
「……まぁ、私も最上君もそういう人間だけど、さ」
「兄貴の場合、どっちかと言えば無意識にメンドーなことを抱え込ンじまうタイプッスよね」
バルド、もうちょっと言い回しには気を遣って欲しい。否定できないけど……。
「さて。先程の件についてですが……」
フィアッセさんが退室したのを見計らって、エカテリーナさんが口を開く。ウルゲンさが戻ってこないのは人払いの為かな?
「結論から申し上げますと、私が精霊憑きだからです」
「せいれいつき……」
また聞いたことのないワードだ。毎度毎度異世界用語が飛び出してくると覚えきれないよ。記憶力だってそんなに良い方じゃないんだし。
「あ、それ聞いたことあります。確か生まれたときから精霊をその身に宿している人のことですよね」
どうやら藤堂さんは知ってたみたいだ。彼女は帝国に居て戦火に巻き込まれた経緯でこっちに来たから多分、その過程で知る機会があったんだろう。
「よくご存知ですね。私達にとっては一般教養なんですが……」
「……うん? 一般教養?」
なんだか含みのある感じに聞こえたけど……。
「それは、魔術師たちにとっての一般教養という意味ですか?」
「あなた達ニホン人にとっては馴染みのない知識、という意味です」
「な……っ!?」
予想外の発言に動揺する藤堂さん。僕も動揺はしている。しているけど、声には出なかっただけ。
僕もエカテリーナさんの口からニホン人という言葉が出てくるなんて思いもしなかった。彼女が何処まで把握しているか気になるけど、エキドナさんもニホン人について何か知っているのかな?
(いや。今訊くべきことはそこじゃない)
どうして僕達を知っているかは頭の隅に追いやって話を続ける。
「そうですか。それより、話の続きを?」
「はい。カオル殿はご存知ないようなので説明しますが、精霊憑きと言うのは呼んで字の如く、生まれ持って精霊に憑かれた者のことを意味します。私はこの地で生まれたので必然的に水の精霊憑きとして生まれました。普通の魔術師と違い、精霊憑きは精霊と直接コミュニケーションを取ることができますのでより多才で、より強力な魔術を行使することができます。私がカオル殿を特別な存在として認識できたのも一重に精霊とのコミュニケーションによるものです。……カオル殿はカンドラで生活するようになってからよく歌を歌いますよね?」
「えぇ。あくまで副業ですが……」
「私と契約している精霊が、コンサートの常連さんなんです。綺麗な魔力を持った人がいる。まるで魔力のないところから来たみたいだ。もっと魔力を恵んで欲しい。カオル殿が感知できないのも無理からぬことですが、あなたがこの地に来てからというもの、精霊達はあなたを中心に活性化してます。歌を披露した日は大変機嫌が宜しいのですが、あなたが街を離れた日は明らかに精霊たちが落ち込みます。お陰で局地的に精霊の力が落ちて水系統の魔術師たちが威力の減少具合に首を傾げてました」
「…………」
どうやら僕は意図せずして精霊にとって大変な立場になっていたらしい。そんなこと知らない──と、叫びたい気持ちだけれどそれが許される雰囲気ではない。
そもそもこの世界の常識からすれば男が魔力を持っていること自体、大問題だ。例えそれが意図的に改竄された常識であったとしてもこの世界の住人には周知の事実として認識されてる。そのことに実感が持てないのはきっと僕が異世界の人間だから。
「僕以外に、精霊受けの良い人っていないんですか?」
「そちらの可愛らしいお嬢さんもなかなかのものですよ」
クローディアちゃんに向けて微笑みながら賞賛の言葉を贈る。
「そ、そんな……私なんて……」
「ご謙遜を。少なくとも貴女には並みの魔術師を上回る素養をお持ちになられてます」
並みの魔術師──という下りでふと疑問が出て来た。
魔術師は精霊の力を借りることで発現する現象。なら神様からチート能力を授かった藤堂さんはどうなのかと。
「エカテリーナさんから見て、藤堂さんとバルドはどうですか?」
流石に馬鹿正直に『古代精霊魔術が使えます』とは言わないけど。ついでにバルドの評価も聞いてみる。何となくだけど。
「バルド殿は付かず離れず、といったところです。有り体に言えば平凡な才能です。そしてそちらの方……トウドー殿は精霊が跪いてます」
「それって、私にもの凄い才能があるってことですか?」
「えぇ。ですが、現状のトウドー殿にはそれ以外の価値がありません。言い方を変えれば才能しかないとも言えますが」
「…………えっ?」
「お気づきになられないのも無理はありませんが、精霊はあなたが近づくと怯えて離れていきます。例えるなら……そうですね、抜き身の剣を振り回している剣士が近づいてきたから逃げている、と言った方が分かり易いですね」
「……それって、嫌われてるって意味ですか?」
「少なくとも今のままでは、という但し書きが付きますが、そうです。あなたが自身の持つ力と向き合い、正しく使うことができれば話は別ですが」
「…………」
つまり、こういうことかな。
精霊は力を持つ人に対して敏感であるが故に力に振り回されている人は恐怖の対象でしかない。
藤堂さんは努力なくして比類なき力を得た。だけど、その力を十全に扱えるかどうかは別問題。よく考えなくても分かる理屈だ。
力を得るだけなら、それこそ人を殺すだけなら簡単だ。剣や銃を、或いは人を傭うだけでいい。僕にも言えたことだけど、今の彼女はそういう状態という訳か。
「トウドーのことは一先ず置いとく。今はキサラギハヅキについてだ」
微妙な空気が漂い始めたのを察したウルゲンさんがわざとらしく話題を変える。いや、話題を戻したというべきか。
「件の刺客については恐ろしく凄腕の剣士、ぐらいしか掴んではいない。ギルドの方からも人員を派遣するがあまり期待はするな」
「人手不足だからですか?」
「有り体に言えばな。そもそもこの町は手練れの冒険者からすれば実入りが少ないんだ。腕に覚えのある奴は皆、王都や迷宮都市へ行っちまう」
「命を売って日銭を稼ぐからにはそれなりの物を貰わないと人生が釣り合わないから、ですか?」
「その通りだ」
やはり僕達のような冒険者というのは世界的に見ても希有な存在のようだ。考えてみれば冒険者という仕事はまさに死と隣り合わせの仕事で、しかも安定した収入を得るのが難しい。となれば、社会奉仕なんて二の次で上を目指して自分の懐を暖かくしようとするのは当然か。
「とは言え、全く護衛が出ない訳でもない。当日はエキドナ女史が抱える私兵が警護に就く。但し、事が事なだけに連中にはお前のことは伝えない。そのことを念頭に置いた上で依頼に集中して欲しい」
「分かりました、うん……。分かりたくないけど、分かりました……」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
話が纏まったという事で──
僕達は一週間後に迫る奉納に向けて動くことになった。まず、バルド達については最上薰が傭った私的な護衛という扱いにしてもらった。この辺はエキドナさんとエカテリーナさんが権力使ってねじ込んだと思われる。そうでなければバルド達が上級区に出入りできる筈がない。
僕は僕でやることが多かったけど、実のところそれほど苦労はしてない。フィアッセに成り代わるということで一夜漬けで彼女らしい言動と仕草、立ち振る舞いをレクチャーされるものの、似たようなことは日本で生活していた頃に体験済みなのでこれといった問題もなくクリアできた。
暗殺者が送り込まれるのは奉納が始まる直前まで。逆に言えば奉納さえ始めれば相手は手出ししてこない。向こうだって奉納そのものを台無しにしたい訳じゃない。じゃあ何もするなって言いたいところだけど、言っても無駄だろう。
「難しく考えなくていいわ。貴方には既に精霊を楽しませる素質がある。私の方からは何も言わないけど何か知りたいことがあったら言って頂戴」
「はい」
で、今何をしているかと言えば奉納で演奏する曲目の練習です。最初の予定ではフィアッセさんが舞台で与えられた役を演じて演奏する予定だったけど急遽、役割を分割。僕が演奏して彼女が役を演じる。当日は僕も含めた役者達は変装の仮面で顔を変える。化粧要らずだ。
ピアノ演奏をすると聞いたときは正直、少し不安だった。何せピアノなんて一年以上触ってないし難しい曲目だったらどうしようと思っていたけど全然そんなことはなかった。
楽譜を読んで頭の中でメロディを奏でて気付いたけどこれ、ドビュッシーのアラベスクをアレンジした曲だ。かなり手が加えられたアレンジ曲だけど何度か練習すれば難なく演奏できそうだ。
(あぁ、自分の練習時間が減っていく……)
チラリと、横目で待機組を観察する。
バルドはクローディアちゃんと模擬戦をしているけど……いやこれがまた凄い。どこの特撮映画だよって言いたくなる。
絵的には熊男が幼女を虐めているように見えなくもない。だけどその実、試合は終始クローディアちゃん優勢で進んでいる。
両手で持った両手剣を上段から振り下ろす。ギリギリまで引き付けて回避。検圧で毛並みがふわふわと撫でられるが全く気にしてない。続く二撃、三撃と体力にモノを言わせて肉薄して一撃を入れようと躍起になる。全く当たらないどころか、水平に薙ぎ払った両手剣の切っ先にストンと着地して頸動脈にピタリとショートスピアを当ててみせる。
凄いよクローディアちゃん! ちょん乗りだよちょん乗り! 全く意味のない浪漫技だけど凄く感動したよ僕!
「バルド、大振り過ぎるよ」
自分の練習が一段落したところでアドバイスを送る。何となくではなるが、僕の言うことならバルドは素直に聞いてくれる気がするから。
「クローディアちゃんの槍捌きは対応できる。負けてるのは速さと体術だから。速さで勝てない以上、先に動いてもカモになるだけだから後手で主導権を握って」
「いや、その……頭では理解してるンスけどねぇ……」
ガシガシと頭を掻きながら恥じるように答える。あれかな。野球で例えると次絶対スライダー来るって分かっているからそれに合わせてバッド振ってもスライダーを討ち取れず三振してしまう、そんな状態?
「なら、攻撃目標を変えてみたら? クローディアちゃん本人を狙うんじゃなくて武器をひたすら攻撃するとか。或いは、予備の片手剣で戦うのも手だよ。武器が変わったところでバルドの力がなくなる訳じゃないんだし」
「……あっ」
バルドの瞳に理解の光が灯る。典型的なパワーファイターの彼からすれば青天の霹靂のようだ。
僕のアドバイスに従い、片手剣に持ち替えて再戦。豪快さが無くなった分、得物が軽くなって槍捌きに追いつけるようになった。体術については我流でやってきたせいか、今一つ安定してない。
(あまり下手に助言すると自分のリズム崩すかも知れないし、うーん……)
ひとまずこの問題については置いておくことにした。僕も専門家ではないし、さっきの指摘も自分の経験談を元にしたものでしかない。
さて、藤堂さんは何をしているかと思い視線を巡らせると今更ながら彼女がこの場に居ないことに気付いた。ついさっきまで二人の訓練を眺めていたと思ったんだけど、さて……。
「ねぇ、藤堂さん知らない?」
「トウドー? さっき出て行ったわよ」
出て行ったって……ここ一応、人様の家なんだけど。ついでに言うと暗殺者と鉢合わせたらどうするつもりなんだろう。一度奴隷に落とされたからもう少し警戒心持っていると思ったんだけど……。
「まぁ、大丈夫じゃない? 上級区に立ち入れる人間なんて限られているし、屋敷にだって衛兵が居るんだし」
安心させるように笑いながらエキドナさんは言うけど僕は少しも安心できない。
「クローディアちゃん、悪いけど藤堂さん探してくれない? 目の届かない場所に置いておくのはやっぱり不安だし」
「分かりました」
僕の言葉を受けて快諾して、自前の武器を担いで出て行った。




