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国境越えの目処が立ったようです

交渉センスに泣いた。orz

やっぱり謀り事とかすっごい苦手です。他の作者様はどうやって綺麗に交渉シーンを纏めてるんでしょうね。不思議です。

 女と見間違われることは良くある。だけど、別人と勘違いされたのは始めて……いや、二度目か。


 ひょっとしたらこの世界に死別した双子の姉のそっくりさんが転生して再会──なんてことがあるかも、なんてちょっとだけ思ったけど全然そんなことはなかった。


 私は男です。あなた達の探している人とは別人。じゃあ解放して下さい。

 ……そんな風に考えていた時期が、私にもありました。


「それがどうしてこうなるの……」


 どんよりとした溜め息を交えて周囲を見渡す。

 お世話になっている下級区の宿屋よりも上等なシングルベッド。革張りのソファーに古木で作られたテーブルと焼きたてのクッキーと紅茶。ライトグリーンのカーテンを退かして窓を開ければコバルトブルーの海が一望できる。そのまま下へ降りようかと思ったけど、そもそもクライミング技術のない素人がそんなことをすれば大怪我するだけだと思い直して止めた。


 端的に言えば軟禁状態。それもロクに説明されないまま、押し込めるように部屋へ入れられた。今すぐどうにかされる訳じゃないのは分かったけど、不安は拭えない。


 何故僕がこんなところに居るのか。それは相手の勘違いによるもの。問題はどうして今も拘束されているのか? その目的は?


 …………駄目だ、情報が少なすぎる。

 やることもないのでごろんとベッドに寝そべって天井を仰ぐ。硝子か何かで製造されたであろう、細部まで装飾が施されたシャンデリアが目に飛び込んだ。蝋燭代だってバカにならないだろうなー等と思ったところでシャンデリアに蝋燭が付いてないことに気付く。代わりに直方体の石が蝋燭のように立てられている。


(あ、なんだ。魔石使ってるのか)


 似たようなものは中級区で見たことがある。あれは人工魔石だ。天然の魔石と違い、魔石としての質が劣る反面、細かいところでは活躍できる代物だ。戦闘用の魔導具としては落第点。生活用の魔導具としては及第点。火の魔力を込めれば水を温めたり灯りを灯すことができるし、水の魔力を込めれば少量ながらも水を蓄えることができる。


 生産ラインがどうなってるかは分からないが下級区では人工魔石は高級品として扱われている。魔導具を扱う店に行けば買えるけどギルドからの紹介状がないと入れないらしい。ウルゲンさん曰く、貧乏人の冷やかし対策とのこと。


 ……ふと、思う。

 こういうとき、ドラマや小説の主人公だったらどうだろう。


 ジェー●ズ・ボンドならタキシードの皺を気にしながら華麗に脱出するかも知れない。 小説の主人公なら誰もが羨むようなパワープレイで正面突破するだろう。


 知性溢れる頭脳派なら散歩でもするような気軽さで、誰にも気付かれることなく抜け出せるかも。


 こういうとき、自分のスキル【無成長】が心底恨めしく思う。あくまで自分らしさを失うことがないと言えばそれまでだが、非常事態では何の役にも立たない。


 結局、無駄な抵抗は止めて大人しくするのが上策だと分かりきった結論を改めて下した僕はお茶請けとお菓子を食べ尽くしてふて寝することにした。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 水底に立っている。

 地に足が付いている感覚はある。だけど、周りの景色があたかも自分が宙に浮いていると錯覚させる。


 ここは水の中だ。ダークブルーの視界と隙間から差し込む光が周りを照らす。

 青、青、青……。

 何処までも青一色の世界。不思議と不安はない。


 そんな青一色の世界の主──と言うべきだろうか。彼女……というよりは少女と言うべき外見をしたその人はそこに立っていた。


「やっほー♪ お姉兄ねにい様、初めましてだね!」


 おねにいさまって何? すっごい斬新な二人称だよ。

 彼女の第一印象は利発という言葉がぴったりの外見だ。身長は百五十センチぐらい。青いドレスに身を包んだ彼女は人の言葉では表現できない美貌の持ち主だ。


 そんな、人の想像の埒外にいる美少女が自分に向けて微笑む。仮にも男として生まれた僕だ。僕でなくてもドキドキしてしまうのは当然の結果だ。


 ……決して僕がロリコンではないことを断言しておく。可愛い娘に笑いかけられたら誰だってドキドキするんだから。


「えっと、僕は男だから普通に呼んでくれるとありがたいんだけど……」

「あ、ゴメンね。やっぱりお姉兄様じゃ語呂悪いよね。……うん、それじゃあお兄ちゃんだね!」

「まぁ、それなら……。挨拶が遅れたけど、僕は最上薰。キミは?」

「あぁ、ゴメンね。自己紹介がまだだったね。私は四大精霊が一柱、水精霊王クラミツハって言うの。あ、お兄ちゃんに加護をあげたのは私の眷属だけどね」


 はい。この幼女さらりととんでもないこと暴露しました。

 水精霊王クラミツハですよ、水精霊王クラミツハ。僕がトリップしたファンタジーの世界じゃ精霊と言えば女性限定で魔術を授ける尊い存在です。


「あー……やっぱりそういう風に伝わってるんだぁ。……あのね、別に精霊は女だけの味方じゃないんだよ」

「そうなんだ──て、僕今声に出してた?」

「うん! 心の声がダダ漏れだから聞き取るのは造作もないよー♪」


 凄い。初対面の人の心を読むなんて流石ファンタジー。ついでに言うとこの精霊様、デリカシーがない。どうせ心を読まれるから陰口には入らないけど。


 心が読めるならわざわざ声に出す必要はないか。ところで精霊さん、さっき女性だけの味方じゃないって言っていたけどあれってどういう意味?


「むー。コミュニケーション取るならちゃんと喋った方がいいと思うけどなー。あと私にはクラミツハって名前があるんだから」


 まぁ、そうだけどさ。相手の心を読むってことは土足で人の家に、それも無断で入るのと同じことでしょ? それに口で言ってることと胸中で思っていることが必ず一致するとは限らないんだから合理的にいけばこうやって喋る方がいいと思うんだけど。


「むっ……確かにそうだね。……御免なさい、お兄ちゃん。もう勝手に心を読んだりしません」

「……うん。一応信じておくよ。それで、クラミツハ様、先程の質問ですが」

「あぁ、あれね。えっと、ちゃんと説明すると長くなるから大部分は省くけど、分かり易く言うと神殿は自身に宿る魔力を自覚させる為の場所なんだ」

「じゃあ、女性しか扱えないって言うのは神殿が吹聴している嘘ってこと?」

「うん、そうだよー。……ていうかお兄ちゃん、何度も精霊の声聞いているよね? 自覚なかった?」


 精霊の声……もしかしてアレかな? 僕がいつも歌を歌うとき聞こえる舌っ足らずな囁き声。特に困ってなかったし、歌った後何故か調子いい時が多かったから深く考えないようにしていたけど……そうか、精霊が関係していたんだ。


「あんまり、考えたことなかったかな」

「むー。あれほど分かり易かったら普通は気にして気付くと思うけどなー。ほら、僕には凄い力があるんだー! とか、これは選ばれた力なんだー! とかさ」

「ゴメン。僕厨二病とは無縁の人間だから」

「チューニ……なにそれ?」

「こっちの話」


 クラスメイト辺りに言わせたら『お前は存在そのものが厨二心を刺激する』なんて言うけど。というか高校入学時に言われた。そして案の定、容姿のことでネタにされた。


「それよりクラミツハ様、僕に何か話でもあるんですか?」

「あ、そーだった! ……えー、コホン。私がこうしてお兄ちゃんの意識に割り込んだのは他でもない、神託依頼オラクルを授ける為です」


 どうしよう。そこはかとなく面倒な臭いがするんだけど……。


「僕に出来るような内容とは思えないけど……」

「あ、それは大丈夫だよ。というかぶっちゃけお兄ちゃん以上の適任はいないから」

「そうなの?」

「うん! だから自信を持ってドーンと構えちゃって!」


 ゴメン、クラミツハ様。それは不安を煽るだけだよ。


「えーとね、お兄ちゃんにして欲しいことっていうのは土地に居座る精霊への奉納なんだ」

「それ、ますます僕がするべきことじゃないよね?」


 少なくとも異世界の価値観に基づけば男が精霊関係の奉納をすること自体、国際問題だと思うんだけど。


「まーまー、順を追って説明するから。えーとね、お兄ちゃんは人違いで拉致されたでしょう? お兄ちゃんはフィアッセって言う舞台女優さんと間違われたの。彼女は一応、【水精霊の恩恵】持ちだから姫巫女の役目も担っているの。でもね、フィアッセに限った話じゃないんだけど最近は精霊の力を得て増長する人が増えちゃって精霊も寄りつかなくなってるの。お陰で今じゃ【水精霊の恩恵】も機能してないんだよねー」

「精霊が寄りつかなくなるとどうなるの?」

「魔術の威力に影響が出る。完全に見限られたら魔術が使えなくなるよ。精霊と契約できるような魔術師なら別だけどねー」


 そうか。魔術と言ってもそれは精霊の力ありきで成り立つものなのか。


「つまり、フィアッセっていう女優さんは精霊に見限られたせいで姫巫女としての力を無くしたってこと?」

「そうだよー。それでも魔術が使えるレベルだけど奉納には届かないかなー。本当、嘆かわしい時代になったよ。精霊信仰が盛んだった頃なら絶対あり得ないよこんなの」


 良く分からないけど今の状況、特に精霊への奉納が出来ないこの事態はクラミツハ様にとっては由々しき事態らしい。


「精霊の恩寵を受けている異世界ラスティアにとって奉納ができないことはまさに死活問題。神殿の不手際が露見したら私の信者も減る。信者が減ると私の力も弱まる」


 今、もの凄く俗的な発言が聞こえたような気がしたけど空耳だ。崇高な存在であられる水精霊の王がそんなことを言う筈がない。


「そんなときに! お兄ちゃんがやって来たのだ! これ幸いと思ってお兄ちゃんに眷属を通じて加護を与えたりちょっとだけ手助けしてあげたりしたんだー」

「つまり、僕に奉納をさせる為の先行投資ってこと?」

「うん! ねね、人助け──じゃない、精霊助けだと思ってやってくれるよね。お願いします、このとーりです!」


 パチンと、両手を合わせて頭を下げるクラミツハ様。凄く板に付いている。

 空気の読める人なら『だが断る!』とか言いそうだけど僕は空気が読めないから悩む。というか即決できない。


 だって、ねぇ? 精霊への奉納でしょ? 精霊と言えば女性だけが恩寵に預かれる存在で、一般の認識だと男は無理っていうのが常識なんだよ?


 これはもうアレだよ。恒例行事(認めるのは業腹だけど事実だ)となっている女装をするしかないよね。それっぽい服着てなるべく黙っていれば隠し通せる。


 ……だけどさ、僕にだってプライドってのがある。こう毎度女装するなんて嫌だ、けど……先行投資のお陰でいつかの夜は助かった。【水精霊王クラミツハの加護】がどういう形で役に立っているのかは分からないけど。


 何度でも言うが、僕は自分がお人好しだという自覚はある。困っている人が居たら手を差し伸べるし場合によっては清算度外視で活動することもある。そうすることで人が助かったという結果さえ得られたならば僕は満足できる、そういう安い人間だ。


 そんな僕でも譲れない一線……とまではいかないけどそう簡単に譲れない一線というのは存在する。それが女装という訳だ。


 お嬢様の時みたいに相応の理由があるなら妥協できる。あけすけに言えば僕が忌避していることを要求するならこっちも見返り(リターン)を要求するってこと。


「うー……どうしても駄目?」


 僕が渋っているとクラミツハ様が上目遣いで懇願してくる。ロリコンじゃないから心を激しく揺さぶられるようなことはないけど、それでも美少女の上目遣いは反則だ。


「駄目というか……結局僕は何も得られないし……。そもそも先行投資って聞こえはいいけど結局逃げ道塞いで選べない選択肢を強いられているこの状況がどうしても、ね」

「うぅ……じゃ、特別大サービス! なんと、水精霊王クラミツハである私がお兄ちゃんに魔術回路を発現させるから、ね、ね?」

「魔術回路が発現すると……魔術が使えるんだよね? そうなった場合、僕はどういう魔術が使えるの?」

「んとね、お兄ちゃんは水属性だから治癒魔術と支援魔術がメインなんだけど、加護を持っているでしょ? だからお兄ちゃんの使うのは普通の魔術じゃなくて精霊魔術って呼ばれるものになるんだよ。えへ、凄いでしょ」

「うん、確かに凄いね。人に見られたらアウトだけど」

「そこはほら、お兄ちゃんが【無限収納(ストレージ)】にしまっているメイド服着ればいいでしょ? あ、それとも治癒魔術の重要性理解してないのかな?」

「いや、流石にそこまでは……」


 治癒魔術が使えれば。そう思ったことは一度や二度じゃない。戦い慣れしてなかった頃、ゴブリン相手に負傷するのは日常茶飯事だった。酷い時は頭部を深く切られて腕を折られた。泣き叫ぶぐらい痛かった。薬では手に負えないような傷を負ったとき、治癒術士ヒーラーを抱えてない冒険者はギルドを利用する。


 ギルドには常時、治癒術士ヒーラーが待機しているけどこれがまた絵に描いたような男嫌いな人だ。仕事だからお金払えば治療してくれるけど、態度悪いし機嫌が悪い時なんかは相場以上の料金請求してくる。その癖、女性冒険者にはまともな対応をする。人によっては後払いで構わない、なんて言っている。僕達のときは絶対全額先払い要求してくるのに。


(これは、究極の選択だ……ッ!)


 恥を忍んで合理を取るか。

 プライドを捨てず苦行を選ぶか。


 冷静に秤に掛けなくてもどちらが有益か考えるまでもない。治癒魔術が使えるようになればバルドもクローディアちゃんも戦いやすくなる。リスクがあるとするなら人目に気を配ること。これは二人に対して緘口令を敷くことで解決できる。


「ねー、そんなに女装するの嫌なのお兄ちゃん。すっごく似合ってると思うんだけど」

「似合ってるかどうかの問題じゃないよ」


 やっぱりこういうのは同じ属性を持った人じゃないと共感できないものがある。


「でもさお兄ちゃん、私がこうして交渉する為に出てこなくても似たようなことは要求されると思うよ?」

「えっ? そうなの?」

「うん。そもそもお兄ちゃんが軟禁された理由がフィアッセっていう姫巫女に似ているのもあるけど、精霊との親和性が異常と言ってもいいレベルで高いからだよ。昔ほどじゃないけど精霊に対する信仰心は失われていないからきっと相手は何が何でもお兄ちゃんに姫巫女の代理をやらせると思うよ?」

「…………」


 言われてみれば確かにそうだ。クラミツハ様の話を纏めるなら、僕が置かれた状況というのはそういうことだ。それならここは彼女の誘いに乗って、相手とはビジネスライクな関係で居るというのがいいかも知れない。


 それに、良く考えてみれば魔術が使えるようになったからと言ってそれを好き好んで使う必要はない。ひた隠しにするだけでも充分リスクは避けられる。


 ……あ、そう考えたら悩む必要はなかったんだ。


「分かった。そういうことなら僕はクラミツハ様の提案に乗るよ」

「ホント?! さっすがお兄ちゃんだねっ!」


 勢い余って、ガバッという擬音が付きそうな勢いでタックルして抱きつくクラミツハ様。王としての威厳とかないの?


「えへ、お兄ちゃんが引き受けてくれて良かったー。もし断られたら大変なことになっていたところだよ」

「大変って、具体的には?」

「海の魔物が活性化するのは序の口かな。水精霊の恩恵そのものがなくなったら……うん、まず雨が降らなくなるよ。そして次に水が腐って、最後は干上がるの」

「そういう大事なことは最初に言おうよ!?」


 もし引き受けてなかったら……そう考えたらゾッとする。


「それより、奉納って何をすればいいの?」

「それは──あっ、ゴメンね。もう接続の時間が厳しいかも。詳しいことは流れで理解してね。じゃあね、お兄ちゃん♪」

「えっ、ちょっと──」


 クラミツハ様の言葉を最後に、世界が反転した。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 直前まで見ていた明晰夢……と、思しきものを見ていた為か妙に目覚めが良い。上体を起こして軽く伸びをするだけで身体中に血液が巡り、より意識が鮮明になる。


 夢に出て来てそれっぽいことを言うなんて流石ファンタジー……なんて思いながらベッドから降りると、折良くドアをノックされる。


 こちらの返事を待つことなく入室してきたのは一方的に僕を誘拐したお姉さんと、白を基調に青いラインの入った、裾の長い神官服を着た、少しきつい顔つきをした妙齢の女性。


 すぐに【心理学】で相手の感情を読み取る。護衛として付いてきたお姉さんは警戒心強め。神官服を着たお姉さんは警戒半分、嫌悪感半分と言ったところ。


(友好的な態度で臨んでも多分無理かも)


 短い時間の中で素早く作戦を組み立てる。

 クラミツハ様の話から推理するなら相手は何としても奉納をやらせたい。ごねたりしない限りは強引な手段には出ない……と、思う。どのみち僕が奉納をやらされることは決定事項だ。それはいい。


 とは言え、非協力的な態度で臨むのも好ましくない。見方を変えるなら相手は権力者だ。上手く交渉すればカンドラの外へ出る為の手段を報酬として要求できるかも知れない。


 ……僕としては関わりたくないタイプだけど、そういう個人的な感情は無視する。


「あの、そっちが僕を利用する気でいるのは流れで理解していますので、お互い合理的な話し合いだけしませんか?」


 とは言え、やられっぱなしの上に相手の主導で交渉を進められるのは癪なのでせめての仕返しとばかりに先手は僕が取る。と言っても腹の探り合いなんて僕のキャラじゃないから全打席ストレートで打ち取るぐらいの気概で挑む。


「……そう。ならそうさせて貰うわ」

(良かった……)


 相手が乗ってくれたことにそっと安堵する。これで向こうがケチ付けてきたら……うん、多分僕が不利だった。


「エキドナよ。普段は貴族向けの公演をプロモートしてるわ。本職は水精霊への儀式神楽を取り締まる責任者。あなたは?」

「身代わりにするつもりなんでしょう? なら僕はフィアッセとして扱って下さい」


 暗に、協力はするけど馴れ合う気はないというニュアンスを込める。そのままエキドナさんが喋り出す前にこちらの要求を突き付ける。


「僕はフィアッセさんの身代わりとして水精霊への奉納をこなす。こちらが要求する報酬は領主様が発行できる通行証をパーティーメンバー分用意すること。これが、僕がそちらに要求する内容です」

「自分の立場、分かっているのかしら? 私達は貴方の弱味を握っているということを」


 早くも合理的な話し合いから逸れてしまった。向こうは僕を一方的に利用するつもりだ。


「そうしたいのであればどうぞ。選べない選択肢を突き付けて選ばせるというのも一つの手段でしょう。まぁその場合、水精霊がどのような反応を示すか楽しみではありますけど」

「……っ」


 フィアッセが水精霊に嫌われたのも、多分この辺が原因だと思う。人は本能的に力を求める生き物だ。そして得た力を使わずにはいられない。過分な力を得たとき、多くの人間は目的と手段を履き違える。


 そうならない為にも、力を持った人間はその力をどう使うか明確なビジョンを持つべきだ。自分は大丈夫とか、使わなければいいとか、そういう人間は高確率で道を踏み外す。他人の受け売りだけど、案外的を射た言葉だと思う。


「通行証を用意するだけで奉納ができると思えば安い代価だと思いますが……もしかして通行証は奉納より価値のあるものなんですか?」

「……なるほど。確かに必要経費と割り切るなら悪くない条件ね」


 エキドナさんが薄ら笑いを浮かべて、一歩踏み出す。威圧感がちょっとだけ増した。


「知らないことを前提で話を進めるけど、私の推薦で貴方の通行証を発行するにしても身辺調査が行われるわ。当然、身元不明の人間を推薦したところで通行証が発行される筈もない。ここで、あなたの身元の話になるんだけど……見たところあなた、エルビスト人ではないわね。国境を越える為に通行証が必要ということは当然、エルビスト人であるという推理が成り立つ。だけど黒髪を持つ人間はエルビストには勿論、隣国や他国にだっていない。そうなると今度は難民か密入国者の可能性が浮上する。……以上の点をしっかり理解した上で聞くわ。逆の立場なら、あなたは先の要求を飲み込めるかしら?」

「……無理、ですね」


 交渉開始早々、フルボッコされました。しかも全部正論なだけに言い返せない。

 一応、僕は冒険者ギルドに所属している人間になるけどFランク冒険者でしかない人間の為にギルドが動くなんて幻想は抱いちゃいけない。冒険者ギルドはあくまで仕事を斡旋する組織だ。目を掛けている冒険者ならまだしも、下っ端の身元を保証してくれるほど寛大な組織じゃない。


 自分は異世界からやって来た日本人です、なんて言ったところでそれを証明するものはない。腕時計なんか差し出してもせいぜい優れた珍品程度の認識しか持たれない。異世界人だという証明には遠い。というか証明なんて出来ない。


 バルテミー家の家紋を出すという手もあるけど、この人達にどれほど効果があるか分からないし、こんなことで使ってお嬢様に迷惑賭ける訳にもいかないので却下。


「お姉さん達に拉致された時点で私には選ぶ権利がなくなった。そういう訳ですか……」


 そして思う。これもう詰んでる。戦う前から勝負は分かっていた状態なのに、それすら分からず偉そうな態度で出た……うわぁー恥ずかしいーッ!


 ……はぁ、もういいや。この状況下で助けなんか期待できないからもう野となれ山となれだ。向こうが要求してくることに適当に頷いてさっさと奉納済ませよう。


「何か急に諦めムードになったわね……」

「交渉の余地がないと分かった以上、吼えても無駄でしょう? なら、そっちで好き勝手決めて下さい」

「自己完結するにはまだ早いわ。私は身元不明の人間では発行許可が下りたいと言っただけよ」


 ……えっと、もしかして密入国しろとかそういう無茶振りをするんですか?

 実は私、ナントカっていう裏組織と面識があるからそれを利用して国外へ出してあげるわ的な。


「唐突だけど、貴族は一人で国境越えると思う?」

「一人でって……そんなのあり得ないでしょう。人によっては護衛を雇ったりするかも知れませんけど」

「えぇ。才覚のある貴族なら自前で私兵部隊を抱えているけど、多くの貴族は世話役を同伴させているんだけど……この意味、分かるかしら?」

「……あっ!」


 エキドナさんの言葉に閃きが走る。アハ体験にも似た気づきだ。


「た、確かにその方法なら合法的に国境を越えられます、けど……大丈夫なんですか?」

「私達としても精霊への奉納は絶対に失敗できない大切な儀式。それを身代わりにさせるというのは甚だ不本意だけど、こちらの態度であなたの心証を悪くして精霊の不興を買うようなことは避けたいの。……本当のことを言えばもっと理不尽な要求突き付けてくるかと思って警戒してたんだけどこの程度の便宜でやる気を出してくれるなら儲け物よ」


 どうやら向こうは初めから要求を受けることを前提にしていたらしい。とすると、あの待ち時間の間に部下たちを説得したり話を合わせたりしていたのかな?


「改めて訊くけど、あなたがフィアッセの代わりに奉納をして、私達は貴方と、貴方のお仲間達と国境を越える為の手筈を用意する。この条件でいいわね?」

「……はい。宜しくお願いします」


 右も左も分からないまま異世界ラスティアへ放り出されてから凡そ七ヶ月。ようやく僕は大きな一歩を踏み出せた。

次回予告


「靴に画鋲が!? 誰がこんな酷いことを……ッ!」

「主演の座は誰にも渡さないわ」

「キミ、演技力ないけど顔だけはいいからさ……得意先相手に枕営業してくれない? これも劇団の為だと思ってさ」


大体こんな……話になったらノクターン行きですね。

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