最上薰とクローディア
少し書き溜めてから投稿するというやり方が性に合ってるみたいです。
今後はそういうやり方でやっていこうと思います。遅筆ですので投稿ペースにもどかしさを感じられるかも知れませんが……。
強行軍が功を奏したのか、夕方にはサイスに到着できた。
バルドとクローディアちゃんに肩を貸してもらいながら馬車を降りてその場で嘔吐しそうになるのを堪え、よろよろとした足取りで作戦本部と化した村長の家へ上がり込み、補給物資を丁寧に吐き出す。
「おぉ! これほどの物資を一度に……ッ! いやはや、冒険者ギルドともなればやはりこのような人材には事欠かないのですな。……あ、申し遅れました。私、この村の自警団を務めております、デリックと申します」
「ウルゲンだ。悪いがこいつはうちの隠し球でな。スカウトはよしてくれ」
スカウトなんだろうか、今のは。
「そうですか。……それよりそちらの方、だいぶ気分が優れないようですが大丈夫ですか? ……いえ、わざわざ答えなくても結構です。誰か、この方を空きベッドに運んでやってくれ!」
「あぁ、それなら僕が引き受けましょう。こう見えても僕は腕の立つ錬金術師ですからね。看病なら僕が一番適任でしょう」
「お前のような胡散臭い奴に任せられるかよ」
「おや、そんなこと言っていいのですか? ここに来る前チラッと聞いた話ですが魔物の軍勢が迫っているそうじゃないですか。いいんですか、防衛に参加しなくても? 前線を突破されたら元も子もないと思いますけど?」
「あ、あの……っ! それでしたら私も一緒に看病します……っ!」
「私は冒険者じゃないけど、何か手伝えることがあればそれをしたいです」
「何でもいいけど皆……もう、限界、かも……うぅ」
酔いが限界に達している人の前で口論とかただの拷問だよ。
結局僕はデリックさんとクローディアちゃんの助力を経てそのままベットインする。……クローディアちゃんとは何もないよ?
リシャルドはその間、酔いに効くという薬を調合して僕の部屋に運んできた。
それは嬉しい。素直に感謝する。だけど──
「はい、カオル君。あーんして下さい」
誰かこの状況をどうにかして欲しい。
弱っている人を気遣って、食べさせてあげるというシチュエーション。誰もが一度は夢想したことがあるあの場面。文面だけ見ればそざかし羨ましがられるだろう。
そんな人達に言ってやりたい。全力で変わって下さいお願いします。
「おやカオル君、どうしました? そんな嫌そうな顔をしないで下さい。ゾクゾクしちゃいますから。思わず無理矢理したくなるじゃないですか。……ハァハァ」
「自分で食べる……」
スプーンと器を奪い取ろうと腕を伸ばす僕。だけどリシャルドは当たり前のようにひょいと伸ばされた腕を躱してニマニマした笑みで僕を見つめる。気持ち悪い。
「あ、カオル様……どうぞ」
と、僕が困っているのを察してくれたクローディアちゃんがサッとリシャルドの腕からスプーンと器を奪い去って渡してきた。クローディアちゃんは空気の読める良い娘だ。
「クローディアさん。カオル君の看病は僕が適任だと思いますが?」
「カオル様が、困ってます」
珍しくはっきり自己主張をするクローディアちゃん……うん、なんだか新鮮だ。
……いや、もしかしたら奴隷なら主人が困っているところを助けるのは当然の義務とか思っているのかも知れない。出会ってまだ一週間も経っていないんだ。自惚れはよそう。
その後もリシャルドが隙あらばセクハラしようと仕掛け、クローディアちゃんがそれを阻止して、それを何食わぬ顔で眺めながらくず野菜のスープを啜る。リシャルドが作った酔い薬は想像以上に効果が高く、服用後三十分で効果を現した。
異世界の処方薬、恐るべし……ッ!
(ひとまず依頼は達成したけど、この後どうしよう)
ギルドが僕に依頼したのは物資の運送だけ。必要なら追加で往復すると言っていた。つまり、僕がこの村の防衛に参加する義務はない。そういう契約だ。
気分転換を兼ねて外へ出る。クローディアちゃんとリシャルドが当たり前のように追随するけど気にしない。
夜間警備の為か、松明が等間隔に置かれている。派遣された冒険者の殆どが女性で、村の自警団と協力して警備に当たっている。
シェリーさんの姿は見えない。代わりにケティさんを見つけた。と言っても、向こうも僕の存在を認めると一瞥だけして見張りに戻った。嫌われたものだ。
「あ、最上君。もう平気?」
途中、奥の建物から桶を抱えて小走りで井戸へ向かう藤堂さんい捕まる。
「他の皆は?」
「バルドさんとウルゲンさんは遊撃で私は負傷者の手当てをしていたところ。あとリシャルドさん、薬剤師の人が探してましたよ」
「ふぅ、分かりました。カオル君と別れるのは口惜しいですがこれも仕事ですから、仕方ありませんね」
本気で残念そうに嘆きながら僕達と別れるリシャルドの背中には哀愁が漂っていた。どれだけ僕にご執心しているんだ、リシャルドは。
「何か手伝えることってある?」
「女性の負傷者が多いから特にないかな。あ、それとウルゲンさんの伝言で最上君にはできるだけ村の出入り口付近まで押し寄せてきた魔物を逐一駆除して欲しいってウルゲンさんが言ってた」
「……そんなに厳しい状況なの?」
「うーん、厳しいっていうより数の利で押されてるって感じかなぁ。人伝に聞いた話だから良く分からないし、どっちみち魔物に包囲されつつあるからすぐにカンドラへは帰れないだろうって言ってたから」
今さらりととんでもないこと言ったよね、藤堂さん。
魔物に包囲されてる? ちっとも笑えないんですけど。
「ねぇ、本当に大丈夫? 陥落したりとかしないよね?」
「ウルゲンさん達は大丈夫だって言ってたよ。プロの人がそう言ってるんだからきっと大丈夫よ」
それは楽観視し過ぎなんじゃないかな?
だけど人手が欲しい状況なのは良く分かった。なので僕は素直にクローディアちゃんと一緒に村の出入り口付近で警備をすることにした。
【無限収納】を操作してアズールボウと矢筒を出して装備する。クローディアちゃんは先日買ったばかりのショートスピアを構えている。
一分と待たずに茂みがかさかさと揺れる。魔物は目視できない。今宵は新月だし、文明慣れした人には暗闇を見通す力なんてある筈がない。
ただ一人、クローディアちゃんを除いて。
「あっちからゴブリンが三匹、近づいてます」
「えっ、本当?」
真っ暗闇の奥を指差されても、僕には黒一色しか見えない訳で。
音は聞こえど姿は見えない。とはいえ、音が聞こえたということはかなりの距離まで近づかれているだろうから、いつでも射抜けるように矢を構え──ようと思った矢先、クローディアちゃんが動いた。
タタタッと、小気味の良い足音を立てて闇のヴェールへ飛び込むように疾駆する。あっという間にクローディアちゃんの姿は闇の中へ。どうしようか迷っている間に醜い悲鳴が甲高く響く。一拍遅れて顔面を何かが叩く。手で触っているとゴブリンの返り血だった。
(うわっ、気持ち悪い……)
ポケットからハンカチを出して顔を拭う。程なくしてタッタッタッと、クローディアちゃんが小走りで駆け寄ってきた。松明の灯りで照らし出された彼女の身体はゴブリンの返り血を一身に浴びている。さながら殺人現場から命辛々生還してきたヒロインだ。
だけどそのヒロインと違うのは、彼女が何かを期待するようにジッと僕を見ていること。これは……褒めて欲しいのかな?
「頑張ったね、クローディアちゃん。よしよし」
左手で頭を撫でながら顔に付いた血を拭いてあげる。するとクローディアちゃんは嬉しそうに目を細め、短く返事を返した。耳はぺたんと倒れ、尻尾は左右に揺れている。
子犬みたいだ。可愛い。是非ともメイド服を着せてあげたい。嫌がらなければ。
そうして頭を撫で回しながら耳をもふもふしていると、急にピンと耳と尻尾が逆立つ。また敵襲かな?
名残惜しそうにクローディアちゃんから手を離して矢を番える。今度は異変らしい異変は察知できない。パチパチと薪が燃える音以外、何も聞こえてこない。
「遠くで誰かが争っています」
訂正。クローディアちゃんの聴力はそんなことはなかった。
「具体的に何が起きているか分かる?」
「あ、はい。えっと……派遣された冒険者だと思います、けど……人と争っている感じです。……あ、待って下さい。この声……バルド様です……あっ、こっちに向かってきてます。足音からして追われてます」
クローディアちゃんの言葉を受けて警戒を強める。後ろへ下がり、逆茂木を挟んで闇を睨む。程なくして僕の耳でもはっきり聞き取れるぐらいの足音が近づいてきた。
奥から出て来たのは──シェリーを担いだバルド!?
「兄貴、魔物だ! かなりヤバいッス!」
「なにが──」
バルドの台詞に押し問答している暇なんてなかった。ドドドドッと、土煙を巻き上げながら向かってくる魔物。
全身を茶色の毛で覆い、巨体を揺らしながら四足歩行で字面を掴むように急接近してくる。立ち上がればきっと全長三メートル以上はあるだろうそいつは、熊を彷彿とさせる外見だった。
(て、ボケッとしてる場合じゃないよ!)
勇猛果敢にビックベア(仮称)に飛び掛かるクローディアちゃんを見て我に返る。思い出したように番えていた矢を解き放つ。バビュンと、一際大きな風切り音をあげながらビックベアの額へ吸い込まれるように飛翔する矢。だがそいつはあろうことか、乱戦の最中であるにも関わらず後頭部をスッと揺らして避けてみせた。避け方が慣れている。
両前足の爪を巧みに操り、クローディアちゃんのショートスピアの穂先を弾きながらギロリと僕を睨む。萎縮しそうになる身体と心を叱責して二の矢を構える。
ビックベアが咆吼をあげながら力ずくで突進してくる。これは……まずい!
咄嗟の判断で補充したばかりの大岩を正面に出す。が、驚くべきことにビックベアは腕を一振りするだけで硝子を叩き割るかのように大岩を砕いた。
「……ッ」
恐怖が腹の底から迫り上がってくるのを感じた。だけど僕にとって魔物との戦闘はいつだってゼロサムゲーム。恐怖に怯えて震えるようではこの世界を生き残ることは出来ない。
歯を食いしばって覚悟を決めると同時に全力で後ろへ飛び退く。丸太のように太い腕が肩を掠めた。掠めただけなのに焼け付くような痛みが走る。見えない鎖で繋がれて引っ張られたように腕が伸ばされる。限界まで伸びきった腕は呆気なく脱臼した。直後、ドバッと血が流れ落ちて、僅かな滞空時間の中で鮮血を撒き散らす。衝撃で身体が半回転して背中から叩き付けられた。意識が飛ばなかったのは僥倖だ。
(構うものか……ッ)
痛みに喘ぎながらも、左手に持ち替えた矢だけは手放さない。トドメを刺すべく、反対側の腕を振り抜くビックベア。絶対的な死を纏った凶爪が暴風となって振り下ろされる。その一撃に備えるべく、痛みを訴える身体を、苦痛で折れそうな心を叱責して無理矢理前へ前進する。
背中を爪が掠める。掬い上げられるように身体が浮き上がる。視界が明滅するのがそんなのに構っている余裕なんてない。遮二無二矢を持った左手で目玉へ突き刺す。直後、二度目の衝撃。負傷した右肩からの着地は想像以上に堪えた。
「カオル様……ッ!」
真っ赤に染まった視界の向こうで泣きそうな表情を浮かべたクローディアちゃんと目が合う。それはほんの一瞬の出来事。すぐに怒りの形相となった彼女は獣のような雄叫びをあげる。
(なん、だ……?)
クローディアちゃんの身体から何か噴き出ている。あれは……そう、魔力だ。以前、僕が広場でゴロツキに絡まれたとき、お嬢様がやったのと同じアレだ。
人型を保っていたクローディアちゃんの身体は一瞬で姿を変える。その姿を一番分かり易く例えるなら……そう、九尾の狐だ。勿論実物なんて見たことないけど、クローディアちゃんの姿はまさにそれだ。
ひょっとしてこれが、魔獣化という奴なんじゃないだろうか?
「あぁぁああああっ!」
魔獣と化したクローディアちゃんが動いた。そのときにはもう全てが終わっていた。
小細工も何もない。真正面からの体当たり。それだけでビックベアの脇腹が吹き飛び、贓物を撒き散らし、倒れ込む。確実にトドメを刺すべく、更に頭部を潰す。それだけじゃ飽き足りず、何度も何度も、しつこいぐらい入念にビックベアの身体を叩き潰すクローディアちゃん。スプラッタ過ぎる……。
「クローディアちゃんストップ、ストップッ! オーバーキルだから!」
よろよろと立ち上がって、九尾化したクローディアちゃんを止める。と、それを合図に糸が千切れた操り人形のようにその場で座り込む。同時に九尾化した姿も徐々に人型へ戻り、やがて僕の良く知るクローディアちゃんに戻った。
「クローディア、ちゃん?」
「………………」
名前を呼んで肩を揺らしてみる。ピクリともしない。どころか、静かに寝息を立てている。変化の反動だろう。たった数秒程度の変化とはいえ、力を使い切るなんてコストパフォーマンスが悪いにも程ががある。
「兄貴、大丈夫ッスか?」
「僕は平気。それよりクローディアちゃんを」
破れた衣服を引きちぎって傷口を露わにする。
【無限収納】から水と包帯、リシャルドから貰った薬を出す。傷口を清潔にして薬を塗って包帯を巻く。正しいやり方なんて分からないから完全に自己流なのはご愛敬だ。
クローディアちゃんはバルドに背負わせて村長に事情を話して部屋に放り込む。僕は引き続き見張りを続行。冒険者が派遣されたとは言え、以前として人手不足なのは変わらない。
……完全に状況に流されているよね、僕。
その後、二時間ほど見張りをしてウルゲンさんに休むよう言われたので大人しく引き下がった。ついでにこの二時間の間、襲撃は何度かあったけど全て出入り口で撃退することに成功した。
いや、お嬢様から譲り受けたこのアズールボウ、本当高性能だ。この辺の魔物の頭蓋骨程度、簡単に貫通できるんだから。
次回予告
「盗賊に襲われた商人? 金儲けのチャンスよ!」
「おら、ジャンプしてみろよ!」
「リシャルドと別れたくない!」
大体こんなお話。




