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はじめてのじんしんばいばい

今回で再会編は終了し、それに伴いしばらくプロット練ります。

……プロット作るのって苦手なんだよなぁ。他の人はどうやってプロット作っているんだろう。

 女将さんにペコペコ頭を下げて積極的に後始末を手伝う。ドアの修理費を請求されたのは痛い出費だけど仕方ないけど、それ以外に破損した器物はないのが唯一の救い。


 血糊の付いたベッドシーツを洗い落として、返り血の付いた壁や床を綺麗にする。どちらもそう簡単に落ちる代物じゃない筈なのに綺麗さっぱり落ちた。


「あぁ、田舎の出だから知らないんだね。この手の汚れなら大抵、バブルホースがドロップするバブルウォーターを使えば一発さ。Cランク冒険者の主な収入源だね」


 異世界って局地的には地球の文化より優れたものがあるということを思い知った瞬間だ。魔術は個人の力量に大きく左右されるから絶対評価が難しいところだけど。


 正午を知らせる鐘を聞いて、残りはバルドに丸投げしてお嬢様の屋敷へと向かう。よく働いたし、何かがっつりしたものを食べたい気分だ。いや、それは僕だけかも知れない。


 一瞬、揚げ物が頭に浮かんだけど女性にフライはNGじゃないだろうか。母さんも天ぷらとかとんかつとかあまり好きじゃなかったし。


「そうね……甘い物が食べたいかな。頭使ったときは甘いものが一番って言うし」


 それは女子高生の言い訳です。脳に栄養がいくのは糖分じゃなくてブドウ糖……と、言っても通じないだろう、きっと。


 だからと言って量がないのは僕の胃袋的に許せない。ということで今日のお昼はパンケーキを作ることにした。生クリームはミルクシープが絞るミルクに砂糖を加えて泡立てるとできるとニコラスさんが教えてくれた。薄力粉、強力粉、ベーキングパウダー、重曹が普通に存在したのには驚いたけど……異世界ってこんなに便利なところだっけ?


 疑問はさておいて、ニコラスさんに指示を出してパンケーキを作る。先の材料があればふわっとしたものが作れそうだ。昔、テレビで紹介されたふわっと美味しく作れるパンケーキの特集を見た母親に強請られて何度も作らされたのはいい思い出。


 ただパンケーキを出すだけじゃ勿体ないからトッピング用に名前も知らないフルーツに合間を縫って作った生クリーム、果実酒でフランベしてみたり。


「このような調理法は始めて見たな。お前の国では一般的なのか?」

「専門家ではないので何とも。ただ、香り付けをしたり肉の臭みを取るのに使う調理法というぐらいしか。今回はパンケーキなので普通の果実酒を使ってますが肉料理ならワインでフランベするのがいいと思います」

「……専門家でもないのにここまで料理が上手いのか。私は仕事柄、料理を覚えたがそれでも最低限だ」


 あれ? ひょっとして僕、何処かの国のスパイだって疑われてない?

 確かにスパイになるなら多芸であるに越したことはないけどさ、僕レベル一だよ? スパイにすらなれないって。諜報活動でも役に立てるかどうか怪しいから。


 ……まぁ、ニコラスさんの立場を考えればそう考えるのは自然なことか。それに疑われているからと言ってわざわざ弁解する理由もない。身元不明なのはともかく、他国との繋がりなんてないのは分かる。


 無駄口はときに信用を失う原因になる。お祖父ちゃんの口癖だったな。

 パンケーキの調理を終えていつもの面子で食卓を囲む。違いの分かるお嬢様はパンケーキのフランベをとても気に入ってくれた。


 自分でトッピングをするというのも好感度が高かったようだ。二人の話を聞いてみると、どうもこの世界にはセルフサービスという概念がない。セルフサービスって確か人件費削減の為に生み出された企業戦略の一種だったっけ? 勉強不足だから自信ないけど。


 しかしそうか。セルフサービスもバイキングもないか。なら僕は将来、冒険者は適当なところで引退して貯めたお金で店を出すのもいいかも知れない。昼は普通にご飯出して夜はステージに立って歌う。もし帰る手立てがなければそうしよう。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 昼食を取った後、後片付けをしながら晩御飯の仕込みをする。夕飯は何でもいいと言われたのでお昼に実現できなかった揚げ物を作ろうと思う。


(お嬢様って実は良いとこ出身なのかな?)


 いや、貴族相手に良いも悪いもないと思うけどこうやって連日厨房を任されているから気付いたことだけど備蓄している食材が結構良い。足りない物があってもニコラスさんに頼めばすぐ買ってくるし、高級品の砂糖も半分以下になると補充される。


 香辛料もそうだ。その昔、胡椒は金と同じ重さで取り引きされていた。文明がいくらか遅れてる異世界とは言え、丸ごと地球の常識に当てはめるのは危険だけど、香辛料も砂糖も僕がお世話になっている下級区の宿屋では使われてない。少なく見積もっても平民の稼ぎでは手が届かない代物だ。冒険者なら自給自足しそうだけど。


「夕食は何にするの?」


 さも当然のように厨房に入ってくるお嬢様。しかも僕とおそろいのメイド服。

 ……決して僕が女装趣味に目覚めた訳じゃないんだ。お嬢様に命令されてるし、安全面考えるとメイド服が一番なんだ。鏡の前に映るのは間違っても僕じゃない。僕によく似た誰かさんだ。


「天ぷら蕎麦にしようと思います」

「テンプラソバ……聞いたことないわね。ニコラスは?」

「私もありません」

「さっき、市場に行ったときポリッジ用の原料になる粉がありまので、それで麺を打って茹でるんです。一番近いのはスープパスタですね」


 因みにその手打ち作業はニコラスさんに丸投げしました。僕は貧弱だしあれは体力勝負だもん、仕方ないよね。


「ソバだけ?」

「いえ。付け合わせに揚げ物を作ろうかと。ブルーシュリンプとかカボチャ、キノコやチーズを揚げれば結構なボリュームになりますよ。さっぱりしたものを食べつつお腹に溜まるものを食べたいときとかお勧めですよ」


 本当はサンドイッチに色々挟みたかったけどサンドイッチ用のパンがなかった。白パンはあるけど朝は少し手抜きでいきたいので断念。


「ところでお嬢様、それを聞く為にわざわざ厨房に?」

「ううん。なんかね、カオル君宛にギルドから呼び出しが掛かっているみたい。さっきバルドがそれを伝えに来てた」

「ギルドから?」


 まさか、知らないうちにやらかした感じ?


「うん。できるだけ早く来て欲しいって言ってたけど、どうする?」

「あー……じゃあ仕込み終わったら向かいますので。晩御飯は二人で勝手に食べて下さい」


 呼び出されたなら仕方ない。ギルドに所属している以上、応じなければならない。自分の夕食分を【ストレージ】に詰め込んで外に出る。魔力を燃料とする魔素灯が等間隔で並ぶ中級区の表通りを足早に駆け抜けて下級区へ降りる。夕暮れ時ともなると下級区は仕事上がりの職人から港区で働く肉体労働者で溢れかえっている。その人混みに紛れて足りなくなった食材を市場まで買い求める下働きの姿も散見する。


(あれ。冒険者の数が少ない?)


 いつもこの時間になれば冒険者がそれなりに見受けられる。そういう決まりではないが、朝クエストに出掛けて夕方帰ってくるという冒険者は結構多い。


 そういう日もあるかも知れない。そう思いながら冒険者ギルドへ入ると普通に酒盛りをしている冒険者が見受けられ……あれ?


(男の冒険者が多い?)


 この時間帯は大抵、テーブル席を女冒険者が独占している。別にそういう規律が存在する訳じゃないけど、冒険者ともなれば必然、強い奴に譲るのが暗黙の了解みたいになっている。


「ん? あぁ、来たか。思ったより早かったな」


 いつもと雰囲気の違うギルドにぽかんとしていたけど、ウルゲンさんに呼ばれて我に返る。そしてしかめ面で僕を見る。


「お前……そういう趣味があったのか?」

「そういう……あ」


 しまった。あまりに身体に馴染んでいたから忘れていた。僕は今、屋敷で仕事をしていた時の格好のままだった。


「あ、あのっ! 別にそういう趣味があってこれ着ている訳じゃ──」

「あら。素敵な女給さんね」


 必死に弁解する僕の行動を否定するかのように、背後から聞こえる賞賛の声。振り向けば少し前に僕に錬金術師アルケミストのバイトを紹介してくれた人だ。


「ああああのッ、これはその──」

「心配しなくても告げ口なんてしませんわ。私、これでも人を虐めて楽しむような悪人ではありませんから。安心して下さい」


 それ、微妙に安心できない……。

 いつまでもメイド服で居る訳にもいかず、かと言って一瞬で着替えることもできない。武器を一瞬で出して手に持つのとは訳が違うから仕方ないと言えば仕方ないけど……うーん、納得できない。


「奥の部屋へ参りましょう。お話はそこで」


 諭されるまま、エカテリーナさんに連れられて以前使ったことのある部屋に移動する。今日はあの錬金術師ホモはいない。良かった。そういう話じゃなかったか。


「ハーブティーで宜しいかしら?」

「あっ、はい」


 つい自然な流れで尋ねられたから答えたけどこの人、ギルド関係者だよね? そういうのって下っ端の仕事じゃ……。


「エカテリーナさんって、ハーブティーがお好きなんですか?」


 出来上がるまで暇なので僕の方から話を振ってみる。


「えぇ。職場では一息付きたいときに淹れますけど、家ではもっぱら夫に振る舞ってます」


 夫だって? 確かに見た目は三十代だし、結婚しててもおかしくはないけど。


「もっとも、私は第二婦人になりますけど」

「えっ? じゃあエカテリーナさんはその……」


 愛人。女性の前でその言葉を言うのは憚れるから言えなかったけど、つまりはそういうことなんだろう。


「カオル殿は初心ですね。素直に愛人と言っても構いませんよ。それに今の夫はとても優しくて尽くし甲斐のある素敵な方ですから。……どうぞ」


 さらりとノロケながらハーブティーを出すエカテリーナさん。この凄い人オーラを出しまくっている人をもってして尽くし甲斐のある旦那さん……一体何者なんだろう?


(第二婦人っていうぐらいだから貴族かな)


 この国の結婚制度については分からない。ただ、貴族なら一夫多妻であっても不思議じゃない。女尊男卑の世界だから男にとってはあまり良いものじゃないかも知れないけど。


「私個人のお話はこのぐらいにして、本題に移りましょうか」


 優雅にソーサーを持って、音を立てることなくカップを取って静かに一口啜る。うん、上品だ。僕にはとてもできない。


 一度、音を立てずカップを持ち上げるというのに挑戦してみたけどどうやっても音が出てしまう。あれってどうやるのか見る度不思議に思う。


「今朝、カオル殿がウルゲン殿に頼んだ隕鉄製の大剣の売却ですが現状、買い手を探すのは難しいです。首都エルビストまで出向けば加工できる職人も見つかるかも知れませんが、高い送料を捻出してまでエルビストまで出向いて商品を売ろうとする人は見つからないでしょう」


 お気の毒ですとばかりに沈んだ表情を浮かべるエカテリーナさん。そうか、買い手を見つけるのは絶望的か。それなら潔くあのホモのところに飛び込むのが、いやでも…………。


「私がカオル殿にするお話はここからです。……いえ、この場合は取り引きですね」

「取り引き、ですか」


 何だか数日前にこれと似たような状況が……。


「えぇ、取り引きです。私がこの大剣を金貨五十枚で買い取る代わりに、カオル殿にはある依頼に参加してもらうことになります」


 言いながら、エカテリーナさんは鞄から一枚の地図を引っ張り出す。エルビスト王国の領土地図ではなく、カンドラ周辺の地図だ。


「ここから馬車で二日ほど移動したところにサイスという村があります」


 トンっと、白魚のような指で山の一角を指す。カンドラから南西へ下ったところにある山の麓だ。


「現在、この村は魔物の侵攻に晒されています。それ自体は冒険者を派遣することで対処できるのですが、問題は支援物資の不足です」

「…………なるほど。そういうことですか」


 察するに僕を運送要員として運用したいのか。エカテリーナさんがどういう立場の人間か知らないけど、恐らくは幹部級の人間。であるなら、ウルゲンさんとて秘密のままにしておくのは難しい。切っ掛けはともかく、ウルゲンさんは必要と感じたから、或いは詰問されたから話したんだろう。僕がスキルを周囲に隠している理由を含めて。


 ……道理で冒険者の数が少ない訳だ。


「運送要員として僕を雇いたい。そういうことですね」

「はい。ウルゲン殿から伺いましたが、カオル殿の収納能力は大変優れたものだと聞いております。依頼の性質上、目立つことなく仕事を終わらせるのは無理ですが、そこは高額な報酬と引き替えということで納得して下さい。魔物の侵攻具合によっては何度か往復してもらうことになりますが……」


 依頼をもう一度確認する。

 内容はサイスと呼ばれる村へ救援物資を届けること。ギルドと現地で【ストレージ】を使う以上、目撃は避けられない。本来なら避けるべきことだけど今回は例外だ。報酬代わりに大剣を買い取るという申し出も悪くない。それなら僕のレアスキルが一部の人に目撃される程度のことは目を瞑っても良い。


「サイスはカンドラに上質な薬草を出荷しています。それはこの街に住まう錬金術師アルケミスト達にとって無くてはならない物。どうかご助力願います」


 ペコリと頭を下げられて懇願される。

 ……うん、女の人にここまでさせて断るとか鬼畜の所業だね。男なら期待に応えないと。


「分かりました。その依頼、お引き受けしましょう」

「ありがとう御座います。カオル殿ならそう言って下さると信じていました。では、早速ですがカオル殿には明日の昼頃、ギルドへいらして下さい」


 花のような笑顔を浮かべながら謝辞を述べるエカテリーナさん。社交辞令だって、頭で分かっていてもその笑顔を前にすれば多くの男は間違いなく勘違いしてしまう。


 ……僕、こっちに来てから少し変わったかも知れない。きっとバルドの影響だ。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 契約書にサインして、報酬の先払いとして隕鉄製の大剣の買い取り額を渡される。

 麻袋に入った金貨がジャラジャラと音を立てる。普通の冒険者は大変だ。財布を持つにしてもそれなりの大きさになってしまう。それを思うと紙幣はなんて便利な通貨だったんだ。貨幣だけで給料支払われた日には大変なことになる。


「大剣と今朝突き出した女剣士の賞金分です。ご確認を」

「はい」


 こういうのは後で揉め事が起きたら大変なのでその場で報酬を確認するのがルールだ。

 麻袋から一枚ずつ丁寧に出して数える。


(ひぃふぅみぃ…………うん。ちゃんと金貨五十五枚入っている)

「はい。確かに金貨五十五枚あります」


 金貨を麻袋に詰め直して、麻袋ごと【ストレージ】に収納する。大金を持つと人とすれ違う度に盗まれるんじゃないかって疑心暗鬼になるのは仕方ない。その点、僕は何も心配いらないけど。


「やはり【ストレージ】は便利ですね。今後も輸送関係の依頼をすることになるかも知れませんが宜しいですか?」

「構いませんよ。正直稼ぎ口が少なくて困っていたところでしたし。少ない危険で仕事ができればそれに越したことはありませんから」


 仕方ないとはいえ、流石に雑用の稼ぎは悪すぎる。安いところは銅貨五枚。高くても銅貨三十枚だよ? いや、半日程度の雑用だと考えるならそれが相場なんだろうけど。


「これから外壁へ向かわれるのですか? お節介でなければウルゲン殿を護衛に付けさせますが?」

「えっ? ウルゲンさんって戦闘もできるの?」

「ギルドの職員は有事の際、街の防衛に参戦することが義務づけられてます。勿論、魔術を使える職員と比べれば一歩劣りはしますが並みの冒険者よりは腕は立ちますよ?」


 護衛か。ちょっと悪い気もするけど買い取るなら早い方がいい。

 日本の闇金融だとお金を借りた人が帰せないようにわざと店を閉めて物理的に返済できないようにするセコいやり方もある。


 そうなった場合は……あれ、突撃しかない?


「カオル殿が心配しているようなことはないと思われますよ」


 僕の悩みを見透かしたように、慈愛を讃えた笑みを浮かべるエカテリーナさん。何も知らない男ならこの笑顔にほだされてしまうに違いない。僕の【スマイルキラー】なんて目じゃない。


「カオル殿は奴隷商人と賭けをする際、誓約魔術を封じた羊皮紙を介して契約を交わした。それに相違はありませんね?」

「はい」

「あれはお互いに契約を遵守させる為の魔導具マジックアイテムです。片方が契約を履行した場合、封じられた魔術によって違反者の生殺与奪を自由に決めることができる他、内容次第では物理的に支配することも可能です」


 魔術ってずるい。そんな凄い魔導具があれば金融業者は何としても手に入れるだろう。悪用されかねない技術でもあるけど。


「ですが、契約外の内容に関しては効力を発揮することは出来ません。失礼ですがカオル殿、契約を交わす際に安全面についてはどのような契約をなされました?」

「あー……」


 してないね。安全面に関する契約。とするとあの女剣士はやっぱりあの女衒の差し金と考えるのが自然。


 監視を付けて、こちらが約束を違えるような行動を取った場合、或いは金貨百枚を用意しそうになったとき、自分だけ利益を得る為に俺を捉えて商品とする。鬼の女衒とはよくぞ言ったものだ。


 ……あぁそうか。だから護衛が必要なのか。外に出てまた襲われたら世話ないよね。


「カオル殿は少々不用心が過ぎます。私としても心配です」

「面目ないです」


 一応、気をつけてはいるんだけどねぇ。いや、この場合安全面をバルドに丸投げしていた僕の責任か。


「えっと、取り敢えず今から迎えに行きますのでウルゲンさんをお借りしますね」


 何となくその場の空気に耐えきれなくなったのでさっさと部屋から出ることにする。

 部屋を出てロビーでしばらく待ってからウルゲンさんと合流して外壁へ向かい、その途中ではたと気付く。


(あっ、バルドに相談しないで勝手に決めちゃった……)


 ついでに言うとあの錬金術師ホモに断りの返事もしていない。まぁどうせ僕の動きは掴んでいるし、そっちは事後報告でもいいか。


 門前で身分証代わりのギルドカードを見せて夜の外壁へ。下級区と違い、ここは完全に結界の外。常に魔物の危機に晒されている。


「お店、やってますかね?」

「それについてはこっちで掴んでいるから問題ない。あの奴隷商は結構有名だからな」


 やっぱり有名なんだ。どっちの意味で有名かは聞くまでもない。


「何でも昔は自分も奴隷だったそうだが、そこから這い上がって支配する側に回ったそうだ。支配されていた人間の鬱憤が積もりに積もって支配する側になるのは珍しい話じゃないからな。お前も奴隷と接するときはその辺気をつけた方がいいぞ」

「あ、はい……」


 どのみち僕は奴隷として扱うつもりなんてないんだけどね。

 ウルゲンさんからつかず離れずの距離を維持したまま、明かりのない狭い裏路地を歩き、ある一軒の家に辿り着く。耐震補強も基礎工事も何もされてない、地面の上に建てただけと言わんばかりのボロ小屋。外壁では珍しくない家だ。


「滅多なことにはならないだろうが、事と次第によっちゃ荒事になるかも知れないからな。準備だけはしておけ」


 ウルゲンさんに諭され、いつでも護身用のナイフを抜けるよう手を添える。


「邪魔するぜ」


 ノックもなしにいきなり入るウルゲンさん。それに続くようにそろ~りと入る僕。


「何だい? 今日はもう閉店──チッ、ギルド職員かよ。何の用だい? 結界都市に住む住民サマがこんな薄汚い、吹けば吹き飛ぶボロ小屋に何の用だい? 生憎アンタに売る商品なんて扱かっちゃいないよ?」


 相変わらず傲岸不遜な態度で接客する奴隷商人のお姉さん。因みに流石にもうメイド服は脱いでいる。武器も防具も全部バルドに回しているから必然、僕の装備はただの服になるのは仕方ない。


「約束を果たしに来ました」


 バルドの隣に立って、【ストレージ】を操作して金貨の詰まった麻袋をボンっと無造作に放り出す。ドスンッと音を立てながら床に溜まっていた土埃が舞い上がり、それがカンテラの灯りによって照らされる。


「約束? ……あぁ、誰かと思えば坊やじゃないか。いや、驚いたよ。まさか本当に金貨百枚用意できるなんてね。どんな裏技使ったんだい?」

「努力」


 僕の存在を認めたとき、お姉さんの顔が驚愕に歪んだのを、僕は確かに見た。やっぱりあの賞金首の女剣士はこの人の差し金。


 だけど言及するにも材料がない。例えその話を持ち出したとしても向こうは知らぬ・存ぜぬで通せばいい。何しろ証拠がないんだから。


「努力……ハハッ、なるほどね。確かに努力なしでは不可能だねこんな偉業は。アタシの調べた限り、アンタただのFランク冒険者じゃないか。その女みたいな身体で誰かさんを誑かして金を借りたのかい?」

「そんなのはどうでもいい。今度はそっちが約束を果たす番だ」

「そういうことだ、鬼の女衒。お前も俺の剣の腕くらいは知ってるだろう?」


 しゃらりと、腰に提げた両手剣を引き抜く。飾りや遊びを極限まで削ぎ落とした無骨な剣がカンテラの灯りによって浮かび上がる。


 以前、武器屋で買い物をしたときに同じ種類のものを見たことがある。確か……そう、グレートソードだ。バルドの使うバトルソードより耐久力があって切れ味もいい。次に武器屋を訪れるときはこれを買うって、バルドが息巻いていたっけ。


「おぉっと、怖い怖い。アタシだって早死にしたくないからね。その物騒な光りモンをしまいな」

「ならその奥に潜んでいる伏兵を退かせな。カオルがノコノコやってきたところで契約外であるのを良いことに始末する算段だっただろうがそうはいかねぇぞ?」

「豪腕のウルゲンは健在ってワケか。……アンタら、下がりな。目の前にいるのは元とはいえCランク冒険者だ。敵う相手じゃないさ。それとガイ、愛玩奴隷を二人連れてきな!」


 怖い! 怖いよ奴隷商人のお姉さんッ!

 もし僕が一人で、もしくはバルドと来ていたら袋叩きにしていたってこと!? いやでも、誓約魔術を封じた羊皮紙にはちゃんと期限を入れていたし……あぁ、ギリギリまで粘ればいい話か。


(日本に居たときと同じ感覚でいるのは危険過ぎる……)


 かなり遅まきながら、僕はそのことを実感した。そうだよ。ここは治安の届かない無法者が集まる場所だ。騙される奴が悪い、弱い奴が悪い、全てにおいて強者が正しい。そんな暴論がまかり通る場所なんだ。オークションによる購入ならともかく、賭け事ならこの程度の謀は予想して当然……。


(うん。やっぱりこういう世界は僕には向いてない。もう外壁とは関わらないようにしよう。それがいい)

「賢明な判断だ」

「流石のアタシも豪腕のウルゲンと……いや、アンタの奥さんとコトを構えるつもりはサラサラないよ。現にここに来るまで邪魔は一切入らなかっただろう?」


 奥さん……そう言えばウルゲンさん、もうすぐ一児のパパになるんだっけ。ちょっと興味あるな。


「ウルゲンさんの奥さんって凄い人なの?」

「あぁ。正直なんで結婚できたのか不思議なくらいだ」


 いやウルゲンさん、そこは胸を張ろうよ。折角捕まえたんだし、もうすぐパパになるんだし、一家の大黒柱なんだからさ。


 程なくして使いっ走りにされたガイらしき男が二人の奴隷を連れて来た。

 一人はクラスメイトの藤堂遙花さん。

 もう一人は獣人族……で、いいのかな? 頭から耳生えているし。


(改めて見ると結構毛深いんだなぁ……)


 人型をベースに耳と複数の尻尾、腕と足、背中から生えるふさふさした真っ白な毛並み。カンテラの灯りで判別できるのはそのぐらいだ。


 興味津々に獣人を観察する僕とは対照的に、ウルゲンさんは顔を顰めたまま、獣人の娘を見ていた。


「ギルドカードを出しな。奴隷を譲渡するよ」


 言われるがまま、ギルドカードを提出する。お姉さんは袖口から小さな針を出すとそれで藤堂さんと獣人の指先を射して血を付けてカードに垂らす。ギルドカードが淡い、青色の光を放ち、それが消えると同時にカードを突き返してくる。


「これでそこの二人はアンタのモンさ。確認してみな」


 言われるよりも早くギルドカードを操作する。




個人認証

名前:最上薰 ♂

職業:学生

レベル:1

称号:学生 男の娘 食い道楽者 生涯弱者 下克上 神の意思に逆らいし者

特殊:精霊感応

備考:New!奴隷所有者

奴隷:New!藤堂遙花 New!クローディア




 クローディアって言うのか。でもちょっと呼びにくいから愛称でも考えておこうかな。


「帰る前に確認するけど、賭けに買ったから二人の人頭税はそっち持ちで間違いないね?」

「癪だがアンタの言う通りさ。なに、安心しな。アンタがギルド関係者だと知った以上、もう手出しはしないし出来ないよ」

「それを信用しろと?」

「それについては問題ない」


 僕の疑問に答えてくれたのはウルゲンさんだった。


「彼女の存在がこうして非公式ながらも認められているのはこの女がスラムの頭目だからだ。カンドラのスラム街は殊の外荒くれ者が多い。そうした輩が暴発しない為にもこの女には抑止力として働いてもらう必要がある」


 それってカンドラの領主の責任じゃ──そう言おうと思ったけど空気を読んで黙っておくことにする。


「それにこの女の情報網はギルドとしても無視できない。情報を提供する代わりにある程度のことは黙認する。もっとも、この女のことだから顧客には事欠かないだろうがな」

「随分嫌われたねぇ。だがアタシはこう見えて約束は守る主義でね。ただ、与えられたルールの中で最大限、ギリギリのところまで自分が一番利益が出るよう動くだけさ」


 うわぁ……奴隷商人ってこんなのばっかなの? ひょっとして商人全般の共通認識?

 ……もしそうなら僕は将来、商人だけは絶対にならない。拝金主義なんてお断りだ。


「行こう、ウルゲンさん。もうこんなところには来たくない」

「そうだね。アタシも金のない客とダベって時間潰す趣味はないんだよ。用が済んだらとっとと帰りな」


 シッシと、厄介者を追い出すように手を払う。そんなの言われるまでもない。


「ほら、早く行こう」

「あ……」


 棒立ちしている獣人族の手を掴んで引っ張る。

 トテトテ……と、引っ張られる形で小走りになる彼女の後ろに立つ藤堂さんとウルゲンさん。傍から見れば家族連れのように見える。全員赤の他人だけど。


「最上君……その、ありがとう。助けてくれて……」

「あぁ、うん。大したことなかったから」


 大したことないどころか二度死にかけたけど、女の子の前だし格好付けたくなるのが男って生き物だ。


 ……うん、やっぱり以前の僕とは少し違う。異世界こっちに来て神経図太くなったのかな。


「あ、あの……私、精一杯頑張りますから、その……よろしく、お願いします」

「そんなに固くならなくていいよ。できないことをやらせるつもりはないから」


 その代わり、そのモフモフは存分に堪能させてもらうけどね。

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