日本人であること
良いニュースと悪いニュースがあります。
良いニュースはPVアクセスが1万を越えました! これも一重に皆様がこの作品を読んで下さったお陰です。本当にありがとう御座います!
そして悪いニュースは次回の更新で書き溜めが終了するということ。短い快進撃でした。
「感想はどうだ?」
「用心深い人ですね」
いつの間にか入室していたエカテリーナの存在を認めたウルゲンが問いかけ、エカテリーナが控え目に答える。あくまでウルゲンの推測だが。
「ウルゲン殿の見立てで彼は信用できますか?」
「半年間、専属も同然で奴の仕事振りは観察した。カオル個人の人柄についてはさっきの通りだ。間者の可能性はないと見ていい」
「まぁ、元よりそちらの心配はしてないのですが。しかし、私達の知るニホン人とは違いますね」
ニホン人。それはつい半年前から頭角を現しだした謎の異国人。
性格は千差万別。先の大戦で敵陣突破の先兵を果たし、敵大将を討ち取った英雄的活躍を見せる者や冒険者として自由気ままに生きる者、果ては好き放題やらかす者。一部の団体は生徒会なる新興ギルドを発足し、積極的にニホン人と接触を図ろうとしている。
ニホンとはどのような国か。情報には事欠かない立場にあるエカテリーナですら、その名を聞いたことはない。だがこのニホン人にはいくつか共通点がある。
全員が家名持ちで髪が黒く、少なく見積もっても二つ以上はレアスキルを持っている。たまに髪を染めているニホン人もいるが名字も名前も独特なものが多く、名前を聞くだけで見分けが付く場合が多い。
既に他国はこのニホン人を引き込もうと水面下で工作を始め、幾人かは国に仕えている。何処まで本気か分からないが。
「カオル殿が外壁の奴隷商から購入しようとしているのもニホン人でしたね?」
「えぇ、まぁ。どうします? 先にこっちで抑えることも可能ですが」
「……いいえ。ここは様子を見ましょう。敵兵に捕まるようなニホン人であるなら無理に拘る必要もありません」
「相変わらず公私の分別には容赦ないな」
「あら、私が厳しいのは仕事に対してだけですよ? ……ですが、カオル殿の持つ【ストレージ】と【パーティー獲得経験値三倍】はギルドとしても無視できないレアスキル──いえ、彼の場合はユニークスキルとでも言いましょうか。ギリギリまで様子を見て彼に恩を売って懐柔するのが無難でしょう。無理を通して生徒会に引き抜かれてしまえば元もコモありません」
「そうだな。あいつのあの性格じゃこっちが強攻策に出てくるのを察しでもすれば逃げるだろうな。……まぁその辺は特別気を払う必要はないってぐらい平和ボケしてるけど」
「戦闘関係の人材はともかく後方支援、それも物資輸送に長けた人材はおいそれと見つかるものではありませんからね。
薰が知らないのは当然だが、【ストレージ】はレアスキルの中でも最上位に位置するものとされ、知識人によってはユニークスキルに分類するべきだと主張している。
下位互換に当たる【アイテムボックス】も亜空間に収納できる、という点では【ストレージ】と同じだがこちらの場合、重量制限・数量制限が設けられている。彼のように魔物の死体を複数収納できるところを目撃したウルゲンはいち早くその異常性に気付き彼女に報告した。【ストレージ】の存在が表沙汰になっていないのは何も薰が気をつけているからだけではない。
「時期を見て私の方からも交渉を持ちかけてみます。あれほどの人材、手放すにはあまりにも惜しいですから」
薰の預かり知らぬところで、彼はギルドに目を付けられていた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
冒険者暮らしに慣れているとは言え、何処までいっても僕は戦争とは無縁の平和な国で生まれ育った人間だ。スパイ映画の主人公みたいに気配を察して跳ね起きて戦闘準備をして華麗に立ち回る、なんてことが出来る訳ない。
だけどその日の夜に限って言えば違った。
めまぐるしく色んな出来事が起きたせいかも知れない。
リシャルドとか言うホモに目を付けられたこともある。
それでも僕が『それ』に気付けたのは単純に眠れなかったからだ。
(明日は朝一で起きてすぐお嬢様と合流しなきゃいけないのに……)
結局舟を出すのは明日になった。スクイドの存在は他の騎士やニンフ達も確認していたということで緊急会議が開かれた。
……夜に舟を出すなんてただの非常識だと一喝されたことを付け加えておく。
いつまでもやって来ない眠気。何度目かも分からない寝返りを打つ。唐突に向かい側のベッドの下で眠っているバルドが起き上がる。一拍遅れて僕も異変に気付く。
「兄貴、起きてるッスか」
「うん」
何となく嫌な予感がするのでお馴染みの毒矢をセットしたボウガンを【ストレージ】から出す。
部屋を取っている冒険者は勿論、従業員も静まり返った深夜の宿屋の雰囲気にそぐわない複数の足音。一段一段上がる毎に古びた階段が軋みを立てるのが聞こえる。
自分たちでない、他の誰かを襲いに来たという線はない。残念ながら僕達が宿泊している三階には僕達以外の客がいない。考えたくはないけど、足音の主は僕達に用事があるんだよね?
「どうしよう……」
「こうなった以上、腹ぁ括るしかないッスよ。つっても兄貴には逃げてもらう訳ですが」
それが一番、なのかも知れない。室内とは言えボウガンを放てばバルドに当たるかも知れない。
仕方ないと、自分に言い聞かせながらボウガンを腰に提げて【ストレージ】から荒縄を出してベッドの足に結び付けて窓の下へ垂らす。足音の主たちが部屋に突入してきたのは丁度その時だ。
「急ぐッス!」
「分かってるッ」
バルドにせっつかれて大急ぎで窓から身を投げ出し、荒縄から手を離さないように、それでも急ぎながらも確実に壁を伝って降下していく。
部屋に一人残したバルドのことは気になる。だけどバルドはああ見えてDランク相当の実力者だし、元傭兵だ。そう簡単にやられるとは思えない。
頭上から聞こえてくる剣戟音。ざわつく心を落ち着かせるように途中からジャンプする。両手を付いてしっかり着地。路地裏には待機していたお仲間が僕の存在を認めて近寄ってくる。
夜闇に溶け込むような真っ黒なローブで全身を覆っている。暗闇のせいで顔は見えない。多分、ローブの下には革鎧か何かを着込んでいるに違いない。
「恨みはないが大人しく付いてきてもらおうか?」
ローブの主は男だ。声音からして三十路ぐらいかも知れない。いや、かなりテキトーな推理だけど。
「嫌だと言ったら?」
「その時はちょいとばかし痛い目を見ることになるぜ?」
しゃらっと、金属同士が擦れ合う音がする。ローブの下から顔を覗かせる幅の広い剣。武器屋で見たことがある。確か……ブロードソードとか言った筈。
「僕、人に恨まれるようなことをした覚えはないんだけど?」
「そうかい? ま、こっちも仕事で来てるんだ。悪く思うなよ?」
動作もなく、男が急に加速した。いや、そう見えただけで実際はキチンと予備動作があったかも知れない。もっとも、会話の最中でも警戒していたので遅れを取ることはない。
男の突進に合わせるように【ストレージ】から予備のボウガンを出す。当然、腰のボウガンを使うだろうと踏んでいた男は想定外の行動に僅かに反応が遅れる。
躊躇うことなく引き金を引き絞る。一瞬の迷いが生んだ隙は絶望的な隙となり、男の太股に矢が突き刺さる。男から目を離さないまま後退しつつ、最速で【ストレージ】を思考操作してボウガンを引っ込めてアズールボウを出して射る。風魔術か何かが封じ込められているのか、風を纏った矢は易々と男の脇腹を掠め、いくつかの肉を削ぎ落としながら反対側へ突き抜けた。
生死の確認をしている余裕はない。アズールボウに矢を番えたままその場から立ち去る。
誰がこんなことをしたのか? 僕に用事があるのは何故?
様々な疑問が頭の中に浮かぶ。思考の渦に足を取られて身体の動きが鈍化しそうになる。
一瞬、リシャルドの差し金かと思ったけどすぐに否定する。あの人は確かに僕に執着しているけど、こういうやり方で僕を手に入れる人ではない。自分で言うのもあれだけど僕は人の心の機微に敏感な方だ。これはもう感覚で理解していることだけどリシャルドはそういうことをする人間ではないとハッキリ言える。
「……もしかして…………」
可能性の話だけど、こういうことをする人間に一人心当たりがある。だけどここまでするだろうか? いや、憶測だけで物事を判断するのは危険だ。今は自分の身を守ることだけを考えないと。
(でも、何処に逃げたら……)
中級区……は、駄目だ。この時間は閉門している。駆け込み寺みたいなところがあればいいんだけどカンドラにそんなものはない。外壁も同じ理由で没。むしろわざわざ無法地帯に逃げ込む理由がない。
なら、取るべき行動は一つ。戦略的撤退だ。
月明かりすら射さない路地裏を手探りでだけで進む。目的地は港区。運が良ければお嬢様と合流できるかも知れない。あぁ、携帯がないのが不便だ。この世界の住人にとってこういうのは当然でも僕にとっては恐ろしく不便だ。
路地裏から表通りに出る。周囲はうっすらと青白い光が射している。街灯の明るさと比べたら儚い光だけど周りを確認するには充分だ。異世界の月明かりって凄い。
「何処へ行く気だい? アンタの行き先は港区なんかじゃないよ」
僕の行く手を阻むように足下に角から現れる一人の女剣士。月明かりに照らし出された彼女の姿は……痴女だった。
いや、痴女と言っても僕基準だ。でもやっぱりビキニアーマーは……ない。褐色色の肌に金属製のビキニ型鎧を装備(?)したその人はちょっとしたデモンストレーションのつもりか、バルドが使っている剣よりも一回り大きな両手剣を軽々と振り回して見せる。
「訊くだけ訊くけど大人しく捕まる気ってない? 弱い者虐めとか趣味じゃないし」
「断る。捕まる理由がない」
彼我との距離は凡そ五メートル。ボウガンの矢は最装填しないと使えないから駄目。アズールボウは矢を番えている間に距離を詰められる危険がある。接近戦など論外だ。
敵に背を向けて逃げる? それも難しい。彼女の得物は両手で構えた大剣だけじゃない。サブウェポンとして腰に片手剣を提げている他、投擲ナイフを治めた鞘が見受けられる。背を向けた瞬間、あれが飛んでくるのは明らかだ。
(あぅ……スクイドで大岩出し切ったのが今になって響いている)
大岩があれば頭上に出現させるっていうやり方が出来たのに。僕の馬鹿……。
「ふぅ……仕方ないね」
溜め息一つ。それが開戦の合図であり、終戦の報せとなった。
一足飛びで僕の懐に潜り込んだ女剣士。反応する暇もなく、痛みに対する備えもないまま鳩尾に強烈な一撃を浴びた。
「────っ、……ッ」
地に付いていた筈の足が浮き上がった。一瞬の浮遊感の直後、民家の壁に背中を強打して前のめりに倒れ込む。
泣き叫びそうになるくらい痛い。だけど声が喉元で突っかかっているみたいに声が出ない。無意識に患部を抑えて膝を付いて蹲る。痛みで意識が飛びそうになったけど、断続的に襲ってくる痛みが僕の意識を繋ぎ止めた。
「あり? 冒険者って聞いたからもうちょっとやると思ったけど……えっ、何? 一般人と大差ないんじゃないアンタ?」
そんなの僕が一番理解している。反論したいけど痛くてそれどころじゃない。
「ま、この程度の相手捕まえるだけで金貨貰えるなら儲けモンかね」
カツカツと、グリーブを踏み鳴らしながら近づいてくる。バルドもお嬢様も来ない。当たり前だ。助けて欲しいときに助けてくれる人なんている訳がないんだ。
それでも──
(たす、けて……)
そう言わずにはいられない。それが絶望的な願いであっても、救いの手を求めてしまう。 藤堂さんもこんな気持ちで僕を見つめていたのか──なんて、頭の片隅でそんなことを考える。
『うん、たすける』
果たしてそれは、僕の願いが通じたからなのか。それとも単なる偶然か。
その声が路上ライブをしているとき、必ず聞こえる幻聴(?)と同じものだと気付いたのは後のことだけど、とにかく僕はその声に縋り付いた。
「助けて……」
『うん。でもごめんね。ぼくたちのおうとはべつのおうのしゅくふくをうけてるからでしゃばることはできない』
「……?」
何を言っているのか良く分からない。舌っ足らずな喋り方をしているせいもあるけど。
『だから、いちどだけたすけるね。それいじょうはからだにすごくふたんかかるから』
女剣士が目の前まで来たまさにその時、ぶわっと全身から何かが溢れ出る。例えるならこれは力の風だ。全てを吹き飛ばす程の質量を持った風が力の塊となって女剣士の身体を直撃する。
顔だけ上げて事態の結末を見届ける。吹き飛ばされた女剣士は床を二度三度大きくバウンドして視界の外へ消えていった。当然、何が起きてどうしてああなったのかなんて、僕には分からない。
(何だったんだろう、今の)
気付けば鳩尾に走る鋭い痛みも和らいでいた。何一つ分からないまま事態は収束した。
そのままぼぉっと突っ立っている訳にもいかないと自分に言い聞かせて港区へ向かう。
しかし、そんな僕の足を止めたのは背後から飛んできたナイフだった。
「……ッ」
不幸中の幸いというべきか、身体に当たることはなかった。攻撃してきた相手の正体なんて確かめるまでもない。振り向くことなくそのままダッシュして振り切ろうとする。カツカツと石畳をグリーブで踏みしめながら迫る女剣士。
振り切ることはできない。走り出してすぐに僕が出した結論だ。
仮に最後まで全力疾走できたとしても、港区までは走って十分は掛かる。
この世界で冒険者が重宝される理由はレベルが高ければ高い程、身体能力があがり、寿命が延びる点にある。マラソン感覚で百メートルを十秒台で走る速度を維持できたり素手で鉄塊を握りつぶしたり出来ると言えば分かり易い。
Aランクともなれば体格差に関係なく巨人を殴り倒したり、天災指定のドラゴン相手に大立ち回りをしてみせたりする。
(考えろ、考えるんだ僕! 腕力でも体力でもレベルでも劣る僕に残されたのはこの頭だけなんだ……ッ!)
頭は決して良い方じゃないけど、そんなことを言っている場合じゃない。頼みの綱は【ストレージ】内にある日常品から野宿に必要な道具一式と安物の武器と魔術付与されたメイド服。
記憶の引き出しから下級区の地図を引っ張り出す。現在地は商業区。メインストリート沿いに走れば港区へ着くけど、その頃には捕まっているとみるべきだ。
路地裏は土地勘がないので論外。ああいうところは行き止まりが多いから未知を間違えたら即積みだ。
(……駄目だ。八方塞がりだ)
迎え撃つしかないか? だとしてもあまりに分の悪い賭けだ。かと言ってこのまま負けの決まる鬼ごっこをしても仕方ない。
……腹を括ることにした。
走りながらメニューを開く。数ある機能の中の瞬間換装を選択。事前に登録した装備に一瞬にして着替えるという優れた機能だ。この世界では当たり前の機能なのか、或いは僕のような迷い人限定か意見が分かれるところだが、僕は後者ではないかと睨んでいる。根拠はこの機能を使って着替えをする人を見たことがないから。
一瞬でメイド服と矢筒を装備する。走りながら矢を取り出し、振り向き際にナイフのように矢を投擲する。女剣士は最小限の動きで矢を躱す。織り込み済みの展開だ。
(頼むから成功して……ッ!)
祈るような気持ちで女剣士に合わせて距離を詰める。相手は突然の行動に驚きの表情を浮かべるも、こちらに合わせて大剣を振ってくる。片刃仕様なので峰打ちになるが、それでも当たれば凄く痛いかも知れない。
(構うものかっ!)
元よりこっちは捨て身の特攻。痛みで引くようでは話にならない。ありったけの勇気を振り絞って大剣に飛び付くように身体を投げ出す。胸部に衝撃が走るが、それだけだ。お嬢様の謳い文句だった市販の金属鎧よりずっと防御力があるという言葉に嘘偽りはなかった。打撃緩和効果も相まって、僕の身体は殆どと言っていいぐらい無傷だ。
……着たくはないけど、安全面のことを思うとなるべく着た方がいいかも知れない。
大剣に抱きつくような格好のまま、ナイフを取り出して喉元を狙う。女剣士は即断で大剣を手放し距離を取る。すぐに大剣を【ストレージ】を使って収納。明らかな盗難行為だけど、気にしている場合じゃない。
「私の大剣を……ッ! お前、どんな手品を使ったんだ!?」
なんか喚いているけど、気にしている場合じゃない。矢筒から新たな矢を抜いて短く持つ。対魔物用に使う矢は致死性のある毒を塗っているけど、対人用の矢には痺れ毒を用いている。
僕が冒険者として生きようと決意した際、自分に課した掟がある。それは殺意なき者は殺さない。
絶対に遵守できるかなんて分からない。ただ、少なくともこちらを殺す気のない人間は殺さず、殺意のある人間に対してのみ人殺しの覚悟を背負うことにしてる。
「何で僕を生け捕りにしようとしているか分からないけど……」
油断なく矢を構えたまま、正面から女剣士と向き合う。
「弱い者虐めが嫌なら引いて欲しい。争い事は嫌いなんだ」
「そうしたいのは山々だけどね。アタシも仕事で来てる以上引けない訳よ」
「それなら冥土の土産に教えてくれないかな。お姉さんの雇い主の名前」
「仲間が駆けつけるまでの時間稼ぎかい? 違うとしても素直に話す筈ないじゃないか」
バレたか。まぁそっちは大して期待していた訳じゃないから別にいい。
重要なのは向こうから間合いを詰めること。幸いにして相手に殺意はない。なら捨て身で行けばどうにでもなる。
ガンッと、グリーブを踏み鳴らしながら距離を詰めてくる。サブウェポンは両刃か、或いは大剣を奪った【ストレージ】を警戒してるのか腰に提げたまま徒手空拳で迫る。
遠間合いからの後ろ回し蹴りが炸裂。レベル差がある以上、僕に反応できる道理はない。
ボールのように吹き飛んだ身体は固い地面の上を跳ねる。衝撃で腕や足が骨折してもおかしくないけど、ダメージの殆どはメイド服がカットしてくれたので実質ノーダメージ。
飛ばされた僕に追走するように女剣士が駆ける。休む間を与えないとばかり固く握った拳を首裏目掛けハンマーのように振り下ろす。予め予想していた行動に加え、後ろ回し蹴りのダメージが小さかったこともあって最悪の事態は避けられた。
(よし、ここだ!)
間合いを詰めた女剣士の動きに合わせて【ストレージ】から道具を女剣士の頭上に放出。
ぼっと、夜の街を照らす赤い光と腹部を襲う衝撃。数秒遅れで女剣士が慌て出す。
「熱ッ! なんだこれ……髪が燃えて……ッ」
「ゴメンね。僕も必死だから」
ころころと足下に転がったソレを拾い上げながら立ち上がる。
松明。それが今回の切り札だ。僕が持つレアスキル【ストレージ】は持ち運びができる状態のものであるなら重量や大きさを問わず、何でも収納できるだけじゃない、収納する直前の状態を空間内で恒久的に維持する。
その性質を利用して、【ストレージ】内には野宿に必要な道具の他、冒険に必須とも言える代物を常時ストックしている。当然、松明もその一つだ。主な使い道は洞窟探索や焚き火の為の種火、等々。
頭に燃え広がった火を消す為にゴロゴロ転げ回る女剣士目掛けて痺れ毒を塗った矢を突き刺す。不快感が手に残ったけど、そこは感情を押し殺して耐えた。
「殺したりはしないよ」
痺れ毒の効果で動けなくなった女剣士に向かって言い放つ。頭の火は既に沈静化している。
「お姉さんも仕事でしていることだし、殺気がなかった。だから殺しはしない。縛り上げてギルドに突き出しはするけど」
「はっ、甘ちゃんだね。言えた義理じゃないけどそんなんじゃ早死にするよ」
そうかも知れない。けど僕の場合、だからと言って早々に割り切れるものでもない。
異世界にいようが、最上薰は戦争も内戦もろくに知らない日本生まれの学生。ヘタレであろうと何であろうと、殺さずに済む手段があるなら全力で手を伸ばし、簡単に割り切れないと言い訳して殺人を忌避して、人を殺すことについて大いに思い悩む、青臭い理想論を支柱とする、良くも悪くも日本人であり続ける冒険者なんだ。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
女剣士を縛ったところでバルドと無事合流する。言葉通り、死闘を終えて駆けつけてきたのか、身体中傷だらけで皮膚も衣服も赤黒く染まってる。特に額、右肩、左太股からの流血が痛々しい。バトルソードに至っては血糊がべったりと付いていてもはや剣としての機能を果たせるかどうか疑問だった。
「兄貴、無事ッスか?!」
「僕より自分の心配してよ!?」
大慌てで救急セットを出して応急処置を施していく。致命傷らしき傷はないとは言え、血まみれの人間を見れば誰だって心配する。バルドは『この程度、掠り傷ッスよ』とか笑っているけど全然笑えない。僕の知っている掠り傷と全然違う。
無理矢理応急処置を施した後、二十四時間営業(異世界にそんな概念があること事態驚きだけど)の冒険者ギルドに女剣士を突き出す。宿屋への事情はバルドが話してくれたみたいだけど、正直不安しか残らない。
結局その日は冒険者ギルドが提供する仮眠室で一夜を明かす。破格の安さで一泊できる代わりに狭い上に寝心地が最悪な粗末なベッドの上で明かす一夜は流石に堪えた。
そして翌朝。朝一で出勤してきたウルゲンさんを捕まえて昨夜、女剣士が持っていた大剣を鑑定してもらう。当然、人様の私物を奪えばギルドカード(異世界技術で作られたこれは簡易ながら自分の経歴が乗る)に窃盗罪が記される。今回は女剣士が裏の人間だったこともあって窃盗罪は付かなかった。
もし窃盗罪が付いた場合、当然相応の処罰が下される。僕の場合、目撃者がいないので相当な罰を覚悟しなければならなかった。地球と違い、裁判を受けられるのは一部の人間か例外的なケースのみ。本当に運に助けられた感が半端ない。
「これは驚いた……」
いつもの部屋で大剣を鑑定したウルゲンさんは感嘆の声を漏らす。
「こいつは隕鉄で作られた代物だな」
「いんてつ……?」
聞き慣れない言葉に反射的に聞き返す。ウルゲンさんは大きく頷き、説明する。
「隕鉄……平たく言えば未知の鉱物だ。分かっていることは空から降ってくる代物でこの異世界に存在する鉱物と全く異なる性質を持つ希少鉱物だ。伝聞だが攻撃の瞬間だけ重量が増すとか何とか……。好事家や物好きな鍛冶師なら多分、金貨五十枚は出すんじゃないか?」
「五十枚……っ」
これは、ひょっとして目標額に届くんじゃないか?
「それは確かですか!?」
「お、落ち着けってカオルっ! いくら俺が【鑑定】スキル持ってるからと言って所詮は素人だ。物の価値となると全く別問題だ」
「伝手はありますか? 今日明日にでも最低金貨五十枚で買い取ってくれそうな人!」
「兄貴、落ち着くッス」
うっ……まさかバルドに仲裁される日が来るなんて……ちょっとショック。
「す、済みませんウルゲンさん。ですが本当にすぐお金が欲しいんです。だからどうかお願いします」
「う、そうか……。まぁ普段滅多なことを言わない上に目的意識の小さいお前がそこまで言うんだ。何とか高く売れるように手を尽くそう」
「ありがとう御座います……ッ」
まだ決まった訳じゃないとは言え、感謝せずにはいられない。少なくとも僕の中ではあのホモ錬金術師からお金を借りるという選択肢はあり得ない。というか本当にギリギリまで借りたくない。
「それともう一つ朗報だ。昨夜お前がギルドに突き出した女剣士だが、調べてみたところ賞金首だった」
「お尋ね者だったんですか?」
「一応な。何処かの村落を根城にしてそれなりに好き勝手してたって話だ。バルテミー様の名義で金貨五枚の懸賞金が掛けられてる」
金貨五枚。これは美味しい。いや、でも命を掛け金して得られるのがそれだけというのも……うーん。適正価格が良く分からない。
ウルゲンさんから金貨五枚を受け取り、バルドと一緒にロビーから出ようとすると団体さんがこちらにやって来た。道を開けようと退くも、団体さんはまっすぐ僕達の方へ向かってきた。
「ちょっとそこのあなた。よろしくて?」
「あっ?」
どうやら用事があるのは僕ではなくバルドの方だった。この人達は一体、何の用事があってバルドに絡んだのかな?
僕に被害が及ばないと分かっても、一応バルドと一緒に逃げ出す準備だけはしておく。
「私達には分かってるのよ。あなた、嫌がるその娘を無理矢理従わせているんでしょ?」
「あなたもこんな野蛮人と組む必要なんてないわ。私達と一緒に冒険しましょう」
あぁ、あれか。僕のことを女だと勘違いしているこの人たち、バルドを悪人と決めつけて突っかかっているのね。他の冒険者と殆どと言っていいくらい関わり持ってないから忘れていたけど、この世界って女尊男卑なんだよね。
でも普通、こういうのって男がすることだよね?
「あなたも、そんな野蛮な男よりも私達と一緒に居た方がいいわ」
「私、こう見えても魔術の心得がありますのよ。それにあなたの持つレアスキル【アイテムボックス】は私達のような高貴な人の為に使うべき物ですわ」
何処で知ったんだ。僕のスキル。いや、それよりどうして僕のスキルを【アイテムボックス】だと勘違いしているんだ?
……あぁ、そう言えばギルドの資料室には空間に収納するスキルは【アイテムボックス】ぐらいしかなかったな。それにお嬢様に【ストレージ】を見せたとき『【ストレージ】なんてスキルは知らない』と言っていた。
察するに、僕の持つスキルは【アイテムボックス】の上位互換と言ったところか。これが未確認かどうかは別にして、スキル自体が相当珍しいレアスキルだし、運ぶ荷物の量が減らせるのなら勧誘したくなるのは当たり前だけど……。
「あー、御免なさい。僕は女じゃなくて男です」
「男? ……そう、可哀相に。弱味を握られているのね。でも大丈夫よ。私は貴族だからこの男の処遇ぐらい如何様にもしてさしあげます。ですから、貴女は何も心配しなくても大丈夫ですわ」
「そうそう。それにキミみたいな娘が男な訳ないって」
「おいお前等、いい加減にしろ」
あぁ、これは喧嘩の臭いがする。バルドもそっちの冒険者もギルド内で喧嘩とか止めようよ。ほら、案の定騒ぎを聞きつけたギルド職員が駆け寄ってきた。職員ってもうちょっと無関心な人ばかりだと思っていたけど、これは認識を改める必要があるかも。
「朝から何の騒ぎです?」
「彼女たちに不当な言いがかりを付けられました」
バルドや彼女たちが好き勝手話して面倒事になる前にサッと前に出て話を切り出す。
「言いがかり? 何を仰いますの? 私は貴女の為を思って──」
「あー……じゃあこれ見てもらえますか?」
ステータスを開示して僕が男であることを証明する。最初からこうすれば良かった。
そこで漸くこちらの言い分が伝わったものの、素直に非を認めないのが中途半端に強い人間の性。まぁギルド職員が仲裁に入った手前、何事もなく済んだんだけどね。
「女の冒険者ってああいうのが多いのかな?」
「多いッスよ。特に魔術が使える貴族なんかはああいう感じッス。リディアっつー貴族様のが珍しいッスから」
この世界じゃお嬢様みたいなタイプは珍しいのか。そんなことをぼんやり考えながら港区へ向かいお嬢様とニコラスさんと合流する。今日もこれから海に出て討伐するだろうと思っていたんだけど──
「来たか。待っていたぞ」
港区で僕達を待っていたのはニコラスさんだけでした。お嬢様の姿は……ない。
「シーサーペントの大量発生はやはりスクイドが原因だった。早期にスクイドを討伐したお陰でニンフ達も早期にシーサーペントを駆除することができた。雇われ冒険者は経費削減という理由で本日を以て解雇とするそうだ」
「そうですか」
原因はスクイドにあった、ということか。するとお嬢様が今、この場に居ないのはきっと報告の為だろう。僕か、或いは誰かの記録符術に記録されているのは間違いない。今回の場合はパーティー単位での討伐になるから問題はない……のかな?
「じゃあ、僕たちはこのまま流れ解散ということですか?」
「そうだが、お嬢様はお前の作る料理を所望している。私からも頼む」
どうやら流れ解散する訳にはいかないようだ。でもお嬢様が住んでいる屋敷の厨房設備はかなりのものだったし、許されるならそこで一通りの料理を作り置きしておきたい気持ちもある。あとお風呂とか。
……あ、あと報酬! 元々僕はお嬢様に雇われて来たんだから報酬貰わないと!
「そうですね。それではお昼頃に伺っても宜しいですか?」
「昼頃だな。承知した」
どのみち朝ご飯食べてないし、今から屋敷に向かっても中途半端な時間になるし。それならいっそのこと朝ご飯食べてからにした方がいい。またギルドに逆戻りすることになるけど、節約の為だ。仕方ない。
あっ、その前に宿屋の女将さんに謝っておかないと。




