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海上戦

個人的にきりの良いところで投稿するスタンスを取っているせいで一話の文字数が安定しない。

一話辺りの文字数、決めた方がいいのかなぁ。

 小舟に揺られて一分もしないうちに僕達を初めとする、冒険者や騎士団を乗せた小舟はシーサーペントの群れとかち合った。


「総員戦闘配備! 冒険者風情に遅れを取るな!」

「騎士団ばかりに美味しいところを取られてたまるか! 冒険者の実力って奴を見せてやろうぜぇ!」

「我ら海に生きるニンフ族の誇りにかけて彼奴らを一匹残らず駆逐しろ!」


 怒号にも似た号令と共に開戦を告げる先頭集団と、それに続く後続。僕達は後発組だから後に続く形で獲物を探す。


「私達はこのまま沖合へ向かうわ」

「えっ? ここで狩らないの?」

「海は自分も専門外ッスけど、この手の魔物がわざわざ浅瀬まで来るってことは他の魔物に縄張りを追われた可能性が高いッス」

「他のチームと競走する訳ではないが、問題を解決するなら臭いの元を絶つのが常套手段だ。それに小僧、今のお前は金が必要なのだろう?」


 こと戦闘において僕は完全に素人なので素直に専門家の意見に従う。僕も少しはこういう方面を勉強した方がいいって分かってはいるんだけど、どうしても抵抗を感じてしまう。


 波に揺られること十数分。僕達えさを見つけたシーサーペントの群れが海面が飛び出して来た。説明を受けたとき、僕は漠然と海蛇を想像していたけど──


「タツノオトシゴだ……」


 ちょっとだけファンタジーっぽい魔物を期待してた自分に驚きつつ、不謹慎な考えを戒める。幸い、僕の独り言を聞いていた人は誰もいなかった。


「私が牽制する。三人は仕留め損ねたのを狙って!」


 船首の前で堂々と立って、大胆不敵にも詠唱を始めるお嬢様。あまりにも堂々過ぎるその立ち振る舞いに思わず口が開く。


「ああもぉ、何してるのっ!」


 お嬢様の佇まいはあまりに堂々としすぎている。あれじゃあまるでどうぞ狙って下さいと言っているようなものだ。早く援護しなければとざわつく心にブレーキを掛けながら思考のみで【ストレージ】を操作。過去最大速で武器と矢筒を装備した僕は矢を番えて狙いを定める。


 次の瞬間、目の前で光が走った。海面から飛び出してお嬢様に襲い掛かるシーサーペントの一匹が水鉄砲を吐き出す。お嬢様はこれをハルバードの石突きを振り上げて弾く。返す刃で振り下ろされた穂先がシーサーペントを的確に捉える。


 直撃。包丁で豆腐を切るように魔物を両断する。迫るシーサーペントに対して予め詠唱をしていたのか、片手を離すと同時に人の腕ほどの石矢がシーサーペントに向けて飛来。至近距離からの発動だったこともあって、避ける間もなく石矢は魔物の眉間を抉る。


 僕が意識の片隅で理解したのはそこまでだ。何故なら僕の意識は攻撃の合間を縫って突撃してくるシーサーペントに向いていたから。


 お嬢様と一番距離の近い獲物に照準を定める。充分に弦を引き絞って矢を放つ。ビュンッと、耳元で今まで聞いたことのないような風切り音がした。下手をすれば自分の耳が切れてしまいそうな、鋭利な音だ。


 矢が放たれた。僕がそう認識したときには既に矢は命中し、魔物の命を奪っていた。感心する間もなく、二の矢を番えて援護射撃に徹する。


 お嬢様の後ろでバルドが水平に剣を振る。波に揺られて木の葉のように揺れる小舟に足を取られてバランスを崩しそうになりながら胴体に刃を食い込ませている。


 ニコラスさんは舟の舵取りの合間に飛針を一斉投擲する。放たれた飛針はただの一本も残ることなく急所に刺さって動きを鈍らせる。お嬢様もハイスペックだと思っていたけどニコラスさんも大概だ。


 ……いや、ある意味で一番大概なのは僕だ。

 五匹目のシーサーペントを仕留め、すっかり慣れた動作で矢を番えながら頭の片隅で思う。オリエンテーションの帰り、バスの中で居眠りをしていた僕はいつの間にかこの世界へやって来た。


 それはいい。納得できないけど、納得することにする。だけど自分の能力については前々からおかしいと思っている。


 例えば料理。調味料を入れる際、計量カップや匙を使うのは当たり前。慣れている人は目分量で大凡の量が分かる。僕も料理経験がそれなりにある人間だから目分量で大凡の量は分かる。だけど料理の腕が劇的に上昇していることについては疑問が残った。僕の作る料理なんてせいぜい、友達同士がお弁当を持ち寄って『キミの料理が一番美味しい』と言われる程度のレベルだった。それがこっちに来てから練習もしていないのに味が良くなった。最初は素材のせいかと思ったけど、回数に見合わない上達速度には首を傾げた。


 例えば戦闘。僕は男子の中では非力な方だ。争い事だって好きじゃないけど、割り切ることはできる。だからという訳ではないけど、非力な人間でも威力の出せるボウガンを選んだ。


 当然、経験なんてない。相応の練習が必要であることは覚悟した。なのにどうだ。ボウガンは半日練習した程度で固定票的を確実に射抜けるまでになり、数日で一人前と呼べる実力を身に付けた。


 今使っている弓だってそうだ。一夜漬けの練習なんてたかが知れているのに、僕の目は、弓を持つ手は、矢を番える指は、仲間と魔物の動きと矢の軌道を的確に予測して、狙いを定めている。


 まるで誰かから意図的に力を与えているような気分だ。同時に、この世界はただの異世界ではないのかと思うときもある。


(やめよう。そういう考察は全部終わってからだ)


 風切り音と共に気持ちのスイッチを切り替える。運良く射線上に並んだ二匹のシーサーペントが串刺しにされる。バルドの賞賛に短く答えて次の矢を番える。


「少年、そっちに流れたぞ!」

「えっ? ……わっ!?」


 狙いを定めようとしたまさにそのとき、お嬢様が取り零したシーサーペントが攻撃の合間をかいくぐって突撃してくるのが見えた。狙いを変更して迎撃しても間に合わない。咄嗟の判断で番えていた矢を弦から離してナイフのように握りしめて上体を仰け反らせながら矢を振り回す。


 相討ち。それでも身体に矢を突き刺すことだけはできた。揺れに負けないようしっかり踏ん張りを利かせてトドメを刺す。


 目が回るような忙しさに忙殺されながらどうにか群れの第一波を退けたところで盛大に息を吐く。


「何匹ぐらい居たんだろう……?」

「七十は固かったな。それより少年、まだ死体を【ストレージ】で回収する作業が残っているぞ」


 そうだった。今回僕達がこの依頼を受けたのはあくまで資金稼ぎ。正義感の強いお嬢様は思うところがあるかも知れないけど、参加者の数が多かったことで多少は黙認してくれてる節がある。


 海上に放置されたシーサーペントの死体に手当たり次第回収して欄を眺める。買い取り可能なのは鱗。時々、上鱗が入っているのは当たりか状態が良いまま倒せたからだろう。ただ、シーサーペントの血液なる名前の素材(?)は用途が分からない。名前からして錬金術の材料になる……と、思う。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 僅かな小休止を挟んだ後、再び魔物と遭遇した。

 ただし、こちらは討伐対象のシーサーペントではなく、大型の魔物。


 黒と白の皮膚をした、シャチのような体躯をしたそいつは海面から飛び出すと自らの身体を海面に叩き付けて水しぶきをあげる。確か、ブリーチングと呼ばれる行為の筈。


「全速前進! バルドは振り落とされないようしっかり使ってて! ニコラスはつかず離れずの距離を維持! 私とカオルちゃんで仕留める!」


 その作戦には諸手を挙げて賛成だ。全長三メートルを超える魔物がこんな小舟に体当たりし続ければあっという間に転覆してしまう。


 急激な加速にバランスを崩したところをバルドに支えて貰って持ち直す。僕達を追いかける魔物シャチは巨体に見合わない速度で海面から背びれを出したまま、確実に距離を詰めてくる。小舟と併走したところを見計らって、お嬢様の魔術が炸裂し、僕が後を追うように援護射撃。このサイズなら外す方が難しいレベルに達している。


 だが奴は怯まない。どころか勢いを増して、果敢に舟へ身体をぶつけてきた。

 激しい横揺れと振動。腰を舟の縁にぶつける。もの凄く痛いけど肉体的な痛みなら我慢できる。


「ぼさっとしてないで、早く!」

「分かってる」


 普通の矢でチマチマ仕留めていたらきりが無い。温存しておいた毒矢を引っ張り出す。

 そこからは簡単だった。


 自前で調合した毒は海の魔物にも通じたようで、三本目を撃ち込んだところで急激に動きが鈍くなり、お嬢様の魔法とニコラスさんの飛針で死に絶えた。


「シーグラードまで出てくるなんて。これはちょっと予想外ね」

「この魔物、結構強いの?」


【ストレージ】で回収しながら尋ねてみる。


「充分強いわよ。こいつが出て来たらすぐにニンフの精鋭に討伐依頼を出すくらい強いわ。正直、カオルちゃんが毒矢使ってくれなかったらかなり危なかったね。弱点の雷魔術は覚えてないし、それ以外の魔術耐性は軒並み高いし」


 うん。やっぱり毒矢はなかなか優秀だ。やっぱり今後もどんどん活用していくべきだ。多少買い取り不可能なものが出て来ても生きて帰るのが何より大事だし、安全に変えられるものなんてないんだから。


「シーグラードが一匹だけとは限らないから周りには充分注意して」


 お嬢様の忠告通り、その後僕達はシーグラードと三回遭遇して辛うじて退ける。勿論、シーサーペントの群れにも何度か当たったけどこいつらは慣れてしまえばどうということはなかった。


 四時間ぐらい海上をうろついていたけど、流石に休憩を入れないともたないということで近くの入り江に舟を停泊させて昼食を取ることにした。食事中の話題は当然、今回の事件についてだ。


「シーサーペントが漁師の縄張りまで来たのはシーグラードが原因ね。なんたって主食だもの」

「問題は捕食者であるシーグラードがここまで来る理由ですな」

「普通に考えたらその魔物も誰かに追われているんじゃない? 普段はここまで来ないんでしょう。お嬢様、心当たりありますか?」

「ごめん。そっちはさっぱり。シーグラードを餌にする魔物ってだけじゃね。あれくらいの魔物を丸呑みする海の魔物なんて数え切れないくらいいるから」


 やっぱり手掛かりのない状態じゃいくら推測を立ててもきりがないか。それでもシーグラード以上の魔物がこの海域にいると思って行動した方が良い訳だ。


 ……あれ。そうすると小舟じゃ危なくない?


「おい、それならこんな舟じゃ討伐どころじゃなくなるんじゃないか?」


 バルドも僕と同じ考えに至ったようで、表情を強張らせながら発言する。


「そうね。今回の討伐だって本部はシーグラードが黒幕ぐらいにしか考えてないと思うわ。だから一度港まで引き返して私とニコラスで作戦本部に掛け合うわ。その間、二人はギルドで換金してていいから。結構溜まっているんでしょう?」

「あ、うん。ちょっと待って」


 慌てて手に持ったパンを口の中に押し込んでメニューを開く。今回の討伐で獲得した魔物の素材がズラーッと並ぶところを見るとかなりの数を回収したんだと実感する。


「えぇっと、シーサーペントの鱗が九十六枚、上鱗が四十八枚、血液が十六本。シーグラードの皮、尾びれ、背びれが三つずつ。牙が十二本。これで全部だね」

「ちょっとした財産じゃない」

「ちょっとしたどころじゃねぇ。過去最大の収穫だ」


 確かに。僕達の能力だとどう頑張っても一日の稼ぎが十万ゴールドは……路上ライブをすれば普通に稼げるけど、純粋な冒険者活動で十万に届いたことはない。


「討伐報酬が出ないのが残念ね。でも素材報酬だけでもかなりの収入になるのは間違いないわ!」


 やや興奮気味に各種素材の取引価格を口にして計算を始めるお嬢様。僕もちょっと計算してみる。


 普通の鱗が銀貨十二枚、上鱗が銀貨十五枚、血液が銀貨二十枚、シーグラードの牙を除く各部位が銀貨二十枚、牙が二十五枚だから、えーっと……。


「うん! きっと金貨三十枚は固いわ!」

「僕の計算だと金貨二十六枚だね。正確に言えば金貨二十六枚と銀貨七十二枚。ゴールド計算で二百六十万七千二百ゴールドだよ」


 これに手元のお金を足すと丁度二百万ゴールド上乗せした額になる。口に出してみると凄い額だ。日本に居た頃なら絶対こんな大金手にする機会なんてない。宝くじにでも当たらない限り無理だ。


(でも、冷静に考えると半分にも届いてないんだよね)


 残りの時間、徹夜して死ぬ気で頑張れば或いは目標額に手が届くかも知れない。それでも可能性の話でしかないし、計画的とも言えない。


 今回の仕事が終われば報酬としてお嬢様から金貨四十枚が支払われることになっている。それを踏まえても心許ないのは否めない。


 やはり大物を狙うべきか。いや、その大物ですら残り半分を埋めるだけの価値があるかどうか。そもそもその大物に僕達が勝てるかどうかという根幹的な問題がある訳で。


「どうしたの? 難しい顔して?」

「う、ううん。何でもない」


 お嬢様が心配そうな顔で尋ねて来たので慌てて笑顔を浮かべる。今はそういうことを考えている場合じゃない。いや、お金は大事だから頭の片隅で考える程度には留めておくけど、それに気が散って足を引っ張ったら世話がない。


「時間はまだありますし、もう少し狩りでもするッスか?」


 それとなく僕の事情を察したバルドが狩りの続きを提案する。切り上げるにはまだ早い時間だ。バルドの意見も一理ある。だけど僕の個人的な我が儘で続行していいものかどうかはまた別だ。


「私は構わないわ。希望を言えば魔術をそれなりに使ったからあと一時間は小休止が欲しいところだけど」

「私も続けるのであれば吝かではありません」


 どうやら満場一致でやる気満々みたいだ。ありがたいと言えばありがたいけど、皆して好戦的だなぁ。いや、この場合は僕に合わせてくれているだけかも?


「そうだね。じゃあお嬢様が充分回復してから狩りの続きにしよう」

「そうこなくっちゃ! ……ところでカオルちゃん、デザートある? 具体的にはチョコレートムースとか」

「そう言うだろうと思ってチョコムースを持ってきておきました」


 本当、このお嬢様はチョコムースが好きなんだね。本当に美味しそうに食べてくれるから作る側としてもやる気が出るから作り置きするモチベーションも維持できるけどね。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 お嬢様がチョコムースを堪能している間、僕は久しぶりに自分のステータス画面を開く。もしかしたら討伐に役立つものが増えているかも知れないという淡い期待を込めて。




個人認証

名前:最上薰もがみかおる

職業:冒険者

レベル:1

称号:学生 男の娘 食い道楽者 生涯弱者 下克上 お人好し

特殊:???

・アクティブスキル

【歌唱Lv6】【ピアノ演奏Lv8】【スケッチLv3】【生け花Lv3】【裁縫Lv10】

【料理Lv7】【スマイルキラーLv6】【素材採取Lv5】【ストレージLv10】

【剣術Lv2】【弓術Lv8】

・パッシブスキル

【性別詐欺・極】【ナイスバディ】【異世界補正】【心理学】【採取名人】【無成長】

【トラウマ】【???】【パーティー獲得経験値三倍】【スキル最短習得】




 何度見てもレベルは一のまま。能力値に変化は見られない。スキル欄も地球に居た頃に習っていたものや趣味で身に付けたものを基準に異世界へやってきたときに身についたモノが付随する形で僕に力を与えている。……一部余計なスキルを除いて。


(討伐に役立ちそうなスキルの一つぐらい覚えているかなって思ったけど……)


 流石にそれは都合が良すぎるか。

 何となくスキルをクリックしてみるとスキルの詳細が表示される。こんな機能があるなんて知らなかった。


 表示された情報は主にスキルの詳細とレベル。何となくで押した【ストレージ】の熟練度は最大値の十。俗に言うチート能力の賜物だろうか。


(このスマイルキラーって何だろう?)


 実のところ、始めて見たときから気になっていたスキルだ。しかもこれ、アクティブに分類されているんだよね。




・スマイルキラーLv6

その笑顔は性別を問わず相手を虜にする魔性の笑顔。現在のレベルでは使用時、程度の軽い魅了状態にして相手の生活に支障が出ない範囲で言いなりにできる。また、商人が相手の場合、【ディスカウント】や【サービス】が発生する場合がある。




 ……うん。ちょっと恐ろしいスキルだ。そしてどうして僕だけ良くサービスを受けられるか凄く納得できた。


 思い返してみれば僕は屋台でよく値引きして貰ったり、一本サービスして貰ったりするのが常だったけど、それは商売人が好い人だからじゃない。無自覚に使っていた【スマイルキラー】の恩恵だ。人と話すときはなるべく笑顔を心掛けているけど、まさかこんな形で役に立っていたなんて。


(パッシブで一つだけ見られないのがあるけど、これは条件を満たしていないからかな?)


 試しに読み取れないスキルをクリックしてみたらノイズ音と共に説明欄が文字化けで埋め尽くされた。予想は出来ていたから落胆はない。


 次に特殊欄の精霊感応をタッチする。こちらは簡潔に『精霊と意思疎通を図る能力』としか出て来ていない。しかし残念なことに僕はこの世界に来てから精霊らしき者と意思疎通を図ったことがない。なのでこれも戦力としてカウントできない。


(僕は、無力だ……)


 仕事中にこういうネガティブな思考に囚われちゃいけないって分かってはいても、こればかりは拭いきれない。裏方としてなら活躍する場面もある。特に【ストレージ】能力を前面に出せば話は変わってくる。だけど有用性のある力は必ずしも良い結果をもたらすとは限らない。


 優れた技術というのは、善悪の二面性を持つ。

 僕がこの【ストレージ】を公にしないのはそれを危惧しているから。勿論、それが必要な場面が出てくれば惜しみなく協力するけど、当面はその必要性を感じない。


【パーティー獲得経験値三倍】もそうだ。考えたくはないケースだけど、僕を連れて身の丈に合わない魔物と戦闘して、逃げ切れないと判断したパーティーメンバーが時間稼ぎの為に足手纏いの僕を囮にするとか。


「そろそろ出発するよ」


 どうやら思考の海にどっぷり浸かっている間に一時間経過したみたいだ。パシンッと、頬を叩いて気持ちを切り替える。


 このまま何事もありませんように……。

 胸中で祈りながら木の葉のように揺れる小舟に身を委ねる僕達。しかし僕の願いは天に聞き入れられることはなかった。


 最初に気付いたのは操舵手を務めるニコラスさん。大物が近くに居ると注意を促し、戦闘態勢を取らせる。


 直後、劇的な変化が訪れた。

 ガクンッと、小舟が大きく揺れたかと思うと白い触手が舟に巻き付く。弾かれるように触手に斬り掛かるお嬢様、バルド、ニコラスさん。そして根元目掛けて矢を放つ僕。だがそんな努力を嘲笑うかのように巻き付いた触手は数秒足らずで小舟を握りつぶした。メキメキと、心臓に悪い音を立てながら力ずくでへし折られた舟と、海へ投げ出される僕達。


「兄貴!」「カオルちゃんッ!」


 バルドとお嬢様が手を伸ばすも、二人の救助劇を嘲笑うように大口を開けた魔獣のように高波が二人を飲み込む。


 背中から着水した僕の身体は意思とは無関係に海中へ引きずり込まれる。足に触手が絡んでいる。引きずり込まれる中、僕の目に飛び込んだのは真っ白な巨大イカ。


 恐怖はない。というかそんなものを感じる暇さえ与えられないまま、僕は巨大イカに丸呑みにされた。


 いつかはこうなるだろうと、思っていた。冒険者として活動するなら死のリスクを背負うのは当然のこと。だけどいざその瞬間が来たら全然覚悟なんて出来ていない。


 死にたくない。こんな惨めな死に様は嫌だ。その気持ちは本物だ。

 じゃあどうすれば良かった? 諦めて受け入れろ、今までどれだけ魔物を殺してきた? そう静かに諭すのもまた、僕の本心だ。


(いや……)


 このまま諦めるにはまだ早い。無駄かも知れないけど、日本には窮鼠猫を噛むという諺がある。だから僕もそれに習って、抵抗を試みる。


 思考のみで【ストレージ】を開く。数ある項目の中の一つ、巨大な岩を選択。以前、オーク戦で即席の高台に使っていた奴だ。ぐずぐずしていたら胃液……いや、消火液? 良く分からないが本当に死にかねない。


 出し惜しみはしない。保存しておいた巨大な岩を惜しみなく放出する。

 直後、僕の四方を囲むように巨大な岩が一瞬で出現した。補足するなら僕の居る場所は人間の身体でいう食道のような狭い場所。そんな場所で、しかもいきなり巨大な岩が出現したらどうなるか?


 答えは巨大イカが教えてくれた。

 いきなり現れた正体不明の異物。一つ一つは巨大イカより小さいが、数を揃えれば簡単に巨大イカの体積を大きく上回る。結果、巨大イカは内側から前代未聞の奇襲を受け、限界まで空気を詰め込まれた風船が破裂するように爆発四散(この表現が正しいかどうかは不明だが、僕にはそう見えた)した。


 借りた小舟を一瞬にしてへし折るほどの巨大イカの最後は実に呆気ない最後だった。だけど一つの危機を脱した根本的な解決にはなってない。


 と言うのも、僕が思いつきで実行した策の反動──とでも言おうか。真上に出現した岩に押し潰されるように海の底へ引きずり込まれる。今度こそ、僕の意識は闇に落ちた。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆


(あれはスクイド……ッ! どうしてこんなところに!?)


 海面から一瞬見えた魔物の姿。リディアの脳内で光の速さで該当する魔物が検索され、すぐにヒットする。


 スクイド。推奨討伐Cランクパーティーに相当する魔物。実際は海上での戦闘になるので専門家によってはBランクパーティーが適正レベルという者もいる。


 異世界ラスティアに置いて魔物の存在は決して無視できる存在ではない。特に冒険者においてCランクともなれば何処に出しても恥ずかしくない人材として重宝される。個人でCランク相当の実力者ともなれば騎士団や私兵団を募る貴族からヘッドハンティングされる程度には貴重な人材だ。


 スクイドは、そんなCランクの冒険者たちですら気の抜けない魔物として恐れられている。危険度は充分高い魔物であるにも関わらず、人気とは言い難い。


 ドロップは貧相。使える部位もなければ食用としての価値もない上に最低Cランクパーティーでなければ討伐許可が下りない。元々冒険者になる者は向上心が高く、Cランクに上がった頃には討伐報酬だけでは満足できる者などほんの一握りだ。


 ──自分達はこんなにも危険な仕事をしているんだ。討伐報酬しか出ない依頼で満足するのは初心者ルーキーだけだ!


(そんなの関係ない!)


 纏わり付く触手を短く握ったハルバードで切り落としながら水中移動スキル【ボトムウォーク】を発動。完全一人用スキルだが、水中であっても陸上と同じように呼吸ができる。本来ならニンフ族にのみ伝えられるスキルだが、リディアには伝手があるので人族でも数少ない取得者の一人だ。


 バルドとニコラスに纏わり付く触手を切り払い、スクイド本体に目を向ける。

 瞬間、リディアの全身が凍り付いた。

 彼女の目に移ったのは今まさにスクイドに絡め取られたカオルが丸呑みにされた場面。


(あっ……)


 短いながらも、彼と過ごした楽しい時間が走馬燈のように過ぎ去っていく。

 最上薰。女の子みたいな華奢な身体と顔つきをした男の子。自分より年下でありながら、全てを認めた上で過酷な冒険者稼業で生活すると決めた、見たこともない美味しい料理を得意げに作って振る舞う子。


 出会って三日程度しか経ってない彼に恋をするほど惚れっぽい女ではない。だが彼と過ごしていくうちにこの勇ましくもか弱い存在を自分が守ってあげようという、母性にも似た庇護欲が芽生えていた。


 その彼が、こんなにも呆気なく魔物に喰われて死んでいった……。


「…………ッ!」


 その事実を認めたとき、リディアのハートに火が点いた。

 否。火などという生易しいものではない。


 怒りだ。守るべき彼を守れなかった己に対する怒りが、争いを拒み、平和を愛する彼を劇の余興のように殺した魔物への憤怒が、理性ブレーキを容易く吹き飛ばし煮え滾った溶岩の如く噴火した。


腕力強化ストロングレス防御強化タフネス速度上昇スピードラン!)


 一息で三重の強化魔術を施す。過去最高記録だ。しかしそれに気付けるほど精神的な余裕はない。


 中段から一文字に薙ぎ払う一撃を見舞い、勢いを殺さず身体を回転させ腕をしならせるように振り抜く。水の抵抗を物ともせず穂先が更に加速。逆袈裟斬りに入れる二撃目。


 ──殺す。


 戦いの中で、これほどの殺意を抱いたのは始めてだ。込み上げてくる熱さと反比例するように頭の芯は何処までも冷えていく。バルドも、長年自分に使えてくれたニコラスも、この瞬間は感心の対象ですらない。


 視界に移るのは怨敵のみ。この身を焦がす膨大な感情はスクイドを滅さない限り鎮火することはない。


 だと言うのに──

 更なる攻撃を加えようとハルバードを握る手に力を込めた瞬間、不可解なことが起きた。


 内側から押し出し、突き抜けるように膨らむスクイドの全身。一秒足らずの拮抗の末に、魔物の身体は四散した。その表現が適切かどうかはともかく、少なくとも客観的に事態を見守っていたニコラスとバルドの目にはそう映った。


(一体何が……?)


 困惑しているのはリディアも同じだ。全身全霊を賭して憎き海の魔物を屠ろうと腐心していた矢先に起きたこの事態。行き場を無くした怒りの矛先をどう治めれば良いか分からない。


 数秒ほど、突然の事態に唖然となる。しかしすぐにカオルの安否を思い出す。人が魔物に喰われたからと言ってすぐに消化される訳ではない。事実、彼が丸呑みにされてから一分も経っていない。


 ──急げばまだ助かるかも知れない……ッ。


 生まれ出た希望に縋るようにリディアは真っ直ぐ下へ泳いだ。彼がいるとしたらあの岩の先だと直感で判断しての行動だ。そして直感に従った彼女の行動は正しかった。


 カオルはすぐに見つかった。ただし、複数の水精霊に囲まれた状態で。


(精霊が男に懐いている?!)


 精霊は見目麗しい女性を好む。それが教育係から教えられた知識であり、共通認識だ。そうは言ってもラスティアで生活する女性陣は地球育ちのカオルから見ても美形揃いの為、精霊との契約に困ることはないのだが。


 その精霊たちが、カオルを慈しむように抱きかかえ、海面へ泳ぎだした。

 水精霊の一人がリディアの視線に気付き、振り向く。何かを言いかけ、ここが海中であることを思い出す。


 対する水精霊は、こちらの葛藤などお見通しとばかりに人差し指を立てて、笑いかける。


『大丈夫。私達に任せて』


 言葉にならずとも、頭に直接声が響く。


『スクイドには私達も困ってました。せめてもの御礼です。お仲間方も岸まで送り届けて差し上げます』


 次の瞬間、世界が光に包まれた。

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