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緊急事態

記念すべき10話だし、そろそろ感想こないかなー。(チラッチラッ)

 その報せを受けたのは屋敷に戻った直後だった。


「漁業での被害が想定していたものより酷く、とても漁に出られないと漁師組合から猛抗議を受け、シーサーペントの討伐予定を前倒しすることが決定しました」

「何ですって?」


 ウキウキ気分で戻ったお嬢様をどん底に突き落としたのはシーサーペント討伐の予定繰り上げの報せだった。それほど厄介な魔物なのかな、シーサーペントって。


「普段は適度に間引くだけで充分だ」


 僕の表情を読み取ったニコラスさんが答える。お嬢様は既に準備の為に屋敷の中へ戻っていた。


「本来、シーサーペントは沖合に生息する魔物だ。漁業に出るときは奴等の縄張りに入らない範囲で仕事をするのが常だ」

「じゃあ、なんで騎士まで引っ張り出すような事態に?」

「分からん。現時点で明確になっていることはシーサーペントが餌の少ない浅瀬にまで出没しているのは確かだ。そのせいで船すら出せない有様。釣り人にも被害が出ている」


 やっぱり情報収集って大事なんだ。絡まれるから、怖い人達が沢山いるって理由でなるべくギルドには長居しないようにしていたけど、考えを改めた方がいいかも知れない。


「そう深刻な顔をするな。お嬢様は勿論、駐屯している騎士やニンフもシーサーペントの討伐は何度もしてきた。今更遅れを取るような事態はない」

「でも、ここまで来たってことはその魔物が他の魔物に追われているってことですよね? それについては大丈夫なんですか?」

「無論だ。少なくとも、お前が心配するような事態にはならないだろう」


 だと良いんだけど……。

 不安を抱えたまま、ニコラスさんとの会話を終わらせて僕も屋敷に向かう。思うことは色々あるけど、まずは夕飯の支度をしなければならない。


 明日明後日のことも考えるならやっぱり美味しいものを作ってあげた方が喜ぶよね?


(肉饅作ってみたいけど……駄目だ。薄力粉と強力粉もそうだけどドライイーストにベーキングパウダーもない。……物は試しに作ってみるのもアリだけど)


 どう考えても肉饅は時間的に余裕がないから駄目だ。となると今度はパスタの面を使ってなんちゃって焼きそばでも作ってみるとか?


 ソースがないのは残念だけど、そこは海鮮風にすれば問題ない。なんちゃってラーメンは自分でも微妙だったけど……あ、これも駄目っぽい。


「今夜のメニューは決まったか?」


 いつの間にかコックコートに身を包んだニコラスさんが背後に立って声を掛ける。あの、気配殺して近づくとか止めて欲しいんですけど?


「いえ。明日の討伐のことを考えるとどんなメニューが喜ばれるのか……」

「リディア様はああ見えて健啖家だが……そうだな、肉料理などは喜ばれる。ただ、肉料理と言えばステーキやフライバードの丸焼きが殆どで、少々見飽きている節があるが……まぁこの辺はお前のアイデア次第でカバーできるだろう」

「丸焼きかぁ……」


 フライバード……そう言えば丸焼き料理の中にピラフ詰めがあったっけ。お米があればいいんだけどどうもエルビスト王国に米はないらしい。でもピラフ詰めってアイデアは……悪くないんじゃないかな。作るのにすっごい手間掛かるけど。


(詰めるとしたら炭水化物系がいいな。味が良く染みるものと言ったら……パン?)


 肉料理の中に肉を詰めても仕方ないけど、それ以外のものなら?

 ……いや、そもそも肉である必要はない。パンの中にシチューを入れる料理だってあるんだ。肉料理ではないけど、今日はそれでいこう。


「ニコラスさん、今夜のメニューが決まりましたので手伝って下さい。まずは──」


◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 八割方料理が完成して、後は出来上がるのを待つだけ、というところまで漕ぎ着けたところで厨房からあがらせてもらう。理由は遺書を書くため。冒険者の決まり事で、死ぬ危険のある依頼を受けるときは必ず遺書を書くことが義務づけられている。これがあるとないとでは引き継ぎの進行具合が全然違うそうだ。


 ……まぁ、今回は練習の意味合いが強いけどね。


「この歳で遺書を書くなんて思いもしなかった……」


 明日の緊急討伐にはバルドも参加する予定だ。ニコラスさんが仕事の合間に伝令を飛ばしたそうだ。あの人どれだけ仕事できる人間なんだ?


 内心で驚愕しつつ、遺書になんて書けば良いか迷う。半年間の猛勉強の末にどうにか読み取りはできるけど、書き取りとなると途端に怪しくなる。そもそも僕の場合、勉強と言っても単語とパターンを覚えるだけだからこうなるのは当然な訳で。


(もういいか。この際日本語で書いて藤堂さん宛にしよう)


 受け取る側としては迷惑だろうけど、僕としては死ぬ予定はないので気にしないことにした。……あくまで予定だけど。


 遺書を書き終えたところでニコラスさんが食事の用意ができたから食堂へ来るようにと催促してくる。書き終えた遺書を【ストレージ】にしまって食堂へ向かう。先にテーブル席に着いているお嬢様の顔には疲労の色が浮かんでいる。


「大丈夫ですか?」

「正直、あまり大丈夫とは言えないわ。下級区の人間まで守る必要なんてないって言い出す馬鹿な騎士が出て来て説得したり報酬で釣ったりでもううんざりだわ。ニンフにとっては他人事じゃないから協力的だったけど。……ところで今日のご飯って、もしかして丸ごと焼いたパン? だとしてもこのスプーンは何?」

「リディア様、まずはそのスプーンで召し上がってみて下さい」


 ニコラスさんに諭されて、スプーンを取ってパンに突き刺す。サクッと、小気味よい音と友に表面の皮が破れる。


 瞬間、閉じ込められていた香りがぶわっと部屋中に広がりその場に居る者全員の食欲を誘う。中から真っ赤なロッソトマトのシチューが顔を現したとき、お嬢様の表情が驚きに変わったのを、僕ははっきりと見た。


「パンの中にシチュー……本当よくこんなことを考え付くわねカオルちゃん。シチューの味は……ロッソトマトね! しかもロッソトマト本来の味が凝縮したかのような奥の深い味……どんな魔法を使ったの?」

「水を使わずにロッソトマトを鍋に敷き詰めて煮詰めただけですよ。ロッソトマトって沢山水分を含んでいますから水なんか使えば味を薄めるだけです」

「私もそれを聞いたときは驚きました。彼の知識には頭が下がります」


 うぅ……本当は僕なんかより凄い先人たちが考えた料理なのに、心が苦しい。

 でもこんな風に作ってくれた料理を本当に美味しそうに食べてくれる人がいると作り手としても頑張って作った甲斐があったって思う。バルドだってご飯作れば美味しい美味しいって言いながら食べてくれるけど、早食いなんだよね。やっぱり大食漢は早食いが多いのかなぁ。僕はお腹いっぱい食べつつ心も満たしたいって人間だから味わいながらおかわりしちゃうけど。


 大好評のうちに食事会を終えて、明日の討伐に必要なものをニコラスさんが用意してそれを僕が【ストレージ】に収納していく。


「お嬢様からお預かりしていた物だ」


 最後の物資を収納したところでニコラスさんが平べったい木箱を抱えて来た。断りを入れてから開けて見ると見るからに上等な布で大事に保管された、海の青にも負けない鮮やかな色の弓が姿が目に飛び込んだ。


 大きさは僕の身長と同じくらい。僕が使用しているボウガンみたいな無骨で飾り気のない武器と違い、華美にならない程度に装飾が施されている。武器に関しては素人だけど、これはいわゆる複合弓コンポジットボウと呼ばれる種類……だと、思う。


「これは……」

「先々代の当主であられ、リディア様の祖母であったレナ様が愛用なさっていた弓だ。銘はアズールボウ。さる名工が生み出した業物で腕力のない者が使っても高い威力が出せる特殊な魔術付与エンチャントが施された一品だ」

「はぁ、そうですか……て、駄目ですよ! 大事な形見なら尚更僕みたいな人が使っちゃいけないよ?!」

「武器とは、使われて初めて真価を発揮するもの。リディア様も弓術の心得はありますが騎士団時代に最低限の訓練をして以来、一度も使われてない。それなら多少なりとも心得のある人間に使われた方が武器も本望というもの」

「でも僕、そんな凄い武器を使っていいほど強くないし……」

「ならば少年、キミがこれを持つのに相応しい冒険者になればいい。天下に名を轟かせる名将もレベル一からスタートした。キミの原点は今日、この日、このアズールボウを取った瞬間だ。キミがこれを持つに相応しい人物になれるかどうか、全ては努力次第だ」

「…………」


 正直、本当に僕みたいな人間が使って良いのかまだ迷っている。だけどここまでお膳立てされたら断りづらい。


 恐る恐る、木箱からアズールボウを取って重さを確かめる。

 …………重い。


 質量云々の話じゃない。先々代がどんな想いでこれを使い、戦場を駆けていたか。若造が何を言っているんだと言われても仕方ないけど、手に取った瞬間、歴史的な重みの断片を感じ取ったような錯覚を覚えた。


「……大切に使わせて頂きます」


 ギュッと弓を抱きしめて、深めに頭を下げる。これを手にした以上、僕は期待に応えなければならない。僕如きの人間が、何処までできるか。そんなのは蓋を開けるまで分からない。


 だけど──


「期待に応えなきゃ、男じゃないよね……」


 決意を固めるように言葉にする。そうと決まれば、今夜は徹夜で弓の練習だ!


◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 日が昇るよりも早く屋敷を立って下級区の港区へ向かう。最後に港区に訪れたのは三ヶ月前だと思う。あの頃は労働者が汗水垂らして働く姿や威勢の良い呼び掛けで客引きをしている商人の姿が見られた。


「お、兄貴……て、何スかその格好……」


 流石はバルド。どんな格好をしていても一発で僕だと見抜くその洞察力には頭が下がる。だけどね、言い訳が許されるならハッキリと言わせてもらう。


「生存を重視した結果……」

「いや、どう見たって普通のメイド服じゃないスか?」

「ふふん。この服はね、私が使える魔術付与エンチャントの全てを付与した特注品なんだよ。だから下手な金属鎧よりずっと防御力はあるの。何よりカオルちゃんにはメイド服が似合うって私の直感が囁いたから思いつきで着せてみたら案の定だったって訳!」

「兄貴は歴とした男だ。騎士様だって完全に性別を否定されて男扱いされたらそれはそれで傷付きますよね?」


 相手が騎士というだけあって、表面上は取り繕っているものの、バルドの声音からは怒りが感じ取れた。けど、バルドの抗議など何処吹く風とばかりにお嬢様は平然と応える。


「装備で一番大事なのは性能よ。優れた性能を持っていれば装備の外見なんて重視すべきことではないわ。もしそれが気に入らないというならあなたが用意すればいいわ。私が魔術付与エンチャントしたメイド服よりも優れた物をね」

「……チッ」

「あー、バルド。僕のことなら心配しなくてもいいよ。こういうのは向こうに居たときからやらされていたことだし、僕も慣れてるから」

「だとしても兄貴はお人好しが過ぎます。嫌なら嫌だって、ハッキリ言うべきッス」

「まぁ、そうだけどさ……」


 あくまで経験談だけど、それが通じるケースは往々にして少ない。本気で嫌がれば嫌がるほど、向こうは嬉々としてやってくる。暴力という安直な手段を取れば被害者が加害者という理不尽な構図が出来上がってしまう。争い事への耐性がとにかく低い僕はその手段を取ることができない。臆病、とも言い換えられるけど。


「それより、討伐に参加する騎士団やニンフ達は?」

「それならあそこッスよ」


 お嬢様が答えるよりも早く、バルドが埠頭の一角を指差す。ランタンの灯りに映し出されたシルエットから、参加者の半数以上が軽装と呼んでも差し支えのない装備だった。最初は魔術師だと思っていたけど、明らかに前衛で活躍しそうな人も最低限の装備で身を固めているのに疑問を覚えた。


 これは、小説ではお約束という言うべきフラグって奴なんじゃないかな? 楽な任務だと思ってピクニック気分で出掛けたら実はもの凄く大変だったっていうオチ。


 いやいや、現実と空想の世界を一緒にしちゃいけない。そんな漫画みたいな展開、あってたまるものか。


「なんか皆、身軽だね」

「うん。身軽なのは攻撃魔術を扱うからだね」

「どうしてそれが身軽である理由に繋がるんですか?」

「精霊はね、人が作り出した金属を嫌うの。勿論、金属製の武具で身を固めても精霊は使い手に応えてくれるし魔術も発動する。だけど威力は格段に落ちる。魔素を大量に含んだミスリル製のような例外もあるけどね」


 なるほど。魔術師たちが鎧を装備していないのはそういう理由があるからなのか。と言っても魔術の使えない僕にとっては豆知識程度にしか役に立たないだろう。

「全員揃ったな?」


 空が白みがかった頃、港区全体に貫禄のある声が響き渡る。声の主はピカピカに磨かれた銀色の防具の上から羽織った赤い外套に黒塗りのハルバードで武装した女性だ。


「今更説明するまでもないが、シーサーペントの被害は無視できない域に達している。諸君らに与えられた任務は、根源たる魔物を迅速に刈り尽くすこと。また、その日もっとも戦果を上げた者には敢闘賞として金貨一枚のボーナスをやる」


 これには騎士団は勿論、冒険者も色めき立った。

 金貨一枚。ゴールドに直すと十万ゴールドだ。


 冒険者をやっているからこそ、金貨一枚を稼ぐのがどれだけ大変か身に染みている。Dランクのクエストですら、十万ゴールドを越える報酬は滅多にない。つくづく、僕はとんでもない賭けをしたものだと実感する。


「金貨一枚か。まっ、自分らじゃどう頑張っても敢闘賞は狙えないッスから地道に頑張りましょうや」

「バルドは変なところで現実的だね」

「何言ってるの二人とも。今回は私とニコラスが居るってこと忘れてない?」

「……兄貴。この女大丈夫ッスか? 正直、自分は信用したくないんスけど」

「うん、バルドの気持ちは理解できるよ。だけど戦力っていう点から見れば……間違いなく期待してもいい。それは保証する」

「リディア様は誇り高い騎士だ。その辺のボンクラ貴族と一緒にされるのは心外だ」

「……ハァ、分かりやした。兄貴はお人好しッスけど人を見る目だけは確かッスから一応信じることにするッス」

「うん。いつもゴメンね」


 今回の件が終わったら、バルドには何か奢ってあげよう。お酒でも風俗でも何でもいい。

 その後、お嬢様とニコラス、バルドと僕を入れた四人でパーティーを組んで小舟を借りる。何でもカンドラ出身の者は小舟の操縦ぐらい、出来て当たり前らしい。ついでに言うと乗馬も教養の範囲とのこと。


「ちょっと疑問に思ったことがあるんだけど、訊いても良い?」

「何かしら?」

「敢闘賞のこと。普通に考えれば賞金に目が眩んで不正を働く人が出ても不思議じゃないよね? その辺はどうしているの?」

『…………』


 あ、あれ……? なんでそんな呆れたような視線を向けられるの? もしかしてこれ、一般常識だったりする?


「ギルドが貸し出している記録符術ログを使うのよ。討伐部位と記録符術ログを照らし合わせることで不正を防ぐのよ。ギルドで冒険者登録するとき教えられなかった?」

「……そう言えばそんな説明もあったね」


 何しろ登録したのが半年前のことだし、僕の場合は記録符術ログがなくても死体を丸ごと【ストレージ】に収納できるからそういう心配をする必要がなかった。仮に嘘を吐いたとしても切り傷と得物、本人の剣筋を見れば一目瞭然だし、そもそも嘘を吐いてまで報酬額を吊り上げようなんて思ってもいなかった訳で……。


「もしかしてバルドも知ってた?」

「知ってるも何も、ギルドから借りてる記録符術ログは自分が管理してるッスから。兄貴はその辺疎そうだから自分が管理するようにウルゲンから言われてたッス」

「本当、カオルちゃんって変なところで常識に疎いよね。……あぁ、討伐前なのに凄く心配になってきた」

「それは……ゴメンナサイ」


 意図せずして出立前のパーティーに不安を持ち込んでしまったことに罪悪感を覚える。次からはこういうことがないように分からないことは後でこっそり訊くなり調べるなりするとしよう。

おまけ・薰の書いた遺書


藤堂さんへ

これを読んでいるということは僕はこの世にはいません。

僕の力及ばず自由にできなくて御免なさい。まぁ藤堂さんならきっと何とかしてくれると信じて草場の影……いえ、異世界ですし地続きでない可能性が高いので夜空の星になって見守ることにします。

それと、もし無事に日本に帰れたら箪笥の中身にある服は全部処分して下さい。間違っても僕の趣味じゃないのでそこだけは勘違いしないで下さい。



尚、エロ関係は母親に見つかっているので抵抗がない模様。

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