異世界生活の半分は他力本願
更新のスタンスとしては書き溜めた分を定期的に予約投稿で投下していく感じ。ストックがなくなったら告知してまた書き溜めます。
あぁ暇だ暇だ。最近の人間と来たら本当詰まらない奴が多いわ。その点ラノベはいい。異世界を舞台にした冒険活劇とか特にいい。
異世界に冒険活劇……うん。折角の機会だ。文科省のお偉いさん達がニートや予備軍に困ってるみたいだしそいつら纏めて異世界に投げ込んでおこう。
けどそれだけじゃ面白くないよな。うん、折角だしこの前作った世界に適当な学校の生徒でも送ってやろう。ついでにラノベにありがちなチート能力の特典なんかも付けて。
報酬は……まぁこのぐらいでいいか。放り込む学校のクラスも決めた。後は部下にやらせるだけだ。
………………うーん。皆してパニックだな。おかしいなぁ、ラノベの主人公に憧れてる連中の多いクラスを選んだつもりなんだけど、普通は喜ぶトコだろ? お前ら、俺が善意でチート能力選ぶ権利与えて異世界に送ってやったんだぞ? 少しは感謝ってモンを……おや? あそこの学生、豪気にも居眠りしてるじゃないか。
……あー、ついに最後の一人になっても気付かないままか。しかしこいつ、なかなか面白いな。なんつーか我が道を行くって感じ? 信念とかじゃなくて何処までもマイペースって感じだし……よし、そんなお前には俺が面白半分で選んだチート能力をやろう。こいつが今後、どんな物語を展開してくれるか楽しみだなぁ。
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ごおっと、風が唸りをあげる。それなりに筋肉の付いた腕を隆起させながら手にした得物を力任せに振るう。ふわっと、視界の片隅で髪の毛が数本、持っていかれる。だがそんなのは些末事だ。あんな一撃、直撃すれば無事では済まないのだから。
「おらぁあああっ!」
気合い裂帛。自分を鼓舞するように腹の底から雄叫びを上げて自らの得物を振り抜く。
刃渡り百センチを超えた肉厚の直剣は紫色の皮膚をした子鬼ことゴブリンの頸動脈を正確に捉える。
刃が食い込み、首を半分ほど切断する。ゴブリンは妖魔種の中では下級に数えられる魔物だが戦闘の素人が勝てるほど甘い相手ではない。
たかがゴブリン。されどゴブリン。一匹でも倒すことができれば上等だ。
誰がどう見ても致命傷と呼べる傷を負ったゴブリンには一瞥もせず、二匹目のゴブリンへ駆け抜けると同時に両手剣のバトルソードを振り抜き、その勢いを利用して上段から頭をかち割る勢いで振り下ろす。射程圏内にいた二匹目のゴブリンは抵抗する間もなく脳天をかち割られ、無残な死を遂げる。
こうして見ればなるほど。こちらが一方的な虐殺をしているように見えるが事実は違う。先のゴブリンと合わせて既に二十九匹目。残るは群れのリーダーのみ。
決して楽な戦闘ではない。それはここに至るまで出来た生傷が激闘であったことを物語っている。
人間と同じように集団で生活するゴブリンは多種多彩は武器を用いる。剣や斧のような近接武器から弓のような飛び道具。極稀に魔術を使えるほどの知能を持ったゴブリンメイジが存在するが今回は運良くそいつに遭遇することはなかった。
最後の一匹となったゴブリンと目が合い、ニヒルに笑った──ような気がした。奇しくも得物は同じ両手剣。だが彼我の実力差は決定的だ。例え満身創痍の身体であっても、油断でもしない限り不覚を取ることはない。
そうして、こちらの予想通り決着はすぐに付いた。
一瞬の激突。両手剣がぶつかり合い、火花を散らす。リーダー格のゴブリンは鍔迫り合いに持ち込むが、結果から言えばそれは悪手だ。真正面からの力比べに負けたゴブリンは腕力のみで押し返され、大きく体勢を崩す。その隙を突くようにバトルソードを水平に構え、喉笛を穿つように突き出す。
ドバッと、噴水のように赤黒い血が噴き出て大地を赤黒く染め上げる。こうして僕達が受けたゴブリン討伐の依頼は完了した。
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(うん。まぁ僕は何もしてないんだけどね)
数分前まで戦っていた相棒の手当てと簡単な食事を作りながら物思いに耽る。
僕こと最上薰は異世界に迷い込んだ。学校主催のオリエンテーションの帰り、バスの中で居眠りして目が覚めたら着の身着のまま異世界に居た。何を言ってるか分からねーと思うが僕も何をされたのかさっぱりだ……というポルナレフ状態のまま唐突に始まった異世界生活が半年前。
今は冒険者稼業(ネットゲームだと僕のしていることは寄生っていうらしい)をしながらその日暮らしをしている。
……まぁ、ライトノベルの主人公みたいにもの凄い能力持っている訳じゃないんだけどね。一応、それっぽい能力はあるけど、そっちについては今は割愛する方向で。
「バルド、あり合わせで作ったご飯だけど食べる?」
「押忍、いただきやす! 兄貴の作ったご飯にハズレはねぇッスから」
この、僕のことを兄貴と呼び慕い、ついさっきまでゴブリンと激闘を繰り広げていたのはバルド。丸太のような太い手足と百八十センチオーバー(十センチでいいから分けて欲しい!)の身長。無精髭に分厚い胸板の上にダイレクト羽織った獣の毛皮で作った上着がよく似合う。こういうのを見るとファンタジーだなって思う。日本なら絶対に捕まってるよね。
「ねぇ、バルド。やっぱり僕も戦った方が……」
「いや兄貴! 危険な状況ならともかかく普段は全部自分に任せておけばいいんです! 弟分である自分が兄貴の面倒を見るのは当然のことッス!」
「普通は逆だよね? ……まぁ僕は僕で採取以外の稼ぎ口探すけど」
「兄貴が今やっている吟遊詩人でも充分食っていけると思うスけど。……正直、歌に詳しくない自分でも兄貴の歌は聞き惚れるぐらいですから」
「そう言ってくれると嫌々してたボイトレにも意味があったと思えるから嬉しいよ」
正直、外見から判断すれば僕がバルドを兄貴と呼び慕う側であることは間違いない。
僕は、その……オタク用語で言うところの男の娘らしい。自分では普通だと思っているんだけど……。
肩まで伸ばした、シャンプーのCMに出てくる女性の人みたいにさらさらした黒髪に加えて、人の注目を集めるかのように左右の目の色が違う。
虹彩異色症というやつだ。僕の場合は両親が外国の血を引いている。海のような深みのある青と翡翠を思わせる碧。やはりというか当然というか、異世界でも僕の容姿は酷く目立つ。バルドが側にいるだけまだマシだけど。
「この依頼をギルドに提出した後はどうする? 装備の新調でもする?」
バルドと一緒に料理を平らげて、後片付けをしながらこの後の予定を訊く。日はまだ高いけど、日本と同じ感覚でいるのは危ない。特に明かりの類は絶望的と言っていい。
「そうッスね……討伐部位をギルドに提出して金をもらったら……まぁ自由行動でいいと思います。……ところで兄貴。兄貴は娼館なんかに行ったりはしないんスか? 兄貴ならきっと娼婦にモテモテだと思うんですが」
「しょ、娼館!? ぼ、僕はいいよそういうのはッ。ていうかまだ早いと思うし! そ、そういうバルドこそ行ったら? 別に僕に遠慮しなくてもいいから」
「自分はまたの機会で。それよりは兄貴の装備を買うのはどうスか。いくら兄貴が、スキルのせいでまともに戦えないとは言え、兄貴も冒険者を名乗る以上、剣の一つ提げて損はないかと思うッス」
バルドの言う通り、かも知れない。
ヘタレの言い訳だけど、戦闘技能が壊滅的であっても、ここは僕の居た世界とは違う。
正当防衛であるなら殺人罪が適用されない。
町から出れば魔物に食い殺される。
社会的弱者を庇護する法律が圧倒的に少ない。
こんな世界で生き延びるとするなら、やっぱりバルドの言う通り護身用に剣の一つぐらいは持っていた方がいいと思う、けど……。
「やっぱり剣はちょっと無理かも。乱暴なことはどうしてもさ……」
「でしたら、棒術なんてどうでしょう。あれなら必要以上に相手を傷付けたりはしやせんし、武器以外にも使い道はあるかと」
「じゃあそれにしようか」
……本当、何から何までバルド任せだな、僕。
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僕とバルドが活動拠点にしているカンドラは巨大な港町だ。
エルビスト王国は勿論、世界最大規模の港町として栄えているカンドラはもはやメガロポリスと言っても過言じゃない。
カンドラに住まう住民の人口数は約五千万人。城壁の外側に住む住民や渡り鳥のように各地を転々とする冒険者を含めればもっと凄いことになる。これだけでエルビスト王国が如何に大国であるかを知ることが出来る。
領主様や爵位を持つ貴族様が住む、丘の上にある上級区は立ち入るだけで特別な許可が必要なエリア。僕もバルドも、出来ることならお世話になりたくない。権謀術数的な意味で。
多くの商人や富裕層、Aランク冒険者御用達の高級宿に武具店、珍品をメインに扱う市場が建ち並ぶ中級区。常に常駐騎士が目を光らせているこの地区では犯罪の類が少ない。いつかはこの地区で暮らしたい。お風呂あるし。
そして僕とバルドが暫定的に住んでいる、尤も面積の広い下級区。カンドラで尤も面積が広い地区はまさに建物や倉庫が所狭しと並んでいる。新鮮な魚や果物が並ぶ露店通りに港で労働に勤しむ地元の住民。犯罪に遭って嘆く人々から昼間から酒を煽って騒ぐ者、或いは観光に来てみたはいいが町の空気に圧倒される者まで、下級区には色んな人間が住んでいる。
「うぅ、この空気やっぱり慣れないよ」
何がなれないのかと訊かれたら、通行人の女性比率が多いことに慣れない。
驚いたことに、僕が迷い込んだこの異世界は女尊男卑の世界だ。冒険者の半分以上が女性で、一般人でも名前を知っている凄腕冒険者も殆どが女性。何でも男は女の為に汗水垂らして働くのが社会常識らしい。それとなく一昔前の日本と少し似ている。男が家の為に働くのは異世界でも共通認識みたいだけど。
肉体面で男に劣っている筈の女性がどうして社会的に高い地位を獲得しているか?
それは精霊が関係しているからだと聞かされた。
何でも、精霊は美しい女性を好み、気に入った女性に力を与えるらしい。
即ち、魔術の存在だ。
勿論、精霊に好かれたからと言ってすぐ魔術が使える訳じゃなくて、キチンと精霊を祭っている神殿に赴いて精霊王を模した像の前で誓いを立てるのが条件だ。基本的にその領域は男子禁制で、その辺はかなり徹底されている。神殿に不法侵入した男は即死刑、なんて話もあるくらいだ。
魔術を独占できる女性が魔物蔓延る世界で社会的に強い立場になれたのはある意味当然の帰結と言っていい。魔術の使えない男達は必然、スキルと呼ばれる力に頼るしかない。当然、女性もスキルは使える。
地力の差が違い過ぎて同情するよ。本当に……。
因みに女尊男卑だからと言って男の地位が低い訳じゃなくて、魔術の使える女性の方が冒険者として大成しやすいし、重要職に就いている人も女性が多いだけで男が蔑ろになっている訳じゃないみたいだ。ちゃんと男も社会進出してるみたいだしね。
閑話休題。
依頼を終えた僕達(というか百パーセントバルドの手柄だけど)は一先ず冒険者ギルドへ立ち寄って報告を兼ねて戦利品を換金することにした。
ぎぃっと、両開きタイプの扉を開けるとホールの半分を埋める女性冒険者が礼儀正しく椅子に座り、互いにレベルの報告をしたり、ご飯を食べたりブリーフィングをしている。これに対して、男の冒険者はやっぱり肩身が狭い。テーブル席は勿論、カウンター席も女性優先だから掲示板から依頼書を持って行って受付に提出。後はそそくさと何処かへ行ってしまう。
「おう、来たか」
この半年間で随分と親しくなったギルドの事務員の前まで来る。始めてここに来たとき、美人で優しい受付嬢を期待していたのは誰にも言えない。
「ゴブリンの討伐依頼が終わったんで受理してくれ。あーあと、戦利品を売りたいんで鑑定の方も頼む」
バルド、いつも思うけど僕以外の人だと急にタメ口になるよね。なんで?
「…………マジか?」
「うん。……【ストレージ】に死体を入れてるからあっちの倉庫で」
周りを意識して、声を潜めて話す。異世界に来た弾みなのか、地球で磨いた技能を含めて僕はかなりのスキルを持っている。その中に【ストレージ】という、レアスキルの中でも特別珍しいレアスキルを持っている。平たく言うとゲームのキャラクター達が明らかに嵩張る装備品を沢山持っているにも関わらず手ぶらみたいに持ち運べるあれ。子供の頃は全然気にしなかったけど冷静に考えると凄い荷物になるよね、あれ。僕なんかは武器とか売るのに何故か抵抗を感じる人だったから、僕が操っていた主人公たちの所持品は凄いことになっていた。他にも色んな機能が付いているけどそっちの説明はまた次の機会に。
とにかくこれのお陰で僕達は完全に手ぶらで活動できる。収納数や重量に制限はない。流石に生き物は入らないけど生き物でなければ何でも入る。
以前、どのぐらいの物まで入るかテストしてみたところ、一軒家ぐらいはある巨大な岩も動かせる状態なら当たり前のように【ストレージ】が機能した。勿論、僕自身に変化はない。
極めつけは食べ物だ。詳しい原理は考えないようにしているけど、牛乳とか生肉とか、そのままだと足の早い物を【ストレージ】の中に入れておくと入れる直前の状態のままになる。実際、ホットミルクを収納して半日後に取り出すと普通に湯気が立っていたときはバルドと一緒に空いた口がしばらく塞がらなかった。
そんな訳で僕は今のところ、僕が信頼も信用もしているバルド以外の人と組む気はないし、【ストレージ】目当てで勧誘する女性冒険者と組む気にもなれない。
まぁ、【ストレージ】を隠したいからっていう理由は半分……いや、四割くらいかな。
「これが証拠です」
某VRMMOを題材にしたアニメよろしく、仮想ウィンド(この世界ではこれが当たり前みたいだ)を操作してゴブリンの死体を一斉放出する。
どんっと、小山のように積み重なったゴブリンを見て、思わず溜め息を漏らす受付に座っていた事務員ことウルゲンさん。御年三十五歳。もうすぐ一児のパパ。
「これは驚いた。お前等があまりにしつこいんで出してやった依頼だが、まさか本当に達成するとは。それもたった二人で」
「ウルゲンさん、これをやったのはバルドだよ。僕は何もしてない」
「…………お前、何してた?」
「えーっと……薬草採取?」
「この程度の依頼で兄貴の手を煩わせる必要はねぇよ。それに元々兄貴は荷物持ち担当だしよ。……ほら、早いトコ鑑定の方を頼むぜ」
「あ、あぁ……分かった」
「あ、ついでに薬草の鑑定もお願いします」
さり気なく採取した薬草も出して、査定が終了するのを待つ。ゴブリンが使っていた武器はすり潰して再利用できるし、死体は試し切りや錬金術の材料に使える。物によっては専門の店まで出向いて直接売った方がいい物もある。
「ふぅ……相変わらず状態がいいな。ゴブリンの死体も買い取る分には申し分ない。……で、死体が三十に薬草が五セットだから……銀貨四十枚だ」
……いつも思うけど、なんでこの世界の人達は単位で言わないんだろう?
(銀貨四十枚ってことは四万ゴールドか。今借りてる宿屋の追加料金と装備を購入したら殆ど手元にお金が残らないな)
報酬額は……妥当なところかな。これが適正相場であることは調査済み。ただ、この金額だと装備の新調は次回にした方がいいね。
「分かった。それで手を打とう」
バルドはちょっと不満があるみたいだけど、僕の下した決断だからってことで何も言わない。
倉庫を出て受付でお盆の上に乗った報酬額を受け取る。分け前はバルドが二十枚で僕が十枚、残りは共通財産として貯金する。宿代や長旅に必要な物は全部ここから出すことにしている。
バルドは最後まで十枚で良いと言ってたけど、流石に何もしてない人間がしている人と同じ取り分というのは虫の居所が悪い。だからどうにかバルドに妥協してもらった。
「それで兄貴、今日はこれからどうします? 自分は店を見回ってから宿屋へ帰りますが」
「僕は小遣い稼ぎしてから帰るよ。宿の手続きは僕がしておくから」
「分かりました。では兄貴、お気を付けて」
冒険者ギルドの前で別れていざ個人行動。下級区は犯罪の類も多いけど、僕の場合はスられる心配がないし、人通りの多い表通りを歩いていれば面倒なトラブルは避けられる。
「はぁ、いつ見てもカンドラの下級区は凄いな」
今、僕が置かれた状況を分かりやすく説明すると歩行者天国に近い。それも平民に混ざって武装した冒険者や警備員が当たり前のようにいる。下級区だけでも一千万人は肥えてるんじゃないかな?
そんなことを頭の片隅で考えながら人の波に押し流されないよう注意しながら露店で遅めの昼食を取る。
「おじさん、今日は何が入ってる?」
「おう、誰かと思えば色っぺー兄ちゃんじゃねぇか! 相変わらず女みたいな顔してんなッ! 今日はセカンドディアのお勧めだよ!」
「セカンドディア!?」
露店のおじさんの言葉に思わず色めき立つ。
セカンドディア。それは地球で言うところのカルビだ。特に味付けをしている訳でもないのに一晩タレに漬け込んだような芳醇な味わいと肉特有の野性味ある味が特徴的だ。
余談だけどセカンドディアは季節によって呼び方も味も変わる。セカンドディアは夏、秋と冬はオールタイムディア。そして一番味が良いとされる春がファーストディア。
「どうだい、カオルちゃん。カオルちゃんなら特別に一本銀貨一枚でサービスしてあげるけど、買うかい?」
……この瞬間、今日の報酬の使い道は決定した。
「おじさん、セカンドディアの串焼き二十本下さい!」
人間、やっぱり花より団子だよね!