3、眼鏡を選びながらブルーになる
敏腕眼科医に書いてもらった処方箋をもって眼科と隣接しているレンズ店に入った。
色とりどりの色々な形の眼鏡が棚に飾られている。
とてもウキウキする。この中から新しい友達(注:眼鏡の事)を見つけよう。
一人で色々物色していたら店の男性が私に近づいて来た。
名札には名前の前に”店長”の二文字。店長様が直々にお目見えだ。
「いらっしゃいませ。コンタクトレンズのお買い求めですか。処方箋があるのならお預かりします。」
「ア、イエ。眼鏡を作りたいんです。これ、眼鏡の処方箋です。」
コンタクトレンズは頻度高く使う訳ではないのでそんなに重要視していない。
ネットの通販でもっと安く買えばいい。コンタクトレンズの処方箋ももらってあるしそれでいいと思う。
それよりも、今までの「見えてはいるけど疲れる眼鏡」から早く卒業して、「ブレない、クリアな明るい世界」を映し出してくれる”おNew眼鏡”を作る方が重要だ。
眼鏡は好きだから今も5本位持っているけどその全部が疲れる眼鏡なんだもの。
今日、新しい眼鏡を作って疲れ目とはお別れしたい。
それに、今日買えば今付いているプライスからさらに30%オフで眼鏡が手に入る。
店長様とやらは笑顔を作りながら私にこう言う
「どんな眼鏡をお求めですか。お手伝いいたしますよ」
「ア、イエ。別に。自分で気に入ったものがあれば何でもいいです」
「でしたら、お客様、知的に見えるこちらはいかがでしょう?」
店長様が持って来たのはフォックスフレーム。目尻が上がったレンズが小さいものだ。
私の求めている眼鏡とはちょっと違った。
「ア、イエ。どちらかというと四角くて大きいウェリントンタイプが良いんですよ。
オーバルとかフォックスとか小さいのは今日はいいです。ハーフリムも持っているからいらない。」
等と私も知った風な口を利く。 この店に入ってまだ数分しかたっていないのに私は
「ア、イエ。」
と立て続けに3回も否定してしまった。
「かしこまりました。お持ちします」
そう言って店長様はしつこくお供をしたがる。正直言うと邪魔だ。一人でゆっくり選びたい。
「いや、いいです。自分で探します。決まったらまた声掛けますから。」
これ以上「ア、イエ」と言うのもなんだか気分的に面白くない。
私は眼鏡を手にしながら店長の顔は見ずにそっけなくそう答えた。
「かしこまりました。では何か御用があるときはすぐにお声掛けください」
ちょっと残念そうだったが、そう言って店長様は店の奥へ消えた。
眼鏡を選ぶのは好きな人となら面白い。
「こんなのどう?」
とか
「これいいねー」
とか言いながらイチャイチャする眼鏡デートは大好きだ。
でも、どうでもいい相手と眼鏡を選ぶ気にはならない。
どうでもいい相手に眼鏡を外した素顔、見せたくない。
それは私だけのこだわりかもしれないけど。
自分が眼鏡が好きだから、やっぱり男性も眼鏡の似合う人がいい。
自分ではまあ人並みくらいだと思っている男性遍歴の中で、眼鏡の似合う殿方、所謂”眼鏡男子”と私は一度だけ付き合ったことがある。
本当に眼鏡の似合う人だった。白や黄色や赤のフレームの似合う男性と出会ったという記憶が一度もなかったけのだれど、彼は原色オンパレードの眼鏡をさらっとかけこなして自分のものにした。
そして眼鏡をかけると本当に眼鏡が顔の一部になるんだ。眼鏡に選ばれているのではない。自分で眼鏡を選んでかけこなしていた。私は彼を超える眼鏡の似合う男性に未だかつて出会ったことはない。
その人とのデートの殆どは”眼鏡屋デート”だった。言うまでもなくイチャイチャしながら眼鏡を選んだ。買わなくても何分も店に入り浸って眼鏡をかけまくってキャーキャー言って笑った。眼鏡屋を5件くらいハシゴしたこともあった。
あの時は楽しかったな。一人で黙々と眼鏡を選んでいる今が、ちょっと切ない。
そして、一人で20分くらい物色した結果、私は紫色のウエリントンタイプの眼鏡を買った。
紫、ちょっとエッチぽくて個性的で好き。何しろ私は紫色のカラコンをして世の中を紫色の世界で見ていた女だ。
「これにします。」
元カレのことを思い出し少しブルーになった私は、やや不機嫌気味に、さっきの店長様ではなく他の女性店員に選んだフレームを手渡した。
乱視軸に合わせたレンズを入れ、眼鏡のかかり具合の微調整をした後、会計を済ませて家に帰る。