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あかいせの短編シリーズ

黄色いハンカチ

作者: 赤井瀬 戸草

  僕が小学校三年生ぐらいの頃の話だ。

  僕は昔『はっちゃん』と呼ばれていた。当然、小学生のつけるあだ名だから、命名した理由は僕の苗字が“八戸(はちのへ)”だからという安直なものだった。でも、僕がそのあだ名で呼ばれることを不快に思っていた訳でもないし、語呂も良かったので、このあだ名はすぐ馴染んだ。

  幼馴染みの一人は昔『はっちー』と呼ばれていた。当然、小学生のつけるあだ名だから、命名した理由は彼の苗字が“八峰(やつみね)”だからという安直なものだった。でも、彼はこのあだ名を「親しみやすい」と気に入ったし、皆も呼びやすかったので、このあだ名はすぐ馴染んだ。

  親友の一人は昔『はちもん』と呼ばれていた。当然、小学生のつけるあだ名だから、命名した理由は彼の苗字が“蜂本(はちもと)”だからという安直なものだった。でも、彼はこのあだ名を「関西人みたいでいい人そうな感じじゃね?」とか訳の分からないことを言いつつ気に入っていたし、皆も呼びやすかったので、このあだ名はすぐ馴染んだ。

  僕らは仲良しで、いつも一緒だった。クラスメイトたちからはあだ名の“はち”繋がりで『ハチトリオ』と三人なんだか八人なんだかよく分からない呼び方をされていたけど、別に僕らもそれに腹を立てることはなく、だからこそ『ハチトリオ』はクラスに馴染んでいった。

  でも、そのあだ名はすぐに使われなくなってしまった。はっちーが、交通事故で亡くなってしまったからだ。

  彼はクラスの人気者で、ムードメーカーだった。彼がくだらないギャグを言ったら皆が笑ったし、彼が凄いことをしたら皆が拍手を送った。だから、彼が死んでしまったとき、皆が悲しくなって泣いた。きっと彼が今も生きていたら、この間の同窓会はもっと楽しかったんだろう。

『ハチトリオ』は、はっちーが死んだその日から『ハチコンビ』になった。でも、皆が『ハチコンビ』って言うたびに、皆はっちーがいないのが悲しくなったから、『ハチコンビ』というあだ名はクラスに馴染まなかった。

  はっちーがクラスからいなくなってから、何ヵ月か経った。皆、はっちーのことを忘れたわけではなかったけど、それでもなんとか頭の片隅にそれを追いやって、楽しく過ごし始めていた。

  ある日、僕らは近所の古びて寂れた神社に集まって遊んでいた。確か5人ぐらい集まっていただろうか。その時は、缶けり、鬼ごっこ、かくれんぼをするか、近所の駄菓子屋に行くかで話し合っていた。

  缶けりは、缶がないのでしないことになった。

  鬼ごっこも、走りの速い子と遅い子がいたのでしないことになった。

  駄菓子屋に行くのは、お金がなかったから行かないことにした。

  だから、僕たちはかくれんぼをすることになった。

 じゃんけんで負け、僕は鬼になった。僕が腕で目を隠し、木に寄りかかって「いーち、にーい、さーん」と数え始めると、皆が蜘蛛の子を散らすように走り去っていく音が聞こえた。

「にーじゅきゅう、さんじゅう……もういいかーい」……「まーだだよー」……「もういいかーい」……「もういいよー」

  声の後、辺りを見渡してみると、しんとしていて神社には僕だけがいるみたいだった。

  辺りには、誰もいなかった。

  当たり前だけど。

  最初に、僕は井戸の裏を探しに行った。思った通り、友達の一人(名前は忘れてしまったけど……)が小さく、はいつくばるようにして隠れていた。

「はっちゃん、見つけるの早いよー」と、友達は残念そうに言った。

  次に、社務所の奥を探しに行った。社務所の周りに隠れるなんてマヌケな子はいなかったけど、ガタガタと何かが動く音がするので社務所の裏の倉庫のところに行くと、中に二人目の友達が隠れていた。

「おしっこに行きたかったんだけど、じっとしてると漏れちゃいそうだったんだ」

  そう言って、友達は林の奥に駆け込んでいった。

  その後、僕は見つけた二人の友達にヒントを訊いた。僕らがいつもしていたかくれんぼには、見つけた人から残った人の隠れ場所のヒントを訊けるという特別ルールがあった。

  友達に残りの二人の場所を訊いてみると、一人は林の中に、もう一人は社務所の近くにいるよ、と教えてくれた。

  残りの二人はとてもうまく隠れていた。社務所の近くにいる、と言われていた子は、社務所の賽銭箱の前の階段の下に隠れていた。小学3年生の小さな身体だからこそできる隠れ方だった。

「どう?結構見つけるの難しかったでしょ?」そう言う友達の顔は蜘蛛の巣まみれで、はがすのが大変そうだった。

  あと隠れているのは、はちもんだった。彼は林のどこかに潜んでいるらしい。

  僕は林の中に駆け込んでいった。見えるのは木ばかりで、どこに隠れているかなんて分かりもしない。

  僕が木々をくぐり抜けてはちもんを探していると、ガサ、と木の葉の揺れる音がした。

  僕は後ろを振り向くけど、何もいない。「蛇でもいるのか?」と思ったけど、その蛇も姿を現さなかった。僕はもう一度、林を探しなおそうと思って、林の入り口の方に戻ろうとした。

  その時、踏んだ落ち葉の山は妙に固かった。

「痛たたたたたっ!!」という声が足元からいきなり響いたので、僕はびっくりしてそこを飛び退いた。

  僕が踏んだ落ち葉の山から、落ち葉を舞い散らせてはちもんが飛び出してきた。それで妙に固かったのか、あの落ち葉の山。

「ゴメン、はちもん大丈夫!?そんなところに隠れてるなんて知らなかったんだ!」

「いいよいいよ、うまく隠れすぎちゃった」

  そう言って、涙目のはちもんは笑う。

「本当にごめんね……あれ?」

  僕は落ち葉だらけの足下に、黄色いハンカチを見つけた。

「あ!これって、はっちーの失くしてたハンカチじゃない!?」とはちもんが大声で言った。

  そうだ。これは、はっちーのだ。はっちーがいなくなる前、この5人とはっちーでかくれんぼをしていた時に、失くしてしまっていた黄色いハンカチ。あの時は、皆で一生懸命さがしても見つからなかったけど、こんな所にあるとは思わなかった。

「……こんな所にあったんだね、はっちーのハンカチ」

「……なんか、はっちーのハンカチって言うとごちゃごちゃするな」

「……そうだね」

「はっちー、そういえばここに隠れてたね」

「全然見つからなかったもんな」

  僕らはかくれんぼの後、話し合って、見つけたハンカチをはっちーのお母さんの所に持っていくことにした。それが一番いいだろう、ということになった。

  僕らは賽銭箱の前に座った。僕は賽銭箱の上に置いてある、黄色いハンカチを見つめた。そして、悲しくなって泣いた。皆も一緒に泣いた。

  はっちーの黄色いハンカチ。

  それは、僕らがはっちーと遊んだ記憶だった。

  それは、僕らがはっちーと居た記録だった。

  もう思い出の中にしか彼はいないけど。

  確かに彼はここに居た。

  確かに彼はここで生きた。

  そう思い出して、今でも時々泣きそうになる。

  でも、彼はもうここにいない。

  でも、僕らはここにいる。

  生きている。

  だから僕らは人生を歩いて、歩んでいく。

  僕らがはっちーと次に会えるのはいつだろう。あの世?来世?それとももう会えないかもしれない。

  でも、出来るならもう一度会いたい。

  気がつくと、辺りは夕日に照らされてオレンジ色に染まっていた。5時のサイレンが辺りに響く。

「……帰ろうか。このハンカチ、渡さなくちゃ」

「そうだね、行こう」

  僕らは神社の鳥居に向かって歩き出した。

  夕日がまぶしかった。

 

  「まーだだよっ!」


  はっちーの声が聞こえた。

「!?」

  びっくりして、皆が後ろを振り向いた。

  オレンジ色の社務所がたたずむだけで、そこには誰もいなかった。



 “会うは別れの始め。”

  [黄色いハンカチとかくれんぼの話

  終わり]



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