装飾品としての正妃
「好きな方ができたのでしたら、囲えばいいでしょう」
ある日、王は私付きの侍女を愛してしまったと告白した。
私は、この王ならばあり得ると納得した。彼は弱い。王としては無情になれず、かといって、王位を捨てるほどの勇気も持ちあわせていない。
ただ、まっすぐと、私の目を捨てられた動物のような目をしてみつめてくる。私の助言に是とも、否とも言えないのが、この国の王だ。
「私に言って、何が解決するのでしょうか。あなたは私を廃嫡してあの子を正妃としたいのかしら。それとも、側妃として迎え上げる許可をもらいたいのかしら。それとも、いっそ王位を返上して、市井で暮らすとでも」
まっすぐと彼の目をねめつける。
「そのどれでもない。ただ君に知っていてほしかったんだ」
「えぇ、そうね。あなたは、いつもそう。私に知らせて、私が動くのを待っている。あの子との仲をお膳立てすればよろしいのかしら。馬鹿にしないでくださる」
この王は、王という役柄も演じられず度量もなく、人としての機能も欠いているのではないかと思うくらいに凡庸だ。
「いや、君は本当に何もしなくていいんだ。私も彼女とどうこうなろうとは思っていない。ただ、私の心が君にないということを知っておいてもらうべきだと考えたんだ。君と私は、一生を共に歩んでいくことになるから」
「一生を過ごしていく相手に心がないなんて、よくおっしゃれるわ」
最低。その一言はどうにか付け加えないで、心の中にしまっておいた。
「私は君を伴侶として尊敬している。ただ、彼女を愛してしまった。できれば、彼女にやさしくしてやってほしい」
「えぇ、えぇ。優しくいたしますわ」
私がほかの侍女と区別して優しくすれば彼女は同僚からやっかみを受けるだろう。それを分かっていっているのか、それとも、分かっていないのか。分かっていないから、そのようなことが言えるのだろうが、本当に彼は、統治者に向いていない。上に立つ心構えが帝王学を受けていながら、自分のものとすることができていないのだ。
「ありがとう。君ならそういってくれると思ったよ」
「あなたのおっしゃる通り、彼女には優しくしました」
私は王が愛した侍女を特別に可愛がった。もちろん、理由もなく、王妃に可愛がられる侍女は精神を病んでいった。同僚からの嫌がらせも受けていたとの報告もあったし、私を崇拝する騎士からの強姦まがいの脅迫を受けたこともあったらしい。
王妃は、王妃としての役目をできる人形として、城下でも、城内でも崇拝されていた。高貴なものとしての気高さと、人間味がある暖かさをきちんともった統治者として、人々から理想の王妃として敬われていた。だからこそ、宗教において、神を崇め、奉るように盲信している者も多かった。そもそも、我が国において、王族とは現人神であったので、彼らの信仰心にするりとカリスマ性を持った理想の統治者は忍び込む。
「あぁ。彼女は城をやめ、実家に帰るそうだ」
彼は、深いため息をつき、ことの顛末を悲しんでいた。
「あなたは分かっていたのかしら」
私はこらえきれず、彼に尋ねた。
「何をだ」
言葉足らずの疑問を理解できなかった彼は怪訝な顔をしていた。
「あなたが、私に、愛している、ということを伝える意味を」
言葉を継ぎ足しても彼には理解ができないという顔をしていた。
「私に何を求めていたの。あの子を追い詰めてほしかったの。それとも、本当に大切になさりたかったのかしら」
「ただ彼女を愛してたんだ。その感情を君と分かち合いたかった」
「ふふふ。思わず笑ってしまったわ。あなたのおっしゃることが荒唐無稽な与太話でしたので」
「君はいつもそうだね。私の話を真剣には聞こうとしない」
「真剣に聞いています。あなたが私に見合ったお話をおっしゃらないだけです」
少なくとも、私はこの男を好いていた。どうしようもない子供っぽさをいつまでも持っている彼を尊敬してもいた。
「私は君と家族になりたいんだ」
「家族ですよ。それよりも、王族というすべての家族の父であり母でならなければいけないのです」
「そうなるために、私たちは家族でありたいのだ」
「家族になろうという私の努力を踏みにじったのはあなたではないですか」
ほんとうにふざけた男だ。何を考えているのか全く理解ができない。家族になりたいといった口で、ほかの女を愛したなんてよく言える。
「臣民は私たちの子供なのであろう。ならば、君も彼女を愛せばいいだろう」
この男は帝王学を受けただけあって、少し、いやかなり一般の人々と考えることがずれていることが如実にわかる発言だ。どこの恋愛小説にそんな言葉が載せられる。どこの恋人たちが、そのような愛の言葉をささやきあう。
「あなたは少しものの道理というものを知ったほうがよろしいと思います」
「私のほうがものの道理は知っていると思うがな。君は少し変わっているから」
「なんですって」と叫んで、ほおを叩き飛ばしてやりたい衝動に駆られるが、すんでのところで抑える。
彼が常識という代償によって、よき為政者になれるのならば、彼の人としての幸福や私の女としての幸せは犠牲になるべきものだ。王としてではなく、一人の人間としての幸せを求める方法さえ知らずに、ただ政を執り行うことに人生を捧げなければいけない彼は可哀そうな人なのだから。
王
王妃が好きで、正妃に進言した。本人は気づいていない。正妃としての立場にふさわしい身分の高い女として気にかけていただけだとしか思っていない。実は小動物や女子どもといった可愛いものに目がない。周囲も本人も気づいていない。だから、少女を好きなのは可愛いものを愛でて、王妃と共有したいと思っただけ。
王妃
有能。貴族の中でも高い身分であったが驕ることもなく、身分が高い人にも低いものにも好かれている。なまじっか頭がいいため男の学問にも手を出していて、少し変わり者扱いされていたが、要領がいいので、変人扱いわされていない。王は可愛そう(=可哀想)な気持ち。
王に愛された侍女
最近出世した侍女。見かけが人形のような可愛さではなく、小動物的な癒しを表したような可愛らしさ。けっこうドジもするがそこが可愛いと周りに受けているし、被害も小さいものしか行わないので周囲に可愛がられている。しかし、王&王妃のカリスマ性に魅かれている狂信者たちに左遷および嫌がらせを受けて、悩む。しかし、動物的なので移動先が地元だったので、泣菫もそのままで帰れることになったので、むしろ喜んでいる。