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小春日和

 放課後になった。私は莉心と一緒に帰ろうとしたのだが、彼女には用事があるらしい。


「ごめん、小春。あたし当番があるのすっかり忘れちゃってて。すぐに終わらせてくるから待っててくれる?」


 さもありなん。私が待つのは当然である。


「うん、待ってる。私なら大丈夫だから」


 ありがとー、と莉心が駈け出そうとした時、ふんわりと甘くていい香りが漂ってきた。


「あれ、なんかいいにおい」


「お菓子でも作ってるのかな?」


 莉心は持ち前の行動力ですたすたと匂いのする方角へと歩いて行ってしまった。


「ちょっと莉心。用事は?」


「大丈夫、行けばいいんだから。それよりもほら小春、正体が分かったよ」


 莉心が手招きをする。うう、そういうのすごく苦手だ。でも仕方なく近づくと莉心はなんと調理室の窓を開けて覗き込んでいた。


(りーこー)


 と私は声にならない声で叫ぶ。莉心はそんなことおかまいなしで人差し指を立て、しーっというとまた手招きをした。

 私は諦め半分で覗き込む。


 調理室の中には一人の青年がいた。アイボリー色の御曹司を思わせる上品なショートカット、若葉色の瞳、男らしくも肌は真っ白で華奢な雰囲気。


(あれ、誰だろう)


 私にはとんと覚えがない。もしかしたら芸能活動をしていて学校にあまり来ない生徒なのだろうか。


「ね、小春。見てよかったでしょ」

「ねぇ、莉心。あれ誰かなぁ」

「知らないの?あの春王子を知らないの?」


 莉心によると彼は篠崎春兎しのざき はるとといい、私達の一学年上の学園の王子様と冠されているこの辺じゃ有名な人らしい。

 よくある「外見だけ王子」らしく、いつも無口で魂が抜けたようにボーっとしていることが多く、近づきがたいことこの上ないらしい。そんな彼が唯一興味を持っているのが料理ということらしいのだが。


「なんでか知らないけどあんまり部活には出てないんだってさあ。せっかく調理研究会に入ってるのにねぇ。つまらないのなら、部長になって好き勝手したらいいのに」


 莉心はそう軽くいうが、本当にしてしまうから怖い。


「それで、ここで一人料理してるの?それってなんか矛盾してない?」

「そうだよねー。ま、ホントの事は本人にしか分からないけど」


 じゃあ、あたしは行くね。と莉心はさくさくと去って行った。

 


 私は一瞬パニクったが、なんとか平静を取り戻し歩き出す。


(あ、そうだ。何もあの教室で待つこと無いよね)


 私がそんなことを思いついたのは、魔法の練習をしようと思ったからである。

 ちゃちな火だろうがなんだろうが、練習しておいて損はない。

 たとえそれが「命」が懸っていようとも、このチャンスを逃したくないのだ。


(もしかしたら、これからモンスターに遭遇するという可能性も無きにしも非ず)


 そう、主人公が不思議な力を発揮した数日後。新たな展開として現れる謎の刺客。


(もう遭遇したと言っても過言ではないけれど)


 そう、発言したと同時にもしかしたら抹殺しに来たとも考えられる「鳩屋」の登場。

 彼は私を殺しに来たのではないか。そんな後ろ向きなことを一瞬考える。


(でもねぇ。火力が強いわけでも目立つわけでもないのにいきなり殺しに来たりするかな?それに殺しに来たんならもうとっくに殺しにかかってるよね)


 「鳩屋」の事は詳しく知らないが、あの数時間の遭遇で彼が躊躇なくそうした行動を取れる人間だということは気配で察していた。


(ばれたら殺される、か)


 大丈夫、見られたとしてもマッチ程度の火だし。そんな大仰な心配は火が手の平サイズを超えてから考えよう、と呑気にかまえた。


 人気のない教室で水を張ったバケツを前にしゃがみこみ、忍者が忍術を使うような格好になって念じ始める。

 関係の無い人がぱっときたら間違いなく変な誤解を受ける。そんな状況である。


(とりあえず、火よ出ろ)


 うーん、と唸るとボッとライター程の火が出た。だが、二、三秒するとすぐに消える。


 よしよし、と気をよくして今度は時間を長くする練習に入る。


(うおおーっ)


 さっきより強く念じてみる。が、どうしたことか火は全く出る気配がしなかった。

 一体どうしたのだろう。もしかしてもう私の魔法人生は終わりなのだろうか?

 どっと全身から脂汗が噴き出す。指先から火が出ただけで終わり?指先から火が出て、それで人に殺されると脅されて、いきつけのゲーム店が壊滅状態になって終わり?年をとったら「私も昔は指先からライター程度の火がでてねえ」なんて孫を驚かせるくらいの話しで終わり?


 冗談じゃない、やっとつかんだ二次元への扉、そう簡単に手放してたまるか。


 それから私は十分ほど全力で唸り続けたが火は出ることはなかった。


 現代で乙女が魔法をちょびっとだけ使えたらこうなる 完


「こんなところで終わってたまるかぁあああああ!」


 私は断末魔の声をあげて死力を振り絞り腕を振り上げた。まさに全身全霊。これから死ぬんじゃないかってくらいの全力投球である。


「はぁああ!」


 指先を水面に叩きつけるように付きつける。


 ボッ


 おなじみのあの音が聞こえ、私はほっと胸をなでおろした。


「お、便利だな」

「わあああああああああああああああああああああああ」


 死ぬかと思った。もう火が出ないと思った時より死ぬかと思った。

 声がした瞬間振り向いたら、さっきの春王子がこちらを見ている。さっきの私達のように窓から、王子は頬に手をついたポーズでまるで絵画のようだ。


「ああ、前見ないと危ないぞ」

「ああああっ、なんてこった」


 見ると指先から細く炎が噴き出し続けていた。それはさながら小さな火炎放射機のようだ。その火はバケツの中に問題無く吸い込まれ続けていた。

 私がやっべ消えないかなと思うと、自動的に消えていった。思わず指を抱きしめて、どうしたらいいのか考え込む。


(どうしたらいいのか全く分からない。やばい、これはやばいぞ)


 まず、この状況をどう説明したらいいのか。というかさっきの私の痛い行動をまるっと見られたのではないか、だとしたらまずはその説明から始めなければ。

 それよりもまず、「先輩ごきげんよう」と優雅に挨拶して、むしろそれで逃げるべきなんじゃないか。ということを考えた。


「なぁ」

「はい」

「悪いんだけど、ちょっと一緒に来てくれないかな」

「え?」


 がしっと手を掴まれる。そういえば、こういった事最近あったような。

 なんだか大事な事を忘れている気がするまま、王子に引っ張られ調理室に入って行った。


「ちょうどよかった。職員室に行くのめんどくてさぁ。矢代兄(家庭科の男性教師)に色々言われるから」


 私の前には調理台のコンロがあった。

 なんか嫌な予感がする。


「このコンロね、ちょっと壊れてて。でもどうしても相性がいいからこのコンロ使いたいんだ。という訳で君の火貸してくれない?」


 そんな、ちょっと煙草の火貸してみたいに言われても。

 春王子は首をかしげながら私に問いかける。といっても、小首をかしげているのはコンロを見ながらなんだからだけど。それにしても結構な破壊力だ。

 春王子の美貌は「美人薄命」といった感じの美しさだった。そこらへんの女子が手をとろうものならボキリと折れそうなくらいの。

 だがさっき私の手を引いた王子の力はさすが男子といった感じで力強く、そのへんがまた女子の人気をかっさらうのであろうな、と私は無駄な事を考えた。


「あの、火、でないかもしれませんよ」

「え、あんなに出てたのに?」

「いや、その。あれは多分まぐれなんで」

「そう?でもやってみなよ。できなくてもいいから」


 王子はなぜ可能性にかけたのだろう?そんな疑問を持ちながら私は火を出すことに全力を傾ける。ちょっと美人にお願いされたからって調子に乗ったのだ。


(ちょっと火をだすだけだ。今こそ、うなれ俺の中のコンロよ)


 ボッ


 よし、成功だ。火をつけるためにガスを開けたのだが、よい子は絶対にまねしちゃだめだぞ。ちょっと怖かったし。

 私の場合、自分から出た火でも火傷をするらしいので、その辺は今後とも注意しなければならない。

 ところで今気付いたけど、私の魔法の出し方は人前でうんうん唸ってすごく恥ずかしい。


「おおー、出た出た。いやぁ、助かったよ。超便利、その技。どこで覚えたの?」

「いや、あの、まだ私も練習中というか。初歩的なマジックなんですけど」

「えー、そっかあ。俺、トリックとかメンドクサイこと苦手なんだよね。てっきり魔法かとおもったよ」

「え」

「俺は別に魔法でも構わないけどね。とりあえず、助かったよ。そうだ、よかったら食べていかない?感想は聞くけど」


 春王子はそういうと手際良く料理をし始めた。私は別にかまわなかったので近くにあった椅子に座り待つことにする。

 シロップ漬けの林檎をフライパンでソテーして、焼き上がった一口大の丸いビスケット生地に包まれたプディングの上に乗せる。そして冷蔵庫から網状にした飴細工とクリームを取り出して飾り付けて、完成。


「うわぁ」

「ま、ちょっとした実験なんだけど」


 ありがたくいただくと、見た目もさることながら味も店で売られているようなクオリティのものだった。さくさくっと林檎の食感がよく、ジューシーでありながらプディングとの相性も抜群。甘酸っぱい爽やかな香りが贅沢に鼻にひろがり、パリパリとした飴細工と甘さの控えられたクリームが絶妙にそれらを引き立てている。


 ぜひ感想を、とのことだったので遠慮なくそういう風に伝えた。すると先輩はうれしそうにうなづきながら仁王立ちになった。


「うれしいね、それだけいってくれると。大抵の奴は皆「おいしい」としか言ってくれないから、どう美味しかったのかわからないんだよな」

「でも、それが普通なんじゃないですか?私が細かいだけで」

「そう?でも俺はそれが嬉しかった。だからまた食べに来な。待ってるから」

「え、いいんですか?」

「いいよいいよ。とはいっても俺気まぐれだから、今度がいつになるかなんて約束できないけど」


 単純にうれしかった。こんな美味しいものをまた食べられるかと思うと。しかも密かに誰にも知られず、まるで「秘密のお茶会」みたいでわくわくする。


「あ、先輩」


 そういえばまだ自己紹介をしていなかった。向こうの事を自分が知っていたから失念していた。向こうは私のことを限りなく知らないというのに。


「ん?なんだ後輩」

「私、江本小春えもと こはるって言います。先輩の名前を聞いてもいいですか?」

「俺かぁ。俺は篠崎春兎しのざき はると。また来いよ江本」


 私はケーキのお礼をいって、ふわふわとした気分で調理室を出た。これは先輩と二人きりというシチュエーションよりも、「秘密の場所」ができたような気がして嬉しかったからだ。あ、そうだ今度は莉心も連れてきていいかな?今度先輩に聞いてから誘ってみようっと。

 そういえば、私もしかしてやばいことになったんじゃなかったっけ?楽しかったからすっかり忘れていた。確か、こ、こ……。




 次の瞬間、私の脳裏に浮かんだのは、残酷なまでに無表情な顔、それをすることに一切罪悪感を感じていないような声。


(「誰かに知られるようなことがあったら、俺が殺すから」)


 赤い髪に、悪魔のような黄色い瞳。張り付いた笑顔。


 ああ、そうだ私。



「鳩屋」に殺される?

 

  

 読んで下さってありがとうございます。投稿する前には想像もしてなかった人数の方々に読んでもらっていて驚くばかりです。まだまだ稚拙な文章でありますが、これからも地道に頑張っていきたいと思いますのでよろしくお願い致します。


 大事なところをかっ飛ばしていたのを発見しました。

 見返すって、大事ね。

 では、また。

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