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予約特典は涙の味

「昨日は大変だったんだって。国士無双で強盗事件があったみたいでさあ」


 学校につくないなや、親友の莉心りこはそう切り出した。彼女は予約してあったゲームがあったらしく、大層ご立腹だ。彼女とは小さいころからのいわゆる幼馴染であり、魚心知れば水心、何でも話し合える仲である。彼女の髪は茶色で癖っ毛で私より少し長く肩を少し覆うくらいのセミロングである。瞳の色はオレンジ。見た目通りの元気っ子である。背は私より少しだけ低い。並んで歩くと姉妹のようだ。


「全く、発売日直前になってこんなことになるなんて、ついてないわよね。発売日にちゃんと着かなかったらどうしてくれるってのよ!あんの強盗どもめ、もしそうなったら絶対に許さないんだから」


 そう憤る莉心をまあまあとなだめる。読者の中にはもうお気づきの方もいらっしゃるかもしれないが、彼女は私があの強盗に銃を突きつけられたときに思い出した“例の”友達である。つまりは、彼女の予約しているゲームのジャンルも然るべくしてそうなる訳で。


「大変だよね、小春も。小春も予約してたんでしょ?なんだかんだいって、予約してたゲームが発売日に届くか届かないかって結構重要なんだよね」


「ううん、私は予約してない」


「ええっ?なんでぇ。あんなに気にしてたのに買わないの?もう手に入らないかもしれないんだよ。私が小春なら間違いなく“買い”だってあれは」


「わかってるけど。今度「私姫わたひめ」の最新作が出るらしいしさ、悩んでるんだよ」


 そうはいいながらも、私の心はそのゲームにすっかり奪われていた。

 なんといっても、そのゲームとは私があの日、あの場所に行くことになった原因である。

 「スラッシュ ラブ ファンタジー」。乙女の夢と恋心を満たすRPG、とジャンル分けされた乙女ゲーである。主人公が勇者となって攻略キャラクター達とパーティを組み、魔王を倒して世界を救うという、ある意味よくある感じのゲームだ。雑誌で手に入れた情報によると、ちょっと色々といまいち感が漂うシステムとキャラクターだったのだが、この予約特典がすごかった。


 乙女ゲームの「予約特典」というのは、ある意味すでに「お約束」とされているものである。大体のゲームにつきもので、新しく発売されるタイトルだとしても付いてくるのが珍しくなかったりする。しかも人気のあるシリーズなどでは大抵「豪華予約特典」として「マンガや小説などの小冊子」「ドラマCD」「特製ピンナップ」「ちょっとしたグッズ」など「ちょっと付いてるとうれしい」ものから「普通に売ってほしい」と思うものまで多様なものが付いてくる。


 だが、今回の「スラッシュ ラブ ファンタジー」の予約特典は一味違った。


「初回限定版スペシャル豪華特典、碧維あおい1/7フィギュア、特別小冊子、乙女の冒険心をくすぐる冒険者のささやきCD」


 そう、奴らは「特製フィギュア」を付けやがったのである。


 ただのフィギュアだったとしたら、私だって騒がなかった。しかしそのフィギュアの完成度が化け物級だった。


 洗練されたボディライン、繊細な装飾の再現、そしてなぜかイラストよりもイケメンになってしまった美顔。


 事前のウェブアンケートで第一位に選ばれた彼は、麗しい流し眼で私のハートを打ち抜いた。その威力は乙女ゲームに詳しくないであろう、ただのレンタルをしに来たカップルの一般女性に悩ましいため息をつかせた程である。彼女がその後乙女ゲーに目覚めたかどうかは確かめようもないのだが。


 ともかく、私の心は「購入」の方へと限りなく傾いていたのである。

 だが、現役女子高生のお財布事情はそんな豪華特典付きの物を買うことを簡単には許さない。私はとにかく悩みに悩んだ。多分無駄だったと思うけど悩んだ。「私姫」をいずれ買うのは決定してるけど、とりあえずどっちを先に買うのか悩んだ。


 なぜ悩んだかって?そっちにも「予約特典」がついてるからさ!


「なんていうか、小春は予約特典欲しい派だからね。大変だよね」


「予約特典に興味のない莉心が珍しいんだって。じゃないと初回限定盤なんて何の意味があるっていうのよ」


「そうだけどね」


 親友の莉心は私の一番の理解者ではあるのだが、彼女は予約特典に一切心が動かないという強靭な心を持った猛者である。彼女の欲しいものは「面白いゲーム」のみで、「ないのなら、作ってしまえば、いいんでない?」というアグレッシブなオタクである。事実彼女はいつも自作の小説やらマンガやら、あげくの果てにシュミレーションゲームまで作って公開している。私にはとてもできない。


「だとしても、今の小春は決めなければならぬなー。どっちにするの」


「もう決まってるようなもんだけどね。仕方ない、スラッシュにする」


「そうそう。さすが目の付けどころが一味違うね」


 莉心は私が決心すると、自分の事のように喜んでくれた。


「ところで、莉心のゲームには予約特典ついてたの?」


「あー、あたし?なんか付いてた。そうね、珍しいっちゃあ珍しいかな。あたしが新作BLゲームの予約すんのも珍しいけど」


 一応聞いてみたものの、莉心はやっぱり気の無い返事で予約特典の話をする。莉心のマイブームは「昔の良作を安く手に入れる」こと。一応いっておくと、彼女はどのジャンルもまんべんなくこなすゲーマーである。


「でもね、ゲームの内容はおもしろいんだぁ。といっても雑誌の紹介が面白かっただけかもしんないけど。天使の主人公が他の高位の天使達と恋するっていう話なんだけど。シナリオライターがネットで有名な人でさ、ちょっとしたミステリー要素もあったりなんかして作品としてしっかりして、それだけでゲームになるくらいらしいの。で、特典がブックカバーってさ、本末転倒なんだよ。だってさ、半裸の男のイラストがプリントされてるブックカバーって、使えるところ限られてこない?」


「半裸って、ブックカバーする意味無いよね……」


 そういって二人で笑い合った。だが、そんなグッズが世の中には溢れているのだから不思議だ。

それから私達はホームルームの時間が来るまでゲーム談義で盛り上がった。


 読んで下さり、ありがとうございました。

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