爆走黒馬
次に私が見たのは150cc級のドでかいバイクがスライディングしながら私に大迫力で向かってくるという悪夢だった。
うそやーん。ガラスとかなんかグサッといきそうなもののオンパレードですやん。痛そうだなぁ(遠い目)。
手足を縛られている(状態・火傷)の私にできることなど皆無であった。
「おい、何ぼさっとしてんだよ!いくぞ」
バイクの動く気配がなくなるのと同時に熱血系青年の声がした。前を見るとガラスの破片もゲームの残骸も絶妙な感覚で私に触れないくらいに離れていた。呆然と顔をあげると声の主はバイクの持ち主であることが分かった。ブラックの皮ジャン&ズボンに身を包み、フルフェイスのヘルメットを被っているため顔はわからない。だが首元から少しだけ覗く赤茶けた髪が見えている。
「あーもう、ほんっとおまえってトロイな」
呆然自失の私の腕をとり後ろを向かせ、手なれた手つきで私の手を拘束していた縄を切る。同様に足の縄を切ろうとする熱血青年。ふと見えた縄を切った物の正体に私はドン引きした。
即座に、某きゃらくたーのだみ声が脳裏に自動再生される。「あーみーないふー」
あんなもんで切るってお前。確かに刃物だろうとは思っておったが、刃が分厚くてギラギラしてハンパねぇ。こんなもん、ごく平和な現代社会において日常的に使うもんじゃねえよ。
と私が脳内でガクブルしている間に青年は縄を切り終え、自慢のバイクにまたがると後部座席をぱしぱしっと叩き、くいっと親指で後方を指すと、「乗れよ」といい、首でくいっと合図した。しかしなおも呆然としている私に対し、青年は、
「お前ってやつは・・・・・・はぁ」
などと意味不明な供述をしており。もとい、ため息をつくとひょいっと私を持ちあげ、バイクに乗せた。
ガラスの破片とかがお尻に刺さる感覚はなく、ふかふかとした高級そうなシートに妙に安心感を覚える。
て、いやいや。そこで安心してどうする。今の状況を顧みろうゼ。
「よぅし、ちゃんとつかまってろよ。いっくぜー!」
爆音のエンジン音が鳴り響き、思わず私は青年にしがみつき目をつぶる。バイクは前輪を軽く持ち上げると来た時と同じように店内を後にした。
☆☆☆
「あ、兄貴…」
ピンクアフロがおろおろと心許なく覆面青に救いを求める。同様に他の部下達も頼りなくただ救世主の言葉を待ち、途方にくれている。覆面青はバイクが侵入してきた際に取り落していた猟銃を支えに苛立ち紛れに立ちあがりどなり散らした。
「黙れ!何ぼさっとしてんだよ馬鹿が!俺達はまだ終わってねえんだよ。
さっさと動きやがれ」
そうして怒鳴りながらも、適切に指示を飛ばす。
ガラスが割れた後に店の商品棚をバリケードにあてがい、少し散らばりかけていた人質達を一か所にまとめ直す。
「おうし、不備はねえな。こんなところでくたばってたまるか。おい、飲みモンをくれ。喉が渇いた」
鮮やかに戦況を整えたリーダーに羨望の目が集まる。声をかけられた部下はいそいそと覆面青に店から奪った水を渡す。それを一口飲み、一息ついた覆面青は嫌な気配を感じる。
何かを見落としている?
即座に人質の数、部下の数を確認する。
人質に一人足りない、いやこれはさっきバイクに乗って行った娘だ。
あれはどうしようもない。だが、足りない。
一人足りない。
「おい、てめぇら人じ……」
チャキ。
頭に冷たく硬質な鉄のかたまりが突き付けられたのを覆面青は察した。
横を見ると部下にしては妙に装備がきっちりとしている男が完璧な構えで銃を覆面青に突き付けている。この男は誰だったか。
「悪いけどこういったゲームは得意なんだ」
「おままごとと実戦じゃお話にならないんだよ!」
覆面青は男の持っていた強力に改造されているエアガンを蹴り上げる。
反旗を翻した謎の男は体制を崩しておろおろと受け身を取った。
覆面青は男の聞き手の甲を踏みつぶそうと足を振り上げる。
(やっぱりな、こんな甘ちゃんじゃあ相手にもならねえ)
「なんてね」
「なにっ」
謎の男は目にも止まらぬ鮮やかな動きで覆面青の足を足払いした。
ひょいと覆面青の隣に顔をだし、懐から出したスプレーをさっと取り出し
「ここは回復スプレーといきたいんだけど悪いねお客さん」
激辛スプレーをまんべんなく顔に噴射した。
「があああああああ!」
ちくしょう、一体周りの奴らは何をもたもたしてんだ!
目に走る激痛に現実感を失いながら覆面青は頭を振りながら悶えた。
耳に「ぐふっ」「ぐえ」という部下のうめき声が聞こえたのはほぼ同時で、覆面青は静かに自分達が負けた事を悟った。
「遊びじゃないんだよ」
そう言い放ったのは先ほどの男だった。
そうだ、思い出したこの男は。
このゲーム店のヘタレ店長だ。
☆☆☆
バイクの大音響、大振動、そして容赦のない風による呼吸困難。「ばいくに のるときは へるめっとを かぶろう!」ヘルメット大事。絶対。
私は今大地に降り立ち、寒さと恐怖で震えながら先ほど青年が買ってきたホットな缶コーヒーを飲んでいる。ここがどこか分かるはずもない。ただ、コンクリの防波堤と砂浜で海岸線だと分かるくらいだ。
「落ち着いたか?」
先ほどの青年が自分の分の飲み物を手に、にこやかに笑いながら近づいてきた。ヘルメットは取っている。
外見の説明をすると、さっきヘルメットから覗いていた赤茶の髪は結構スタイリッシュにワックスでキメられていた。瞳の色は黄色。色素がもともと薄いのだろうか。カラコンなのだろうか。人好きのしそうな好青年の顔をしている。身長は私よりちょっぴり高いくらい。少女マンガのヒロインとヒーローの身長差、といったら我が同胞らにはわかりやすいだろうか。
ともかくもそんな美青年がリアルに召喚されているというのに、私の心は躍り立つどころか、丸くなって消えていきたい気分になっていた。
だが、家には帰らねばならぬ。ということで、今から青白い顔でフルフル震えながら質問をしようと思います。
「ここ、どこですか」
「さあな、逃げるのに精いっぱいだったから。別にどこでも構わないけど」
「あの、家に。家に帰してくださいっ」
「嫌だと言ったら?」
「あの、どうして私をさらわれたんですか?人違いなんじゃ……」
「いーや、ばっちしビンゴ。俺が狙ってたのはアンタ。間違えてねえって」
青年は缶を持った左手で私を指さし、コーヒーを満足そうにあおった。
「だとしたらどうして」
「あはは。それをあんたが知ったところでどうしようっつーの?別に教える必要ねーだろ」
(あると思います。)
私は心の中で涙目に必死で訴えた。だがそんな叫びが聞こえるはずもなく、青年の気持ちのいいカラカラとした笑い声を青ざめて聞いていた。
「あの、名前」
「は?」
「あの、名前聞いてもいいですか」
「あ俺?俺の名前は鳩屋。そう呼んでもらってる」
「ハトヤ?」
「ああ、”鳩”になんでも屋さんの”屋”ね。そう呼んでもらった方がおれも楽だし」
「あの、鳩屋さん」
「何?」
「私を家に帰してください」
「ん?帰すの?なんで」
「なんでっててめぇ・・・」
「冗談だって。あ、そうだ。これだけは絶対しないといけないことがあんだけど」
「なんですか、それ」
「約・束?」
そう言うと「鳩屋」はにんまりとした笑みを浮かべ、小指を立てた右手をくりんと動かして見せた。
読んで下さり、ありがとうございました。
いやー、ちょっと未来から来たんですけど私の中の「鳩屋」とイメージが違うなって思ってこっちに来たらそうでもなかったぜ。
では、また。