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憂鬱?それおいしいの

「お待たせいたしました。こちらが本日のお薦め「バナナスペシャルスコーンセット」にございます」


 白いテーブルセットに着いている私の目の前に大きめの白い皿にのったゴージャスなスコーンが置かれた。

 その豪華さと言えば、後の置かれた莉心のブラックコーヒーの音が気のせいに聞こえる程である。


 買い物を終えた私達は、カフェ「エンジェル・ストーン」で優雅にティータイムとしゃれこんでいた。


 生のバナナをつぶしたものと、バナナチップスを砕いたものを練り込んだスコーンに、バナナフレーバーのクリームに角切りのバナナを混ぜ込んだものを挟んでいる。それを皿の真ん中にどーんと置いてあり、スコーンのてっぺんにはミントの葉をアクセントに乗せ、横にはクリーム、それに斜めに切ったバナナを飾りとしてさし込んであった。


 そして忘れちゃいけないのがお茶の存在だが、種類はアールグレイだった。まずは一口と一口頂く。うん、おいしい。

 お茶は好きだが、お茶の種類にはこだわらない。見事なまでのにわかお嬢様っぷりである。


「すごいね。バナナの香りが漂ってくるよ」


 莉心がブラックコーヒーをカッコ良く飲みながら感想を述べた。香りがするというのは、きっとバナナクリームからの香料に違いないだろう。



「うん、ここまでバナナづくしだとは思わなかったよ。食べ応えがありそうだぜ」


「存分に食らうがいい、我が同胞よ。ククク。貴様には我のためにも力をつけてもらわんとな」


「いっただっきまーす」



 莉心と「何かを企んでいる悪者と召喚された何者か」ごっこをしてから獲物へとかぶりつく。スペシャルスコーンはまさに「バナナ故にスコーンあり」なんて表現したくなるくらい、バナナづくしのスコーンだ。ざくざくとした食感、ほろほろの生地、そして芳醇なバナナの味わい。注文してよかったー。


 アールグレイを一口飲んで、ほっと息をつく。


 目の前を買い物中の人々が通るのを見て、忘れたかった事実を思い出した。


(「俺がお前を殺すから」)


 赤い鳩屋の髪の色、無感情な目が自分を人じゃなく物の様に見下ろす瞬間を。

 若者が「殺す」という表現を軽々しく使うのは小春も知っている。けれど、あの言葉は「冗談」というにはあまりにも真に迫っていて。

 本気で、逆らう気にもなれないくらいに絶望を感じた。


(この人達は知らないんだよね。私が誰かに殺されそうになっているかもしれない、って事)


 歩く人々は皆それぞれ楽しげに話したり、店を覗いたりしている。そんな平和で当たり前な光景をみて、小春は感傷に浸ってしまった。


(そうだよね。私にとっては一大事かもしれないけれど、この人達にとってはそんな事、自分には関係の無い事で)



 誰もきっと困ったりしない。

 私がいなくても、いいんだ。


 少し前を小さな子供が走り回り、それを母親が追いかけていった。母親は盛んに子供を叱りつけているが、子供は楽しそうに逃げ回り続ける。どちらも楽しそうだった。


 あんなに楽しそうな人もいれば、今日が人生一番の不幸の人もいる。

 幸せって、頑張った人に来るものだとしたら、私は一体何をすれば幸せになれるのだろう。純粋に自分のいる意味がわからなくなった。


「私、一体何のためにここにいるんだろう」


「戦うためだよ」


 ただつぶやいた言葉に力強く答えられて、小春ははっとした。


「莉心」


「ないのなら、作ればいいじゃない。その神髄を示した本がここにある」



 莉心が差し出したのは「ザ☆主従萌え」というでかでかとしたゴシック文字を前面にあしらった薄いはずの本だった。表紙半分には犬耳(この時点でおかしい)の茶髪のお兄さんが半裸で何処かに引っ張られている鎖の付いた黒い首輪をつけられており、彼の表情はどこか恍惚としている。そして後の半分には黒い燕尾服をびしっと着こなした黒いオールバックの髪型をした男の人が執事の様に右手を心臓のところにおいて尊敬の念を抱いてかしづいているイラストが描かれていた。


「この厚さ、よほどの熟練者と見える。中身も結構充実してたよ。5000円の値打ちは十分にあった」


 現にその本の厚さはちょっとした国語辞典くらいはあった。普通の本としては高すぎる値段かもしれないが、薄い本としてはなかなかのコストパフォーマンスといえる。

 それをキリッとした表情の莉心から手渡され、そのまま何気なくパラパラとページをめくる。



 ケース1 犬萌え マンガ


 犬耳に尻尾を付けた全裸の男の子がはしゃいで飼い主らしき青年に飛びかかっている。


「ご主人さまぁー☆」


「わ、わかった。わかったから、とりあえず服を着てくれ」


 犬耳男の子は、犬の様にはっ、はっ、と呼吸しながらしっぽを振って青年に抱きつく。


「だいすき、だいすきー」


「まったくしょうがねえな」


 青年の方もまんざらではないようである。


 ケース2 執事萌え マンガ


 皿の盛大に割れるコマがある。


「旦那さま、いくらなんでもこれは……」


「いいんだ、吉原」


 若い召使に、執事らしき青年が止めに入っている。


「でもっ、いくら旦那様でも水崎さんにつらく当りすぎです」


「いいんだ、俺は一向に構わないから」


 執事は口元の血を拭っている。一体何があったのだろうか。


 小春はページを飛ばした。

 飛ばしたページの先では、クライマックスになっているようだ。


「俺はどんな目に、どんな事になってもいい。けれど貴方は……貴方だけは」


 先ほどの執事が泣き崩れている。


「どうして、お前は俺から離れていかないんだ……? 」


 旦那さまらしき人物が泣きそうな目で執事を見つめているようだ。


 ケース3 軍萌え 小説


「この程度で根を上げるわけにはいかないんです」


 ほう、と船頭は感心した。あの坊やなかなかやるじゃないか。てっきり現実に打ちひしがれて、とっくの昔にやる気をなくしたものとばかり思っていた。


(なかなか、骨のある奴かもしれないな……)


 船頭は思い、事の成り行きを見守ることにした。どう転ぶにしろ、あの坊やの心はきっと折れないだろう。それに、危なくなったらちょっと手を貸してやろうとも思っていた。

 せっかく騒ぎを起こした性根の悪い同僚には悪いが。


「へっ、ガキが。いい年こいて夢なんて見てるんじゃねーよ。大体わかっただろ、今日ここでしごかれてよ。自分がどんだけ甘ちゃんだったか、わかったら尻尾巻いて帰りな」


「いやだね。自分こそ帰ったらどうだよ。そんなやる気のない奴に守られたって誰も嬉しくない。本当に誰かを守りたいって思ってるのかよ。……俺は、ここで強くなりたい。俺をいつか守ってくれた船頭さんみたいに強くなって、んで皆を必ず守りたいんだ」


 頭を抱えずにはいられなかった。きっとあの坊やがいっている船頭は自分の事だ。いたたまれず、自分の顔が赤くなるのを感じる。

 今すぐここを去りたい気持ちでいっぱいだ。あの坊やはまさか自分の英雄がその場に居て、更に照れくさくて自分を見捨ててその場から立ち去ろうと考えていることなど、露ほどにも考えてないだろう。



 15項目全てをななめ読みした私は静かに本を置き、こう思った。


 これは、まごうことなき「そういう」本だ。


 乙女ジャンル愛好家としてはキッツイところもあるが、小春自身はそんなに設定に抵抗はないし、今回はエロイシーンは無かった。だから莉心も見せたのだろうが、それにしても結構なフリーダムさである。


「ど?エロ度は結構低めでしょ。これは設定に萌えるアンソロジーであって……」


「うん、わかったよ。執事私好きだしね。でも、これはちょっときつかったかな」


「かもね。やっぱ普段爪出してる人が爪隠そうとしたってバレバレだよね。普段はその人、すっごいの描いてるからさ」


「ソウナンダー」


 普段のその人の作品の何がどうすごいのか、つい聞きたくなったが、大体想像ができたのでこれ以上のダメージは食らわないことにする。


 莉心はいつも生き生きと、一体何の使命?と聞きたくなるくらい使命感に満ちたような気合の入りようだ。今も目をらんらんと輝かせて実生活にはなんの意味もない知識をトツトツと話している。


 私も一応オタクなんだけどな。

 私は確かに乙女ゲーが好きだが、「これ一本」という決まったタイトルがあるわけではない。

 その都度新しいタイトルにハマるというスタイルで、今までたくさんのタイトルを渡り歩いてきたタイプだ。

 その点、莉心は幅広いゲームのジャンルを抱えながらも、誰かに問われればまごうことなく長年愛してきた自分の神タイトルが言える人である。


 莉心の様になりたいと思う。いつだって莉心はマイペースで、そのくせ自分の好きな事には一直線で、根気があって、いつの間にか実現させている。

 私ときたら、まったく逆だ。すぐに飽きて、諦めて、妥協する。


 指から火が出たのだって、私じゃなくてもし莉心だったとしたら?

 またぐるぐると考え出す。ああ、私ってホント嫌になるな。


「ね、莉心。もし莉心の指から突然火が出てくるようになったらどうする?」


「どーもこーも。特訓するでしょ、神社の裏側とかでさぁ」


 特訓、かぁ莉心らしい。

 私の頭はすぐに神社の裏側でどう特訓しようかと考え始めていた。

 読んで下さり、ありがとうございます。

 少し文字数を増やしてみました。

 試行錯誤をしている段階ですので、これからもちょくちょく色んな事を試していこうと思っています。もしよければご一緒にそれも楽しんでいただければ幸いです。ではでは。

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