日常の中の非日常
誰もが一度は考えた事があるはずだ。
もしも魔法が使えたらとか、ちょっとだけでもいいから魔法が使えるようにしてください、と。
もちろんそれはただ魔法が使えるだけじゃなくて、あわよくば個性的で魅力的な人物との邂逅も含まれていないわけじゃない。
これはそんな願いをガッツリと願った事のある一人の女子高生の物語である。
私の名前は江本 小春。
今年春に高校生になったばかり。
髪はセミロングでよくいる乙女ゲーの……(ryもとい、どこにでもいる女子高生の特徴を備えている女の子だ。
最近は市民権を得たいわゆる「オタク」属性も持ち合わせている、至って健全で幅広い視野を持った人物である。
そんな私が、学校の帰りに近所のゲームショップ(決してネットで見たゲームの予約特典の実物をみたかったわけではない)にふと立ち寄った時のことである。
「うらぁ!命が惜しかったらさっさと金出しやがれぇ!」
突然の怒声。
私はとっさに声のしたレジの方へと振り返った。
私のいた場所は振り返っただけではレジが見えない場所にあったので、これ幸いとそっとソフトが並ぶ棚の隙間からのぞく。
突然の出来事にも関わらず私の胸の鼓動は楽しげに高鳴り、期待に膨らんだ。
え?なになに?もしかしてこの間発売されたタイトル「非日常な中にある僕たちの日常」のイベントをやってるの?
えーチョーラッキー!あれって発売前の評判が悪かったから一目惚れしたキャラいたけど様子見してたんだよねー。
「非日常な中にある僕たちの日常」とは××年××月○○日発売のいわゆる恋愛シュミレーション(女性向け)で、ストーリーが経営陣の「なんか乙女ゲームってよくわかんないけど儲かるみたいだし、要は恋愛要素ぶち込んどけばいいんだろ?目指せ二匹目のドジョウ!」という情けない志を鼻息荒く掲げた結果、「てめぇ乙女(この場合はユーザー)なめてんのか!」という結果になった残念なゲームである(らしい)。
主人公はごく平凡な高校1年生。
だがあることがきっかけでパラレルワールドへと飛ばされてしまう。
飛ばされた先はいつもと変わらないはずなのに、「非日常」がごく「日常的」に起こる世界だった。
そこで君は出会う、非日常的な「恋」に――。
というあらすじで、あらすじだけみれば結構いい線いっているようにみえるが、その中身が問題だった。
「買い物をしているとお会計中に車が突っ込んでくる」とか「銀行強盗に高確率で巻き込まれる」とか「人がしょっちゅう車から緊急脱出してくる」とかが日常的に起こり、あまつさえそれはギャグパートなのではなく、あくまでも「攻略キャラクターの見せ場」として扱われているという代物である。
更に「不況」という言葉が頭をよぎる様なゲームシステムのオンパレード。
絵はジャケットのみ人気絵師にかかせ、プレイ画面では粉砕骨折や整形が疑わしい味のある忘れづらいイラスト(それはそれで人気が出た。ただしネタ的な意味で)。
恋愛要素(ご都合主義ともいう)よりもリアル路線を貫いたシビアなシナリオ。
ネットでの評判といえば「ギャクにしか見えない」「真顔で緊急脱出とかアリエナイだろ、俺を笑い死にさせる気か」「クソゲーマーの俺に死角はなかった」「なんでそこでカツオ漁船なんだよ」「あーおもしろかった。で、本編はいつ始まるの?」だのと発売から1ヶ月たった今でも別の意味で大人気となったタイトルである。
そんなタイトルだったが、私は買うか悩んでいた。
こうみえても私だって乙女ゲー……。いや、もう隠し事はよそう。私だって乙女ゲーマーのはしくれだ。
中学校2年の時にふと立ち寄った古本屋の一冊のマンガからこのゲームのジャンルの存在を知り、今まで私なりに努力を積み重ねてきた経験というものがある。
だからわかるのだ。
「このゲームは化けるかもしれない」と。
と、つい熱く語ってしまったが要するに「気になっていたゲームの内容がイベントでわかるかもしんね!これは要チェックでしょうよ!(てへぺろ)」ということである。
だが図らずもスタートダッシュに乗り遅れた感はハンパない。
くそう、ぬかった……。と私のゲーム脳は1秒間にこれだけの無駄な情報を即座に処理した。するともうひとりのあたしが青筋を立てながら必死で怒鳴りつけた。
(んなことある訳ねえだろ!よぅく周りを観察してみろ、これがイベントな訳あるか!)
とわりと男前の私の理性に喝を入れられて、ようやく私は現在の状況を把握した。
なじみの店長(とあるお姉さま方から”ヘタレ受け”と断定されている癒し系メガネ32歳)が顔を真っ青にして、今にも気絶しそうにプルプル震えながら両手を上げていた。
それに猟銃を向けている覆面で金髪モヒカンの世紀末風なバンドマン。後ろには何人かのバージョン違いの世紀末ファッションに身を包んだ仲間が何人かいる模様だ。
これは、うん、なんだろう。ピンチだね!(真顔)
逃げ出すこともできず、固まっていると店長に銃を向けていた人物がくいっと首を動かし、仲間に指示を出した。
私と同じように固まった数人の人たちを強盗達は追いたててレジの前に集める。
やだー、まじでやめてくださいよ。私は何も悪い事してません。
確かに、前日友達の前で「いや、その作品は聖域だから、マジでやめてくんないそういうの」と普段からするとアリエナイぐらい冷徹な態度で言い切ったのは悪かったと思う。
人には表現の自由というものがあって、例えそれが私的にその作品のストーリーではありえない展開で、なおかつ主人公(男)とラスボス(男)の行き過ぎた友情であったとしてもそれは要するに私が有名なサル3匹よろしく関わらなければいいだけの話なのだ。
本当に悪かった、マジでごめんって。
だからその「猟師の家から借りパクしてきた」みたいな結構錆びてる猟銃とか向けないで頂けませんかね?
「お前さっきからどこみてんだよ」とか別にどこも見てませんから、しいて言うなら「目を合わせて刺激を与えないように必死」なだけですので、大丈夫ですからもう放っておいてください。放っておくついでに外に放っていただいても構いません。
あ、なんですか?「おい聞いてんのか」ですって?あはは、聞いてますよ。聞いてるけど怖くて返事返せないだけです!
ええ、どぉせ私はコミュ障ですよ!!
猟銃が撃たれた。悲鳴とともに皆が頭を押さえながらうずくまる。
「おい、次生意気な真似してみろ。次は当てるからな」
恐る恐る目を開けると、ちょっと強そうなアシンメトリーの前髪をほんの少しだけ覆面から垂らしている細マッチョなお兄さん(ちなみにイメージカラーは青)がもうもうと煙の上がる猟銃を右手に持ってだらんと下ろすところだった。どうやら威嚇射撃だったらしい。仲間の一人が焦ったように覆面(青)に話しかけた。
「なぁ、どうすんだよ」
「だまっとけ!」
「でも今の音で警察が……」
「余計な口出しすんじゃねえよ、お前も撃たれてぇのか?!」
覆面(青)がイライラしたように猟銃を突き付ける。すると弱気に聞いていたピンクアフロ覆面(新種。小太り)がうう、とうめいて両手を上げながら後じさった。すると覆面(青)は指揮棒のように猟銃を持ち、私達人質に大声でどなってきた。
「いーかあ?おまえら、わかってるだろうけどなー!
俺達は強盗だー!別にこれが初めてってわけでもねぇ。
悪い事すんのはな。だがぁ、こうやって店ジャックすんのは初めてだからぁ、
ちょっと失敗しちまうかもしんねぇなー。
たとえばぁ、びっくりして人を殺しちゃうとかぁー」
そんなびっくりとか勘弁してほしい。びっくりするのは耳がでっかくなる人だけでお腹いっぱいだ。
そうおもっていると、ピンクアフロ(なぜか愛嬌がある)がへっへっへと笑いながら「耳がでっかくなったりとか」とかほざいている。
案の定ピンクアフロは覆面(青)に「ああ?」と睨みつけられてしゅんとした。
なぜかそれを見るとちょっとだけ気分がスッとした。
それから私達はセオリー通りに縄で手足を縛られ、監視されることになった。
うう、どうしてゲーム屋さんなんだろう?一番の盲点だったわ。そもそもこの犯人達の目的は何?そう考えながら過ごした。
結構時間がたった頃だったように思う。店長が「こういうときにはやっぱり縄を切って逃げ出すべきだと思う」などと呟き始めたのは……。
すると口々にその話にのる輩が増えていった。もともとがそういうこと(つまりはゲーム好き)な奴らである。
私にとっては「戦争」のジャンルに詳しい軍師の方がこの場に居合わせてくださると助かるのだが。
「犯人達の逃走ルートは?」
「いや、ここは結構田舎だから警察が来たらすぐに解決するんじゃないかな」
「だとしても、ここでこのままじっとしているのは性に合わない」
などと、どっちにしろ巻き込まれる私の身にもなってくれな会話が次々と聞こえてくる。
ふ、どうせ私のジャンルはファンタジーですよ。と自分の無能さに打ちひしがれながら、それでも繰り広げられる目の前の激しい会議に心強く思ったが、疎外感を禁じえなかった。
冷たいゲーム店の床。無機質でただ事務的にそれは私の体重を支えている。
手にまかれた粗縄の感触に、自分の無力を実感した。
何か自分に脱出に使えるような特技があったら今ごろは、むしろ超人的ななんらかの力があればこんな風にはなっていなかったのかもしれない。
銃器を扱えるような?刃物を?いや、私はせっかくなら魔法が使いたい。
わたしが魔導士だったら。
けっこう魔法とか好きだったからいい線いけてたんじゃないかとか無駄に思う。
むしろ魔法が無い世界だから私今こうしているんじゃない?なんて、RPGとかしたことのある人は一度はそういったことを考えたことがあるはずだ。
「剣と魔法の世界だったら私の人生は違ったんじゃないか」って。今よりも有意義に生きれていたのではないかと。
(たとえば、こういうとき。大抵主人公は火でロープを焼き切るのよね)
後ろに組まれ、粗縄で縛られた指先に魔力を集める想像をする。
えっと、できるだけ明確にしないとできなかったんじゃなかったっけ?と思いなおし、粗縄に右手の人差し指をそえてぐっと真剣に取り組み始めた。
火を噴く大道芸人を思いだして。テレビの中の彼は言っていたっけ。炎を出すときはフーっと一息に出さなければ、火傷をする……。
(ていっ)
ブボォウッという音とともに背中に拳ほど火傷をしたような痛みが走った。歯を食いしばって驚いた声を飲み込む。その後に、何かが焦げたにおいが鼻をつく。
「は?」
もしかして?と思わず見えない後ろを振り返ってしまった。
ブゥンブンブンブーン!
その時けたたましいバイクの音が聞こえた。
次の瞬間私が向いた方と反対側から盛大なガラスの割れる音が聞こえた。
読んで下さり、ありがとうございました。
一行分の文字数が入力する側と閲覧する側で違っている?
そんな気がします。
ではまた。