アイスカフェラテ
真っ青な空。
広がる入道雲。
それとは対照的な日のあまり当たらない薄暗い教室で、ただ一人、理由もなく授業をさぼる先輩がいた。
漆黒の髪。端正な横顔。だけど正面から、彼を見られたことはない。
いつだって先輩は、私の方なんて向いてはくれないのだから。
ズボンのポケットに手をつっこんで、じっと空だけを眺める毎日。そしてそれを邪魔するように、後ろから延々何かについて語りかけるだけの私。
あいづちはうってくれる。意見も言ってくれる。だけど私は、そんな彼の本音を知らない。
「暑いな…もう夏か」
夏と言えばなんですかね、先輩。
「ん、夏? そーだなあ、かき氷とか? 祭とか? あー、あと花火とかかな。そんなとこじゃない?」
そこはアイスカフェラテじゃないですか?
「なんでそこでカフェラテ?」
夏だからです。恋だからです。アイスカフェラテだからです!
「…いつもお前の発想って、ぶっ飛び過ぎててわかんねーよ。もっとわかりやすい説明をしてくれよ」
ふわり、とあくびが彼の口から漏れるのがわかった。
夏と言えば恋。それはわかりますよね。
「……わかんねーよ」
恋と言えば苦くて甘い。違いますか?
「無視したな。で、恋? そういうもんなのか?」
苦くて甘いと言えば、カフェラテ!
「ノンシュガーのラテもあるぞ」
……そこは突っ込んではいけません。とにかく、そういうことです。
「やっぱわかんねーわ。それなら別にビターチョコレートでもよくね? 苦いし、甘いし」
そんなありきたりな発想面白くないですよ!!
「お前の頭の中はいつも面白いことになってそうだな」
余計なお世話です。
「はは……ま、いいや。で? なんでアイスカフェラテ?」
コーヒーって、もともと苦いものですよね。
「まあ、そうかな。苦いと意識して飲んでないからわかんないけど」
でも、ブラックコーヒーが飲めない人もカフェラテで砂糖入りなら飲みやすい。なんででしょうね。
「なんで、って…………苦味が緩和されるからだろ」
そう!そこなんです!
「は?」
つまり、苦いものを苦いと意識しなくていいように、多少のごまかしをコーヒーに対して与えているわけです。そのことによって、飲む人はほんの少し、苦味を忘れて香りと甘さだけに酔うことができる。これってまさしく恋の縮図ですよねっ!
「……」
恋なんてもんは、もともと甘く作られてないんですよ。恋という名のブラックコーヒーに、砂糖とミルクをいれて、甘いと錯覚している。それだけなんです。
「そうかな。そういうもんかな。」
そうですよ!
「……」
どうしました?急に黙り込んで。
「いや。別に」
なんですか。気になります。
「お前がそんなこと考えてるなんて、なんか意外」
え? なんで? 私が突飛な発想を持ってくるのはいつものことじゃないですか。
「そーゆーんじゃなくて……なんかな。お前、あれか?好きな人でもできたのか?」
はあ? なんでそうなります?
驚きの話の展開に、思わず顔が引きつった。
そんなことにはお構いなく、彼は飽きずに空を眺めている。
「確かに。苦いよな」
ぽつりと。でも確かに。先輩はそう言った。
「苦しくて、辛くて、痛くて。もうやめとけって思うのに、懲りずに毎日期待しちゃうんだもんな。ほんと、どーしよーもないよな」
誰を思い浮かべてそう言ったのか。私には到底理解できない。
でも、今私は確かに。ぎゅっと締めつけられたように心臓が痛くなっていた。
痛いです。
「痛いよなー」
痛いな。
「うんうん」
痛いですよ。先輩。
「あ、れ? もしかしてお前……」
そうです。違う意味で。先輩、イタイ人ですよ。
「なんでそういうことをしれっと言えるかなお前は!」
えー。思ったことを素直に言ったまでです。
「素直すぎんだろ」
いいことじゃないですか。
「まあな」
あ、そこは否定しないんだ。
「素直っていうのは、女子に許された最強に最凶の凶器だからな」
あ、なんとなくわかる気がする。
「だろ?」
で、話を戻して。
「うん」
さっき、誰のことを考えながらしゃべってましたか?
「……」
沈黙で通そうったってそうはいきませんからね。
「……」
人の気も、知らないで。
「あ、なんか言ったか?」
いーえ。言ってません。
「あっそ」
「ほんとに、お前ってやつは。人の気も知らないで」
え?なんか言いました?
「言ってねーよ」
わからない。
どこまでがごまかされた味で、どこまでが真実の味なのか。
正面から向き合えるようになるまでには、もう少し時間がかかるのかもしれない。あるいはこのままじゃ、なにも分からないままなのかも知れない。それでも今は、なんとなく、このままの状態で繋がっていたい、そう思った。
君と私のすれ違い。
アイスカフェラテ。
はじめてなろうに投稿した作品の再掲です。
色々弄ろうと思いましたが、全然別物になる気がしてやめました。
懐かしい。あの夏が。