リアルヒーロー
大きな男の人が僕に質問を投げかけてきた。
「なあ君、大きくなったら何になりたい?」
それは、昔の記憶。
まだ小学生くらいだった僕はこの男の人になんて答えたのだったろうか。
野球選手?宇宙飛行士?
思い出せないが…とても大切なことだった気がする。
「はい。すみませんでした」
夜遅くに電話で呼び出され、眠そうにしている上司のお説教を聞く。
「すみませんでした、じゃないよ。お前、何やってんだよ。こんな初歩的なミス、入社5年もしてる社会人のすることじゃないだろ」
最近休んでいなくて、寝不足気味だったとはいえこのミスは痛かった。
「…すみません」
「はあ…もういいよ。先方には俺から連絡しておくから、今日は発注品の見直しして手渡しで謝ってこい」
「分かりました」
僕は足早に事務室を出た。
(何やってんだろなぁ、僕。普通の大学を出て、対して大きくもない食品系の中卸業者に入社して5年。本当、発注ミスなんて新入社員でもなかなかやらないってのに)
一般の中流階級に産まれて、頭一つ抜けたような特別な才能もなく普通に生きてきた。
昔は、自分はこんなもんじゃないって希望もってた時期もあったけど…所詮ただの一般人だった。そもそも本当にこんなもんじゃないって人間はほんの一握りだし、最初から頭一つ抜けているんだ。僕は不特定多数の一般人だっただけのこと。
周りの人間よりかできても、もっと大きな枠組みで見ればそこそこだったり普通くらいのレベルであることのほうが圧倒的に多い。
100メートルを11秒台で走れても、130キロの速球を投げれても、確かに速い。
でも、全国、世界の枠組みで見るとそんなもんだ。
得意なことがあっても、大きくなるにつれて自慢できなくなってくる。
昔は違った。小さいときは違った。
他人よりすごいと思えたならどんなに小さなことでも自慢できた。
ダンゴムシをたくさん捕まえた。
縄跳びができた。
跳び箱が飛べた。
お前より足が速い。
いつからこんなことになったんだろうか。
発注品を見直し不足分を段ボール箱に詰め込み、それを抱えて会社を出て自分の車に乗る。
目的地は隣の県にある食品の販売店。
6時間ほど車を走らせ、目的地に着いた。
24時間営業のその店はまだ朝方だというのにお客さんが来ていた。
その店の店長に平謝りして、段ボール箱を渡し1時間ほどしてから店をでた。
許してくれたからよかった。取引を打ち切られたらなにを言われるか。
上司に電話をすると、奥さんが変わりに出た。
「ごめんなさいね。旦那は寝てしまったわ。でも伝言があるから安心してちょうだい」
「この後はどうすればいいんですか?」
「ふふっ、今日、明日は休んでもいいそうよ。最近働かせすぎたからゆっくり休んでくれ、だって」
「休み、ですか」
「ええ、じゃあ体に気をつけてね」
「はい、ありがとうございました。失礼します」
(休み、か。最近休んでなかったもんな。とりあえず、車で仮眠を取ってから帰ろう)
「なあ君、大きくなったら何になりたい?」
「僕はね。○○になりたい!」
「そうか。いい夢だ。でも大変だぞ?○○になるのは」
「頑張るから!」
(懐かしい夢だ。僕は何になりたかったんだっけな)
目が覚めたのは、15時30分。
(結構疲れてたんだな。10時間近く寝てたのか)
僕は一服でもしようと車を出た。
すると、子供たちの元気な声が聞こえてきた。どうやら下校の時間らしい。
小学校の高学年らしき子供が、低学年の子供たちを連れて歩いていた。
「この間の仮面戦士はすごかったなぁ」
「うん!かっこよかった!」
たのしそうに歩いている。
(懐かしいな。僕もあんな時期があった)
(まあ僕のときはウルトラ巨人だったけどな)
僕が子供たちの様子を見ていると異変が起きた。
セダンがふらふらとおぼつかない様子で走っていた。
(まずい!)
このままでは、子供たちが危ない。
でも、助けに入ったら自分が…。
「なあ君、大きくなったら何になりたい?」
大きな男の人が赤い液体で体中を濡らし、僕に質問した。
「僕はね。ヒーローになりたい!」
「そうか。いい夢だ。でも大変だぞ?ヒーローになるのは」
「頑張るから!」
男の人は僕を見て笑みをこぼした。
(思い出した。そうか、そうだったな。僕はヒーローになりたかったんだ)
普通の人だった。
カッコいい鎧や武器、スーツやロボットなんてものは身に着けていなかった。
僕が今まで見たどんなヒーローよりもヒーローらしくなかった。
だけど、僕にとってはヒーローだった。今まで見たどんなヒーローよりも格好良く見えた。
僕を守るために猛スピードで迫る車の前に飛び出した。
どれだけの勇気がいるんだろうか。
体中から血を流して、きっとものすごく痛いのにそれでも僕に笑いかけてくれた。
どれだけの強い意志がいるんだろうか。
ヒーローとはなんなのか。
決まった定義なんて無いんだろう。
でも、あの時に僕の中でのヒーロー像が薄ぼんやりと出来上がったのは間違いない。
なんで、忘れてしまっていたんだろうか。
それが、寂しくて、苦しくて、悔しくてしょうがない。
その思いが僕の中のヒーロー像を確立させていった。
ヒーローとはなんなのか。ヒーローにはなれるのか。
そして今、僕の中でのヒーローが完成した。
答えが出た。
(特別な人間じゃなくても、普通の人間だって、誰かのために体を張れるなら…)
僕の体は勝手に動いていった。
(ヒーローになれるんだ!)
「なあ君、大きくなったら何になりたい?」
大幅に加筆いたしました。