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恋人・Lv2

作者: 平なつしお

 こっそりと続いたり

 重要なのはタイミングだと、オレ――井沢祐一いざわゆういち――は思考する。

 古今東西ここんとうざいコレを見誤らなかった者だけが栄光を手にしてきた。

 なにもそんなに難しいことじゃない。ようするに、必要な時に最善の手段を取る。それだけでいいんだ。

 たったそれだけ。

「つまり、だ」

 組んでいた腕をほどいて、トントンと指で机を叩く。それで、どこか上の空だった相手の意識が、オレに向いた。

 まったく、話はキチンと聞けっての。いくら昼時の、飯を食ったあとだからってだらけすぎだ。

「――そろそろ、手をつないで登校と言うのをやってみたいんだが」

 嬉し恥ずかし登校イベントと言うやつだな。

 いや、うん。ぶっちゃけかなり恥ずかしいけど。しかし、オレとともえのラブっぷりをアピりつつ、親密度も上げると言う一挙両得いっきょりょうとくな手段ではなかろうか。

 と言うか、いい加減に付き合い始めて肉体的接触ノットエロがそんなにない状況を打開したいと言うか。最終着地点ガチへと至る第一歩を、そろそろ踏み出したいと言うか。

 だが、しかし。

 残念ながらこの方法は、オレ一人ではできない。どうやっても相手の同意が必要なわけだ。

「好きにすればいいんじゃないか」

「それができたら、お前に相談してねえよ」

 オレにまで聞こえるくらい、大きなため息をついて、相談相手――桐原進きりはらすすむ――は、メガネを外して目頭を揉む。

「そもそもなぜ僕に相談する。自慢にもならないが、恋人なんていたこともないんだぞ」

「おいおい、生徒のために働くのが生徒会長だろうよ。

 選挙の時に一票を投じた貴重な有権者の相談くらい、快くのっても罰は当たらんだろ」

 わざわざ生徒会室までやってきたことだし、ぜひとも回答を頂きたい。

 無駄足とか、ニ階分の階段を昇ったオレの脚が報われねえ。

「残念ながら、生徒会が活動しているのは毎週水曜日の放課後だけでね、今は一介の学生だ」

「なら、そこは親友の頼みを聞いてくれっての」

「君とは、ここ最近になって話すようになったはずだけど」

「なーに、人類みな兄弟。同じ学校の同じ学年で同じクラスなら、親友でもいいんじゃね?」

「君のその理論だと、僕も斑鳩いかるがさんと親友ということになるが」

「友情ならヨシッ。それ以上を狙ってきたら、月があろうとなかろうと、夜襲すっから」

 爪とか剥いでやる。

「はぁ、ずいぶんとベタ惚れのようだ。なら、それくらいはすぐに出来るだろ」

 生徒会長は、またため息をついてペットボトルのお茶を一口。話は終わりだと言いたげだけど、そうはいかん。

「そう簡単に行かないんだって。あいつ、かなり恥ずかしがり屋なんだもん」

 付き合い始めた初日、なにしていいかわからないからって、逃げた位だし。

 いやまぁ、オレも恥ずいわけで。なかなか口にだせないで、いっつも適当に誤魔化してたけど。

「つまり、彼女に断られない方法を考えてくれってことでいいのかな」

「おおっ、考えてくれるか。さすがは生徒会長! 伊達にメガネかけてねえな」

「メガネは関係無いだろう、メガネは」

 もう一度、生徒会長は深いため息をついた。

 おいおい、そんなんじゃ幸せが逃げてくぞって言ったら、なんか怒られたし。






 ふっふふふ、われに秘策あり! さすがは生徒会長、イイ作戦を授けてくれたぜ。

 早朝、ほんのりと寒くなった秋風の中でオレは、マイラヴァー斑鳩巴の待つ家へと向かう。

 まぁ、目と鼻の先に建つ一軒家だから所要時間は二十秒とかからないけど。

 時刻は七時半。これから学校へ行くには早いけど、これならば人目にもつきにくいから成功の確立もググんっと上がるというわけだ。

 さらにダメ押しで、この寒さを回避するためにお互いの手で温めあうという大義名分もあるのだから、まったく問題ないね。

「というわけで、巴ちゃーん、学校に行こうぜー」

 チャイムを押して、声を張り上げる。

 ややあって出てきたのは、愛しい恋人……あれ?

「残念だが、巴はまだ準備中だ」

 出てきたのは、巨漢。我が恋人との共通点は胸囲が互角ってことくらいじゃね。

 ああ、でも目尻とか似てるかも。さすが親子。

「おっと、おじさんじゃないっすか。おはようござます。

 今日はまだ出勤しなくていいんすか?」

 太い腕をあげて、おじさんが挨拶を返す。

 確か、弁護士じゃなかったかな仕事は。どうみても軍人的ななりだけど、これで案外インテリらしい。

 趣味が筋トレらしいから、見た目には納得がいくけど、

「社会人には有給という制度があってだな、休んでも給料が貰えるシステムになっているんだよ」

「へぇ、そいつはオレの学校にも導入してくんねえかな」

「励み給えよ、若人。ああだが、巴とあれこれと励んだら、どんな手を使ってでもブタ箱に放り込んでやる」

「はははっ、冗談ですよね?」

「はははっ――祐一くん、私は職業がら、嘘はつかないよ」

 男二人の笑い声が重なる。

 オレのは非常に乾いてるけど。

 やべえよ、このおっさんマジだ。どんだけ娘が大事なんだよ。

「……とは言え、だ。聞くところによれば、そこそこには健全な付き合いをしているようだね。

 じっさい、どこまで行ったんだい」

「あー……真面目な話、まだ手もつないでないんすよ」

「ウソ、ではないね」

 うわ、怖。めっちゃ睨んでくるよ。

 でも、実際に手をつないだことはないんだから、問題はない。

 てか、今日こそは繋ぎたいところ。

「……ふぅ、健全なのはいい事だが、逆に不安になってくるね。巴に魅力はないのかな」

「まさか、ちょっとした仕草とか時折見えるあれこれとか、ともかくドギマギしっぱなしですよ」

「私が責任を持って求刑にまで持って行こう」

「誘導尋問だった!」

 汚いな。さすが弁護士、汚い。

「あーもう、朝から玄関で騒がないでよ」

 おじさんの後ろの扉が開き、外に出てきたのはマイラヴァーこと斑鳩巴だった。

 冬用のセーラー服だが、加えて紺色のカーディガンを着込んでいる。

 最近は伸ばした髪を束ねるのがマイブームなのか、今日はポニテだった。藍色のリボンが、よく似合ってる。

「よっす、準備は出来たか」

「おはよ。にしても、あんた来るの早すぎよ」

 パンっとハイタッチ。こういう接触は平気なのに、なんだって手つないだりは恥ずかしがるかね。

「なに、それだけ早く恋人に会いたかった男の純情ってことだ」

「ちょっ、お父さんがいるのに何言って……」

「ああ、全くだ」

 おおう、二人共顔を赤くして。

 片方は羞恥で、片方は怒りだけど。

「たははー、ならばココは若い二人に任せておいてくださいよ」

「そういうのは年長者から切り出すものだけど、そうだね。学校に遅刻されても困る。

 見逃してあげるから、早く行きなさい」

 一息ついて、怒って見えた顔は転じて苦笑に変わる。こりゃあ、からかわれてたかな。

 うーむ、さすがは弁護士。演技はお手の物ってか。

「ではでは、お言葉に甘えて。巴、行こうぜ」

「そね。それじゃ、お父さん。行ってきます」

「行ってらっしゃい。狼には気をつけるんだよ」

「現代日本に狼はいませんよ」

 苦笑いして、オレは先を歩いて行く巴のあとを追いかけた。






 さて、いよいよと作戦を開始しようか。

 二人並んで、通学路を歩く。もちろん、程々の距離を保って何時でも手をつなげる用にはしておく。

 学校につくまで、およそ二十分。朝練をするには遅いし、普通に登校するには早いこの時間。生徒の数はまばらで、ほとんどいない。

 狙うっきゃないね。

 まずは寒いってのからアピろうか。

「最近、寒くなってきたよな」

「ほんとよね。寒くって、ちょっと早いけどカーディガン着てきちゃった」

 吐く息が白くなるほどじゃないけど、気温は十五度を下回る。ちょっと前まではその二倍以上だったから、寒さも一押しだ。

 加えて、巴は確か末端冷え性だからな。ふふん、指先とかから冷たくなりやすいのは知ってるぜ。

「へぇ、やっぱろ手とか冷たくなってるのか」

 だからこそ、この自然な切り出し。ここで同意した巴の手をさらわせてもらって、そのまま握るってのが王道だよな。

「うーん、まだそこまでは寒くないかな」

 はい終了ー。

 おいおい、そこは同意しておくところだろうよ。

 まいったな、いきなり出鼻をくじかれちまった。

 うーん、付き合い始めてた頃はもうちょいテンパってて、あれこれとしたがってたのになぁ。

 よもやこれが倦怠期けんたいき。付き合い始めて数ヶ月で、別れの危機か。

 むむむっ、ここは少し強引に……ダメか、嫌われたら元も子もねえし。

 仕方ねえ、また放課後にでも生徒会長に相談しよ。

「そういやあ、そのリボンって新しいやつ?」

「へっへー、そうなんよー。この間、冬服を見に行ったときにね」

 どう? と続く言葉に、似合ってると返す。

「うはぁ~自分で聞いといてアレだけど、やっぱり照れるわ」

 巴はハタハタと、赤くなった顔を仰ぐ。

 んっ? でもちょっと待て。

「オレ、それに行ってねえけど?」

 多分、この間の休みの日だよな。先週はつけてなかったし。

「四六時中、一緒にいられないでしょ」

 やれやれと言いたげな顔。むぅ、オレとしてはちと不満なんだけど。

 彼氏的に、できれば彼女がコスチュームチェンジするイベントには参加したかった。

「あー……うー……」

 オレの不満そうな顔をさっしてか、巴が困ったように目を伏せる。

 ひょっとして、チャンスじゃね?

 うまい具合につついて、こっちの希望を叶えてもらう方向に――

「その、さ……可愛いって……言われたかったから」

 真っ赤になった顔を下に向かせて、ささやく声で言う。

「…………」

「ねっ、ねぇ。何とか言ってよ。恥ずかしいんだからさ」

「……ちょ」

「ちょ?」

「もう、超かわいい! オレの彼女、超かわいいッ!

 ねぇねぇ、そこの道行く後輩、オレの彼女マジ可愛い。ヤバイ可愛い。本気で可愛い!

 羨ましいだろ? 羨ましいよな! はっはー、見せてはやるけどお触り厳禁だーッ!」

「わっ、わわっ、祐一ッ!」

 巴の両手をとってグルングルン。

 もう、何この子。付き合い始めてからどんどん可愛くなるし。

 やっばいわー、何時かはオレの体力が萌え尽きる。

「――はっ!」

 いっ、今、手を繋いでいるではありませんか。

 おいおい、さすがオレだな。まさか、無意識のうちに目的を達成してしまうとは。

「さあさあ愛しの巴ちゃん、お手々繋いで学校に行きましょうねー」

「あんた、突然どうしたのよ、顔真っ赤にして」

 うっさいやい、恥ずかしんだよ言わせんな。

 つか、なにこれ。女の子の手、柔らかすぎんだろ。

 ああもう、手を繋いでるだけだってのに、なんかすんげぇ緊張してきた。

「ははーん、さては照れてるな、お主」

 ぐいぐいと引っ張ってられてた巴は、足早にオレに並んでニマニマと笑いながら言う。

「いやー、案外おこちゃまですねー」

「ぐっ……くそっ、うっせ。良いから、学校行くぞ」

 こんにゃろう。普段オレにからかわれてるからって、ここぞとばかりにニヤニヤとしおってからに。

 結局、学校に着くまで終始からかわれちまった。

 ちくしょうめ。でもまあ、目的は達したから良しとする。






 さて、昼休みだ。急に、学校全体が騒がしくなったような気がする。

 食堂へ、我先にとクラスメイトが移動していくからか。もしくは、一時とは言えども苦行じゅぎょうから開放されたからかもしれないな。

 いくら義務教育じゃないっても、やっぱり授業はキツイしね。

 まあ、それも後は二時間ちょっと。もうひと踏ん張りっと。

 その前に、栄養補給だけど。

 先に弁当箱を広げている巴の直ぐ隣りの机に、オレは手をかける。

「よっと、大西君ー机借りるよー。

 いいよー。

 ありがとー」

「なに一人芝居してんの」

「いないから、大西君」

 速攻で食堂に走ってったからな。なんでも、廊下に直ぐ出られるようにって、この席を交渉でゲットしたとかないとか。

 そこまでして、食堂に急ぐ理由があるんかいね。

 まあオレと巴は母親が頑張ってくれているので、教室で悠々自適ゆうゆうじてきに弁当を食べられるから、特に慌てる理由はないけど。

「ではでは、頂きますと」

 うまうま。

 さすがに冷めてるけど、豚肉のしょうが焼きとかは何時でも美味いな。

「さっきの小テスト、どれくらい出来た」

「出来てないってのが自覚出来るくらいだな」

「だよねー。まったく、あんなの出来るわけないわよ」

「なんなんだよな、過去進行形って」

「現在完了形とかも意味不」

 過去なのに進んでるとか、今なのに終わってるとかよく分かんねーよな。

 しばらく、そうやって授業の愚痴を言い合って行く。

 っと、そうだ。

「今日は帰り、どうするよ」

 いわゆる放課後デート。個人的には一緒にいたいけど、なかなかそう上手くは行かないのが現状だ。

 オレは部活に入ってないけど、巴は演劇部だから練習のある日は一緒には帰れない。最初は待ってたけど、さすがに四、五時間もなると待たせてる方も気まずいみたいだ。

 とは言え、暗くなってからは危ないから自転車で往復しってけど。

「そうね……買い物はすんでるし、映画でも観ない?」

 巴は少し考えて、ふと思いついた風に答えた。

「映画って、なにかやってたっけ」

 今は微妙なのしかやってなかった気がする。

「ああ、そうじゃなくてDVDでも観ないかなってこと。準新作くらいなら、普通に借りられると思うし」

「んっ、了解。じゃあ、どっちの家にする」

「この間は私の家だったし、あんたんとこで良いかな」

「今日は片付いてるから、問題ねえよ」

 あれやこれとか。きっちりかっきりと隠したから、そうそう簡単には見つかんねえはず。

「おっけー、そんなに言うならば見せてもらおうじゃない」

 ウシシッと、巴は絶対に何かを企んでるような顔を見せる。

 こんにゃろめ、絶対に家探しする気だ。

 うーん、どうにも主導権を握ってるからか、何時になく攻めて来るな。

 何か、手を打たないとな。

 別に、勝ち負けを競ってるわけじゃないけど。なんか気分的に。






「と、言う訳でなんか手はないか」

「……なぜ僕が、バカップルがいちゃつくのに協力しなければいけない……」

 放課後はデートだから、五時間目と六時間目の合間の休みに、オレは桐原生徒会長きりはらせいとかいちょうをトイレへと連れ出した。ここなら、巴に聞かれねえしな。

「バカップルってほどでもねえと思うけど」

 今日まで、手を繋いですらいなかったってのに。

「自覚がないならいい。

 しかし、なんだってそこまで主導権を握ることにこだわるんだ」

 ため息をついてから、会長が聞いてくる。

 なんでって言われてもなあ。

 まあ、あれだよな。生徒会長の言うとおりで、

「いちゃつきたいからってのが、多分、正解なんじゃね」

 オレが主導だろうとなんだろうと、ようはそういうことだよな。

 ようするに、きっかけが欲しいってだけのことで。

「はい、解散」

「再開しまーす」

 立ち去ろうとする会長の肩をつかんで、引き止める。

 やれやれと言ったふうにため息をついて、結局は止まってくれた。なんだかんだでいいやつだよな、生徒会長。

「はぁ、好きにすればいいだろ」

「ううっ、簡単に言ってくれる。じっさい、ちと不安なんだよ。強引にあれこれ進めて、嫌われないかって」

 想像以上に惚れ込んでるよな、オレ。幼馴染だったころは、ココまで意識してなかったってのに。

 我ながら現金極まりねえ。

「……だったら、キチンと話せばいいだろう。自分はこうしたい、君はどうしたいと。

 相互理解そうごりかいを深めていけば、スキンシップだって取りやすくなるだろ」

「むぅ、そりゃあ、そうなんだけどさ……」

 わかっちゃいるけど、ってやつかな。あー、どうやって話せばいいんだろ。

 うむむ、恋愛初心者にゃ難しい問題だね。

「とにかく、お互いをキチンと知りあうべきだ。ほら、チャイムもそろそろなる。いい加減に、教室に戻るぞ」

「もうそんな時間か。

 あー、ありがとな会長。まだきっちりとあれこれできそうにないけど、なんとなくやることはわかった気がするよ」

 うん、そうだな。今日のデートの時にでも、言ってみよう。手とか、もっと繋ぎたいって。

 うわ、オレまじ乙女。むずがゆい気恥ずかしさがあるわ。

「気にするな。君の言うとおりに、票の分は還元しただけだ」

 軽く返して、会長は前を歩く。

 それが数歩で止まり、ふと思いついたかの用に振り返った。

「思い悩んだりと忙しそうだが、恋愛ってそんなに良いものなのか?」

「そうだな……ああ、きっと良いもんだと思うぞ」

 毎日が楽しいもんな。

 一緒にいれば、あれこれと話して。

 いなければ、会った時に何をしようって考えて。

 ようするに、きっと。

「うん、やっぱり楽しいんだわ」

 一緒にいようといまいと、常に相手の事を考えている。その瞬間が、最高に楽しいんだ。

「……そうか。今の僕には、いまいち良くわからないな」

 どことなく寂しそうに、会長は苦笑する。

「大丈夫じゃね、ふとした拍子ひょうしに誰かに惚れてるって」

 きっかけなんて、どこにでも落ちてるもんだろ。

「そうだと、良いんだけれどね」

 最後にもう一度、会長は苦笑した。






 どこか寂しげな音楽と共に、出演者やら監督の名前がずらずらと出てくる。

 エンディングだ。

 ようやく、エンディングを迎えたのだ。

 長かった。マジで、長かった。

「いやー、面白かったわ。特にあのわざとらしいくらいにバンバン出てくるお化け。あそこまで行くと、もはやギャグの領域よね」

「……」

 そう、ホラー映画だ。

 よりにもよって、ホラー映画だ。

「あれれー、祐一くんはどうしたのかなー」

「おまっ、オレがホラー苦手なの知ってるくせに……」

 四枚レンタルで割引ってレジで言われたからか、土壇場どたんばで持ってきたせいで、キチンと確認できなかったんだよな。

 おかげで、鑑賞中は風の音にも怯える始末だよ、ちくしょう。

「あー、ごめんごめん。まさか、そこまで怖がるとは思わなかったわ」

 ほんの少しバツが悪そうにして、巴は手早くプレイヤーから出したDVDを片付ける。

 シンっと、室内が静まり返った。

「まだ怖い?」

「実を言えば、わりと」

 震えたりする程じゃないけど、やっぱりどうしてもね。てか、寝る時に思い出しそうなんだよな。

 ホラーの何が怖いって、寝る時に思い出しちまうことなんだって。

 はあ、今日は電気つけて寝よ。

「うーん……とりゃ」

「わっ、と」

 急に、巴がオレの後ろに回ったかと思うとそのまま体重を預けてきた。

 女の子特有の、なんか甘い香りが鼻腔をくすぐる。

 やべえよね、女の子ってもう存在してるだけで男心をそわそわさせるわ。

「どう? 落ち着いた」

「えっと……巴さん、なんばしよっとね」

 緊張して、怖いとか吹っ飛んだよ。

「罪滅ぼしってのは建前で、こうしたかったの。

 うーん、ほんと言うとね。ホラー借りたのも、あとでこうしてなぐさめるためでしたー。って言ったら、怒る?」

「別に、それくらいじゃ怒んないけどさ」

 不意打ちみたいな真似、オレもしてるしな。

「帰りがけ、言ってたでしょ。したいことは、言い合おうってさ」

「うん」

「だから私は、もうちょい、くっついていたい」

「オレもだ……なあ、前に回ってこないか」

 あぐらをかいてるオレに、後ろから抱きつく巴。体重が心地よく、のしかかってくる。

 でも、できれば抱きしめ返したいところ。そんな男心。

「だーめ。今日は私がオフェンスです」

 オレの肩に、巴のあごがのる。くすぐったいから、グリグリすんなって。

「じゃあ、明日はオレが攻める番だな」

「出来るもんならねー。ふふん、長期間ちょうきかん温めてきた恋心、そうそう簡単には打ち破れないわよー」

 なにせと、巴は呼吸をおいて。

「恋する乙女は無敵なんだから」

 横目に、満面の笑みの巴がうつる。

 あー、まいった。

 こいつは、駄目だ。

 やばい、反則だ。

「惚れた弱みって、やつだよね」

「んんっ、そうそう」

 嬉しそうな巴を見て、それだけでもう十分に。


 ――今日もいい日だったと、心の底からそう思った。



 続く?

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