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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

大正おキツネ様異聞「いわくつき令嬢」シリーズ

ヤンデレハイカラ紳士は、いわくつき令嬢を愛でたくて仕方がない

掲載日:2026/08/25

<お知らせ>

 初めましての方も、いつもの方も、ありがとうございます!


 こちら、8/21(金)投稿済の短編『いわくつき令嬢は連敗中』のアンサー編(ミツオキ視点)です。


 前作未読でも分かる構成にしてますが、一応、読んだ方が2倍楽しめるというか。もし、前作がお気になられた方は、そちらも、是非ともご覧ください。


 ☆短編『いわくつき令嬢は連敗中』出会い編(ユキコ視点)

  〔https://ncode.syosetu.com/n2941mq/〕 


※連作短編となりましたので、「大正おキツネ様 異聞『いわくつき令嬢』シリーズ」と冠することにいたしました。

「……お礼参り?」


 言われた瞬間、私は目を白黒させた。


 色硝子(ガラス)のきらめき映えるアール・ヌーヴォーのランプが品良く妖美に照らす、舶来の調度品が並ぶ洋室で、清楚な振袖を纏(まと)った彼女と、英国仕立ての三つ揃い(スリーピース)を着た私は、肩を寄せ合って、ソファーに腰掛けていた。


「はい。この御(・)守(・)り(・)のおかげで、きっと、わたくし、貴(・)男(・)に(・)会(・)え(・)た(・)んですもの」


 頬をほんのり薔薇(ばら)色に染めて、嬉しそうに微笑む彼女は、自分の帯に挿していた金糸の梅結びに翡翠(ひすい)の珠(たま)と金の稲穂飾りが一連なりになった根付(ねつけ)を出して、私に見せた。


 私はその根付板の裏側を確認する。

 鼈甲(べっこう)で出来た、その裏側には、【彩迦(さいか)稲荷(いなり)大明神(だいみょうじん)】という文字と、その神社の【神紋】が刻まれていた。


 しかして、稲荷神は、「商売繁盛」「家内安全」のご利益が広く知られているが、実のところ、「縁切り・縁結び」などといったものもある。


「……なるほど」


 スッと根付を返しながら、私が険しい顔で頷くと、彼女は困ったように眉を下げた。


「庚興(みつおき)さん……?」


 どうやら、彼女には、私が少し怒っているように見えたらしい。

 私もハッとして、「いや」とニコリと微笑んだ。


「失敬。私も英国暮らしが長かったからね。あちらで暮らすからには、あちらの宗教の信者にならないと、なかなか……」

「まあ! 庚興さん、キリシタンでしたの!?」

「一応ね」


 私がウインクしてみせると、初心(ウブ)な彼女は、根付を帯に挿し直しながら、「あっ」と本当に可愛らしい顔でおどおどする。


 怪異を目にしても動じない、凛とした彼女が。

 それがゆえに、「不吉な女」「呪われた女」などと心無い悪評を立てられ、98回も縁談がご破算になり、理不尽に婚約破棄され続けた彼女が。


 ただ、この私の一挙手一投足にばかり見惚れ、うろたえるのだ。


(上流階級のお仲間からつまはじきされても、気丈に屈しなかったのは、彼女の芯の強さを物語っているが――。なれど、だからこそ、私の前でだ(・)け(・)は、普(・)通(・)の(・)少女のように微笑んでほしい)


 そう。彼女は、長年つらい思いに耐えてきただけに。


 常日頃から表情筋がすっかり強張ってしまって、とかく無表情になりがちであった。ゆえに、並人(なみびと)なら自然とできることも、時にぎこちなく、強がる必要がないとみれば、一転、自責念慮(じせきねんりょ)に陥りがちである。


 しかして、その奥ゆかしさがために。

 彼女は、私が何か言葉をかける前に、己に非があると受け取り、謝って、一歩退(ひ)いてしまう。


 つまり――。

 彼女は、えてして中庸(ちゅうよう)が難しいのだ。


 されど、そ(・)ん(・)な(・)彼(・)女(・)が、まったく年相応の無垢な少女らしい顔を私(・)だ(・)け(・)に見せてくれると、私は気恥ずかしくなりながらも、実に嬉しくもあって、彼女をトロトロに甘やかしたくなってしまう。


 ただ、私達は、まだそ(・)こ(・)に至るまでの時間(とき)が足りていないので。

 あまりに手前勝手に暴走して嫌われたくはない、という懼(おそ)れも拭えない。


「さあらば、そんな私が由緒正しき神社の敷地に足を踏み入れて良いものか、少々迷ったのだよ」


 私は、そのまま、彼女の額に、チュッと軽くキスをした。


「そ、そうでしたの……」


 やっぱり彼女はまごまごして照れる。

 私の唇が触れた場所を、その白魚の指で押さえ、座したまま、心なしか後ずさりする。


 おそらく、情に任せた反応をしては「はしたない」と己自身に制限(セーブ)を掛けているのだろう。


 それがまた、たまらなく、いとおしい。


 大和撫子(やまとなでしこ)そのものといってよい子爵令嬢・神宮寺(じんくうじ)夕紀子《ゆきこ》は、私、九鬼(くき)庚興(みつおき)にとって、かけがえのない女性だ。


 なぜなら、私は、ずっと彼女を捜(・)し(・)て(・)い(・)た(・)。

 私の初恋の女性。

 My(マイ) Twin-Flame(ツイン・フレイム)(=魂の片割れ)。


 私と彼女は、【合わせ鏡】という非現実的な呪法で出逢い、幼い頃よりずっと、お互い想い合っていた。


 されど、彼女は、そ(・)の(・)こ(・)と(・)をとても気にしていたから。

 私は、彼女に、「私は、貴女とは夢(・)で(・)逢(・)っ(・)た(・)」と明かした。

 邪なる道の【合わせ鏡】でなく。

 せめて、【夢】なら――。

 美しき天(・)の(・)導(・)き(・)だと、いくらか信じられる。


 しかして、かつて同(・)い(・)歳(・)で(・)あ(・)っ(・)た(・)は(・)ず(・)の私達は、その尋常ならざる出逢いのために、悲運な時空のね(・)じ(・)れ(・)に巻き込まれ、現実には、10歳(とお)の年(・)の(・)差(・)が生まれてしまった。


 夕紀子は、未だ、瑞々しい咲き初めの牡丹(ぼたん)のような17歳。

 対する、庚興(わたし)は、海千山千とも揶揄されがちな27歳。


 私は、若くして英国(イギリス)に渡って財を築き、現在は、横浜(よこはま)で蘇芳屋(すおうや)という貿易商の社長を務めている。ゆえに、ひとまず資(・)産(・)だ(・)け(・)は(・)あ(・)る(・)。

 それこそ、末端華族なら優に凌駕するほどの財力だ。だからこそ、その力を以て、彼女の家に求婚状を出すことも可能であったのに。


 私は一(・)足(・)出(・)遅(・)れ(・)た(・)。


 私が求婚する前(・)に、彼女は、東京(とうきょう)の馬喰町(ばくろちょう)だかにある酉田屋(とりたや)とかいうフザケた成金の跡取り息子と婚(・)約(・)してしまった。


 既に婚約者がある令嬢に求婚しては、周囲には、どうにも横(・)恋(・)慕(・)にしか見えない。


 相手方がさして財も影響力もない者なら、こちらが金で黙らせたり、権力者に根回しするなどして強(・)制(・)排(・)除(・)できるのだが。


 あちらはあちらで舶来品を仕入れていて、なかなかの繁盛店だ。

 しかも、業種的に我が蘇芳屋とは競合関係にあるため、それを露骨にやると、我が方が風評被害などに遭いかねず、大損害を被る恐れがある。


 また、左様なことをすると、美しく清らかな彼女と、彼女の実家にいらぬ瑕(きず)がついてしまう。


(それは困る……! 私は、今(・)度(・)こ(・)そ(・)、彼女を幸せにしたいのだ)


 そのような訳で。

 いつも、夕紀子は買い物の名(・)目(・)で我が蘇芳屋を訪問しては、私は社長として商談をする体(てい)で応じる。


 しかしながら、夕紀子の侍女・タツも我々の味(・)方(・)であるので。


 タツは出しゃばることなく待機室で控え、私は、そのまま夕紀子と商談室で2人きりになる。私達は、ソファーで隣り合いながら、甘く語らい、互いに密(みそか)なる触れ合いを重ねる。


 本日もまた、こうして、2人、秘(・)密(・)の(・)逢(・)瀬(・)を愉しんでいる訳なのだが――。


 私は、そっと夕紀子の柔らかく小さな手に触れ、フッと口角を上げた。


「わかった。では、今度一緒に行こう」

「本当ですかっ!?」

「ああ。ちょうど、日本橋(にほんばし)の辺りも訪れたいと思っていた」

「日本橋?」

「そう。敵(・)情(・)視(・)察(・)でね」


 私の言葉に夕紀子はきょとんとしていた。


「2号店を出したいと思っているんだ。東(・)京(・)に」

「え」

「だって、そうでもしないと。君も毎回わざわざ横浜まで出てくるのは大変だろう?」

「そ、それは……。まあ……」


 夕紀子は少し当惑した顔をしている。

 もっと喜んでくれると思ったのに。


(……まさか! あの酉田屋の馬鹿息子にバレるのが怖いのか――!?)


 私は、ギリと歯を食いしばって、固く拳を握り、ワナワナ震えた。

 嫉妬したんだ。

 27にもなる男が、17の小僧に――。

 ア(・)レ(・)は馬鹿だが、見目は悪くないし、夕紀子と同(・)い(・)歳(・)だから。


 しかし――。


「み、庚興さんがいらっしゃったら、きっと、ご令嬢の皆さん、キャアキャア言って、お店に殺到されますわ!」

「――? うん??」


 私は首を傾げた。

 夕紀子は顔を真赤にして、必死に訴える。


「わ、わたくしなど、不(・)吉(・)な(・)女(・)ですし、愛想はないし! 正直、食も細いので、鶏(・)ガ(・)ラ(・)みたいな身体で、女人としての魅力もう(・)ま(・)味(・)もないと申しますかっ。その……っ、侯爵家や伯爵家のご令嬢の方がもっと――!!」


 私は目をぱちくりさせた。

 夕紀子はハッと我に返って、「あ。いえ……」と恥ずかしがる。


(もしや、夕紀子も十把一絡(じっぱひとから)げの華族令嬢に、劣(・)等(・)感(・)というか、つがい(わたし)を盗られるかもしれないと心配して、嫉(・)妬(・)を?)


 思うや、私はポッと全身が熱くなり、夕紀子を抱き締めたくなった。

 いや。思うより早く、既(・)に(・)手を伸ばして、彼女を引き寄せてしまった。

 そうして、本能のままに、チュとそのつややかな唇を奪ってしまう。


「……ンッ」


 夕紀子は、目端(めはし)まで紅(べに)に染め、私の腕の中で小さくわなないていた。

 緊張しているのだ。

 ゆえに、拒むつもりはなくとも、頑なに唇を引き結んでしまう。


 だが、私は、そんな無垢な彼女の唇を、何度も優しくねぶり、静かに誘って、その閉じた心の園をこじ開ける。


「――ふ」

「夕紀子……ッ」

 

 徐々に馴れてきた夕紀子は、うっとりし始めたように瞳をとろんとさせ、私が乞うのに応じて、ドキドキと小鳩のような胸を高鳴らせ、淫らな舌遊びに興じていた。


 私は愛しい彼女をソファーの座面に押し倒し、その唇から甘い吐息がこぼれるまで、唇で、舌で、また長い指先で、巧みにその女(・)悦(・)を刺激した。


「ああっ……」

「愛している、夕紀子――」


 次第に、夕紀子も私もきっちりしていた服装が乱れ、その垣間見える互いの素肌には、じっとりと脂汗が滲んでいた。


 夕紀子は我が身を鶏ガラだと卑下したが、娘らしく程よく肉付いた肢体が着物の間に覗くたび、私は、「なんと美しく可憐なのだろう」と一層、暴きたくなってしまった。


 そして、きっと、夕紀子も――。

 壮健に雄々しく鍛えた私の体躯に、未知なる興奮を覚えたようだった。

 次第に私達の距離が近づき、時に淫猥にぴたりと重なると、夕紀子は紅潮しながら震え、高まる愛欲に悶(もだ)える。

 そのなまめかしくも悩ましげに戸惑う姿が、なんともい(・)じ(・)ら(・)し(・)か(・)っ(・)た(・)。


 そうして、触れ合えば触れ合うほど、匂い立つ甘い花の香(か)に、ますます理性も狂い、道(・)理(・)も遠のく。


 タ(・)ガ(・)が外れてしまった私は、ただ1人の男と女として求め合わんと、たいそう気(・)が(・)急(・)い(・)て(・)いた。


 しかし――。


「ア……。いけません、庚興さんっ。そ(・)れ(・)以(・)上(・)は……!」

「――ああ」


 甚だ恥じらい、恋人(わたし)から顔を背け、いたずらに貪(むさぼ)られまいと落ちかけた着物を押さえる。ささやかに我(・)が(・)身(・)を(・)護(・)る(・)夕紀子に、おのずと愛(かな)しさが込み上げてきた。


「そうだね。君は貞淑な女性だった」


 されど、その火照る柔肌から湯気立つ様が、彼女の真の心内(こころうち)を物語っていた。

 あ(・)れ(・)は婚約者への操(みさお)立てではない。

 単純に彼女は怖(・)い(・)のだ。

 我が本能に従い、恋人である私と、しとどに濡(・)れ(・)て(・)、乱(・)れ(・)合(・)う(・)のが。


 私は、スッと身を退(ひ)いた。


(致し方あるまい。彼女はま(・)だ(・)17歳なのだ)


 本音を言わせてもらえば、雄(オトコ)としては、このまま、2人、身(・)一(・)つ(・)となって、溶け合うまでつがい(かのじょ)を抱き潰したいところであったが――。


 流石に、婚前の女性を穢(けが)す訳にもいかないので、私も泣く泣く程々のところで止める。


 私は、「はあ」と大きな溜息をつきながら、乱れる黒髪を掻き上げる。すると、頬を赤らめた夕紀子も、着崩れた着物を手直ししながら起き上がった。


「庚興さん……?」

「……」


 その肩口に庇髪(ひさしがみ)から崩れた髪房がファサリと落ちる。着物の裾から白い襦袢(じゅばん)の端がぱらりとはみ出し、にゅっと露になった雪肌、白足袋の脚がのぞく様が、実に煽(・)情(・)的(・)だった。


 その17歳とは思えない蠱惑(こわく)的な姿に、一旦落ち着いたはずの私も、ドクンと胸と下(・)腹(・)が疼(うず)く。


「すまない。夕紀子さん。私の方が年嵩(としかさ)であるのに。なんとも童(わらわ)めいて」

「そのようなこと……!」


 反論しかけた夕紀子の唇に、私は、そうっと人差し指を当て、その言葉を封じた。私は、夕紀子の頬に触れ、流れるぬばたまの髪を指で梳(す)きながら、クスと苦笑する。


「今は難しくとも。いつか必(・)ず(・)。結婚しよう」


 夕紀子は、一等はにかんだようにドキリとした後、ややオロオロして、ゆるゆると茹(ゆだ)る面(おもて)を両手で隠した。


「はい……!」


 きっと、恋人(わたし)に直視されるのが恥ずかしかったのだろう。


「夕紀子……ッ」


 嗚呼(ああ)! 見えていないのに。なんとも可愛い。

 これほど愛(・)ら(・)し(・)い(・)も(・)の(・)が、この世に在って良いものか。


 私は静かに夕紀子の両手を取り、その玉の顔(かんばせ)を見つめ、また、チュと唇を重ねる。


「やっと出(・)逢(・)え(・)た(・)ん(・)だ(・)。私は誰にも君を奪(・)わ(・)せ(・)な(・)い(・)。もう離したくないんだ。決(・)し(・)て(・)……!!」

「わたくしもです……!」


 じっと見つめ、込み上げてくる想いの丈を囁(ささや)くや、再び、私達は熱く抱擁する。

 この尊い時間が、何よりもいとおしい。


 ゆえに――。


 私達は、この刻々と進みゆく1分1秒さえも惜しみ、2人、まったりと愛を確かめ合った。彼女の侍女が我が店の手代を通じて、彼女の帰りの刻限を知らせてくるまで――。


 しかして、柱時計が無情にもボーンボーンと鳴り、いざ定刻が告げられると、案の定、手代がやってくる。

 分かってはいたのに、どうしようもなく淋しく、哀しい。


(そうだ。奪われてなるものか。夕紀子は、私(・)の(・)花(・)嫁(・)だ)


 果たして、最後はまた、私達は、その名残惜しきを胸に秘め、最も狂おしく切ない口づけを交わし、この日も泣く泣く別れたのだった。



 -◇-◇-◇-



 そうして、後日――。

 或る晴れた日、私と夕紀子は、例の神社を訪れた。


 赤い大鳥居の奥に、やや小さい5連の鳥居が連なる。

 大鳥居の両脇には、鍵(かぎ)と珠(たま)とを咥(くわ)えた雌雄の狛狐(こまぎつね)が。その出入口の最も目立つ位置に「彩迦(さいか)稲荷(いなり)大明神(だいみょうじん)」と彫られた石柱が堂々と建つ。


 鳥居側には、樹齢300年の大楠(おおくす)のご神木と手水舎(ちょうずや)が。

 神域の最奥には、こぢんまりとした古びた社殿があったが。

 社務所は建っておらず、他に参拝客もなかった。


 だが、庚興(わたし)がキリシタンだとすっかり信じ込んだ夕紀子は、私を気遣い、大鳥居の外で待つよう告げて、侍女のタツと2人で、お礼参りに社殿へ向かった。


(――かようなで(・)ま(・)か(・)せ(・)ばかり言っては、異国の神にまで恨まれるかな?)


 私はその後ろ姿を見送った後、溜息をつきながら、神域を囲う石塀にもたれていた。


「……おや? 貴方も(・)中にお入りになられたら良かったのに」


 すぐ近くで若い男の声が聞こえた。

 覚えのある声だ。


 私が声の主を振り返ると、そこには、白銀髪に琥珀(こはく)の瞳をした、白い狩衣(かりぎぬ)姿の端正な若者が立っていた。その狩衣には、同神社の神(・)紋(・)も入っていた。


 そして、これは――。

 おそらく、そこらの人間には視(み)えていないだろうが。

 彼の頭には、白銀毛が密生する大きな三角耳が、その臀部(でんぶ)付近からは、上質な襟巻もかくやという滑らかな毛並みの太い狐尾(きつねお)が生えて、風遊ぶように揺れていた。


「……。何だ。君か」


 私は半眼になりながら、プイとそっぽ向く。


「最後に会ったのは、私が遠く遥か西方の海を渡る前だったか? まさか、かような巡りで、また君に会うことになるとは。さて、もうどれくらいぶりだか……」

「はあ。もう何十年か……いえ、何(・)百(・)年(・)も(・)昔(・)でしょうね」


 白銀髪の狩衣男は、衣の袖で口元を隠しながら、クスクスと笑う。

 私はカチンときた。


「おい。まさか、夕紀子に話してはないだろうな?」

「――話す? 何を??」


 白銀髪の狩衣男は笑顔ですっとぼける。


「私は、ただ、あのお嬢さんのひたむきな御姿に心打たれ、ちょいと背中を押して差し上げただけですよ」

「それが、あの根(・)付(・)か」


 私は苛立ち交じりにフンと鼻息を吹いた。

 白銀髪の狩衣男も首を傾げる。


「何をそんなに拗(す)ねてらっしゃるんです?」

「拗ねるというか。ただ面(・)白(・)く(・)な(・)い(・)だけだ」


「――面白くない?」

「そうだとも。ア(・)レ(・)は私の唯一無二の番(つがい)であるのに。その私を差し置き、貴様が先に、彼女に贈り物をした」


「贈り物など。あれはた(・)だ(・)の(・)御(・)守(・)り(・)ですよ。彼女の願いを遂げさせるために授与したんです。しからば、昨今の女人は、なかなか気難しいのでね。あれぐらい華美にしないと。古臭い御守りのままでは、なかなか日常的に身に着けてくださらない。特に、ご華族様のご令嬢ともなれば――」


「それでも気に入らない。わざわざ装飾品に見える形状(かたち)にするなど。私こそが真先(まっさき)に彼女をきらびやかに飾り立ててあげたかったのに!」


「そんなことですか。なんとも小僧くさいこと。もう千(・)年(・)近くも生きておられる御方が」


 言われ、私はドキリとした。


 そう、私が「九鬼庚興」として生きてきたのは、この27年間で間違いないのだが、本当は――。


 一方、白銀髪の狩衣男は、口元を隠したまま、クククと笑い続ける。


「なれど、『夢路(ゆめじ)で逢(お)うた』とは。まこと良い語り口を見つけられたものです。よもや、天の理(ことわり)を歪めてまで、絶えず、己のためだけに干渉し続けたとあらば。さしものあのご令嬢も恐れおののくのでは?」


「仕方あるまい。輪廻転生の周期は限られているのだ。彼女が、また、我が目の届かぬ場所へ逝ってしまう前に。我が元にしかと引き留めておく必要があった」


「おお。こわい。般若(はんにゃ)は狂える女子(おなご)が成るものと云(い)われますが。なかなかどうして、殿御のご執(・)心(・)というのも陰湿で凄まじい」


 実に痛いところばかり突いてくる。


 そう。あの【合わせ鏡】は――。

 私が仕掛けた。

 噂好きな彼女の学友をそれとなく誘導して。

 彼女の性分なら、きっと、亡き母恋しに試すだろうと考えたから。

 ただ、成功するかどうかは、五分五分の賭けでもあった。


 そして、そ(・)れ(・)だ(・)け(・)の時間をかけなければ。

 きっと、手(・)に(・)入(・)ら(・)な(・)い(・)と思った。

 だって、君は、「私」を覚(・)え(・)て(・)い(・)な(・)い(・)。


(そうだ。夕紀子――いや、絢夜瀬(あやせ)。私達は筒井筒(つついづつ)の仲であった。あの遠き日の古(いにしえ)の京(みやこ)で。だが、君は、私がいたらぬ男であったがために、私より先に……)


「まあ、かように巡り逢えただけでも奇(・)蹟(・)ですから」


 白銀髪の狩衣男は飄々(ひょうひょう)と言う。

 私は、この流れる水のように捉えどころのない男をギロリと睨んだ。


「サイカ」

「……。何でしょう?」


「君も私も。世に仇なす災(・)い(・)とされて、陰陽師だの僧都(そうづ)だのに調伏(ちょうぶく)されかかったのに。よもや、あの自由気ままだった君の方が自ら稲荷大明神の神使(しんし)となることを選び、かように、この私を助けてくれるとは。まったく何があるか分からないものだ。さればこそ、この結んだ縁(えにし)を断(・)ち(・)切(・)ろ(・)う(・)と(・)す(・)る(・)こ(・)と(・)が(・)あ(・)れ(・)ば(・)。承知せぬからな」


 脅さずにいられなかった。

 我が血赤き眼(まなこ)を凶星(まがつぼし)のように爛々(らんらん)と燃え滾(たぎ)らせて――。


 されど、サイカは冷たく笑っていた。


「縁が切れるか切れぬかは、貴方とあのご令嬢次(・)第(・)ですよ。彼女がそう願えば、きっと、そうなるでしょうし、願わなければ、そのままでしょう」


 私はムッと眉間に皺(しわ)を寄せる。


「……ふん。白(・)々(・)し(・)い(・)」


 だが、彼の言う通りだ。


 なぜなら、私(・)もなかなかの妖力(ちから)を備えてはいるが。

 稲荷神(かれら)があの守りを彼女に授(・)与(・)しなければ。

 きっと、庚興(わたし)は夕紀子の元へ辿(・)り(・)着(・)け(・)な(・)か(・)っ(・)た(・)。

 神が与えた【神罰】を、取(・)り(・)消(・)せ(・)る(・)のも、また神(・)――。

 

「フフ。白々しい、ですか。それはそうでしょう。私は、元より妖狐(ケモノ)。人(・)の(・)世(・)に(・)在(・)っ(・)た(・)貴方ほど感情が豊かでもなければ、さして未練もこだわりもございません」

「そうか? 夕紀子にあの帯飾りを授与しているだけでも、私には、充分、人間臭く見えるが」


「いえいえ。あれは、単なる経(・)験(・)則(・)ですよ。私もこの御社の神(・)使(・)になって、そこそこ年月(とし)を経ているのでね。なれど、所詮、ケ(・)モ(・)ノ(・)に(・)す(・)ぎ(・)な(・)い(・)私には、ただ1人の女人を守り、愛し抜くためだけに、その御(・)命(・)を懸け、自ら人間(ヒト)であることを捨(・)て(・)ら(・)れ(・)る(・)なんて。とてもとても――」


 思いのほか、研ぎ澄まされた刃のような返(・)し(・)が発せられた。


 それは、遠き昔に置き去りにしてきた、私の苦き過(・)去(・)――。


 サイカは、ニコリと整いすぎた笑みを浮かべるだけで、そ(・)れ(・)以(・)上(・)、その話に触れなかった。


 ゆえに、私も、フンと高い鼻の頭にかかる黒き前髪を吹き飛ばした。


「君と話していると、どうにも鬱々(うつうつ)と病(・)ん(・)で(・)く(・)る(・)。捨ててきたものに、今更、捕(・)ま(・)り(・)そ(・)う(・)だ(・)」

「それでは、我が御社でお(・)祓(・)い(・)してみます?」


 余裕綽々(よゆうしゃくしゃく)に告げるや、サイカは帯に挿していたらしい閉じた扇子を出して、その先で、トンッ、と私の胸を小突いた。しかして、よくよく見ると、それは扇子ではなく、狛狐が咥えるのとよく似た古(・)鍵(・)であった。


 私は少し苛立ちを見せながら、我がネクタイに皺付ける、その古鍵を払い除ける。


「馬鹿なことを。出(・)来(・)ぬ(・)と(・)分(・)か(・)っ(・)て(・)申しているだろう」

「おや、バ(・)レ(・)て(・)いましたか」


 サイカはクスッと微笑んで、古鍵をしまう。


「わからいでか。君は私(・)を何だと思っているんだ。人には人の、妖(アヤカシ)には妖の――依(よ)るべき先がある」


 私はうんざりしたように彼から顔を背けた。


 つつかれたくない肚(はら)の内があるのは、お(・)互(・)い(・)様(・)だ。

 されど、私と彼が旧知の仲であることには、変わりないのだから。

 ひとまず今は味(・)方(・)だと思って、まともに相手にせぬことだ。


 ただ、夕紀子には、いらぬ煩悶を抱えて欲しくない。


 私がうつむいていると、参拝を終えたらしい夕紀子とタツが、くるりと振り返った。そして、私と目が合い、嬉しそうに手を振る。

 私もつられて微笑み、手を振り返したところで、ハッとした。


 慌てて背後を確認すると、忽然(こつぜん)と、サイカは消えていた。

 けれど、どこからともなく、私の頭の中に、あの聞き覚えのある声で思念波が送られてくる。


[フフフ……。いずれにせよ。今は、百鬼夜行(ひゃっきやぎょう)も遠き昔。かの酒呑(しゅてん)様でさえ、お祀(まつ)りされる世なのですから。貴方もそろそろ、風雨に散りゆく千古の昔語りなど、どこぞの翁(おきな)のようにお忘れになられたら?]

[つまり、私のようなものは御伽草子(おとぎぞうし)の何某(なにがし)だと?]


 こいつは喧(・)嘩(・)を売っているのか?


 どんな人間もアヤカシも、世間様から忘れられれば、この世に無(・)い(・)も同じ。


 だが、私が彼女を想い続けた時間は、紛れもなく真(・)実(・)だ。

 さあらばこそ、私は、そ(・)の(・)為(・)だ(・)け(・)にこの生命(いのち)を燃やしてきた。

 どうせ死して同じ楽土に往けぬなら。

 再び、彼(・)女(・)に(・)出(・)逢(・)え(・)る(・)時(・)ま(・)で(・)、生き永らえて待つしかない、――と。


 血の涙を流し続けて、ついぞ、その色に染まってしまった、この双眸(そうぼう)に。

 耐え難き慟哭(どうこく)のあまり、耳まで達するほどに裂けてしまった、この赤き口に。

 愛しきものと一つになれぬなら、その骨の髄まで喰ろうてしまえ、と。

 禍々(まがまが)しき声が、延々と脳裏に染み付き、唆(そそのか)し続けた。

 その艱難辛苦(かんなんしんく)の末、本神(ほんじん)より生まれ出でた瘤(こぶ)が、いつしか鎌刃(かまば)の如く伸び始めた時も――。


 ただ彼女のことだけを想い、最後の理(・)性(・)だけは失うまい、と頑なに堪えていた。


 だが、如何なる屈強な黒鉄(くろがね)とて、ぞんざいに放り出されれば、いずれは錆(さ)びて朽(・)ち(・)て(・)しまう。


 完全に狂ってしまった私に、再び、血の通(かよ)った人間(ヒト)の心を蘇らせてくれたのは、最初の死から1度目の回帰を遂げた君。だが、それがために君は命を落とした。

 2度目の回帰では、君は私を守るために、泣く泣く私から離れ、不幸な生涯を。

 そうして、現在(いま)、3度目の回帰において、私達は在りし日を彷彿とさせる姿に戻り、とうとう待ち望んだ再会を果たした――――。


 そんな途方もない物思いに耽(ふけ)りながら、私は、知らず知らず、固く拳を握り締めていた。



 -◇-◇-◇-



 そうこうするうちに、夕紀子が無邪気な顔をして、大鳥居をくぐり抜け、パタパタと私の元へ戻ってきた。侍女のタツも彼女を見守るように静かについてくる。


「お待たせしまして申し訳ございません。庚興(みつおき)さん」

「いいや。さして待っていないとも」


 私が澄まし顔で笑むと、夕紀子は頬を赤らめつつも、おずっと一瞬躊躇(ちゅうちょ)し、仔猫のように小首を傾げた。


「……そうですか? けれど、なんだか、お元気がないような……」

「――!!」


 私は目を丸くした。

 完全に取り繕ったつもりだったのに。

 夕紀子には見抜かれていた。


(ああ……!)


 私は感極まって、ピトッと己の額を夕紀子の額にくっつけた。

 夕紀子もドキッと下がろうとした。

 それを、私が、ぐいと引き留め、ぎゅうっと抱き締める。


「君はどうして、それほど愛らしいんだ」

「え……。あ、あの……ッ?」


 うろたえる夕紀子もいとおしい。

 私はフッと目を細めると、彼女の額、両の瞼(まぶた)、両頬と――。

 順に口づけをし、最後は、深く深く唇を重ねた。


「……!」


 タツは「あっ」と驚いて、気まずそうに他所(よそ)を向いた。


 一方、夕紀子は、「ふ……」と恥ずかしそうにしながらも、したたかに私の求めに応じてくれた。とはいえ、やっぱり、そのなよやかな体はうち震えていて。


「……ッ」

「ハ……」


 思わずググッとその衣(きぬ)を握り締めると、微かにずれた着物の内側から、かぐわしき芳香が漂った。


 艶(なま)めくうなじに、未(いま)だ雄(おとこ)を知らぬ乙女の、無二の番(つがい)を恋(こ)うる、確かな雌(おんな)の薫り。


(夕紀子……、夕紀子っ……)


 私は、神社の門前であるにも関わらず、また、侍女のタツが控えているのすら忘れて、夕紀子の唇を熱烈に貪(むさぼ)った。すると――。


(愛している。夕紀子……ッ)

(……庚興さん……っ)


 などと、のぼせる互いの呼(・)ば(・)い(・)までもが以心伝心するようで――。


 私は構わず、淫らな水音でしきりに煽って、夕紀子の唇も舌も吐息もすべて絡め盗った。その声まで奪い去るほどに。息つく暇なく、身も心も痺(しび)れて、蜜唾(みつだ)がとろりと溶け合ってゆく。


 そうして、私は、愛しき夕紀子を必死に篭絡(ろうらく)せしめんとしていたのに。

 むしろ、私の方が婀娜(あだ)めく彼女に悩殺されて。


(ああ! いっそ、一思いに、このまま彼女の操(みさお)を奪ってしまいたい……!!)


 もはや、ここが臥所(ふしど)でなくば、吾(あ)が宿でもなく、ただ青天の下(もと)であることを口惜しく思ってしまった。


 真に欲していたのだ。

 私は、私のただ一人の花嫁、夕紀子を。

 胸奥(きょうおう)より止めどなく溢れる、この如何ともしがたき熱情に。


 侍女に見られていようと。

 神に視られていようと。

 既成事実の名のもとに、彼女のすべてを手に入れることが出来れば――。


 そんな私の鬱積(うっせき)した情念に触発されたのか、私の華蓋(かがい)辺りがじわりと熱くなる。

 それは、先にサイカに古鍵で突かれた、あ(・)の(・)場(・)所(・)だった。


 この性急な青くさい小僧のような私を、あの神使(キツネ)は嘲笑(あざわら)っていたのだろうか。


 2人して、ただ官能の口づけに没頭していると、やがて、


 ガチッ!


 と、硬質な音がして、私の口内に、ぬるりと生温かいものが広がった。


 人間であれば「鉄臭い」――と。

 むしろ、嫌悪されるソ(・)レ(・)は、妖鬼(わたし)には、旨(うま)しき甘(・)露(・)と変わらなかった。

 しかし――。


(……いや、待て)

「う……」


 夕紀子は苦痛に顔を歪めて、ヨロ……と私から離れた。その彼女の紅刷(べには)いた唇からは、それに負けずとも劣らぬ赤(・)い(・)雫(・)が鮮やかにしたたっていた。


 私はギョッと目を剥いた。


(血(・)――??)


 ゆえに、私は慌てて、己の口に節くれだった手をあてがい、あぐ、と軽く指を噛んでみた。しからば、その指の一部に、グサリと針刺した感覚が走り、心底ゾッとした。


(まずい……! 牙(・)が出ていた……!!)


 私は、サッと抜いた手で、そのまま、己の前髪をぐしゃりと握り締めた。

 わななき、怒り、ギリと歯を食い縛り、酷く動揺する。


 今まで、上手く隠して、普通の人間(ヒト)の男のように、恋しい夕紀子を愛でていたはずなのに。


(この私が彼女を傷(・)つ(・)け(・)た(・)……!)


 見ると、夕紀子は蒼白い顔をしていた。

 タツは訳が分からず、おろおろしている。


 そして、妖鬼(わたし)は――。

 久方ぶりに口にした【生娘(きむすめ)の生き血】に、たちどころに胸がザワザワとなった。

 何やらドス黒いものが、フツフツと、私の内部(うち)に広がり始めていたのだ。


「……?」


 これに何か感づいたらしい夕紀子が、切ない表情をして、きゅっと私に抱き着いた。その小さく柔らかい手で、私の広い背を、ぽんぽん、と叩く。


 ちょうど、母が赤子をあやす時のように。

 ひたすら慈愛に満ちて、やさしく温かい。

 その手のぬくもりが、ポカポカと、まるで、厳冬の東雲(しののめ)に、そっと差し出された温石(おんじゃく)を彷彿させられるようで――。


(クッ……!)


 私は、胸が込み上げて、夕紀子の華奢(きゃしゃ)な身体をぎゅうっと抱き締め返した。

 いたずらに彼女の血を啜(すす)ってしまわぬように。

 口づけたい気持ちを抑えて、ただ、彼女の滑らかな顔(かんばせ)に頬擦りした。


(夕紀子……、夕紀子……っ、ああ、私の愛しい女(ひと)!!)


 さながら吉祥天女(きっしょうてんにょ)の如き夕紀子に触れていると、その熱に氷融(と)かされるように、ほっと落ち着く。やがて、私のおどろおどろしい胸騒ぎも徐々に終息を迎え、暴走しかけた妖力も安定したのか、不要な牙もシュンッと引っ込んだ。


 ほどなく、私は、ポソッと夕紀子の耳元で囁(ささや)く。


「ありがとう……!」

「庚興さん……」


 夕紀子も、小さくフルフルと首を横に振った。


「わたくし、貴男が如(・)何(・)な(・)る(・)御(・)人(・)でも構いません。ですから、もう、わたくしから離れないで。いえ――。離(・)さ(・)な(・)い(・)で(・)! わたくしは、ただただ貴男だ(・)け(・)の妻になりたいのです」

「ああ……!!」


 感極まった私は、涙して、再度、夕紀子に頬擦りした。


「当然だとも。私の妻は、君し(・)か(・)いない!」


 告白するや、私達は、ひとしきり見つめ合い、おのずと【誓いの接吻(キス)】をした。

 それが最も早く、2人の縁(えにし)を結ぶと、確信できたから。


 すると、私の脳裏に、折見たように、


[ああ。やはり、貴方と彼女は、切(・)っ(・)て(・)も(・)切(・)れ(・)ぬ(・)ご縁のようだ。なれど、この地は日本(ヒノモト)ですので。西洋式は程々に。きちんと三(・)々(・)九(・)度(・)もお忘れなさらないで下さいね]


 と、また、あの小賢しい神使(キツネ)の思念波が届いた。


 三々九度など。

 神前式をおこなわねば出来ぬではないか。


(神域に入れぬ妖鬼(わたし)に。厭味のつもりか!)


 そう一言、文句を言ってやりたくなったものの。


[なに。我が国の 八百万(やおよろず)の御神々は、和魂(にぎみたま)、荒魂(あらみたま)、いずれのものも、襟を正しくしてさえいれば、いずれ神として崇められ祀られる。鬼神とて例外ではない。ご自身で悔い改めることを欠かさんと、その理(ことわり)さえ一途に守っていれば。如何なる脛傷(すねきず)お持ちの御方であろうとも、まこと改心せし後(のち)は、我等が神域に侵入(はい)ることもできましょう]


 目には視(み)えぬが。

 おそらく、サイカは笑っている。

 そして、試しているのだ。

 現在(いま)の私が、善と悪、どちらに傾いているのか。


[なれど、それに括らなくても、きっと――。貴方がたなら大(・)丈(・)夫(・)。お2人、御手と御手を取り合い、この先ずっと添い遂げられるなら]

[……!?]


[そ(・)の(・)時(・)こそ、いずれ――。この彩迦稲荷大明神が、貴方がたのご(・)祝(・)言(・)を受け持って差し上げましょう]

[妖鬼(おに)の私が、神前で祝言……??]


[いえ。貴方は人間(ヒト)ですよ。それだけ深く人間(ヒト)を愛せるのですから]

[……]


 この狐男は、どうにも昔から本当に食えない。


[人道(みち)外れてまで、貴方が狂おしく求め続けたものは、やはり尊(・)き(・)も(・)の(・)でしたね]

[当たり前だ。千(・)年(・)も時をかけたのだぞ]


 そう。


 人間(ヒト)であった頃から、ずっと――。


 私は彼(・)女(・)を欲していた。

 彼女だけが私のす(・)べ(・)て(・)であった。

 もう二度と、決(・)し(・)て(・)。

 この手から離(・)さ(・)な(・)い(・)。


<執筆後記>

 当初の予定では、7,000文字くらいに抑えたかったんですが。

 なんだか思ったより壮大な感じになってしまいました……。

 

 毎度々々、なんか長すぎて申し訳ありません。


 実のところ、このお話、「連載の方に組み込もうかな?」とも考えていたんですけどね。ストーリーもですけど、何より「時系列的にちょっと無理があるな」となって、結局、短編になりました。


 また、現在連載中の中編『モブ女学生は落ちぶれヨーコ様を助けたい』は、これら連作のさらに後日譚となっております。


 こちらの主人公は紗江(さえ)という女の子で、ヒーローがおキツネ様ですが。

 とはいえ、チョイ役ながら、中~終盤、ちゃんと夕紀子(ゆきこ)と庚興(みつおき)も出てきますので。(というか、こちらの方で決着がつく感じともいいますか)


 気になった方は、是非々々、そちらも併せてご覧ください。


 ☆連載中編『モブ女学生は落ちぶれヨーコ様を助けたい』

  〔https://ncode.syosetu.com/n3042mq/〕

 

※これら作品につきまして、ご感想・ご反応などいただけますと嬉しいです。それは、書き手としても大変励みになりますので。

 つたない作品で恐縮ですが、皆様、今後とも、どうぞ、よろしくお願い申し上げます!

 

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