第7話 聖女レナ①
教会でジョンから魔法学園への推薦状をもらってから一週間後、いよいよ村を出る日の朝を迎えた。
この一週間、お父さんとお母さんには理由を伝え、最初はすごく反対されたけど、それでも最後には旅立ちの許可をもらうことができた。
ジョンが一緒になって説得してくれたことも大きい。
(…というか、私の100倍くらい、ジョンってお父さんにもお母さんにも信頼されているような気がする…)
まぁ、今までの私のふるまいを振り返ってみれば、それも仕方のないことなのかもしれないけど。
(お父さん、お母さん)
正直な話、両親にすごく思い入れがあるのかと聞かれたら…分からない。12歳までの記憶は確かにあるし、愛してもらっていたのも間違いないのだけど、それでも、私が実感できるのは12歳から14歳までの2年間しかないからだ。
(私の12年間)
って、いったい何なのだろう。今まで転生してきた65536回の人生と比べれば、ふけば飛ぶような短い時間。ただのチュートリアル。
それなのに。
「行って…くるね」
旅立ちの朝、お父さんとお母さんに抱きしめられた時、私の目から流れたのは涙だった。こんな涙、知らない。
熱くて、苦しい。
死ぬより、苦しい。
「リゼルは俺がしっかり面倒みておきますから、おじさんとおばさんは安心していてください」
「《剣聖》のレオン君がついてくれるのが一番安心だよ…どうかリゼルを、よろしく頼むね」
「はい!お父さん、お母さん!」
…なんか最後、レオンが私のお父さんとお母さんを呼ぶときの呼称が変わっていたような気がするけど、それはまぁ、放っておくことにしよう。
この村から王国までは、およそ一か月はかかる長旅になる。
背中に背負った荷物はパンパンで、そのわりに路銀の入ったお財布の中身はスカスカだった。貧乏な村だから仕方がない。これでもお父さんもお母さんも、頑張っていろいろと準備をしてくれたのだから。
私は、紅いスカーフを首に巻いた。黒基調の服によく似合っている。これは、お母さんが私の為に編んでくれたスカーフだった。身体も…心も、ぽかぽかしてくる。
両親に手をふって別れ、しばらく歩いていたら村の外についた。
そこには大きな木がはえていて、その下にいつも通り落ち着いた表情のジョンが立っていた。
「…くれぐれも、《不死》のスキルのことは口外しないように」
「…分かってる、よ」
忠告を受ける。
どこに教団の耳があるとも限らない。あっさりとバレてしまったら、私が何の為に村から出ていくことになったのか意味が分からなくなってしまう。
「リゼル、あなたのスキルは何ですか?」
「えーっと、確か…」
「《超回復》だろ?しっかりしろよ、リゼル」
「レオンはうるさいなぁ…今、そう言おうと思っていたところなのに」
ふくれる私を見て、レオンはからからと笑った。
私はこれから、私のスキルを《不死》ではなく《超回復》だと偽装して生活していくことになる。私の身体には常に回復魔法がかかっているようなものだから、あながち嘘をついているわけではない。
これを考えてくれたのはジョンだった。
村の後始末も、ジョンがちゃんとやってくれるという事だった。ジョンにまかせておけば、教団が村に目をつけるということも、恐らくないだろう。
(何からなにまで、お世話になったままだなぁ)
なんとお礼を言えばいいのだろうか。頬っぺたにちゅーでもしてあげればいいかな?でもジョンは悦びそうにないな。
「別に気にしなくてもいいですよ」
「ふぁっ」
まるで私の心を読んだかのように、ジョンは口を開いた。
「私も、好きでやっているだけですから」
「そうなの?」
「そうなんです」
「変なの」
「変なんですよ」
変なやりとり。
「それじゃ…ジョン、行ってくるね」
「はい、私は村でいい子でお留守番しておきますので、こちらのことは心配しないでくださいね」
「ジョン、有難うな」
「こちらこそ、レオン。リゼルのことを頼みますよ」
「まかせておけ」
「…リゼルの魔法学園の入学試験、対策と問題集も作っておきましたから、道中でちゃんと勉強しておいてくださいね…」
「…それは…まかせ…て…」
声が小さくなる。こんちくしょう。
とはいえ。
こんな感じで、私とレオンとの旅は、暖かな日の光の下で始まったのだった。
■■■■■
村を出て二週間。
「あーーーーーー、もう駄目。美味しいもの食べたい」
「我慢しよろ、リゼル。お前があんまり早く食べるから、もう路銀がほとんど無くなってしまったんだよ」
「だって、お腹すいて飢え死にしそうだったんだもん」
「お前は死なないだろうが!」
私たちはさっそく大ピンチに陥ってしまっていた。
最初は楽しかった。
今まで村を出たこともほとんど無かったし、見るものすべてが新鮮だった。
…今まで65536回も生きてきた私が、どうしてこんなに新鮮に想えるんだろう?不思議。もうリセマラ出来ないんだと覚悟したからかもしれない。
(二度と繰り返すことがない日常だから、こんなに楽しいのかな)
だから食べ過ぎてしまった。
必然、お金も無くなる。
「私だけが悪いわけないじゃない。レオンだって食べてたじゃない。レオンは男なんらだから、私よりずっと多く食べてたじゃない」
「…本当にそう思うか?」
「犯人捜しっていけないって、私思うの」
いくら舌戦をしたとしても、お腹がこえるわけでもない。
もう日も暮れる。
幸い、私たちは街道の街に到着していた。
少なくとも、道端に野宿、などという悲しい経験はしなくても済みそうだった。
「いい宿に泊まりたいな…」
「リゼル、お金は?」
「一人分くらいならなんとかなるんじゃないかな」
「女の子1人を野宿させるわけには行かないだろ?」
「どうして私が野宿する前提になっているのよ」
と、レオン1人を野宿させようとしていた私が非難していると、目の前に酒場が見えてきた。
私たちはまだ14歳。
お酒は…早い年齢、かもしれない。
でも、私たちが酒場を目指していたのは、別の理由があった。
がらり。
酒場の扉を開ける。
とたんに、アルコールの匂いが目にしみてくる。中は人でいっぱいで、特に荒くれ者たちが多いようにみえる。
給仕の人が両手にお酒や料理をもってテーブルを駆け回っており、ひげを生やしたおっさんたちが大声をあげながらビールを水のように飲んでいた。
(しめしめ)
これなら、カモもたくさんいるかもしれない。
私たちが酒場に入ってきた理由。それは、路銀を稼ぐことが目的だった。
いわゆる、ギャンブル。
もちろん違法ではあるのだけど、そんなことはただのお題目であり、やりすぎない限りはお上から目こぼしされているのだった。
私たちは、ギャンブルに自信があった。
正確にいえば、私とレオンが組むことにより、ギャンブルの勝率が格段に上がっているのだった。
(私の知識と)
(レオンの技量)
この二つが合わされば、統計学的にみればギャンブルに勝利することは間違いなかった。
お祭りの時、よく村で行われていた大人たちの賭け事に、私とレオンは組んでしれっと参加していたものだった。
あの頃駆けていたのは子供のお駄賃。
しかし今は、旅の路銀がかかっている。
私たちは、真剣だった。
(さぁ…カモはどこにいるかな…)
テーブルを眺める。
いたるところで、様々なギャンブルが行われている。特に多いのが、カードだった。
(しめしめ…カードのギャンブルなら、私の知識がもっとも生かせるわね)
そんな事を思い、今夜の獲物を探す。
男、男、荒くれ男、ひげ面男、そして…
「もう、何もありませんー!」
そんな男の渦の中に、可愛い声が聞こえてきた。
あまりの違和感に、ついつい目でそこを追ってしまう。
最初に目に入ってきたのは、はちみつ色のロングヘア。流れるように美しいその髪の女性は、白と薄緑の混じった神官の服装をまとっていた。まるで柔らかい光が差し込んでいるみたい。
両手をあげて、悔しがっている少女。
年の頃は…私と同じくらい?
「姉ちゃん、やめておくかい?」
「まだまだ、最後の大勝負です」
「もう賭けるものないんじゃないか?」
「脱ぎます!」
ちょっと待って。
同じ女として、つい突っ込みを入れてしまった。
「?」
振り返る女性。
若草色の瞳が、キラキラ輝いていた。
まるで、砕けた星が舞っているみたい。
これが。
私と、《聖女》レナ・ヴァルシオルテとの出逢いだった。




