第6話 リゼル、貴女をこの村から追放します。
ゴブリン襲来の翌日の夜、私とレオンの2人は、ジョンに呼ばれて村の教会に集められていた。
「いったい、何の用事だろう?」
「さぁ、でもジョンのことだから、何か大切なお話があるんでしょう?」
私はジョンを信頼していた。《鑑定》のスキルを持つジョンからの指示や提案はいつも正しく正確で、ジョンの言うとおりに行動していたら大抵の場合うまい結果に結びついていたからだ。
(それに、真面目だしね)
真面目で、公平で、平等。
いつも笑顔を絶やさず、村の為に奉仕している。基本的に自分のことしか考えていない私とは違うな、と思う。えらいな、とは思うけど、真似は出来ない。すごいよね。
ジョンが姿を現すのを待つ間、そんな風にジョンのことを褒めていたら、レオンがちょっと訝しげな表情を浮かべると、私に質問をしてきた。
「…なぁ、リゼル」
「なに、レオン?」
「お前…」
しばらく口ごもった後、視線をちょっと逸らしながらレオンは言葉を続けた。
「ジョンのこと、好きなのか?」
「はぁ?」
いきなり何言っているの、こいつ。この間の戦いで、ゴブリンに頭でも小突かれたのだろうか?
そもそも、好きも嫌いもない。65536回も転生している私にとって、恋愛なんて、ゲームを楽しむことに対するノイズにしか感じられていなかったからだ。
「別に好きでもなんでもないわよ」
だから、事実をありのままに伝える。
レオンは「そうか…」と、なぜかほっとしたような表情を浮かべていた。
「それは少し残念ですね」
いきなり現れて、にこやかな笑顔と共に語り掛けてきたのはジョンだった。
足音もしなかったからびっくりした。
レオンは少しバツが悪そうに下を向いている。私は教会の椅子に座ったまま、少し背をのけぞらせると、目の前でにこにこ立っているジョンに向かって口を開いた。
「それでジョン、今夜は何の用事かしら?私、これでも忙しいんだけど」
なんたって、キングオーガスレイヤーだからね。
私の人生初の大金星に大喜びしたお父さんとお母さんが、私の為に盛大なパーティの準備をしてくれているのだ。
今までの転生人生の中で両親に対する愛情とかってほとんど無かったのに…なんか、ちょっと、今回は、嬉しいんだ。
「そうですね。ではでは、お伝えいたします」
こほん、と咳払いをした後、ジョンはいつも通りに笑ったままで、思いもよらないことを私に告げてきたのだった。
「リゼル、貴女をこの村から追放します」
■■■■■
「え…」
「いきなり何言っているんだよ、ジョン!」
突然のことに言葉を失ってしまった私とは違い、レオンは立ち上がるとすごい剣幕でジョンの胸倉をつかんでいた。
青を基調とした服に身をつつみ、冷静で落ち着いている黒髪のジョンに対して、赤いコートに金髪のレオンの姿はまさに対照的で、まるで水と炎のようだった。
「こいつは…村の為に、あんなに頑張ったじゃないか…ボロボロになりながらキングオーガを仕留めたじゃないか…ジョン、お前だって見ただろ?あの時のリゼルを。なのになんでそんな事言うんだよ!?」
「だから、です」
自らを掴んでいるレオンの手をゆっくりと引きはがすと、汗ひとつかいていないジョンは、目の前のレオンをしっかりと真正面から見つめ返した。
「レオン君、不思議に思いませんでしたか?」
「何をだよ」
「キングオーガです」
「…?」
あれほどの上級モンスターが、こんな辺鄙な村を襲った理由。そもそも大量のゴブリンが襲撃してきたのもおかしいと思いませんでしたか?
「それは…」
たしかに、と、レオンは言った。いくら激昂していたとしても、相手の言い分が正しいと思えば素直に耳を傾ける。レオンの一番の美徳は、《剣聖》という輝かしいスキルを持っているということではなく、この純粋でまっすぐな心、なのだと思う。…私に欠けているところ、だから。
「リゼル」
「なに」
「貴女が原因です」
「え!?」
いや、知らないよ、私。むしろ私、被害者じゃない?2回も殺されたし…
「…言葉が足りませんでしたね」
こほん、とまた咳をするジョン。私を見つめ返すその瞳は、少し寂しそうに見えた。
「正しくいえば、貴女の持っているスキル、《不死》が原因です」
「私の…スキル?」
「永劫輪廻教団」
ジョンの口調に、冷たさが籠る。聞いたことがない単語。しかしなぜか、不穏な雰囲気を感じ取ることが出来た。
「この大陸に古より根付いている、教団の名前です」
死こそが魂の洗礼であり、全ての人に平等に訪れる救済である。人は死を受け入れることで輪廻をすることが出来、その魂を磨き上げていくことが出来る…
「そのイカれた教団が何だっていうのよ」
「リゼル、貴女の存在が知られてしまった、という事ですよ」
ジョンは私を見る。
「彼らにとって、《不死》などあってはならない。それは輪廻の輪から外れた最も穢れ多き存在であり、この世から抹消しなければならない世界の悪、というわけです」
「つまり、リゼルを狙っている、ということか」
「さすがレオン君、話が早い」
リゼルさんとは違いますね、と、ジョンは笑った。
(あ…)
さっきまで、ジョン、私のことを「リゼル」って呼び捨てにしていたのに、今は「リゼルさん」って、いつも通りの呼び方に戻ってる。
「先のゴブリンもキングオーガも、その一端でしょう。まずは様子見…それにしては少々過剰でしたが、でもあの教団が一度の失敗で諦めるはずがありません」
何しろ、有史以来、ずっと続いている由緒正しい教団ですから。
「つまり…私がいると」
「はい」
やっと、分かってくれましたか。
「リゼルさんがこの村にいる限り、村は教団に襲われ続ける、ということです」
だから、リゼルさん、貴女をこの村から追放します。
そう言いながら、ジョンは懐から2通の封筒を取り出してきた。
一通を私に、そしてもう一通をレオンに渡す。
「…これは?」
「王立魔法学園への推薦状です」
ジョンは笑った。
「この大陸でもっとも権威のある学園。王国の未来を担う人材を育成する学園。いくら教団とはいえ、ここに在籍する生徒に手出しをすることは、そうそうできないでしょう」
「ジョン…お前」
「リゼルさん。貴女はこの学園に入り、そして教団に対抗できるだけの力を身につけなさい。それができるまでは…」
ジョンは肩をすくめると、悪戯っ子っぽい表情を浮かべた。それは先ほどまでの冷静で沈着な姿ではなく、15歳という年齢にふさわしい、柔らかな表情だった。
「この村から追放したまま、ですからね」
「ジョン、ありがとう!」
もう、意地悪なんだから。
私はジョンに飛びつき、抱き着いた。ジョンは細身のわりに思ったよりもしっかり筋肉がついていて、少し意外だな、と感じる。
そんなジョンに抱き着いた私を見て、なぜかレオンが何ともいえない表情を浮かべているのだけど、この際だからそれは無視することにしよう。
「あ、そうそう」
最後に、とってつけたように、ジョンが言う。
「私が渡したのは、入学許可証ではなく、推薦状ですからね?」
「…?」
「レオン君なら問題ないでしょう。《剣聖》というスキルを差し引いたとしても、レオン君は間違いなく優秀ですし、国が欲しがる人材ですから」
「え…?」
「でも、リゼルさんは…ミジンコですからね…」
「ちょっと、ちょっとジョン、ちょっと待って」
「リゼルさん」
にこり。
「入学試験、頑張ってくださいね」
そして今日一番、悪そうな笑顔を、ジョンは浮かべたのだった。




