第5話 小さな村の、大きな攻防
小鬼。ゴブリン。
文字通り小さな鬼であり、人間の半分ほどの背丈しかない。力はそれなりに強いが…せいぜい大人の男と同じくらい。
つまり、大人の力を持った子供、というのがしっくりくる。
たしかに子供が大人の力で殴り掛かってきたらびっくりするけど、それは人間の場合の話で、魔物として見て見れば大したことはない。冒険者にとってはいいカモだ。
…ただしそれは、一匹だけで見た場合。
「なんて数…」
「これほどのゴブリンの大群、見たことが無い…っ」
数十、数百、いやそれ以上の数で襲い掛かられた場合、それは数の暴力であり、冒険者が戦う戦いではなく、まさに小さな戦争というべきものと変わるのだ。
「レオン君、あなたが対処してください」
ジョンさんはレオンを見つめると、冷静にそう言った。
「村の自警団も向かっていますが、ゴブリンの数が多すぎる。おそらく彼らだけではもたないでしょう。しかしレオン。あなたは違う。あなたはまだ14歳ですが、この村の誰よりも強い。まさに《剣聖》です。あなたさえ行けば、なんとかなる」
私の《鑑定》のスキルを信じてください。
ジョンさんはそう言うと、ウィンクをした。その表情には、まぎれもないレオンに対する信頼があった。
「…分かった…まかせとけ」
レオンは腰にかけていた剣を抜くと、そのまま村の入口…ゴブリンが大挙して襲い掛かっている戦場へと駆けていく。
「わ、私も…」
幼馴染だけにいい恰好をさせるわけにはいかない。私も慌てて追いかけようとしたのだけど、肩に手を当てられて、止まる。
私を止めたのは、ジョンさんだった。
「どこに行こうとしているんです、リゼル?」
「どこって…私もゴブリンを討伐に…」
「無駄です」
冷静に、しかしきっぱりと、ジョンさんは伝えてきた。
「あなたが行っても、死体が一つ増えるだけです」
「な…」
「これは失礼。失言でした。訂正します…死体は増えませんね、あなたは《不死》のスキルを持っていますから…ただ、何の役にも立たない。むしろレオン君の邪魔をするだけでしょう」
「そんなこと…な…」
「無い、と言えますか?本気で?日々の特訓の中で、自分の力量をちゃんとわきまえていますか?」
返事はできなかった。分かっていた。私が行ったとしても、意味がないであろうということは。けど、それを認めるには、私の過去の輝かしい前世の記憶が邪魔をしてくるのだった。
「あれを見てください」
ジョンさんはそう言うと、村の入口を指さした。そこでは獅子奮迅の活躍を見せるレオンの姿があった。
剣を一閃させるたびに、何匹ものゴブリンたちが血しぶきをあげて飛び散っている。まさに一騎当千、鬼神のような動きだった。
「あれが《剣聖》です。リゼルさん。今のあなたに、あれが、出来ますか?」
「…無理…です」
悔しい。涙が出そうになる。まともなスキルを持たないというのは、こんなにも惨めなものなんだろうか。その場にたたずむ私を見て、ジョンさんは柔らかい表情を浮かべた。
「あなたは弱い…けど、それは別に悪いことでも、情けないことでもありません」
「え?」
「適材適所、というものがあります。私はここで、傷を負った人の手当をしていきます。リゼルさん、あなたは村の中を見回って、まだ逃げ遅れていない人がいないか、探してあげてください」
私たちにできること、をやりましょう。
ジョンさんはそう言って、にっこりと笑った。
そう…だよね。
私はジョンさんに頭を下げて、そして振り向き、村の入口に背を向けて、戦場はレオンたちにまかせて、村の中へと走っていったのだった。
■■■■■
「誰か、いる?」
そう叫びながら、村中を駆け回る。小さな村ではあるんだけど、1人で駆けずりまわるには広かった。
(…こんなことなら、もっと体力つける特訓、ちゃんと真面目に受けておくんだった…)
息が切れる。肺が空気を求めている。
前世なら…スキルをつかって空を飛んだり、身体強化のスキルをつかって倍速移動をしたり、そもそもリセマラを繰り返して才能と体力に満ち溢れた身体を手に入れてから人生を始めていたので、こんな苦労をすることはなかった。
「何やってるんだろう、私」
どうせ《不死》でやり直しがきかないなら、せめてもっとまともな体力で生まれることが出来れば楽だったのにな…
(でも、これが普通、なのかな)
普通、人はリセマラなんて出来ない。神様からもらったこのたった一つの身体が、全部なんだろうな。
「…あ、リゼルねえちゃんーーー!助けにきてくれたの?」
「コナン、タケル、こんなところにいたの!?」
そんなことを考えていたら、私の名前を呼ぶ声が聞こえてきた。見て見ると、村の端の掘っ建て小屋の中で、見知った子の顔がみえる。
逃げ遅れていた子、いたんだ。
来てよかった。
私は走って近寄る。2人の子供は小屋からばっと駆け出してきて、私にぎゅっと抱き着いてきた。
「怖かったよー」
「もう大丈夫。悪いゴブリンはレオンたちがやっつけちゃうから、私と一緒にジョンさんたちのいる安全なところまで行きましょう」
「…うんっ」
ほっとする笑顔を浮かべる2人。その2人をみて、私も何かの役にたてたかな、と、ちょっと心が暖かくなる。
その時。
咆哮がした。
くぐもった、大きな、森が震えるような、魔物の声。
目を、その方向に向ける。
「…嘘…でしょ…」
緑色の、巨大な鬼が、そこに立っていた。
はちきれんばかりの筋肉に、腰に巻いた布。手には私の身長よりも大きな棍棒を握り締めている。
「どうして…オーガがこんな所に…」
しかもただのオーガじゃない。キングオーガ、オーガの中でも戦闘力に特化した上位種だ。
私と、子供たちの姿を目にとめたキングオーガは、のそりと足を動かし、まっすぐに私たちに向かって襲い掛かろうとしてきていた。
(逃げなきゃ…)
ゴブリンにすら勝てない私が、キングオーガに勝てるわけがない。幸いなことに、キングオーガは身体が大きい分、鈍重だから、足はそんなに速くない。
(私1人なら…)
逃げ切れる。
…けど。
「お姉ちゃん…」
私の足にしがみついている子たちの手が震えているのが分かる。私を信頼してくれている。
こんな弱い私を…今、逃げ出そうとした私を。
(私たちにできること、をやりましょう)
ジョンさんの言葉が脳裏に蘇る。
あー、もう。
あの人、まさか、この事態を予測していたんじゃないでしょうね。
「逃げて!」
私は、子供たち2人の背中を押した。
びっくりして私を見上げるコナンとタケル。
「でも、お姉ちゃんは」
「まかせて、お姉ちゃん、強いんだから」
…前世は、ね。
そう言って、私は笑った。
私の笑顔を見て、子供たち2人は安心したのか、全力で村の中へと逃げ出していった。
(さて、と)
2人が転ばないかを見守った後、私はキングオーガと向き合う。
ゆうに、私の4倍はある巨大な体躯。
前世の私だったら歯牙にもかけないモンスターだけど、今の私にとっては文字通り、死の形をした絶望だ。
(いや、今の私は…死なないか)
そう思い、少しでも足止めしてあの子たちが逃げ切るまでの時間稼ぎをするために、私は剣を手に取ったのだった。
■■■■■
無理。
駄目。
勝てる気が全くしない。
キングオーガの棍棒の一撃をなんとか避けることができたけど、たぶんまぐれだ。私をかすめた棍棒は近くの民家にぶち当たり、民家は粉々になって砕け散っていった。
(キングオーガって、ここまで強かったっけ?)
記憶を総動員する。
そうか…かつての私は魔法で一瞬で倒していたから、そもそもキングオーガの攻撃事態を間近で見る機会なんて無かったんだ。
(昔の私なら…)
リセマラして、強大なスキルを身に着けた私なら、こんな相手、歯牙にもかけないのに…
そんな事を思っていたら、キングオーガの蹴り上げてきた足の直撃を受けてしまった。
私は吹き飛び、地面に叩きつけられ、胃の中のものをすべて吐き出してしまった。
痛い痛い痛い痛い痛い。
どうしてこんな目に合わなければいけないの。
よく考えたら、この村にそれほどの思い入れがあるわけでもない。
私は今14歳だけど、ちゃんと自分の意識をもったのは12歳からで、それまでの人生はぼんやりとした記憶でしか持っていないし、そう考えれば実質2年間だけの思い出だ。
今まで65536回繰り返してきた人生に比べればこんな思い出なんて…
(お姉ちゃん)
(今日はこんなに大きなお魚釣ってきたよー)
(お姉ちゃんは弱いんだから、これ食べて大きくなってね)
ああ、無駄な思い出だ。さっき私が逃がしたタケルが、ちっちゃな身体でおっきな魚を持ってきた思い出だ。くだらない。くだらないなぁ。
「…《不死》の私の命を懸けれるくらい、くだらないなぁ」
さっきの一撃を受けただけで私はもうまともに動けない。身体中が痛いし、骨もいろんな場所が折れている。
こんなんじゃ…まともに戦う事なんて出来るわけがない。
だから私は。
「このウスノロ!脳みそに筋肉でも詰まっているのか!お前の攻撃なんて、ちっとも効いていないよ!」
そう言って、足を引きずりながらキングオーガへと向かっていった。
魔物の表情はよく分からないけど、今、こいつが私をあざけっているのはよく伝わってきた。
キングオーガは大きく振りかぶり、その巨大な棍棒を何の遠慮も無しに渾身の力で振るってきた。
満身創痍の私はそれを避けようともせず…そもそも、傷一つない状態であったとしても私の技量では回避することなんてできなかっただろうけど…直撃された。
ぐしゃぁ、という鈍い音。
骨と肉が砕かれ、ミンチになる音。
一巻の終わり。人生の最後に聞く音。
即死。
「…残念、でしたぁ」
何度も何度も、お父さんとお母さんに叱られた後もこっそりと検証してきたんだ。
私は…即死した時は…
「体力、全快っ」
一瞬で、回復できるんだ。
私を殺したと油断していたキングオーガにしがみつくと、そのまま身体を昇っていく。
私は体力はないし運動センスも皆無だけど、木登りだけはうまかったんだ。
「こんな汚い木に登るのは初めてだけどね」
キングオーガの頭にしがみつく。私の過去の記憶が物語る。キングオーガの弱点は、頭に生えた角。ここを触られると、キングオーガは動きが鈍くなる。
(前世の私なら弱点なんかつかなくてもスキルの力で強硬突破していたけど)
今の私にはそんな力なんて無いから。
だから。
「無様でかっこ悪いけど、これしかできないから我慢してね」
片手で角に抱き着き、近くのキングオーガの耳に語り掛けた後、残った手に持っていた剣をその穴めがけて突き刺していく。
グォ、オォォォ
というくぐもった声と共に、私を振りほどこうと頭を揺らすキングオーガ。でもあまりに身体が大きすぎて、小さな私を振りほどくことが出来ない。
だから、頭ごと私を殴ってきた。
痛い痛い。
即死なら一瞬で死ねて生き返れるんだけど、死なない攻撃が一番痛くて苦しい。
「どうせなら、私を殺して楽にしてよ…このデカブツっ!」
殴られた身体中から血を流し、それでも私は剣を離さなかった。
奥へ、奥へと突き刺していく。
「さっさと…死ねっ」
ごりっ、という音がした。
ぐしゃ、という音かな。
中まで突き通った音。
キングオーガの目がぐるんと上を向いたのが分かった。そして動きがぷつんと止まり、命がそこでこと切れたのが伝わってきた。
そして、そのまま。
私を下にして、キングオーガは倒れこむ。
「え、え、ちょ、ま」
キングオーガは、最後に私の願いをかなえてくれた。
巨大なキングオーガの下敷きとなってしまった私は、見事に即死、したのだった。
■■■■■
「…これ、お前がやったのか」
「あ、レオン、やっほー」
ゴブリンの返り血で着ていた鎧を真っ赤に染めたレオンが、キングオーガの下敷きになったまま動けないでいる私を見つめて驚愕しているのが分かった。
「お願いがあるんだけど」
「…なんとなく分かるけど、どうぞ」
「レオン、助けて…」
重くて抜け出せない。
痛い痛い、背中が痛い。
いや、だから、重いって、キングオーガ。
私はレオンに手を引っ張られ、ずるずるっと引き出された。
「死ぬかと思った…」
「リゼル、無事でよかったよ…」
「いや、2回ほど死んでたや、私」
「無事じゃない!?」
レオンが、笑う。つられて私も笑ってしまった。
「それでゴブリンの方は?」
「全滅させたよ」
俺と、自警団のみんなでね、とレオンが誇らしそうに言っているのを見て、あぁ、やっぱり、すごいなぁ、と思った。
「いや、すごいのはリゼルだろ?」
まさかキングオーガを討伐するなんて…と、感嘆のため息をこぼすレオン。褒められて、ちょっと嬉しくなる。
「お姉ちゃーん!!」
私を呼ぶ声がする。泣き声。私が逃がした、2人の声。
私は座ったまま、その子供2人が私に飛び込んでくるのを受け止めた。
「うぎゃ」
思ったより勢いがよくて、思ったより痛かった。
「あなた達、大丈夫だった?」
「うん、お姉ちゃんのおかげだよ、ありがとう!!!!」
「よかった…」
本当に、よかった。なんだろう、この、暖かい気持ちは。
今まで何度も、前世ではチート能力をつかって英雄と呼ばれていたのに、国を挙げての感謝を述べられたことだってあるのに、この小さな村のちっちゃな子供からもらう「ありがとう」の言葉の方が、何倍も嬉しいのは何故だろう。
「お姉ちゃん、ケガしてない?」
「ケガは、してないよ」
今は、ね。
そう言って、空を見上げた。
なんて綺麗な空。
こんなにすがすがしい気持ちで空を見れたのって、初めてな気がする。
「頑張りましたね、リゼル」
そう言って歩いてきたのは、青い服を着た、紫がかった黒瞳のジョンだった。村の人もみんな無事みたいだった。あれほどの大群のゴブリンの襲撃を受けたにも関わらず被害がなかったのは、奇跡かもしれない。
「…それにしても」
村の人々も首をかしげている。
「今まで長いことここで暮らしてきたけど、こんな数のゴブリンに襲われることなんて無かったし、なによりキングオーガなんて見たこともない」
不思議なこともあるもんだ。
「それに何より」
村人たちが私を見て、にかっと笑う。
「弱虫リゼルがキングオーガ討伐するなんて、びっくりしたぜ!」
「たしかに」
「奇跡すぎる」
「夢でもみてるんじゃないか」
「これはもう、弱虫リゼルなんて言えないな、これからは…そう、虫リゼルって呼んであげよう!」
「…やめてよね」
不満そうな顔をする私を見て、村人たちはさらに笑っていった。
レオンもつられて笑っている。
もう、まったく、なんなのよ、もう。
私、頑張ったのに…
…
生まれて初めて、頑張ったのに。
でも、まぁ、いいか。
「あは…あははははっ」
つられて私も笑ってしまった。
あー、楽しい。
こんなに楽しいの、生まれて初めて。
みんなに囲まれて、笑って、笑って、たくさん笑っていたから。
「…ふむ、ゴブリンにキングオーガ…これは、教団に見つかってしまったのかもしれませんね」
とジョンがつぶやいたのを、私は気が付かなかったのだった。




