第4話 私の才能、見せてあげる
スキル授与の儀から2年が経過し、私は14歳になっていた。
《不死》のスキルのおかげで私は死ぬことが出来ない。リセマラ無しの素の私の体力は…正直言って、並以下だった。
村の端の稽古場で、私とレオンは村の自警団から指導を受けていた。
「はぁぁっ!」
レオンの精悍な掛け声とともに、一閃された木剣が風を切り裂いた。そのひと振りだけで、三本まとめて置いてあった丸太がまるでバターのようにまっぷたつに切り裂かれる。
木剣で切ったとは思えないほど鋭利な切り口をみて、自警団のひげ面の男は、顎に手を当て、額に冷や汗を流しながらうなづいた。
「まさか…ここまでとは…それにしても…《剣聖》はやはりすごいな…信じられん切れ味だ」
「そんな。俺なんてまだまだですよ」
汗を拭きながら謙遜するレオン。その鮮やかな金髪が風に揺られて煌めいている。
(たしかに、まだまだだね)
木陰に横になってその光景を見ていた私は、勢いをつけて立ち上がった。
(あれくらいの剣技、チート時代の私なら朝飯前だったものですもの)
そう思い、腰に吊るしていた木剣を手に取る。
目の前に置いてあるのは、一本の丸太。
私は精神を集中し、記憶の中にある数々の剣技を思い出していた。
「はぁぁぁっ!」
ぺち。
丸太は無情にも私の木剣を跳ね返し、その衝撃がじんわりと私の手のひらを伝ってのぼってくる。
(おかしいなぁ)
私は《神技・龍漸》を解き放った予定なのだけど、どうもうまくいかない。転生のたびに手にしたスキルは失われているものの、その膨大な戦闘知識や経験はたしかに私の頭の中に記憶として残っている。
(けど、イメージ通りにこの身体は動いてくれない…)
細くて白くて柔らかい自分の手を見て、はぁ、とため息をつく。
今の私の体力では、経験を生かすことが出来ない。
沈んでいる私を見て、レオンがにこっと笑って声をかけてきた。
「リゼル、俺と一緒に基礎体力をつける特訓をしよう」
やめて、その自愛の目。逆に落ち込むから…
優しさは時として残酷だ。その事実をこの幼馴染の《剣聖》はまだよく分かっていないらしい。
そんなわけで。
「まずはこの森を三周してください!」
私たちを指導してくれている村の自警団の男の人が、とてもいい声でそう言ってきた。太陽はちょうど頭の上に来ていて、今は昼まで、つまり、とっても暑い。
言うのは簡単だけど、やるのは私たちなんだよね…と目で訴えてみたけど、まるで届かなかった。
「はいっ、分かりました!」
言うが早いか、勢いよく駆けていくレオン。どうしてあんなに元気なんだろう…そう思いながら、私もその背中を追いかけて走り始めた。
そして5分で倒れた。
「はぁ…っ、はぁ…っ、もう無理…」
肺が口から零れて出ていきそう…
ひっくり返ったカエルのよう息も絶え絶えで横たわっている私を、憐れみの目で見下ろしながら、自警団の男の人はぼそっとつぶやいた。
「まさか…ここまでとは…」
その言葉、さっきも聞いた。
まったく同じ言葉なのに、レオンにかける時と私に言うときは意味がまったく違ってくるのが不思議で仕方がない。
(前世で伝説の古龍と戦っていた私はどこにいったんだろう…)
地面に倒れたまま、爆発しそうな肺をなんとか抑えながら、私は空を見上げて思っていた。
いくら鍛えても、元となるこの身体の基礎スペックが低すぎる…
今までならリセマラして精悍な身体を手にしていたから、かつてとのあまりのギャップに泣きそうになってしまう。
(もう、死にそう…)
流す涙も全て汗となって出ているみたいだった。いっそこのまま死ねば、《不死》のスキルが発動して生き返って体力も全快するんだろうな、と、靄のかかった頭の中でそんなことを考えていた。
「あれ、リゼル、そんなところでお昼寝中か?」
森を一周してきたレオンが笑いながら声をかけてきたので、返事代わりに地面に落ちていた石を拾って投げてやったのだけど、その石ははるか明後日の方向に飛んでいったのであった。
■■■■■
魔法訓練。
私とレオンは村で唯一魔法スキルを持っているお爺さんの指導の下、魔法の特訓を受けていた。
レオンが手をかざし、長い詠唱を唱えると、巨大な火柱が舞い上がっていた。
「おぉ…レオン殿は、《剣聖》による剣技だけでなく、魔法の心得もあるのですね」
「まだまだ独学です…先生の指導の下、もっと磨いていきたいと思っています」
ここでもまた謙遜するレオン。
私は隣で、にやっと笑った。
(魔法なら…かつての私が最も得意とした分野…っ)
かの古龍ですら屠った《神の二重詠唱》でも見せてやろうかしら?私は両手をかざし、もちろん、無詠唱で魔法を発動させる。
ぽふ。
煙が舞い上がった。
以上、終わり。
「…」
「…」
「…リゼル殿は…その…なんというか…」
魔力総量が、ネズミ並ですな…
なんとか慰めてくれようとするお爺さんの言葉が一番、私の心をえぐってくる。だから、優しさは時に一番残酷になるんだって、もう。
■■■■■
この日の指導が終わった私とレオンは教会に行き、そこで一つ年上のジョンの前に座っていた。
貴重な《鑑定》のスキルを持つジョンに頼んで、現在の私たちの実力を正確に測ってもらおうと思ったからだ。
「そうですね…」
私たち2人に手をかざした後、蒼い服をまとい、いつも通りの優しい微笑みを浮かべていたジョンが、少し首をかしげた後に言葉を続けた。
「レオン君は素晴らしいですね。まだ14歳だというのに、剣術のレベルでいえば王都の騎士団長にも引けはとらないでしょう。魔力も素晴らしい。身体能力も異常です。今すぐ冒険者として旅立っても問題ないほどです」
べた褒め。
そしてそのまま、私を見つめてくる。
なんか、嫌な予感。
「それで、リゼルさん」
「ど、どうかな…ジョン?」
「悪い知らせともっと悪い知らせ、どちらから知りたいですか?」
「いい知らせ、聞きたいなー」
「無い袖は振れません♪」
はぁ、やっぱりそうか。
うすうす感づいてはいたけど、一応、聞いて現実を知っておこうか。
「じゃぁ、悪い知らせからお願い」
「リゼルの剣術は…理論だけは素晴らしいですね。S級です。でもそのミジンコ並みの体力では理論を実践することは困難ですね」
「はぁ…」
「そしてリゼルの魔力は…」
「魔力は?」
「ぽふ、です」
「ぽふ?」
「雀の涙以下ですね」
「…」
悪い知らせでこれなら、もっと悪い知らせって何なのよ。
怖いけど、聞いてみる。
「それで…もっと悪い知らせっていうのは?」
「才能がゼロです」
「…」
「もっと言いましょうか?」
「いや、もういいです」
落ち込むなぁ。
魔力も体力もなくても、知識だけは残っているから、何とかなるとは思っていたんだけど。
ゴブリンの間接角度。
オーガの再生周期。
魔物の魔力循環。
全部、覚えている。
今まで65536回も転生して、全て経験してきたんだから。
でもそれが…《不死》のせいでリセマラ出来ない私にとって、ただの重い背荷物にしかなっていないんだよね。
「リゼルにはリゼルのいいところがあるよ」
私を慰めるように、レオンが隣に座ってきて、優しく背中に手を置いてくれた。まるで見えない私の背荷物をどかしてくれるかのように。
「それに…無理に冒険者にならなくても…リゼルにはリゼルにしかなれないものがちゃんとあるさ」
「そうかなー。例えば?」
「…お、俺のお嫁さん、とか…」
「あはははっ」
冗談上手いなぁ、レオンは。
有難う。
おかげでちょっとだけ、元気になれた。
私はそう言って立ち上がり、レオンに向かってお礼を言った。
別に…冗談なんかじゃ…
レオンは少し口ごもっていたけど、なぜだろう。
まぁ、今日、出来るだけのことはやったし。
明日、また続き頑張るかな、と思っていた時。
「た、た、大変だ!」
教会の外から、大きな声がした。
なんだろう、と思い、3人で外に出る。
その目に入ってきたのは…
雲霞のごとき、ゴブリンの群れだった。
「ゴ、ゴブリンが村を襲ってきた…っ!」
村の男衆の声を聞くと同時に、私たちは剣を手に取り、駆け出していったのだった。




