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第3話 不死の実験検証

 スキル授与の儀の翌日の朝。

 私は朝起きると、大きく背伸びをして朝陽をぞんぶんに感じ、そして窓を開いた。小鳥の鳴き声が聞こえてくる。爽やかな風も吹いている。

 私は遠くを見つめながら、キラキラ輝く空に向かって宣言した。


「よーし、本当に死ねないか、検証してみよう!」





■■■■■



 それから2刻ほど過ぎ。

 お父さんは、畑に農作業に、お母さんは、部屋にこもって針仕事、そして12歳の娘である私は…


 崖の上にいた。


 手帳を手にしたまま、崖の端に顔を出し、下を覗き込む。

 少しくらっと来る高さ。目測でおよそ30メートルといったところだろうか。


「この高さから落ちたら、確実に死ねるよね」


 今までの人生で私がチート無双をすることができたのは、リセマラをつかってチートスキルを手に入れていたからだ。

 昨日は《不死》のスキルを得て動揺してしまったものの、よく考えたら、本当にこのスキルが発動するのかどうかも分からない。


(分からないなら、分かるまでやってみるだけ)


 墜ちて死ななかったら《不死》のスキルは本物だということになるし、死んでしまったらリセマラできるということなので、どちらに転んだとしても私にデメリットは無い。


「なら、やるしかないよね」


 どうせ今まで、65536回も死んでいるのだから、それが1回増えたところで何の問題もないだろう。私は死ぬことには慣れているんだから。


「風よし、湿度よし、方向よし、着地は頭から、いくわよ」


 下を覗き込み、そのまま躊躇なく、崖を蹴り飛ばす。


「行ってきます!」


 空を舞う。

 重力には勝てない。

 そのまま私は頭を下にしたまま、真っ逆さまに落ちていった。


 ぐしゃ。


 暗転。






 「空が…見える」


 私は崖下に横たわったまま、空を見上げていた。

 飛べそうなほど、蒼い空。遠くで飛んでいる鳥は、朝見かけた鳥なのかな?白い雲が流れていくのがみえる。風が気持ちいいな。


「さて、と」


 身体を起こす。痛みはない。

 まるで何事もなくその場に横たわっていただけなのかな、夢でも見ていたのかな、と一瞬だけ思ったのだけど。


「…違うか」


 着ていた服がボロボロになっているのを見て、私は深いため息を漏らした。髪は砂まみれで、いたるところに空いた穴から覗き見える肌には血がついているものの、肌は真っ白でケガ一つなかった。


(うーん、これは…)


 状況から見て、ケガがないというより、ケガが治った、というのが正しいだろう。頬をつねってみる。痛い。ということは、私にはちゃんと痛覚はある。痛覚があるのに、ケガして治ったところが痛くない、ということは。


「…これは、私、たぶん、即死したね」


 痛みを感じる暇もなく、一瞬で死んでしまったのだろう。そしてその場で再生したから、まるでケガひとつしていないようにみえる、ということだ。


「まいったなぁ…」


 どうやら、私の中にある《不死》のスキルは本物らしい。少なくとも高所から飛び降りて死ぬ、ということは出来なくなったみたいだ。


(即死したらすぐ復活するとして、ではケガの治り具合はどれくらいなんだろう)


 そう思い、思った時にはすぐに実行に移してみた。

 ナイフを取り出し、手に切りつける。


「痛っ」


 痛いいたい。血も出ているし、痛みもちゃんとある。切った箇所を服で拭って様子を確かめる。一瞬ではないが、じわじわと傷口がふさがっていくのが見えた。


(傷の治り方は…強力な回復魔法をかけられた時と同じくらい、かな)


 ということは、私は常時回復魔法をかけられている状況みたいなものか…自分の身体を実験材料にしてみたら、いろいろ分かってくることも多いな。


「よーし、じゃぁ」


 次は、溺死実験、やってみよう!



 やばい。

 だんだん、面白くなってきた。


 私は手帳を大事にかかえたまま、崖の傍を流れている川へと走っていった。

 道中、手ごろな石を見つけてはポケットの中に入れていく。これを重しにして、川に飛び込んで実験するつもりなのだった。





■■■■■




「…まいったなぁ」


 ずぶ濡れになり、靴を片っぽながされたまま、私は家に向かって歩いていた。

 いつの間にか、もう夕方になっている。

 実験に夢中になりすぎて、時間がたつのを忘れてしまっていたらしい。


「…溺死実験は、もうやめておこう」


 ひどい目にあった。

 服のありとあらゆるポケットに重しの石を詰め込み、さらに念を入れて大きな石を抱えたまま川に飛び込んだ私は、当初の目論見どおり、きちんと溺死することが出来た。


 崖から飛び降りた高所落下事件の時とは違い、溺死実験の場合は鼻や口から水が入ってきて、肺まで水浸しになって溺死するまで時間がかかり、その間、かなり苦しい時間を過ごす羽目になってしまっていた。


(しかも…)


 死んだらその場で再生することが出来るというのも分かった。分かったのだけど、生き返ったとしても、水の中、しかもご丁寧に重しはポケットに入れたままだったので、結局そのまま、私は何回も何回も溺死してしまったのだった。


(正直、まいったなぁ)


 溺死しつつ、少しずつ前に進み、運よく重しの石が零れて身体が浮き上がってきたので川から出ることができたけど、もしもあのままの状態だったら、今も人知れぬ川の中で私は死んでは生き返ってを繰り返す羽目になっていたかもしれない。


(次から、溺死実験だけはしないようにしよう…)


 そう思いながら歩く。

 家が見えてきた。

 せっかく実験結果をいろいろ書いていた手帳を川に流して失くしてしまったな…とちょっぴり残念がりながら家の扉を開けた時。


「リゼル、どうしたの!?」


 お母さんの悲鳴が聞こえてきた。手にしていた裁縫道具を床に落として、顔を真っ青にしながら走ってくる。


「あー、これ、ちょっと落ちただけだよ」

「え…落ちたって…」

「崖からちょっと、ね」


 服破いちゃってごめんね。お母さん、直してくれる?と軽く聞いてみたら、ぎゅっと抱きしめられた。


「なんでそんな危ないことするの!?」

「え…危ないって…」


 私、《不死》のスキルもらったんだよ?お母さん、昨日、私がスキルもらうところ見ていたよね?

 不思議そうに聞く私の顔を見て、お母さんは目に涙を浮かべながら私見つめてきた。


「リゼル…危ないことしないで…」

「え…え…」


 困惑する私。

 その時、お母さんの悲鳴を聞いたお父さんが、慌てて家の前に走ってきた。そして私を抱きしめているお母さんをみて、それからボロボロの服でしかもずぶ濡れになっている私を見て、驚いた表情を浮かべる。


「リゼル!どうした!何があった!」


 駆けつけてくるお父さん。さっきまで農作業をしていたから、服も土で泥まみれ。手のひらもカサカサで、額にも頬にも土がついている。


 お父さんとお母さんが慌てているのを見て、逆に私が慌ててしまう。

 

「だ、だから大丈夫だよ。ケガもしていないし」


 そう言って、破れた服の下から肌を見せる。キズ一つついていない白い肌。再生したばかりだから、お父さんやお母さんの汚れた肌よりも全然綺麗だと思う。


 でも、お父さんもお母さんも、2人して私をぎゅっと抱きしめてきた。


「なにがあったんだ…」

「だから、ね」


 検証実験。

《不死》のスキルがちゃんとどこまで発動するのか、いろいろ試してみたの。大丈夫だったよ。無事に実験大成功。私、本当に不死だったよ…


 ぱしん。


 痛い。

 頬が、痛い。


 お父さんが、私の頬を、平手で打った音と、痛みだった。


「どうしてそんなことするんだ」

「どうしてって…ちゃんと、死ねないかどうか確かめないと…」

「そんな必要あるか!?」

「あるよ。だって…」


 そうしないと、リセマラ出来ないから…と言おうとして、お母さんが、泣きそうな顔をしているのを見て、お父さんが、本気で心配そうな顔をしているのを見て、私は、それから。


 何もいう事が、出来なかった。


「リゼル…」


 ごめんな、痛かっただろうな。

 そう言って、お父さんが私の頬をそっと撫でてくれた。畑仕事の終わった、カサカサの手。泥だらけの手。でも、不思議と、とても暖かく感じるのは何故だろう。


「お父さんとお母さんを、心配させないでくれ」

「…」

「スキルとか、そんなのはどうでもいい…ただ、私たちは、お前が…」


 大事なんだ。

 たった一人の、娘なんだ。



 変なの。

 変なの。

 スキルより大事なものなんて…あるわけがないのに。

 この世界では、スキルが一番大事なものなのに。


 そう思ったんだけど、ずっとそう思っているんだけど、でも。

 なぜか。


「ごめんね、お父さん、お母さん」


 私の口から出たのは、私が言おうと思っていた言葉とは違う言葉だった。





■■■■■



 夜。

 寝る時。


 私は一人でベッドに横になって、天井を見ていた。

 見慣れているはずの、まだしっくりとは来ない天井。

 私の家。


 頬が、まだ痛い。

 お父さんに叩かれた頬。


 私は《不死》のスキル持ちで、どんな傷でも治るはずなんだけど。




 この夜、この痛みは、じんじんとずっと、私の頬に残り続けていたのだった。

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